« 2018年3月 | トップページ | 2018年11月 »

ニッポンの文字の文化

 オングの『声の文化と文字の文化』を読んでの雑感の続き。.

 長野から関西に来て最大のカルチャーショックは、偶々同じ大学に入って同じカルチャーショックを受けた妹の言葉を借りると、
「普通の女の子が冗談を言う」。
.
 いわゆる県民性によると、長野県民は冗談が通じないそうである。長野県民自身もそう言っている。
 いや、長野県民だって冗談を聞けば、ちゃんと笑う。ただし、誰もが冗談を言うわけではない。冗談を言う「係」は決まっていて、そのいわば「お笑いキャラ」が何かギャグをやって周りが笑う、という構図である。笑うだけであり、冗談に冗談で返すようなことは、基本的にない。
 だから関西の、誰もが常に笑いを取ろうとし、しかも言いっ放し、やりっ放しなのではなく、相手もしくは周囲からのリアクションがあり、それに対してさらにリアクションをする(要するにボケツッコミの応酬)、という「双方向」は驚くべきことだった。
 実際には「誰もが」というわけでもなく、笑いを取ろうとしない、ボケツッコミをしない関西人もいる。しかしその数は少ない。ほとんど誰もが、「普通の女子」でさえも常に笑いを取ろうとしている。 
. 
 長野県諏訪地方では、なぜか小学校では1度もクラス替えがなかった。中学でもないのが普通だが、生徒数が多すぎて途中で2校に分かれたため、結果的に1度クラス替えが行われた。
 したがって私が知るのは小学校で1クラス、中学で2クラスというわずかな事例でしかないのだが、クラス内で冗談を言うキャラ/係は、女子に限って言えば小学校では5人を超えることはなく、中学ではさらに数が減った。
 彼女たちは、リーダー的女子とお笑い系女子とに分けることができた。リーダー的女子は、個人差もあるがそうしょっちゅう笑いを取ろうとするわけではなく、TPOに応じて、つまり効果を計算して行っていた。リーダーシップの一環、人心掌握の一環であり、嫌な言い方をすれば、周囲が笑うのはおもねりも多少はあっただろう。一方、お笑い系女子は、例外もあったが、やや軽んじられる傾向にあり、必ずしも人気者ではなかった。
 なお、高校では授業が選択制でクラスのまとまりが弱かったのもあってか、そういう「キャラ」は明確ではなかった。
 そんなわけで、関西では誰もが、「普通の女子」さえもが、始終笑いを取ろうとする、というのはまさに「ショック」だったのである。
.
 長野の県民性としてほかに言われることに、「議論好き」「理屈っぽい」がある。さらに、ネット上や書籍などの県民性リストには載っていないことで、高校時代、複数の教師から聞いたことなのだが、「相手を説得するのではなく、理屈で追い詰め、論破する」。
 確かに、そういう傾向はある、と思う。小学校では、何かというと「話し合い」ばかりしていた記憶がある。それも学級会で「クラスの問題」とかを話し合うだけではなく、授業の基本が「話し合い」だった。
 国語で「ごんと兵十の気持ちを考えてみましょう」とかならまだしも、算数で問題の解き方が複数あった場合どれがいいかとか、果ては家庭科で「冬は下着のシャツを毎日替えるべきか」というような「正解」などないような問題まで、なんでも話し合う(念のために言うと、30年以上前の諏訪地方は今以上に寒く、しかも暖房設備も整っていなかったから、冬はあまり汗をかかなかったのである)。
 小学校ではクラス替えを経験していないし、他のクラスや他校、他の地域でどんな授業が行われていたのかも知らないが、担任が替わっても話し合いが基本の授業形態は変わらなかったので、少なくとも長野県全体の傾向ではないかと思う。
.
 で、その話し合いというのが常に、「相手を理屈で言い負かす」、つまり「言葉による格闘」だった。結論が出ないようなテーマであっても、異なる意見をすべて叩き潰した「勝者」が出るまで続けられる。もっとも、一応はカリキュラムというものがあるので、その前に教師が時間切れを宣言して打ち切ることも少なくなかったが。
 中学以降は受験があるので授業での「話し合い」はなくなるが、「議論好き」で「理屈っぽい」人間の下地は、小学校卒業までにすっかり出来上がっている。
.
 この「県民性」は、やはり江戸時代に識字率が日本一だったことが最大の要因だろう。
『声の文化と文字の文化』によると、弁論(議論や演説)が重視されるのは、「声の文化」である。しかし論理的に、言い換えれば理屈で、考えたり話したりするのは「文字の文化」である。
 論理(理屈)というものは、文字を基盤とした思考だ。読み書きの教育を受けていない人は、「北極圏の熊はみんな毛が白いです。グリーンランドは北極圏です。グリーンランドの熊の毛は何色ですか?」といった最も簡単な三段論法すら理解できない。もちろん知能が低いわけではなく、思考法が根本的に異なるのである。
『声の文化と文字の文化』でも紹介されているが、ソ連の心理学者ルリアが1930年代初めに識字率の低い地域で行った調査の報告『認識の史的発達』(明治図書出版)には、読み書きがまったく、もしくはほとんどできない人たちの思考様式がふんだんに紹介されており、非常に興味深い。
.
 古代ギリシアから近代ヨーロッパまで、読み書き能力が限られた人々に独占されていた社会、その人々が発達させたのがレトリック(弁論術)である。論理的思考に基づいた、「言葉による格闘」だ。だから古代ギリシアや中世ヨーロッパの哲学書は、対話形式が基本なのである。
 しかしそうしたヨーロッパの議論で重点が置かれていたのは、説得であって論破ではない。私が小学校で経験したようなのは、問題を解決するための議論ではなく、議論のための議論である。これが長野県民の議論の特徴だとしたら、山がちな地形のせいで共同体が小さく、小藩ばかりで大局に立つ機会もなく、それなのに識字率だけは高いから、議論のための議論が発達した、といったところだろうか。
.
「議論のための議論好き」がどれだけ読書と関係するのかは知らんが、少なくとも「クラスで一番本を読む」子だった私は、理屈で相手を言い負かす、というか叩き潰すのが何より得意だった。いやほんと、ほかに得意なことがなかったんですよ。運動は全然駄目だし、本ばっかり読んで勉強しないから、成績もせいぜい上の中といったところだったし。
 別に自分の意見が正しかろうがなかろうがどうでもよく、ただただ相手をやり込めるのがすごく楽しかった。で、それを相手が同級生だろうが教師だろうが構わずやったんで、恨まれていろいろ面倒なことになり、小学校高学年になる頃には議論を避けるようになったのでした(遅い)。
 以来、説得目的でない限り、議論は極力避けています。というか、議論自体を避けてる。説得するつもりで始めても、うっかりスイッチが入ってやり込めてしまいかねないんで。恨まれたり嫌われたりするとこまでいかなくても、怖がられるんですよ……
.
 長野出身の知識人で、たぶん全国的に一番有名な佐久間象山。詳しく知っているわけではないが、信州人の例に漏れず、誰彼構わず議論を吹っかけては言い負かして、そこらじゅうで恨みを買ってたんじゃなかろうか。過激思想の上に自信過剰の性格と来れば、間違いなくやってるな。
.
 先日、ボケツッコミによる「勝負」はハナから習得する気はなかったが、互いに相手が反応しやすいように配慮しながらの会話には馴染めた、と書いた。
 言い換えれば、故郷ではそうした会話には馴染んでいなかったのである。このことについては、やはり妹がこう言っている。
「関西に来る前は、どうやって会話してたか思い出せない」
.
「言葉のキャッチボール」が成立していなかったわけではないが、基本、相手がキャッチしやすい球を投げることを考えていない。「議論のための議論」ともなれば、急所にぶつけて仕留めるためだけに投げる。キャッチボールではなくキラーボールである(アメリカではドッジボールをこう呼ぶんだそうである。または「マーダーボール」)。
.
 プラトンによると、ソクラテスは「書くこと」と「書かれたもの」を信用しておらず、その理由の一つとして、「書かれたもの」(テキスト)を読むという行為は人間同士の対話ではないからだと述べたという。一方的に言葉を投げつけられるだけで、投げ返すことはできない。投げてくる相手を見ることも聞くこともできない。
 私の故郷と関西とで会話のルールが違うのは、果たして「文字の文化」と「声の文化」の違いなのかどうかはわからない。また、諏訪以外の非関西圏での会話のルールについても、何か意見を述べられるほど実例を知らない。
.
 まあ他県民から言われる長野県民の数々の短所のうちの幾つかが、仮に「文字の文化」の弊害だったとしても、「声の文化」のほうが優れていると言うつもりはない。
 たとえば、日本語は罵倒語が少ないとされるが、これは長野県に限らず日本全体が昔から識字率が高かったことと関係しているのではないだろうか。
『声の文化と文字の文化』によれば、声の文化の特徴として、決まり文句の多用がある。罵倒語も決まり文句の一種であり、同じく声の文化の特徴である「罵倒の応酬」とは、決まり文句である罵倒語の応酬なのである。
 著者のオングがこれを「言葉による知的な格闘」と呼ぶのは、非常に多種多様な罵倒語の中から、どれだけ気の利いたものを選べるかを競う、ということであり、斬新な罵倒表現を考え出す創造性を競うのではない。
.
 文字の文化が浸透していたから、決まり文句の多用や罵倒の応酬という習慣も早くに廃れた、だから日本語には罵倒語が少ないのだ、というほうが、「日本人は優しいから/礼儀正しいから」「日本語は美しい言葉だから」等々「情緒的」な説明よりも明らかに理に適っている。
『声の文化と文字の文化』によれば、決まり文句の多用は、思考まで決まり文句的に、つまり紋切り型にするそうである。また罵倒語については、日本語の古語や各国語から確認できる事実として差別表現が多いから、廃れて惜しい文化ではまったくない。
.
 上記の、ソクラテスが「書くこと」「書かれたもの」を嫌った理由の一つである「対話の欠如」は、ライブ(なま)でないこと、と言い換えることができる。書かれたものとは、記録されたものだからだ(そもそも、文字は記録のためのものである)。
 さて、電子掲示板やチャット(テキストチャット)でのコミュニケーションは、文字によるものではあるが、従来の手紙などの遣り取りに比べて桁違いに即時性が高い。速度だけなら、声によるコミュニケーションに近いと言える。
 ああいう場で決まり文句や定型文(テンプレート)が多用されるのは、ひょっとして「声の文化」的要素なのだろうか。識字層が限られていた時代には「書かれたもの」であっても決まり文句が多用され、その名残は現代でも「改まった」文書に見ることができるが、ネット上に見られる決まり文句は、それらの「死んだ」決まり文句とはまったく別物だ。
.
 そしてまた、ネット上では「罵倒の応酬」が日々繰り広げられ、新たな罵倒語も次々と生まれている(もちろん差別表現が多い)。しかし、どれだけ気の利いた返しができるかを競う「言葉による知的な格闘」にはまったくなっていないのは、結局のところ「ライブではない」からではないだろうか。
 反応が文字でしか見えない、いくら即時性が高くても書き込みの最中の反応までは得られないというのは、罵倒の相手だけではなく、その罵倒がどれだけ気の利いたものかを判定する「観客」についても言えることだからだ。
 要するに、声の文化と文字の文化の双方の欠点が複合した結果が、知性の欠片もない罵倒の応酬(もしくは応酬ですらない)なのではなかろうか。別に違っててもどうでもいいんだが。
.
.
.

|

ニッポンの声の文化、続き

「ニッポンの声の文化」へ

 関西の「声の文化」は、ボケツッコミだけではない。

 1990年代初め、京都の龍谷大学は非関西圏からの学生がほとんどいなかった。2、3年もすると全国から学生が集まるようになるのだが、私の入学時には非関西圏出身者はいるにはいたが、関西より西からがほとんどで、東からの学生は本当に珍しかった。
 私はといえば、生まれも育ちも長野の諏訪地方、関西弁を間近で聞くのは初めての体験だった。関西弁自体は、すでにダウンタウンの東京進出後であり、TVをそんなに観ない私にも耳慣れないものではなかった。「ほかす」「いちびる」といった、意味の解らない単語も、それほど多くはない。
 困ったのは、表面的な意味は理解できても、ニュアンスまでは理解できないことである。
.
 文字どおりには誉められてるが、どうも貶されてるような気がする。しかし、貶されてるだけかといえばそうでもなく、少しは誉められているような気もする。
 とにかく、どう受け取ったらいいのか解らない。これはかなりのストレスだった。
.
 実際、関西人の発言は、二重三重の意味を持たせていることが多い。良い意味なのか悪い意味なのか、両方だとしたら、どちらに比重が置かれているのか。
 そうしたことを相手が読み取れるか試す。これもまた、「言葉による知的な戦い」である。
 しかし関西初心者の私が、いきなり寄ってたかってこれをやられたのは、読み取れるかどうか試されたのではなく、読み取れるわけがないという前提で嫌がらせをされたのだろう。しかも一般的な関西人同士の会話以上に、ことさらに微妙なニュアンスを含ませていたような気がする。
 これは決して被害妄想ではない。当時、「関東弁」が気持ち悪い、と面と向かって言われたのは一度や二度ではなかった。
.
 前回の記事で、関西の人たちは「関西人」という一つのまとまったアイデンティティを持っているわけではないし、「関西弁」というものもない、と述べた。今回は便宜上、「関西人」「関西弁」を使うが、地域差を無視して「関西弁」「関西人」と十把一絡げにするのは失礼なことである。
 が、関西の少なくとも一部の人々も、「関東人」「関東弁」という雑な括りをするので、お互い様というものだ。しかもそういう人ほど、「関東」を「東京とその周辺」もしくは「東京とそのシンパ」と見做して敵愾心を抱く傾向がある。
 東京など山々の彼方であり「近い」と思ったことなど一度もないのに、一度も意識したことのない「関東」という括りで一絡げにされて敵意を向けられては堪ったものではない。「関東弁」とか「関東人」なんて言い方、それまで聞いたこともなかったよ。
 はっきり判る方言を話していたら状況は違ったかもしれないが、諏訪の方言は標準語との違いが少ない上に、私は母に方言を禁止されていたので、ほとんど話せない。聞けば理解できるし、微妙な地域差も識別できるが、話すことはできない。イントネーションが多少違う程度なので、関西人にとっては「気持ち悪い関東弁」である。
.
 どうもあの頃は、私に対してことさらにコテコテの方言を使う人が多かったような気もする。当時はコテコテかそうでないかの判別もできなかったので、実際はどうだったかわからないんだが。
 もし本当にそうだったとしたら、たぶん威嚇を意図していたのだろう。生憎こちらには通じなかったが、ニュアンスが解らないというだけでも充分しんどかった。
. まあしかし、四半世紀以上も昔の話である。今ハキットソンナ人ハイマセンヨー。
 3年もすると、友人たちは皆、「仁木(仮)さんと話す時は、自然と標準語に近くなる」という主旨のことを言うようになったしね。そういう人たちだから友達になれたとも言えるが。
.
 当初、ニュアンスが解らなかった関西特有の表現としてはほかに、相手の言葉に被せるように言う「ハイハイ」があった。
「関東」では、「ハイハイ」と返事をされて相手が喜ぶことはまずない。まして話の途中でやられたら、「ハイハイ、わかってるからもう黙ってなよ」ということだと解釈し、腹を立てるか傷つくかするだろう。
 関西の「ハイハイ」は、これとは明確にイントネーションが違うのだが、慣れない人間にはそこに籠められたニュアンスまでは汲み取れない。ただでさえ関西弁に疲弊しきっていた私は、相当な悪印象を抱いた。
.
 ニュアンスが解りにくい発言ばかりをしていた人たちが、本当に「関東人」の私に敵意を抱いていたかどうかは定かではないが、「ハイハイ」に悪意がなかったことは断言できる。
 これは「熱心な同意、共感」の表明である。敢えて訳すなら「わかるわかる」となるだろうが、「わかる」という言葉の押しつけがましさはない。相手の言葉に被せるのも、遮る意図はまったくなく、それだけ熱意を籠めているということである。「どんどん続けて」と促す意図もあるだろう。
「ハイハイ」と2回だとまだ軽い合いの手といったところだが、より熱意が籠れば「ハイハイハイハイ」と4回、さらに激しい同意だとさらに回数は増える(最大8回までだと思う)。
 そういうつもりでハイハイ言ったのに、私がむっとして黙ってしまうので相手も戸惑っただろうと思う。幸い、ニュアンスが読み取れるようになるまで、そう長くはかからなかったが。
.
 わりと早い時期に、下手くそな関西弁ほど関西人のカンに障るものはないと気づいていたので、関西弁を喋ろうと試みることはなかった。最初の夏休みに帰省した際、TVで非関西人の似非関西弁を耳にして、関西人が嫌がるのも無理はないと思えたし。
 そういうわけで数年後には友人たちから、「いつまで経っても関西弁がうつらない」ことを不思議がられるようになるのだが、帰省すると家族や地元の人たちからは「すっかり関西弁になった」と言われたものである。語尾やイントネーションなんかは、それなりに影響を受けていたと思う。
 前回述べたようなボケツッコミの激しい応酬、「言葉の真剣勝負」も、体得できるわけがないとハナから勝負を降りていた。しかし相手が反応しやすいように互いに配慮しながら会話を続ける「言葉のキャッチボール」には、だいぶ馴染めたように思う。
 自然に「うつった」ものとしては、「ハイハイ」もその一つだ。相手の発言に「熱心な同意、共感」を抱いた時には自然に口を衝いて出るようになった。もちろん、熱意の度合いに応じて回数も変化する。
.
 ただし非関西圏の人と話す際には、使わないように注意した。私の場合、短期間とはいえ関西弁で苦労させられたので余計に印象がよくないかもしれないが、6級下で、同じく龍大に入った妹はそのような苦労はせずに済んだようだが(だから、「関東に敵意を抱く関西人」などというものはとっくに絶滅しているはずである)、やはり「ハイハイ」の印象は悪かったという。非関西人相手には、使わないのが無難である。
.
 関西を出てからは関西人と話す機会は滅多になくなり、「ハイハイ(ハイハイ……)」を使う機会はほぼ皆無になった。しかし気が付くといつの間にか、相手の発言に「熱心な同意、共感」を抱いた時には、「ハイハイハイハイ」と同じタイミングで、「あーあーあーあー」と言うようになっていた。
 意識せずにやっているので自分でもよくわからないが、「ハイハイ」(2回)の代わりは「あーあー」ではなく、たぶん「うんうん」。で、「最大級の熱心な同意、共感」である「ハイ×8」は、「あー×8」ではなく、「あーあーあーあー、うんうんうんうん」という、なんだか謎の相槌を発している。
 

|

『TH』№76

 お久しぶりです、仁木稔です。アトリエサードさんから今月末に発売する『TH(トーキングヘッズ叢書)』№76「天使/堕天使~閉塞したこの世界の救済者」にエッセイを寄稿させていただきました。
 エッセイ・タイトルは「イスラムの堕天使たち」です。書きたいことだけを書いた、たいへん趣味に走ったものとなっておりますが、それでも浮かないのが『TH』。広く深い雑誌です。

Ac349fd115e7b996b04d053493b37b5b 

『TH(トーキングヘッズ叢書)』№76(アトリエサード公式サイト)へ

 よろしくお願いいたします。

|

ニッポンの声の文化

 これも何ヵ月も前に読んだ本であるが、オングの『声の文化と文字の文化』(藤原書店)は実に興味深かった。
 文字(特に印刷された文字)の文化が浸透した社会の人間には、無文字の、あるいは文字があまり浸透していない文化を理解することが難しい、と同書は繰り返し強調している。まったくそのとおりで、解説されている無文字の、あるいは文字があまり浸透していない文化というものを、具体的に思い描くのは難しかった。
「文字の文化」も「声の文化」も共に「言葉の文化」ではあるが、前者が文字どおり「文字で表現できる言葉の文化」であるのに対し、後者は「文字で表現できない言葉の文化」と言い換えることができる。
 そのような声の文化(および社会、人々)が登場する物語を、これ以上ないくらいに文字の文化にどっぷり浸かった現代日本人が、文字を使って果たしてどこまで正確に描くことができるだろうか。

 それはさておき、『声の文化と文字の文化』について言えば、原文そのもの、および訳文の硬さも、理解を妨げる原因の一部ではあるだろう。たとえば、「闘技的」という言葉。原文(英語)ではどんな単語または語句が使われていたのか、私の英語力では察することもできないが、「声の文化やその影響を残している文化の、すべてではないにしてもその多くは、文字に慣れた人々の目から見ると異常に闘技的である」という訳文も、なんのことやらさっぱり解らない。

 読み進めていくと、「闘技的」というのはまず、「ことばが専ら声として(文字としてでなく、という意味)機能している社会では世界中どこでも」「交互に罵倒し合う」という「現象」が「標準的に見られる」ことを指しているらしい(なお、同書の訳者は頑なに「言葉」を「ことば」と平仮名に開き続ける)。
 この一文の直前には、「物語のなかで人物同士が出くわすシーンになると、決まって自分自身の勇ましさを自慢したり、相手をやり込めようとする場面があらわれる」とあるので、「闘技的」というのは、相手を侮辱することだけでなく、自分自身を賞賛することも含まれるようだ。
 具体例が挙げられていないので余計に解りづらいが、イスラム成立以前のアラビア半島における、部族同士の戦争はまず部族のお抱え詩人同士が詩で自分の部族を賞賛し相手の部族を侮辱するところから始まった、という伝統が該当すると思われる。
 他の文化圏でも、部族レベルや個人の戦闘はまず口頭での「勝負」から始まり、それによる「勝敗」も、物理的な戦闘の結果に加算されたようだ。日本の武士の「名乗り」もその一つだろう。

 こういった罵倒と自慢(どちらかだけのこともある)の応酬は、観客の存在を前提としたパフォーマンスであり、現代の例として挙げられているのは、「アメリカ合衆国やカリブ諸国などの」「声の文化がまだ支配的な地域で育っている黒人の男子は、ダズンズdozensとかジョウニングjoningとかサウンディングsoundingなどのさまざまな名で知られる遊びに参加する。そのなかでは、参加者の一方は他方の母親の悪口を言い、それによって互いを打ち負かそうとする」。

 映画『RIZE』はまさに「アメリカ合衆国の声の文化がまだ支配的な地域」(要するに教育レベルが低い貧困地区)が舞台で、クランプダンスとクラウンダンスという2つの派閥の公開ダンス対決が行われた際、その「前座」としてステージ上でダンサーたちが交互に罵倒の応酬をするという「ショー」をやってたなあ。女子も参加してたし、確か悪口のネタは母親限定じゃなかったが。

 しかし著者の言う「闘技的」とは、自慢と罵倒の応酬という「口喧嘩」だけを指すのではないらしい。
「彼ら(声の文化に生きる人々)が諺や謎々を用いるのは、単に知識を蓄えておくためだけではなく、相手の関心をことばによる知的な戦いに引き込むためでもある。つまり諺やなぞなぞの一つを口に出すことは、相手にそれ以上に気の利いた諺か謎々を出すようにという挑戦なのである」

「謎かけ勝負」は神話伝説や民話の形で数多く記録されており、異世界ファンタジーにも時々登場する。一番有名なのは『ホビットの冒険』だろう。
 しかし現代日本のような文字の文化にどっぷり浸かった社会では、謎々はせいぜい子供の遊びであり、「ことばによる知的な戦い」と言われても実感はまったくない。

 ……と思いながら読んでいたんだが、ふと、現代日本における「ことばによる知的な戦い」に該当するのは、「関西のボケツッコミ」じゃないかと思い至った。

 関西人同士の会話は、非関西人から見ると喧嘩のようだ、とはよく言われてきたことである。近年ますます関西芸人の「関東進出」は著しいので、そんな感想を抱く人はもはやいないんじゃないかと思われる方もおられるかもしれないが、台本のある漫才(トークショーだって大まかな流れは事前に決められているはずだ)とは違って、「本物」のボケツッコミは目の当たりにすると本当に凄まじい。
 ボケ役、ツッコミ役は固定されておらず、互いにどうやってボケてやろうか、どうやってツッコんでやろうかと、虎視眈々と狙いつつ、どうということのない日常の事柄から深刻な相談事、世界情勢まで話題は選ばない。傍で見ていると喧嘩を通り越して、まさに「ことばによる格闘」。丁々発止の真剣勝負である。言葉がぶつかり合う音まで聞こえてきそうだ。
 こういうのを、普通の学生や会社員が行うのである。

 もちろん彼らとて、年がら年中そんな会話をしているわけではない(そんなことをしたら神経をすり減らして早死にしてしまう)。
 普段の会話はもっと穏やかで、むしろ相手がボケやすいよう、ツッコミやすいよう、互いに配慮しながら続けられる。言葉のキャッチボールである。
 それが、こちらが投げた言葉にどう返せるか(どうボケられるか/どうツッコめるか)という「挑戦」になってしまうと、上記のような「勝負」と化すのである。

 関西の友人が、「関西人は相手の話を半分しか聞いていない。後の半分は、どうツッコんでやろうか、どうボケてやろうかと必死で考えている」という主旨のことを言っていた(奈良の人なので奈良の言葉で)。
 これは語弊のある言い方で、もちろん彼らは相手の話を「聞いていない」わけではない。ただ、自分の発言の「意味」を相手に伝える、相手の発言の「意味」を理解する、というだけでなく、互いにどう「反応」するかにもかなりの比重を置いているのである。
 また、自分がどう反応するかだけを重視し、互いの言葉の「意味」を疎かにする人間が一部にいることも事実である。当然ながら、そういう人間は見当外れなボケツッコミばかりし、まともな会話は成立しない。

 上記の「言葉の真剣勝負」であれ、「言葉のキャッチボール」であれ、また話題に関係なく、時にこれ以上なくきれいにボケツッコミが決まることがある。傍目にもそれと判るが、本人たちは感動の余り絶句する。沈黙の中、しばし2人で見詰め合い、ややあって、
「……今の、よかったな」
「……ああ」
 と余韻に浸る。
 関西に住んでいた十数年の間に、友人知人や通りすがりの他人のものも含め、こういう光景を5回は目撃したことがある(5回しか、という言い方もできる。滅多に起きることではないのである)。

 さて、なぜ関西にはこのような「声の文化」が存続しているのだろうか。
 言うまでもなく関西は、「声の文化がまだ支配的な地域」などではない。文字の導入以来、永きにわたって日本の「文字の文化」の中心地で在り続けたのは周知の事実である。

 一言で言えば、良くも悪くもローカル番組のお蔭であろう。
 お笑いに興味があるわけではないので、私自身はそれらの番組をちゃんと観たことはないが、友人たちがしばしばおもしろおかしく語って聞かせてくれたものである(親しい人から語って聞かせてもらうのは好きだったが、知らない人が出ているTV番組をわざわざ観る気は起きなかった、とも言える)。
 台本や予め決められた進行のある漫才やトークショーも「お手本」にはなるし、聞いた限りでは、即興性の高い番組も多かったようだ。

 たとえば「枚方と高槻の市民(ずぶの素人)同士の公開討論:『どちらが都会か』」。
 と聞いただけで私が笑ったのは、当時すでに関西に何年も住んでいたからだが、自分たちのほうが都会だとする根拠の例が、枚方市は「ひらかたパークがあるから」で、高槻市は「松下(現パナソニック)の工場があるから」だった、と言えば、関西圏外の方々にもこの微妙さが多少は伝わるのではないかと。
 地元の誇りを賭けた公開討論(という名の自慢と罵倒の応酬)。これはまさにトライバル・ウォーの序盤における「口頭による勝負」の現代版である。

「良くも悪くも」と述べたが、「良くも」というのはもちろん、記録も保存も困難なため文字の文化に駆逐されやすい声の文化がこうして存続しているのは良いことだからだ。
 上述のように、声の文化とは「文字で表現できない言葉の文化」である。漫才でも落語でも、文字で書き留めてもおもしろさはせいぜい半分しか伝わらない。書き留めることのできなかった残り半分以上のおもしろさは、そのまま切り捨てられることになる。しかも文字で書き留めたものは、「文字の文化」となってしまう。録画や録音でも、臨場感は記録できない。

「悪くも」というのは、関西の友人たちが異口同音に言っていたことだが、TVによる「言葉の均質化」である。
 関西の人々は、自分たちが「関西弁」を喋っているとは思っていない。それぞれ大阪弁なり京都弁なりを喋っているのである(実際には、さらに地域別に細かく分かれる)。非関西人でも、少し慣れれば違いはかなり大きいことがわかる。
 それが、TVでいわゆる「関西芸人」たちの喋る言葉の影響で、地域差が失われつつある、というのだ。いわば、「関西の標準語」としての「関西弁」の成立である。

 今述べているのは10年以上前の状況であり、この「関西弁化」は進行することはあっても後退(地域差が復活)することはあるまい。
 また関西の人たちが「関西人」と自称するのは、外部(非関西圏)の人間に対してのとりあえずの括りであって、実際には大阪、京都、兵庫よりもさらに細かい地域ごとの人間だと自認しており、それらの地域を超えた「関西人」という1つのアイデンティティを持っているわけではない。
 したがって、「関西人」同士、連帯感や同胞意識なども抱いていない。ある時、大阪の人が「京都の人間はいかに陰険か」を表現力の限りを尽くして述べ立てていた(その場に京都人はいなかった)。後で生粋の京都人(先祖が室町時代まで遡れるそうである)に、「大阪をどう思う?」と尋ねたところ、「下品」と一言で斬り捨てたので、そっちのほうがよっぽど怖かったものだ。
 こういう地域ごとのアイデンティティも、言葉の均質化とともに失われ、「関西人」としてのアイデンティティが成立する(もしかすると成立しつつある)のだろうか。

 さらに、新しい文字の文化であるSNSも、関西の「声の文化」に着実に影響を与えつつあるだろう。どうなってるのか知りたくはあるんだけど、関西の友人知人とはみんな縁が切れちゃってるんだよねー。

「ニッポンの声の文化、続き」へ

|

『無限の書』雑感その二

.
 ところで、前回は敢えて言及を避けたのだが、改宗者というキャラクターは明らかに著者の投影である。そう考えるなというほうが無理なくらいだが、私はあんまりそう考えたくない。
 私自身は作品において「無」でいたいのだが、作家によってはキャラクターに自己投影し、読者にもそう読んでほしい人もいるようである。しかし一読者としての私は極力、キャラクターの背後に作者を見たくはない。たとえば、以下のようなことがあるからだ(改めて、ネタバレ注意)。
.
 作者が投影されていようといまいと、改宗者の出番は決して多くはない。前半、吸血鬼ヴィクラムが彼女にやたらと絡むのは露骨にツンデレだが、これはむしろ微笑ましいと言える。
 が、彼女とヴィクラムが早々に途中退場し、後半(作中時間で数ヵ月後)にいきなり、ヴィクラムはすでに死んでいて、彼女は彼の子を身籠っていることが明かされる。ちなみに彼らは正式に(何をもって「正式」とするかは知らんが)結婚もしている。
 で、彼女の口からヴィクラムとの「ロマンス」が長々と語られるのだ。
.
. 中東が舞台で、「西洋人女性」がヒロインのロマンス(恋愛小説)の定番は「シークもの」だが、これはシークすなわちアラブの大富豪による「拉致監禁もの」なので、改宗者とヴィクラムの「ロマンス」には当てはまらない。人間のヒロインと人外(人間より優れた)だから、パラノーマル・ロマンスだな。
 この「ロマンス」は、前半のツンデレを除けば改宗者から語られるだけであり(といっても、2段組みで数頁にも及ぶが)、『無限の書』の中で完全に浮いている。ヴィクラムは重要なキャラクターだし、改宗者も鍵となる写本の解析という役割だけでなく、彼女が体現するオリエンタリズムは、作品世界を読者である「西洋人」(およびその価値観に染まった非西洋人)と結びつける上で重要だ。
 が、この2人のロマンス(の成就)は、「異物」とさえ言える。これがなくても、物語の展開にはまったく支障がない。
 この竹に木を継いだかのような異物感に、もともと別の作品として構想があったんじゃないかとも思えてくる。作者を投影した(としか思えない)ヒロインと異形(膝関節が逆)だが美形(あまり強調はされないものの、「ハンサム」だという記述あり)で魅力的なトリックスター的人外ヒーローとの、中東を舞台にしたパラノーマル・ロマンスだ。
 
 そのパラノーマル・ロマンスを、なんらかの事情で(どんな事情だろうと、どうでもいいが)独立した作品として形にすることができなかったので、同じく中東を舞台とした別の作品に無理やり押し込んだのだろうか。『無限の書』はあくまでもハッカー青年アリフの冒険の物語なので、その主題をぼやけさせないために、改宗者が主人公の「ロマンス」は、挿話的に彼女の口から語らせるだけに留めたのだろうか。
 だったら、最初からこんな「割り込み」などせず、ヴィクラムの微笑ましいツンデレだけで留めておけば、この「異物感」は生じずに済んだだろう。実際、人間とジンという種族を越えた一大ロマンスが「ヒロイン」による説明だけで片づけられるというのは、かなり異様で、作者にも多少は自覚があるのか、キャラクターの一人に「いや、細かいことは話してくれなくていいから」とツッコミを入れさせている。
.
 異物感はさておくとしても、「東洋」において常に疎外感を抱いてきた「西洋人」改宗者は、「東洋人」ヴィクラム(人外だが)と結婚し、妊娠することで、初めて「東洋」に受け入れられる。
.
 アリフは目の前にすわるふっくらとした青白い女をしげしげとながめ、はじめて会ったときから彼女の中にはこのように深い感情がひそんでいたのだろうかといぶかしんだ。うまれてこのかた出会った数人のアメリカ人は、自由であるがゆえに強い感情を求めることがなく、そのためそうした感情をもつことができなくなってしまったみたいに、みな薄っぺらに見えた。改宗者も同じく、正確できびきびした意見を述べ、練習したような微笑を浮かべ、観客に見せるためにまとめたアイデンティティを示し、いつもその役割を演じているようだった。自負心を保とうとしながら失敗し、ありのままの姿になったいまの彼女は魅力的ですらある。(中略)
 彼女は視線を落とし、ふくらんだ腹の上でガウンのしわをのばした。奇妙ではあるが、この豊穣の姿は彼女によく似合っていた。その顔に浮かぶ微笑は悲しみを秘めながらもどこか崇高で、(アリフが)中等学校のころ旧市街にあるささやかなキリスト教地区を訪れたときにギリシャ正教会で見たイコンを思い出させる。
.
 出たよ、「西洋に癒しや活力を与える東洋」像。
 もちろん、西洋人が東洋に癒しやら何やらを見出すのは自由である。それを拒絶するのは狭量というものだ。しかし「東洋は西洋に癒しその他を与えるためだけに存在する」、「西洋はそれらを得るために東洋を利用し、消費し、搾取し、収奪し、蹂躙する権利を持つ」となれば話は別である。本書の場合はどちらだろう。
 しかもオリエンタリズムとは無関係だが、これもまた「伝統的」な「女は結婚して子供を産んで初めて社会的に認められる」価値観まで肩を並べてるぞ。
.
 それにしても、なぜヴィクラムは死ななければならなかったのか。
 ロマンスが男女どちらかの死で終わるのは、まず第一に読者にカタルシスを与えるためである。しかし改宗者とヴィクラムのロマンスは、そもそも別の物語に強引に挿入されている上に、まずヴィクラムの死が明らかにされてから、改宗者とのロマンスが(比較的)手短に語られるだけなので、カタルシスなど生じようがない。
 ヴィクラムの死が持つ第一の機能は、人間を超越した魔力を持ち、数千年を生きてきたが、どうやら恋多き人生を送ってきたわけでもないらしい「ヒーロー」が、中東在住の西洋人という以外にこれといった特徴のない「ヒロイン」と、単に恋に落ちるだけでなく、わざわざ正式に結婚して子供を産ませることにした動機である。死期が近いことを悟って、というわけだ。
 それだけなら、特に問題はない。
.
 ジンの中でも高い地位にあるヴィクラムは、遺産としてその権力の一部を妻となった改宗者に譲渡する。これによって彼女はジンたちに庇護されるだけでなく、かしずかれさえすることになる。
 そして彼女はこの権力を使って、ここぞという時にアリフを助ける。つまり、絶体絶命の窮地に陥った主人公を華々しく救うという役割は、本来はヴィクラムのものだったのだ。
.
 ヴィクラムが死ななければならなかったのは、まずロマンスの定番である平凡なヒロイン(本人いわく「美人ではないし、かわいくもないし、口説きやすいわけでもない」)を、超常能力を持つ数千歳の魔神(しかも美形)が愛し、結婚と子供を欲することを読者に納得させるためである。
 そしてヴィクラムは彼女に愛を与え、癒しを与え、アイデンティティを与え、社会的地位を与え、権力までも与える。彼が死ななければならなかったのは、もはや用済みになっただけでなく、負債の問題を手っ取り早く片付けるためだ。
 これほどの献身に対する改宗者の支払いは、彼を愛したことだけである。子供も産んでやることになるが、その子は今後、異界および現実の中東における彼女の「適応」を保証するものである。しかも子育てはもちろん妊娠中から、ジンたちが大いに手伝ってくれる。
.
 伝統的な西洋の価値観なら、東洋人への西洋人の愛は、それだけの価値を持つものだった。しかし今日日、西洋人の愛もだいぶ値下がりしつつある。だから支払いを要求されないよう、さっさとヴィクラムを殺したのだ。それに彼が生きていたら、主人公の窮地を救う役は改宗者のものにはならない。
 21世紀の女性オリエンタリストが書いた物語の中で、「東洋」のヒーローは、作者自身を投影した「西洋」のヒロインのために、利用され、搾取され、収奪され、殺される。
.
 いや、本当に著者がこのキャラクターに自己投影してるかどうかという問題はね、彼女の夫がエジプト人男性だとか、上記のように改宗者に「わたしは美人ではないし、かわいくもない」と言わせている一方で、「アリフはふいに、しかめ面をしていないときの彼女がなかなかの美人であることに気づいた」などと書いてることとかも併せて考えると、どうにもモヤモヤしてくるので考えたくないのである。

|

『無限の書』雑感その一

(10/6 引用部分を斜体にしていたのですが、編集画面だとそうでもないのに、実際にアップした画面だと妙に見づらいので変更しました)
G・ウィロー・ウィルソン著 鍛冶靖子・訳 東京創元社

 読んだのは数ヵ月前だが、ふと思い立って感想を書いたら長くなった。2回に分けます。一応ネタバレ注意。
 .
 著者はアメリカの白人女性で、カイロでジャーナリストの経験もあるイスラム改宗者。という履歴、中東の某専制国家が舞台で謎の古写本を巡るハッカー青年の冒険というプロット、加えてこの邦題と来るので、ウィリアム・ベックフォードの『ヴァテック』の系譜を引くゴシック・オリエンタリズム小説(この場合の「オリエンタリズム」は単に「東洋趣味」の意と考えていただきたい)とサイバーパンクの融合かと期待すると、少々肩透かしを食らう。
 2012年当時の中東の現実をよく捉えてはいるが、物語そのものはやや軽く、どちらかというとヤングアダルト風だ。
.
 が、原題はAlif the unseen「見えざる者アリフ」というヤングアダルト風、ヒーローもの風であり、看板に偽りありというわけではない。誤った印象を与える第一要因は明らかに邦題だ。
 海外小説、特に英語小説の邦訳本は、表紙に原題がでかでかと明記されていることが多いが、本書はものすごく小さな字で、判りにくい場所にこっそり記されている。
 確かに原題の直訳では、あまり日本の読者を惹き付けられそうにないが、この邦題に惹かれて手に取った読者が、そぐわない内容に肩透かしを食らって喜ぶとでも思ったんだろうか。
.
 まあとにかく、著者に責任はない。そして、さすがに中東に詳しい。
 エドワード・サイードは中東専門家つまりオリエンタリストを称する欧米人について、伝統的には過去の中東を学べば現在の中東を学ぶことになると考え、現代の、特に米国においては過去だろうが現在だろうが中東について学ぶ必要はない(学ばなくても中東専門家になれる)と考えている、と批判する。
 しかし本書の著者は、現代の中東の情勢や文化にも、過去の中東の歴史や文化にも相当詳しい(本書の「アラブの春」はハッピーエンドに終わっているが、これを「情勢を読み違えた」と批判するのは当たらない。ジャーナリストがあまりに的外れな予測をするのは困りものだが、本書はフィクションである)。
.
 主人公が受身で他力本願すぎる、という批判を幾つか見たが、おそらくこの主人公の造形すらも、中東の物語の伝統に則っている。
『千夜一夜』に登場する男性主人公は、だいたい3タイプに分類できる。①勇者、②日本や西洋など他の文化圏の民話にも多い、金も身分も腕力もない正直者かお調子者タイプ、③非力な美青年タイプ(父親はだいたい裕福な商人か王)。
 で、3タイプとも揃って他力本願で役立たずである。困った困ったと言っていると、だいたい周りが助けてくれる。特に③の美青年タイプが一番ひどい。時には①は腕力で、②は誠実さや機知で切り抜けることもあるが、③は常に我が身の不幸を嘆き、詩を口ずさんで衣を引き裂いては悲鳴を上げて失神していると、その間に周囲(身内、友人、主人公に一方的に惚れた美女、通りすがりの他人)が解決してくれるのである。
 まあこれが、『千夜一夜』の主な読者(あるいは聞き手。『千夜一夜』は本来、カフェなどの客を相手に朗読するものだった)の願望だったんだろう。「独立独歩」も「人間的成長」も知ったこっちゃない、他人に助けてもらって楽して生きたい、もちろん美貌にも恵まれたい。
 それに比べれば、本書のアリフは少なくとも自分でなんとかしようという努力はしているだけ、相当に現代的である。
.
 とは言うものの、引っ掛かる部分がないわけではない。たとえば、吸血鬼ヴィクラムというキャラクター。中東には死体を食うグールはいても、吸血鬼はいない。ヴィクラムという名も中東風ではない。
 訳者あとがきによると、元ネタはインドの民話「吸血鬼とヴィクラム王」らしい。民話自体は本書の内容とは全然関係ないとのことだが、一応、本書の中でも「サンスクリットの伝説にある二千歳の吸血鬼」という設定だ。
 しかし、このキャラクターは吸血鬼でもないし、インドともまったく関係がない。一言で言えば、『千夜一夜』のジンの現代版である。
.
 欧米人にとっての「オリエント(東洋)」とは「非西洋」、つまり西ヨーロッパとそこからの移民の文化圏以外のすべてだ。そして「オリエンタリズム」とは、非西洋は非西洋であって、その内部の区別を一切無視することである。
 要するに、オリエンタリスト(中東通)である著者もまた、インドとアラビアの区別がついていないんじゃないかと、嫌な予感を覚える。
 しかしとにもかくにも、この吸血鬼ヴィクラムは、ブラックマーケットを根城にするトリックスター的な、なかなか魅力的なキャラクターなので、嫌な予感は脇に置いて読み進める。
 すると、吸血鬼ヴィクラムの知り合いだというキャラクターが登場する。中東史研究者(オリエンタリスト)にしてイスラムへの改宗者であるアメリカ出身の白人女性だ。
.
 さて、「オリエンタリズム」とは本来、「東洋学」のことであった。東洋に関することならなんでも対象となるので、「オリエンタリスト」とは「東洋学者」のみならず「東洋通」も含む。ただし、現在ではこの意味で使われることはあまりない。
 19世紀以降、オリエンタリズムは芸術分野における「東洋趣味」も指すようになった。現在(の日本)でも、単にこの意味で使われることもある。
 しかし現在、オリエンタリズムと言えば第一に、エドワード・サイードが発見した概念、すなわち「東洋蔑視」のことだ。
.
 件のキャラクターは、「オリエンタリスト」の戯画化でもある。まず東洋の文化と歴史を研究する学生であり、中東に住んでいる「東洋通」(あくまで欧米人の基準)だ。イスラムに改宗するくらいだから、「東洋趣味/東洋への憧れ」の持ち主でもある。しかし中東の現地社会に溶け込もうとする努力はことごとく的外れで、勘違いした東洋趣味と相俟って滑稽でしかない。
 同時に東洋を見下してもいて、且つそんな自分を恥じている。
.
 それなりに出番はあるのに「改宗者」としか呼ばれないこのキャラクターは、吸血鬼ヴィクラムに散々いじられる。ちなみにヴィクラムは、主人公アリフをはじめとする「現地民」の目には、ほぼ人間の外見だが膝関節が逆向きに曲がる異形として映る。しかし改宗者はその異形に気づかない。
.
「この女はありのままのわたしを見ることができないんだよ」ヴィクラムが言った。「アメリカ人の奇妙な特性だねえ。半分中にいて、半分外にいる。精神性を重視するくせに、心の奧では見えざるものをどこかいかがわしいと感じている」
(中略)改宗者が英語で反論した。「その言い方はフェアではありません。わたしたちはそこまでひどくはありません」
.
 こうした遣り取りは本筋にはほとんど絡んでおらず、明らかに脱線だが、それなりに興味深い。アリフが別れた恋人から託された謎の古写本『アルフ・イェオム』について、彼女は次のように述べる。
.
「もしこれがほんものなら、百年にわたる『アルフ・イェオム』研究の中ではじめて世に出たアラビア語版だということになります」
「西洋における研究の中で、だよねえ」ヴィクラムが言葉を足した。
「失礼ですが、ほかにどこで研究しているのですか。一九二〇年代にサウジアラビアがメッカとメディナを吸収して以後、アラビア半島は(中略)知的ブラックホールになってしまいました。パレスチナは崩壊し、エルサレムの伝統的学問がまかり通っています。ベイルートとバグダッドも同様です。北アフリカは植民地時代からまだ回復しておらず――どこの大学も専制君主と西洋かぶれをした社会主義者たちのなすがままです。ペルシャは革命にどっぷりつかっています。『アルフ・イェオム』についての研究がおこなわれているとしても、わたしは聞いたことがありません」
.
『アルフ・イェオム』(『千一日』)は18世紀初頭にフランス人が当時の『千一夜』ブームに便乗して、フランス語に「翻訳」した物語だが、実は「翻訳者」の創作であって、アラビア語原典は存在しない。しかしこの架空の作品を適当なイスラム古典に置き換えれば、いかにも欧米の研究者が言いそうな台詞である。
 このような傲慢さをヴィクラムに突っつかれ続けた結果、改宗者はついにこう嘆く。
.
「わたしたちがどれほどの譲歩をしているか、あなたがたはまったく気にかけません――慎み深い服を着て、言葉を学んで、いつどのように誰に話すかといった正気とも思えない規則すべてを守っているのに。わたしはあなたがたの宗教まで受け入れました――自分は尊い正しいおこないをしているのだと考えて、自分の意志で選びとりました。なのにそれだけではまだ足りないのです。わたしの口から出るあらゆる考え、あらゆる言葉が批判されます。わたしがわたし自身のいまいましい母国について語るときでさえそうです。わたしはこれからもずっと異国人なのです」
.
 さらに、こうも言う。
.
「わからないのは、非西洋人たちがどうやってあんなにも簡単にふたつの文明の間を行き来できるかです。あのコツは西洋人には決して理解できないでしょう。わたしたちの文化的DNAには適応というものが含まれていないのです」
.
 これは実に、驚くべき謙遜である。なぜなら西洋(オクシデント)は常に、非西洋すなわち東洋(オリエント)を観察し、研究し、理解し、表現し、我が物とし、自在に操作してきたが、その逆はあり得なかったからだ。
 実際、改宗者はその前の台詞では、「あなた方(東洋人)は自らの歴史や文化を研究することすらできないから、わたしたち(西洋人)が代わりに研究してあげているのだ」と述べている。
.
 西洋人は東洋人を外面から観察し研究し、外面を表現できるだけではない。その内面をも理解し表現できる、つまり東洋人に成り代わって代弁することもできる。それが西洋人作家による「東洋」文学である。そこに描かれた「東洋」が、当の東洋人から見て、どれほど馬鹿げた勘違いであろうと問題はない。西洋人が「理解」し「表現」した東洋こそが真実だからだ。
 西洋人が東洋を表現する手段は、小説や随筆など文学だけに留まらない。演劇、映画、音楽、美術、建築、ファッション……繰り返すが、彼らの表現する「東洋」が、東洋人にとって正確かどうかは問題とされない。西洋人が表現した東洋は、必ず「東洋そのもの」なのだ。
 時には西洋人が東洋の特定の事物あるいは東洋そのものを、「理解不能」とすることもある。ただしそれすらも、やたらと祀り上げるか、理解に値しないと嘲弄するか、どちらにせよ珍奇な「見世物」として操作可能なのである。
.
 また西洋人は、東洋を理解し表現できるだけではない。彼ら自身の心と肉体が、東洋に「溶け込み」、東洋人に「なりきる」ことすら可能だ。
 解りやすい例がアラビアのロレンスことT・E・ロレンスで、本人はどんなアラビア語の方言もそっくりに真似ることができ、どの部族のアラブ人にも成りすますことができると豪語していた。実際には、アラビア語能力について言えば、会話に不自由はなかったものの、発音や文法にはかなり難があり、すぐに外国人とばれるレベルだったという。
 外見だけでも成りすますことができたかどうかについても、怪しいものだ。ロレンス自身、著作の中で、自分の瞳の色が中東では珍しい青であることを強調している。
.
 しかし大多数の西洋人はロレンスの主張を信じたし、彼ら自身もまた東洋人になりすます能力を持つと信じている。鬘とカラーコンタクトと衣装(西洋人が「東洋人の衣装」と考えるもの)を身に着け、肌を黄塗りにして吊り目メイクをすればモンゴロイド、茶塗りにして黒のアイラインを引けば中東人。「東洋人」とはすべての「非西洋人」を指すから、茶塗りは中南米系にも使えるし、黒塗りは黒人、赤塗りは北米先住民だ。
 もちろんこれは西洋人だけの能力であり、非西洋人が西洋人の文化を学んだり採用したりすることは、「近代化」か「猿真似」である。
.
 ……といったオリエンタリズム批判が、『オリエンタリズム』刊行(1978年)以来行われてきた。ほぼ四半世紀後のオリエンタリスト(東洋通)である本書の作者は、この批判を真摯に受け止めているようである。彼女が創作したオリエンタリストのキャラクター、改宗者は、自らのオリエンタリズム(東洋蔑視)を認め、それを恥じ、自らが東洋に「溶け込んで」などいないことも認めている。
 改宗者は「非西洋(東洋)人は二つの文化の間を自在に行き来できるが、西洋人にはできない」という上記の台詞に続き、「偉大な西洋文学を著した東洋人作家」の例を挙げ、さらにこう言う。
.
「ですが反対の事例は――偉大な東洋文学を著した西洋人作家は、ひとりも思いあたりません。そうですね、ロレンス・ダレルはその範疇にはいるでしょうか――『アレクサンドリア四重奏』は東洋文学に分類できるでしょうか」
「その判定なら簡単だよ」とヴィクラム。「その本は疲労と倦怠をかかえた連中がセックスをしている話なのかい」
「そうです」改宗者が驚いたように答える。
「だったらそれは西洋文学だねえ」
.
『アレクサンドリア四重奏』は未読だが、確かにこれまで読んだ「西洋人作家による東洋を舞台にした文学作品」は、だいたいヴィクラムの定義に当てはまる。
 というわけで、この下りは笑える――直前の「偉大な西洋文学を著した東洋人作家」の例さえ適切だったなら。
.
 中東在住の中東史研究者というキャラクターが挙げる「西洋人が著した偉大な東洋文学」の例として中東を舞台にした小説を挙げ、それに対比させる「偉大な西洋文学を著した東洋人作家」の例が、カズオイシグロなのである。
 ああ、やっぱり「西洋人」は、「東洋(非西洋)」は全部一絡げなんだ、区別なんてしないんだ……
.
 改宗者というキャラクターのオリエンタリズム的言動の数々は批判的・風刺的に描かれているが、この例(カズオイシグロ)に限っては、明らかにそうした意図はない。そのため、すぐ後に続く「疲労と倦怠を抱えた連中がセックスしている話はすべて西洋文学」という作者入魂のギャグも不発に終わっている。
.
「オリエンタリズム」というマイナーな専門用語に、サイードが新たに与えた「非西洋蔑視」という定義に、「西洋人」はどう反応したか。多くは反発し、「オリエンタリズム批判批判」が盛んに行われた。一方でまた、多くが自らのオリエンタリズムを認め、反省した。
 自らの過ちを認め、反省し自己批判するのは大いに結構なことである。が、この行為は優越感にも繋がり得る。間違いを認められる自分偉い、自己批判できる自分すごい、という優越感である。
 加害者であった(ある)ことを認めるというのは、強者であった(ある)ことを認めることでもあるし、他者を見下していた(いる)ことを認めるというのは、見下せる立場(優位)にいた(いる)ことを認めることでもあるわけだしね。
.
 つまり、いくら反省・自己批判しようと、根底にあるのは「そんな自分偉い」の優越感なので、上っ面だけに過ぎない。
 だから、中東滞在という実体験に基づいた自分自身のオリエンタリズムを、登場人物の言動を借りて批判する、そのハイライトの最中に、無意識のオリエンタリズムを露呈するようなことになるのだ(だから、最初に彼女のオリエンタリズム批判を「謙遜」と呼んだのである。結局のところポーズに過ぎない)。
.
 とは言え、上っ面に過ぎなかろうと、根っこにあるのは優越感だろうと、自分の過ちを認めて反省するほうが、しないよりは遥かにマシである。認めないどころか相手を加害者呼ばわりして被害者面するのと、どちらがプライドがありそうかと言えば、それはもちろん……
.

|

« 2018年3月 | トップページ | 2018年11月 »