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ニッポンの声の文化、続き

「ニッポンの声の文化」へ

 関西の「声の文化」は、ボケツッコミだけではない。

 1990年代初め、京都の龍谷大学は非関西圏からの学生がほとんどいなかった。2、3年もすると全国から学生が集まるようになるのだが、私の入学時には非関西圏出身者はいるにはいたが、関西より西からがほとんどで、東からの学生は本当に珍しかった。
 私はといえば、生まれも育ちも長野の諏訪地方、関西弁を間近で聞くのは初めての体験だった。関西弁自体は、すでにダウンタウンの東京進出後であり、TVをそんなに観ない私にも耳慣れないものではなかった。「ほかす」「いちびる」といった、意味の解らない単語も、それほど多くはない。
 困ったのは、表面的な意味は理解できても、ニュアンスまでは理解できないことである。
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 文字どおりには誉められてるが、どうも貶されてるような気がする。しかし、貶されてるだけかといえばそうでもなく、少しは誉められているような気もする。
 とにかく、どう受け取ったらいいのか解らない。これはかなりのストレスだった。
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 実際、関西人の発言は、二重三重の意味を持たせていることが多い。良い意味なのか悪い意味なのか、両方だとしたら、どちらに比重が置かれているのか。
 そうしたことを相手が読み取れるか試す。これもまた、「言葉による知的な戦い」である。
 しかし関西初心者の私が、いきなり寄ってたかってこれをやられたのは、読み取れるかどうか試されたのではなく、読み取れるわけがないという前提で嫌がらせをされたのだろう。しかも一般的な関西人同士の会話以上に、ことさらに微妙なニュアンスを含ませていたような気がする。
 これは決して被害妄想ではない。当時、「関東弁」が気持ち悪い、と面と向かって言われたのは一度や二度ではなかった。
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 前回の記事で、関西の人たちは「関西人」という一つのまとまったアイデンティティを持っているわけではないし、「関西弁」というものもない、と述べた。今回は便宜上、「関西人」「関西弁」を使うが、地域差を無視して「関西弁」「関西人」と十把一絡げにするのは失礼なことである。
 が、関西の少なくとも一部の人々も、「関東人」「関東弁」という雑な括りをするので、お互い様というものだ。しかもそういう人ほど、「関東」を「東京とその周辺」もしくは「東京とそのシンパ」と見做して敵愾心を抱く傾向がある。
 東京など山々の彼方であり「近い」と思ったことなど一度もないのに、一度も意識したことのない「関東」という括りで一絡げにされて敵意を向けられては堪ったものではない。「関東弁」とか「関東人」なんて言い方、それまで聞いたこともなかったよ。
 はっきり判る方言を話していたら状況は違ったかもしれないが、諏訪の方言は標準語との違いが少ない上に、私は母に方言を禁止されていたので、ほとんど話せない。聞けば理解できるし、微妙な地域差も識別できるが、話すことはできない。イントネーションが多少違う程度なので、関西人にとっては「気持ち悪い関東弁」である。
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 どうもあの頃は、私に対してことさらにコテコテの方言を使う人が多かったような気もする。当時はコテコテかそうでないかの判別もできなかったので、実際はどうだったかわからないんだが。
 もし本当にそうだったとしたら、たぶん威嚇を意図していたのだろう。生憎こちらには通じなかったが、ニュアンスが解らないというだけでも充分しんどかった。
. まあしかし、四半世紀以上も昔の話である。今ハキットソンナ人ハイマセンヨー。
 3年もすると、友人たちは皆、「仁木(仮)さんと話す時は、自然と標準語に近くなる」という主旨のことを言うようになったしね。そういう人たちだから友達になれたとも言えるが。
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 当初、ニュアンスが解らなかった関西特有の表現としてはほかに、相手の言葉に被せるように言う「ハイハイ」があった。
「関東」では、「ハイハイ」と返事をされて相手が喜ぶことはまずない。まして話の途中でやられたら、「ハイハイ、わかってるからもう黙ってなよ」ということだと解釈し、腹を立てるか傷つくかするだろう。
 関西の「ハイハイ」は、これとは明確にイントネーションが違うのだが、慣れない人間にはそこに籠められたニュアンスまでは汲み取れない。ただでさえ関西弁に疲弊しきっていた私は、相当な悪印象を抱いた。
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 ニュアンスが解りにくい発言ばかりをしていた人たちが、本当に「関東人」の私に敵意を抱いていたかどうかは定かではないが、「ハイハイ」に悪意がなかったことは断言できる。
 これは「熱心な同意、共感」の表明である。敢えて訳すなら「わかるわかる」となるだろうが、「わかる」という言葉の押しつけがましさはない。相手の言葉に被せるのも、遮る意図はまったくなく、それだけ熱意を籠めているということである。「どんどん続けて」と促す意図もあるだろう。
「ハイハイ」と2回だとまだ軽い合いの手といったところだが、より熱意が籠れば「ハイハイハイハイ」と4回、さらに激しい同意だとさらに回数は増える(最大8回までだと思う)。
 そういうつもりでハイハイ言ったのに、私がむっとして黙ってしまうので相手も戸惑っただろうと思う。幸い、ニュアンスが読み取れるようになるまで、そう長くはかからなかったが。
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 わりと早い時期に、下手くそな関西弁ほど関西人のカンに障るものはないと気づいていたので、関西弁を喋ろうと試みることはなかった。最初の夏休みに帰省した際、TVで非関西人の似非関西弁を耳にして、関西人が嫌がるのも無理はないと思えたし。
 そういうわけで数年後には友人たちから、「いつまで経っても関西弁がうつらない」ことを不思議がられるようになるのだが、帰省すると家族や地元の人たちからは「すっかり関西弁になった」と言われたものである。語尾やイントネーションなんかは、それなりに影響を受けていたと思う。
 前回述べたようなボケツッコミの激しい応酬、「言葉の真剣勝負」も、体得できるわけがないとハナから勝負を降りていた。しかし相手が反応しやすいように互いに配慮しながら会話を続ける「言葉のキャッチボール」には、だいぶ馴染めたように思う。
 自然に「うつった」ものとしては、「ハイハイ」もその一つだ。相手の発言に「熱心な同意、共感」を抱いた時には自然に口を衝いて出るようになった。もちろん、熱意の度合いに応じて回数も変化する。
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 ただし非関西圏の人と話す際には、使わないように注意した。私の場合、短期間とはいえ関西弁で苦労させられたので余計に印象がよくないかもしれないが、6級下で、同じく龍大に入った妹はそのような苦労はせずに済んだようだが(だから、「関東に敵意を抱く関西人」などというものはとっくに絶滅しているはずである)、やはり「ハイハイ」の印象は悪かったという。非関西人相手には、使わないのが無難である。
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 関西を出てからは関西人と話す機会は滅多になくなり、「ハイハイ(ハイハイ……)」を使う機会はほぼ皆無になった。しかし気が付くといつの間にか、相手の発言に「熱心な同意、共感」を抱いた時には、「ハイハイハイハイ」と同じタイミングで、「あーあーあーあー」と言うようになっていた。
 意識せずにやっているので自分でもよくわからないが、「ハイハイ」(2回)の代わりは「あーあー」ではなく、たぶん「うんうん」。で、「最大級の熱心な同意、共感」である「ハイ×8」は、「あー×8」ではなく、「あーあーあーあー、うんうんうんうん」という、なんだか謎の相槌を発している。
 

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