ハッラージュとヤズィーディー Ⅱ
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.「イブリースは我が友にして師」
アーダムに跪拝せよとの神の命を拒んだのは、まさにその神以外を礼拝対象と認めないからであり、すなわちイブリースこそ真の信仰者である――というのが、この発言の意味するところだ。
しかしこの発言を取り上げたテキストを読んでも、この発言および思想がイスラム圏内でどのように扱われてきたのかが、まったくわからない。
『座談の枠』(『イスラム帝国夜話』)も『イスラーム神秘主義聖者列伝』も、この発言には一切触れていない。
『イスラーム神秘主義聖者列伝』に至っては、ハッラージュの処刑前夜、イブリースが牢を訪れ、スーフィズム的問答をするという伝説が語られている。ややこしいので詳細は省くが、要はイブリースが「おまえには神の慈悲が、わたしには呪いが与えられたのはなぜか」と尋ね、それに対してハッラージュが説教を垂れる、という筋である。
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そういうわけで、この発言について拙稿では「余人の追随を許さない」と書きました。私が見つけられないだけで追随者はいる可能性はあったので、「追随者は一人もいない」というような断定的な表現は避けたわけですが……
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はい、いましたね、追随者。
「追随者」という言い方の印象がよくないようでしたら、「継承者」と言い換えてもいいですが、少なくとも3人はいます。アフマド・ガザーリー(1126頃没)、アイヌル・クザート・ハマダーニー(1098-1131)、ジャラールッディーン・ルーミー(1207-1273)。3人ともペルシア語圏のスーフィーです。
ガザーリーとハマダーニーは師と弟子であり、ハッラージュ関連で調べることができたのは、ガザーリーがハッラージュの思想を継承・発展させたのを、ハマダーニーはさらに過激化したので、異端の廉でセルジューク朝により処刑された(磔刑または火刑らしい)。
彼らが継承した「ハッラージュの思想」には、「我は真理なり」だけでなく「イブリースは我が友にして師」も含まれていたとのことだが、具体的にどう発展させたのか、ガザーリーについてはまったく調べがつかず、ハマダーニーについては、「イブリースの不信仰があるからこそ、預言者ムハンマドの信仰が成り立つ」というものらしく、イブリースの存在を肯定的に捉えた逆説、という点はハッラージュと共通するものの、イブリースを真の信仰者とする思想とは真逆である。また異端の嫌疑に、このイブリース解釈も含まれていたのかも不明。
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まあとにかく、1131年のハマダーニーの処刑により、イブリースの肯定的解釈の思潮はいったん途切れたようだ。ハッラージュ擁護論を著したペルシア人ルーズビハーン・バクリー(1128-1209)は、「イブリースは我が友にして師」についてだけは明確に否定し、上述のとおりアッタール(1221?没)は、『イスラーム神秘主義聖者列伝』のハッラージュ伝において完全に黙殺している。
なおアッタールはハッラージュの賛美者を幾人も挙げているが、その中にはガザーリーもハマダーニーもルーズビハーンも含まれていない。
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私は史学科出身ですが、論文やレポート、ゼミ発表等で、「根拠を示さない断定」は絶対に許されませんでした。何しろ関西なんで、ツッコミが厳しい厳しい……
いや、何もツッコまれるからというんじゃなくて、「根拠を示す」のはどんな分野であれ研究の基礎の基礎なんですが。お蔭で、根拠を示せない時の断定を避ける微妙な言い回しばかりが巧くなりましたよ。
その習性のお蔭で、イブリース肯定思想の継承について散々探して見つからなかったとはいえ、それだけでは「継承されなかった」証拠にはまったくならないので、「余人の追随を許さない」と書いたわけですが。
「余人」というのは、「他人」という意味のほかに「第三者」「部外者」という意味もあるので、継承者がいるとしてもごく少数で、特異な立ち位置にある思想家だけだろうな、という推測からこの語を使ったんですが。
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ガザーリーとハマダーニーだけだったら、ぎりぎりセーフかなあ……セ、セ、セー…………でもルーミーか……駄目だ、アウトだ、完全に。
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ルーミーの名に聞き覚えがなくても、こういう画像に見覚えがある人は多いでしょう。ルーミーが興したメヴレヴィー教団の旋舞です。
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スーフィズムを短く親しみやすい物語で説いた寓話集『精神的マスナヴィー』は、ペルシア、トルコ、インドで、スーフィズムには特に傾倒していない人々も含め、広く愛されてきた(他の地域のムスリムの間ではどうなのか知らないんだが)。 その「親しみやすさ」の好例となるのがイブリース像で、堕天使にしてシャイターンたちの長は自ら、神を愛するがゆえにアーダムに嫉妬したのだと語る。
ルーミーの時代までに、スーフィズムは唯一神への信仰を恋愛に喩えるようになっていたのである。神だけを崇拝するがゆえに、ほかならぬその神からの命令であろうと、神以外のものを崇めるのを拒む、というハッラージュの思想はラディカルすぎ、高尚すぎてついていけない者でも、「恋するイブリース」というルーミーの解釈なら容易に受け入れられるだろう(なんか少女漫画っぽい。『天使禁猟区』とか)。
ただしルーミーもまた結局のところ、ハッラージュほどにはイブリースを肯定していない。
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ルーミーのこの解釈を継承し、さらに発展させた者がいたかどうかまでは調べがつかなかったんだが、まあ追随者は多いだろうな。何しろルーミーだからな。『精神的マスナヴィー』はペルシア語圏では「ペルシア語で書かれたクルアーン」とまで呼ばれてるくらいだからな(ムスリムが何かをクルアーンに譬えるのは、日本人が「○○のバイブル」とか言うのとは重さがまるで違う)。
というわけで、「余人の追随を許さない」という記述は誤りでした。申し訳ありません。
しかもこのイブリースの物語「ムアーウィヤとイブリース」は、英訳で読んでいたのでした。何年も前のことだし、『精神的マスナヴィー』は短い話が大量に詰め込まれてるしで、すっかり忘れてました。いやあ面目ない。
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さて、今度こそ本題です。ハッラージュのイブリース解釈とヤズィーディーのイブリース崇拝とに関連はあるのか?
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ヤズィーディー本来の主神(それがなんだったのであれ)とイブリースを習合して「孔雀天使」としたのは、スーフィーのアディー・イブン・ムサーフィル以外に考えられない(断定を避ける言い回し)。果たして彼は、ハッラージュの思想を「継承」していたのだろうか。
イブン・ムサーフィルは1075年頃にレバノンで生まれ、クルディスタンに布教に赴く以前はバグダードで活動していた。没年は1162年とされる。
前回述べたように、ハッラージュの弟子たちが師の処刑後、その思想を広めたのはペルシアにおいてだった。実際、「我は真理なり」にしても「イブリースは我が友にして師」にしても、「火蛾の喩え」(熱烈な信仰を、火に飛び込む蛾に喩える)にしても、「継承者」はペルシア語圏の人間ばかりである。アラビア語圏への影響は、あったとしても非常に少ないのは確かだ。
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1045年、アッバース朝を牛耳っていたペルシア系ブワイフ朝の宰相が、バグダードでハッラージュの「名誉回復」を宣言してはいるが、効果のほどは疑わしい。ブワイフ朝は少数派のシーア派ということで多数派のスンナ派から嫌われていたし、当時すでにかなり衰退しており、わずか10年後にはバグダードから追い出されてしまう。
代わって権力を握ったのは、後にアイヌル・クザート・ハマダーニーを異端の廉で処刑することになるトルコ系のセルジューク朝だ。
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アフマド・ガザーリー(1126年頃没)やその弟子のハマダーニー(1131年没)がハッラージュの思想を継承・発展させていた頃、イブン・ムサーフィルはすでにクルディスタンの山奥で布教に勤しんでいたかもしれないし、まだバグダードにいたかもしれない。いずれにしても、この2人の著作を読んでいた可能性は低い。
ガザーリーはアラビア語とペルシア語の両方の著作があるが、ハマダーニーの著作はペルシア語だけのようだ。当時のペルシア系知識人はアラビア語の読み書きもできたが、ペルシア語の読み書きができるアラブ系知識人はほとんどいなかった。
さらに、セルジューク朝はペルシアからイラクまで支配していたものの、イブン・ムサーフィルの時代には内憂外患で、各地で混乱が続いていた。ただでさえ遅い情報伝達は、いっそう遅くなっていただろう。
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何より、ハッラージュが「(アーダムに跪拝せよとの命令を拒んだ)反逆こそが真の信仰」としたのに対し、ヤズィーディーたちのイブリースは、その反逆を悔いて改心し、赦されているのだ。
「異教徒もしくは不敬虔なムスリム(すなわちイブリースに誑かされている)が改宗/改心して最も敬虔なムスリムとなる」という物語はイスラム世界で広く好まれ、特にスーフィズムの聖者伝においては、つきものと言ってよいほど採用されている。イブン・ムサーフィルの時代には、すでに人口に膾炙していた。
イブリースに誑かされた不信仰者ではなくイブリース自身を悔悛させる、というのは確かに非常に独創的ではあるが、たとえば『千夜一夜』には不信仰のジン(たいてい、偶像に入り込んで愚かな異教徒どもを誑かしている)が悔悛して敬虔なムスリムになる、というエピソードが幾つもある。
ま、関連はないだろうな、というのが結論である。
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……とあれこれ否定してきましたが、『失われた宗教を生きる人々』は中東のマイナー宗教を幾つも紹介し、その信徒たちにも直接取材しているという点で、非常に貴重な資料です。
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