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ニッポンの文字の文化

 オングの『声の文化と文字の文化』を読んでの雑感の続き。.

 長野から関西に来て最大のカルチャーショックは、偶々同じ大学に入って同じカルチャーショックを受けた妹の言葉を借りると、
「普通の女の子が冗談を言う」。
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 いわゆる県民性によると、長野県民は冗談が通じないそうである。長野県民自身もそう言っている。
 いや、長野県民だって冗談を聞けば、ちゃんと笑う。ただし、誰もが冗談を言うわけではない。冗談を言う「係」は決まっていて、そのいわば「お笑いキャラ」が何かギャグをやって周りが笑う、という構図である。笑うだけであり、冗談に冗談で返すようなことは、基本的にない。
 だから関西の、誰もが常に笑いを取ろうとし、しかも言いっ放し、やりっ放しなのではなく、相手もしくは周囲からのリアクションがあり、それに対してさらにリアクションをする(要するにボケツッコミの応酬)、という「双方向」は驚くべきことだった。
 実際には「誰もが」というわけでもなく、笑いを取ろうとしない、ボケツッコミをしない関西人もいる。しかしその数は少ない。ほとんど誰もが、「普通の女子」でさえも常に笑いを取ろうとしている。 
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 長野県諏訪地方では、なぜか小学校では1度もクラス替えがなかった。中学でもないのが普通だが、生徒数が多すぎて途中で2校に分かれたため、結果的に1度クラス替えが行われた。
 したがって私が知るのは小学校で1クラス、中学で2クラスというわずかな事例でしかないのだが、クラス内で冗談を言うキャラ/係は、女子に限って言えば小学校では5人を超えることはなく、中学ではさらに数が減った。
 彼女たちは、リーダー的女子とお笑い系女子とに分けることができた。リーダー的女子は、個人差もあるがそうしょっちゅう笑いを取ろうとするわけではなく、TPOに応じて、つまり効果を計算して行っていた。リーダーシップの一環、人心掌握の一環であり、嫌な言い方をすれば、周囲が笑うのはおもねりも多少はあっただろう。一方、お笑い系女子は、例外もあったが、やや軽んじられる傾向にあり、必ずしも人気者ではなかった。
 なお、高校では授業が選択制でクラスのまとまりが弱かったのもあってか、そういう「キャラ」は明確ではなかった。
 そんなわけで、関西では誰もが、「普通の女子」さえもが、始終笑いを取ろうとする、というのはまさに「ショック」だったのである。
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 長野の県民性としてほかに言われることに、「議論好き」「理屈っぽい」がある。さらに、ネット上や書籍などの県民性リストには載っていないことで、高校時代、複数の教師から聞いたことなのだが、「相手を説得するのではなく、理屈で追い詰め、論破する」。
 確かに、そういう傾向はある、と思う。小学校では、何かというと「話し合い」ばかりしていた記憶がある。それも学級会で「クラスの問題」とかを話し合うだけではなく、授業の基本が「話し合い」だった。
 国語で「ごんと兵十の気持ちを考えてみましょう」とかならまだしも、算数で問題の解き方が複数あった場合どれがいいかとか、果ては家庭科で「冬は下着のシャツを毎日替えるべきか」というような「正解」などないような問題まで、なんでも話し合う(念のために言うと、30年以上前の諏訪地方は今以上に寒く、しかも暖房設備も整っていなかったから、冬はあまり汗をかかなかったのである)。
 小学校ではクラス替えを経験していないし、他のクラスや他校、他の地域でどんな授業が行われていたのかも知らないが、担任が替わっても話し合いが基本の授業形態は変わらなかったので、少なくとも長野県全体の傾向ではないかと思う。
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 で、その話し合いというのが常に、「相手を理屈で言い負かす」、つまり「言葉による格闘」だった。結論が出ないようなテーマであっても、異なる意見をすべて叩き潰した「勝者」が出るまで続けられる。もっとも、一応はカリキュラムというものがあるので、その前に教師が時間切れを宣言して打ち切ることも少なくなかったが。
 中学以降は受験があるので授業での「話し合い」はなくなるが、「議論好き」で「理屈っぽい」人間の下地は、小学校卒業までにすっかり出来上がっている。
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 この「県民性」は、やはり江戸時代に識字率が日本一だったことが最大の要因だろう。
『声の文化と文字の文化』によると、弁論(議論や演説)が重視されるのは、「声の文化」である。しかし論理的に、言い換えれば理屈で、考えたり話したりするのは「文字の文化」である。
 論理(理屈)というものは、文字を基盤とした思考だ。読み書きの教育を受けていない人は、「北極圏の熊はみんな毛が白いです。グリーンランドは北極圏です。グリーンランドの熊の毛は何色ですか?」といった最も簡単な三段論法すら理解できない。もちろん知能が低いわけではなく、思考法が根本的に異なるのである。
『声の文化と文字の文化』でも紹介されているが、ソ連の心理学者ルリアが1930年代初めに識字率の低い地域で行った調査の報告『認識の史的発達』(明治図書出版)には、読み書きがまったく、もしくはほとんどできない人たちの思考様式がふんだんに紹介されており、非常に興味深い。
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 古代ギリシアから近代ヨーロッパまで、読み書き能力が限られた人々に独占されていた社会、その人々が発達させたのがレトリック(弁論術)である。論理的思考に基づいた、「言葉による格闘」だ。だから古代ギリシアや中世ヨーロッパの哲学書は、対話形式が基本なのである。
 しかしそうしたヨーロッパの議論で重点が置かれていたのは、説得であって論破ではない。私が小学校で経験したようなのは、問題を解決するための議論ではなく、議論のための議論である。これが長野県民の議論の特徴だとしたら、山がちな地形のせいで共同体が小さく、小藩ばかりで大局に立つ機会もなく、それなのに識字率だけは高いから、議論のための議論が発達した、といったところだろうか。
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「議論のための議論好き」がどれだけ読書と関係するのかは知らんが、少なくとも「クラスで一番本を読む」子だった私は、理屈で相手を言い負かす、というか叩き潰すのが何より得意だった。いやほんと、ほかに得意なことがなかったんですよ。運動は全然駄目だし、本ばっかり読んで勉強しないから、成績もせいぜい上の中といったところだったし。
 別に自分の意見が正しかろうがなかろうがどうでもよく、ただただ相手をやり込めるのがすごく楽しかった。で、それを相手が同級生だろうが教師だろうが構わずやったんで、恨まれていろいろ面倒なことになり、小学校高学年になる頃には議論を避けるようになったのでした(遅い)。
 以来、説得目的でない限り、議論は極力避けています。というか、議論自体を避けてる。説得するつもりで始めても、うっかりスイッチが入ってやり込めてしまいかねないんで。恨まれたり嫌われたりするとこまでいかなくても、怖がられるんですよ……
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 長野出身の知識人で、たぶん全国的に一番有名な佐久間象山。詳しく知っているわけではないが、信州人の例に漏れず、誰彼構わず議論を吹っかけては言い負かして、そこらじゅうで恨みを買ってたんじゃなかろうか。過激思想の上に自信過剰の性格と来れば、間違いなくやってるな。
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 先日、ボケツッコミによる「勝負」はハナから習得する気はなかったが、互いに相手が反応しやすいように配慮しながらの会話には馴染めた、と書いた。
 言い換えれば、故郷ではそうした会話には馴染んでいなかったのである。このことについては、やはり妹がこう言っている。
「関西に来る前は、どうやって会話してたか思い出せない」
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「言葉のキャッチボール」が成立していなかったわけではないが、基本、相手がキャッチしやすい球を投げることを考えていない。「議論のための議論」ともなれば、急所にぶつけて仕留めるためだけに投げる。キャッチボールではなくキラーボールである(アメリカではドッジボールをこう呼ぶんだそうである。または「マーダーボール」)。
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 プラトンによると、ソクラテスは「書くこと」と「書かれたもの」を信用しておらず、その理由の一つとして、「書かれたもの」(テキスト)を読むという行為は人間同士の対話ではないからだと述べたという。一方的に言葉を投げつけられるだけで、投げ返すことはできない。投げてくる相手を見ることも聞くこともできない。
 私の故郷と関西とで会話のルールが違うのは、果たして「文字の文化」と「声の文化」の違いなのかどうかはわからない。また、諏訪以外の非関西圏での会話のルールについても、何か意見を述べられるほど実例を知らない。
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 まあ他県民から言われる長野県民の数々の短所のうちの幾つかが、仮に「文字の文化」の弊害だったとしても、「声の文化」のほうが優れていると言うつもりはない。
 たとえば、日本語は罵倒語が少ないとされるが、これは長野県に限らず日本全体が昔から識字率が高かったことと関係しているのではないだろうか。
『声の文化と文字の文化』によれば、声の文化の特徴として、決まり文句の多用がある。罵倒語も決まり文句の一種であり、同じく声の文化の特徴である「罵倒の応酬」とは、決まり文句である罵倒語の応酬なのである。
 著者のオングがこれを「言葉による知的な格闘」と呼ぶのは、非常に多種多様な罵倒語の中から、どれだけ気の利いたものを選べるかを競う、ということであり、斬新な罵倒表現を考え出す創造性を競うのではない。
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 文字の文化が浸透していたから、決まり文句の多用や罵倒の応酬という習慣も早くに廃れた、だから日本語には罵倒語が少ないのだ、というほうが、「日本人は優しいから/礼儀正しいから」「日本語は美しい言葉だから」等々「情緒的」な説明よりも明らかに理に適っている。
『声の文化と文字の文化』によれば、決まり文句の多用は、思考まで決まり文句的に、つまり紋切り型にするそうである。また罵倒語については、日本語の古語や各国語から確認できる事実として差別表現が多いから、廃れて惜しい文化ではまったくない。
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 上記の、ソクラテスが「書くこと」「書かれたもの」を嫌った理由の一つである「対話の欠如」は、ライブ(なま)でないこと、と言い換えることができる。書かれたものとは、記録されたものだからだ(そもそも、文字は記録のためのものである)。
 さて、電子掲示板やチャット(テキストチャット)でのコミュニケーションは、文字によるものではあるが、従来の手紙などの遣り取りに比べて桁違いに即時性が高い。速度だけなら、声によるコミュニケーションに近いと言える。
 ああいう場で決まり文句や定型文(テンプレート)が多用されるのは、ひょっとして「声の文化」的要素なのだろうか。識字層が限られていた時代には「書かれたもの」であっても決まり文句が多用され、その名残は現代でも「改まった」文書に見ることができるが、ネット上に見られる決まり文句は、それらの「死んだ」決まり文句とはまったく別物だ。
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 そしてまた、ネット上では「罵倒の応酬」が日々繰り広げられ、新たな罵倒語も次々と生まれている(もちろん差別表現が多い)。しかし、どれだけ気の利いた返しができるかを競う「言葉による知的な格闘」にはまったくなっていないのは、結局のところ「ライブではない」からではないだろうか。
 反応が文字でしか見えない、いくら即時性が高くても書き込みの最中の反応までは得られないというのは、罵倒の相手だけではなく、その罵倒がどれだけ気の利いたものかを判定する「観客」についても言えることだからだ。
 要するに、声の文化と文字の文化の双方の欠点が複合した結果が、知性の欠片もない罵倒の応酬(もしくは応酬ですらない)なのではなかろうか。別に違っててもどうでもいいんだが。
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