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近況

 長野で生まれ育ったというのに、四半世紀余り前に故郷を出て以来、年々寒さに弱くなっています。特に15年くらい前に化繊とウールが着られなくなってからは、冬季の稼働率が極端に落ちました。綿100%でも「あったか加工」とか何かそういった加工がしてあるものは、一度ひどい目に遭ったので、二度と試す気にはなれません。

 ここ数年はついに、12月下旬頃から暖房の効いた部屋で「強」にした電気毛布にくるまってガタガタ震えながら机に向かい、さらに気温が下がるとベッドにノートPCや資料(および電気毛布)を持ち込んでガタガタ震えながら作業し、最終的には布団の中で丸まって何もできずにガタガタ震えているだけになる、という有様でした。
 もっともこの最終段階は寒さが最も厳しい2月頭の数日間だけで、それが過ぎると気温の上昇とともに稼働率も徐々に上がっていきます。
 
 そういうわけで、毎年やや回復しつつある2月10日(ちなみに誕生日)に『SFが読みたい!』が発売されます。そして昨年は、特別企画「2010年代前期SFベスト30」で『ミーチャ・ベリャーエフの子狐たち』が国内篇30位にランクインさせていただいたお蔭で、一気に超回復できたのですが……
 その後の経過は現在発売中の『SFが読みたい! 2018年版』の「2018年のわたし」やこのブログで昨年8月に御報告したとおりです。
 
 一年余りも続いたスランプからの回復ということもあって、バリバリ書いてる間は本当に幸せでした。
 起きている間は、食事とシャワーとトイレと最低限の身繕いと担当の家事(主に炊事と食料・日用品買い出し)の間以外は書き続ける。それらの「最低限の雑事」の間も構想を練り続ける(お蔭で調理中、何度も包丁で手を切った)。睡眠時間はどんどん短くなり、ベッドに入ってからも続きが書きたくて眠れないので起きて書き続けることが度重なり、夢の中でも執筆や構想を続けたり、作品と何かしら関連のある風景を見る。
 
 要するに、チクセントミハイの言うところの「フロー」に四六時中あったわけです。
 で、その結果どうなったかというと、切りのいいところまで書き進んだので下調べのために中断した途端、「アトピーが爆発した」とでも表現するしかないような劇症化ですよ。
 
 当時を顧みて「ゾンビ」と言うのは、身体症状だけでなく意識も朦朧として、自分のことも外界のことも碌に認識できなくなってたからです。
 自分の状態が異常だと解らなくなっていたし、皮膚科に行くべきだという考えは浮かびもしなかった。そもそも何も考えていなかった。以前、通院していた時のステロイドが残っていたので、それを塗ってはいたものの、まったく効いていないことにも気づいていなかった(たぶん塗っても皮膚に浸透する前に血や血漿と一緒に流れ落ちてしまったのが、効かない一因だったんじゃないかと)。
 昔から、アトピーが悪化しても顔には滅多に症状が出ません。春先だったので衣服に隠れて、家族も症状に気づかない。へろへろになって受け答えがおかしくなってきたので「大丈夫?」と訊かれても、私自身、自己認識ができていないので、「大丈夫、大丈夫」と答えてしまう。
 
 思い返すだに悪夢のようですが、当時はつらいと感じることすらできなくなっていました。
 とうとう顔にも炎症が出てきて、父親に「いいから医者に行ってこい」と言われ、言いなりに皮膚科へ赴き、ようやくゾンビ化に歯止めがかかった次第です。

 フロー状態の私は、私ではなく「執筆マシン」になっているわけで、それが持続すること以上の幸せはない。が、もはやそれができない身体になってしまったのでした。
 しかも脳を酷使する創作のみならず、ただダラダラと怠惰に過ごすことすらできなくなってしまいました。
 症状が改善に向かい、まとまった睡眠を取れるようになり、身体も動くようになってきて以来、バランスの取れた食事、適度な運動、規則正しい生活を「厳守」しない限り、人としてまともに機能しなくなってしまったのです。
 不可抗力、あるいは根を詰める、あるいは純然たる怠惰等で生活のリズムが2日も狂うと、たちどころに体調を崩し、回復するのに何日も何週間も、悪くすれば何カ月もかかります。 
 
 四十数年生きてきて、ここまで「自分」に手間暇かけたことはなかったので(しかも習慣として)、一言で言って面倒臭いし、時間の無駄だという感が拭えません。
 だいたい自分がおよそ「繊細」とは無縁な人間であることは、よーく解っているので(がさつでずぼらな性格、太い骨、広い肩幅、厚い脂肪。大きな病気も怪我もいっぺんもしたことがない)、その自分を「虚弱」だと見做すのは、どうにも釈然としません。
 
 しかしまあ、確かに子供の頃は虚弱で、しょっちゅう熱を出したり腹を下したりしていました。保育園では1ヵ月1度も欠席しないと貰えるシールがあったのですが、そのシールを3年間1度も貰ったことがない。もう1種類、欠席が3日(たぶん)以内だと貰えるシールもありましたが、それも1度しか貰えませんでした。
 それが、家が山奥にあったため通園・通学で何キロも歩き続けるうちに、次第に身体が丈夫になり、十代半ばになる頃には滅多に風邪もひかなくなっていました。
 それで自分の頑丈さを過信してしまい、メンテナンスを怠ってきたツケを今払っている、ということなのかもしれません。

 釈然としないものの「不規則で不健康な生活」の悪影響は明らかなので、「規則正しく健康的な生活」を仕方なく続けてきたところ、今冬は例年に比べて著しく稼働率が上がりました。例年のような何をやっても(厚着をしても、暖房器具を駆使しても、風呂に入っても、運動しても、熱いものや辛いものを食べても)消えない寒さ、気分が悪くなるほどの寒さは1度も経験せずに済んだお蔭です。
 
 とはいえほかの季節に比べれば不調で稼働率が低かったのも確かなので、ちょうどその時期に書いた「2018年のわたし」が少々ネガティブな内容なのは、そういうわけです。御心配をおかけしたとしたら、申し訳ありません。
 それに加えて紙幅の都合で詳しく述べられなかったのもありますが、ゾンビ状態からなんとか持ち直した去年の初夏以来、執筆が遅々として進んでいない原因のうち、健康状態は実はせいぜい半分なのでした。
 
 原因の残り半分は、別のところにあるのです。つづく。
 

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