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『屍者たちの帝国』

 というわけで刊行されました、『書き下ろし日本SFコレクションNOVA+ 屍者たちの帝国』。収録作品は以下のとおりです。

「従卒トム」藤井太洋
「小ねずみと童貞と復活した女」高野史緒
「神の御名は黙して唱えよ」仁木稔
「屍者狩り大佐」北原尚彦
「エリス、聞こえるか?」津原泰水
「石に漱ぎて滅びなば」山田正紀
「ジャングルの物語、その他の物語」坂永雄一
「海神の裔」宮部みゆき

 私は3番目ですね。ロシア帝国が舞台の高野氏の次に、ロシア帝国でもだいぶ東のウラル山脈南麓を舞台にした私が来て、その次がインドが舞台の北原氏、という配置です。

 編集後記で大森望氏が、『屍者の帝国』の序章を「おもちゃ箱をひっくり返したような」と形容しておられますが、それはそのまま『屍者たちの帝国』にも当てはまります。
 まさに奇想と超絶技巧の饗宴ですが、その中で私だけなんか地味かも……まあこれも多彩さの一部ということで。
 仁木稔にしては珍しく暴力もグロもない(少なくとも直接描写は)ので、そういうのが苦手な方にもお勧めできる、安心安全な仕様です。

 暴力なしグロなし、というのは意図したわけではなく、偶々そういう要素が入らなかっただけですが、今回の執筆にあたって一つ自分に課したのは、「史実に忠実な時代背景に、原典である『屍者の帝国』の屍者の設定だけを嵌め込む」ことがどこまで可能かを追求する、という縛りでした。いや、なんとなく、やったらどうなるかなあと思って。

 そしたら、ほぼ史実どおりで行けました(「ほぼ」というのは、「幕末の漂流民からロシア帝国政府に即身成仏の情報が伝わってた」というような与太が混じってたりするからですが)。舞台となる町や物語の中心となる神秘主義教団も、架空のものとはいえ、どちらも実在の町と教団をモデルにしています。 
 これはそのまま、『屍者の帝国』の設定が緻密に作り込まれていることの証左になるわけですね。実作による文字どおりの実感。
 

 というわけで、イスラムやその神秘主義全般について作中で述べていることも現実のものに即しています。言及されてる伝説も、実際にあるものです。
 自分が死者であると想像する、というのも実在の神秘主義教団の修行法の一つですが、これといい上述の即身成仏といい、かつては死体というのは現代(特に先進国)ほど忌避されていなかったのだろうと思います。
 死体崇拝は祖先崇拝として先史時代にまで遡り、そこから「力のある人物の死体」崇拝へも発展するわけですが、現代のように死体を忌避し、隔離しようとする社会では、到底起こり得ない状況ですよね。
 死が身近だったから、死体も当然身近だったということですが、それは先進国であってもそんなに昔のことではなく、『屍者たちの帝国』でも山田正紀氏が「石に漱ぎて滅びなば」でも活写されておられるように、20世紀初頭のロンドンでさえ、貧民街では行き倒れが珍しくなかった。
 現代人の感覚だと、いくら労働力や兵力になるからって動く死体なんて……と思わずにはいられませんが、死体が身近な時代には、「動く死体」への忌避感も少なかったのでは、というようなことを思ったのでした。

 暴力もグロもないという点では仁木稔らしくないけど、ロシア帝国でイスラム神秘主義なのは仁木稔らしいというか。ほかの方々の7編とともにお楽しみいただければ幸いです。

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 電子版も出た『伊藤計劃トリビュート』も、よろしくお願いいたします。

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