« アイアンクラッド | トップページ | にんげんのくに »

エド・ウッドだったらどうしよう

 座談会(『SFマガジン」10月号』)でちょっと触れたことだが、私は自分の作品の良し悪しが判断できない。なぜかと言うと、執筆中の私の意識の一部、超自我だかイドだか知らんが、それが常に囁くのである。「エド・ウッドだったらどうしよう」

 この場合、エド・ウッドは最低監督本人ではなく、ティム・バートンが『エド・ウッド』で描いたところのキャラクターである。というのも、私はエド・ウッド作品を一作たりとも観たことがない。仮にもクリエイターに言及するのに作品を観たことがないというのは褒められた態度ではないと承知はしているが、何しろ実際に観た人(しかもB級C級ホラーマニア)が色を失った顔で「拷問だった」と言うのを聞けば、危うきに近寄る気も起きないというものである。

 ともあれ、『エド・ウッド』のエド・ウッドである。
 作中、彼はどれだけグダグダの撮影現場だろうと、「素晴らしい!」「完璧だ!」を連発していた。どうやら目の前の光景ではなく、自分の脳内にしか存在しない光景を見ていたと思われる。

 私は小説を書くのが好きである。自分の脳内にしかない形のないものを、文章で表現するのが大好きだ。とりわけ、筆が乗ってフロー状態に達した時の高揚は、何ものにも代えがたい。
 しかしそんな時でさえ、意識の一部が囁くのである。「エド・ウッドだったらどうしよう」  つまり、『エド・ウッド』のエド・ウッドと同じく、脳内にしか存在しないものを形にするにあたって、実際に自分が拵えたものではなく、あくまで脳内にしか存在しないものしか見えていないのではないか、と。

 もちろんこれは、今まで発表してきた作品がエド・ウッド並みにひどいなどと思っているという意味ではない。だって発表できるかどうかを判断しているのは、私じゃなくてプロの編集者の方々ですから(ブログに置いてあるお蔵出し「鴉の右目の物語」も、佐藤亜紀先生がおもしろいと仰ってくださったものですよ)。
「発表できる価値がある」と保障してもらったら、そこで「エド・ウッドだったらどうしよう」はお終いである。読んでくださった方が、気に入ってくだされば私も嬉しい。そうでなければ、残念だが仕方ない。  

 で、次の作品に取り掛かって同じことを繰り返す。対処法は「無視」しかないのだが、調子の悪い時はこれが難しい。筆の進みが遅くても、フロー状態に向けて調子が上がりつつあるなら、苦しいが耐えられる。
 では調子が上がるどころか下がる一方だとどうなるか。「エド・ウッドだったらどうしよう」の囁きは大きく、強くなり、やがて「エド・ウッドかもしれない」に変わる。 この段階はまだいい。頭の中にあるものを、どうにか文章化できている感覚はあるのだ。できていないかもしれない、というのは、あくまで疑念だ。

 しかしそのまま調子が下がっていくと、ついには自分の脳内の光景やプロットを文章で表現できているという感覚が一切なくなる。「エド・ウッドだったらどうしよう」「エド・ウッドかもしれない」どころではない。闇の中、石ころだらけの地べたを這いずるような精神状態は体調にも如実に反映して、ますます不調になる。
 それでも、書き続けるしかない。書いていれば、いずれは調子が戻ってくる。すでに数百枚書いたものを全部反故にして最初から書き直し、ということもあるが、とにかく書き続ける。調子が戻ってくると「エド・ウッドだったらどうしよう」も戻ってくるが、ひたすら無視して書き続ける。

 毎回そうやって書いてるわけだが、短篇だと今のところそれはない。一気に書き上げてしまえるからだろう。中篇になると、もうダメだ。
 例外は、『ミーチャ・ベリャーエフの子狐たち』所収の中篇「Show Must Go On, and…」。あれを書いたのは『ミーチャ・ベリャーエフの子狐たち』の刊行が無期延期になった直後で、そのストレスかアトピーが超悪化して、塗り薬も飲み薬もまったく効かなくなり、痒みで夜眠れない。 幸い日中は痒みがマシで、夜も起きて活動していれば耐えられるのが判ったので、昼夜を逆転させることで執筆は続けることができた。
 しかし本来は完全な朝型なので、睡眠時間は足りていても、起きている間中、頭の中で「ぐわああああああん、ぐわああああああん」と割れ鐘が鳴り響いている状態。運動もできないから、体力は落ちる一方。

  そんな有様なのに、なぜか執筆は非常に捗った。余計なことを一切考えられなくなったせいというか、お蔭だろう。「エド・ウッドだったらどうしよう」どころか「本が出なかったらどうしよう」とすら考えなかった。最悪な体調も妨げにならなかった。ただただ書き続けた。
 最低限の日常生活を維持するほかは、小説を書くためだけに機能していたあの2ヵ月間、本当に幸せだった。あんな幸せは二度と要らんがな。

 というわけでこれからも、「エド・ウッドだったらどうしよう」を繰り返すんだろう。

 

|

« アイアンクラッド | トップページ | にんげんのくに »

諸々」カテゴリの記事