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アイアン・フィスト

 タランティーノ映画にたびたび楽曲を提供しているウータン・クランのリーダーで、タランティーノとは武侠映画ファン仲間のRZAが監督・脚本・主演を務めた米製武侠映画。

 特に地の利もなさそうなのになぜか悪党集団が割拠する辺境の村(森もないのに「ジャングル・ヴィレッジ=叢林村」という名だ)を、政府の金塊を護送する部隊が通過することになり、それを巡ってさまざまな思惑が……という、まんまマカロニ・ウェスタンなプロットに、近年のではなく往年の武侠映画のメソッドをてんこ盛りにした、いかにも昆廷・塔倫帯(クウェンティン・タランティーノ)諾呈献(プレゼンツ)な映画。
 つくづく清代末期って、なんでもありだな。辺境の無政府状態の村で、黒人が鍛冶屋をやってても、一応もっともらしい説明がついてしまうんだから。ゴードン・リューが山奥の少林寺(のような寺)の門主で、ルーシー・リューがフランス帰りの娼館のマダムで、ラッセル・クロウが阿片中毒の怪しい英国人ジャック・ナイフ(名前)。

 同じく趣味をこじらせた挙句にしても、だらだら垂れ流しの『キル・ビル』に比べ、こちらは1時間半ですっきりまとまっている。ただ、RZA本人があまり目立っていない。別に奥ゆかしさからというわけではなく、当初完成したものは4時間もあったというから、本人の見せ場ももっとあったに違いない。本人は『キル・ビル』同様、二部作にしたかったが叶わなかったんだそうな。誰か『キル・ビル』の時のタランティーノに同じことをしてやればよかったのに。

 そういう裏事情とは関係なく、前頭葉を使わずに楽しく鑑賞できました。嫌いな役者がこれまでのキャリアにないような役を嬉々として演じてたりすると、それだけで格段に株が上がってしまうのだが、今回のラッセル・クロウも然り。毎回こんなんだったら、あの不細工な犬のような顔をスクリーン上で観ても平気なんだが。

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私がクマにキレた理由

 大学を優秀な成績で卒業したものの、就職活動の最初の一歩で躓き、成り行きから上流階級のマダムの息子を世話するナニーとなるヒロインを、スカーレット・ヨハンソンが演じる。
 よくできたドラマだし、子供は可愛いし、傲慢さと脆さを併せ持つマダム役のローラー・リニーもいいが、何よりスカーレット・ヨハンソンが、勉強はできるが打たれ弱くて鈍臭い女の子に本当に見えるので驚いた。

 これまでに観たヨハンソン出演作を年代順に挙げると、まず『バーバー』(01)で清純に見えて実は中身が空っぽなだけ、という美少女。『真珠の耳飾りの少女』(03)では監督のフェティシズムを体現。『アイランド』(05)で急にふてぶてしくなり、『マッチポイント』(05)と『プレステージ』(06)では「身体だけ」の女。
 08年の『ブーリン家の姉妹』ではふてぶてしさに一層磨きが掛かり、ナタリー・ポートマン演じる計算高いアン・ブーリンの影に隠れる純朴な妹、という役が全然似合わん。その純朴さゆえにいったんは王の寵愛を受けるものの、姉に寵姫の座を奪われ、「ひどいわ」と涙ぐむのだが、「おまえ、そんなタマじゃないだろ」と内心(映画館だったので)突っ込まずにはいられなかった。

 で、今やすっかり『映画秘宝』御用達なわけだが、それはさておき『私がクマにキレた理由』に戻ると、07年公開なので『ブーリン家の姉妹』より前である。さらに前の『アイランド』ではすでにふてぶてしかったし、どうもこれが「地」らしいから、本作は『アイランド』以降に観たヨハンソンの中では一番ちゃんと演技をしてるってことだな。

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ハヤカワ文庫SF総解説PART2

 「ハヤカワ文庫SF総解説PART1」に引き続き、現在発売中の『SFマガジン』6月号の「ハヤカワ文庫SF総解説PART2」でも解説を担当させていただきました。
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 今回は『80年代SF傑作選』上下巻(小川隆/山岸真・編)との『スターシップと俳句』(ソムトウ・スチャリトクル)です。

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 私がジュヴナイルでないSFに最初に嵌まったのは1980年代半ばからなので、80年代SFは、当時読んでいなかった作品も含めて、今でもとても好きです。なんというか、それ以前の作品ともそれ以後の作品とも違う雰囲気が。80年代は私の人生における最も碌でもない時期なので(73年生まれ)、80年代の文化全般はむしろすごく嫌いなんですが、私にとって当時唯一輝いていたのがSFだったという。
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 90年代に入るとSFからいったん遠ざかってしまうので、92年刊行の『80年代SF傑作選』を読んだのは2000年以降、SFに戻ってきてからですが、ああ、これぞ80年代SFだ、うまく説明できないけど、この雰囲気!
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 というわけで、是非読んでみてください。
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 1984年刊行(原書は82年)の『スターシップと俳句』も、読んだのは数年前ですが、まあこれは解説でも述べたとおり、むしろ21世紀的な多文化混淆のカオスというか。
 ソムトウ・スチャリトクルは、2010年刊行のSFマガジン50周年記念アンソロジーの1冊『時間SF傑作選 ここはウィネトカなら、きみはジュディ』に収録の「しばし天の祝福より遠ざかり……」で知りまして、これが佳品だったので、ほかの邦訳作品も読んでみようという気を起こしまして。
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 ……いやあ、タイトルで一応覚悟はしてたものの、実際読んで呆気に取られてしまいましたよ。しかも刊行が「しばし天の祝福より遠ざかり……」の翌年だし。
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 解説ではそのショックを少しでも表現するべく頑張りました。というわけで、『スターシップと俳句』に興味を持たれた方は、まず「しばし天の祝福より遠ざかり……」をお読みすることをお勧めします。

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ロング・エンゲージメント

 監督も主だった俳優もロケ地やスタジオも言語も全部フランスなのに、英語タイトルが付いてるのは、ワーナーの映画だかららしい。
 
 第一次大戦で徴兵された婚約者マネクの帰還を待つマティルドは、戦死の報せを受けても信じようとしない。やがて、マネクが戦死したのではなく、戦闘拒否の罪で銃殺されたという話を耳にするが、それでも彼が生きていると信じ、調査を開始する。
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 ジャン・ピエール・ジュネ監督、ヒロインを演じるのはオドレイ・トトゥで、ほかにもドミニク・ピノンをはじめとしてジュネ監督の常連が何人も出演している。
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  第一次大戦中の悲惨なエピソードがたっぷり詰め込まれているのだが、語り口が『アメリ』と同じなので重苦しさ・陰惨さというものはあまり感じずに、戦争の愚かさを思い知ることができる。
 オドレイ・トトゥの不思議ちゃんキャラは『アメリ』と被るが、アメリが自分の恋には臆病なのに対し、マティルドは婚約者を取り戻すためひたすら前進し続けるという違いがあるし、こちらも『アメリ』はロードショーで観て以来なので、特にマイナスの印象はない。
 調査を進めれば進めるほど、マティルドは戦争の悲惨さと愚かさに遭遇することになる。しかしそれに対して彼女が悲憤慷慨することはない。そういう負の感情はマリオン・コティヤール扮する娼婦が全部引き受け、マティルドはただひたすら純粋に婚約者を探し求める。コティヤールが作中で言うように、彼女たちは表裏一体なのである。
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 ジョディ・フォスターが意外なところで出てて驚いた。そしてとても若く見える。やっぱり彼女は現代ものより時代もの(それも近代くらい)が合うなあ。

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イベントなど

2009年SFセミナー「バラード追悼企画」 (ブログ内記事へリンク:レジュメ)

2010年11月SF乱学講座 (ブログ内記事へリンク:レジュメ)

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『SFマガジン』2014年8月号
 SFセミナー2014の参加企画についてレポートしていただきました。
 昼の部のパネルで喋ったことの拡大版を、〈HISTORIA〉シリーズ設定として当ブログに掲載しています。
「絶対平和 Ⅱ」  「連作〈The Show Must Go On〉」

 それから、レポートで言及されている「岡和田晃氏への回答」はこちら念のために補足しますと、あくまで岡和田氏の評論(およびSFセミナーでの発言)に触発されたわたしの意見であって、氏の考えを否定するものではありませんよ。

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