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サミュエル・リチャードソンはすごいぞ

 いわゆる「恋愛もの」に興味がなく、読んだり観たりしたこともあまりなかったんだが、SFやファンタジーを濫読していると、恋愛メインの作品に当たることもある。偶にだったらいいんだが、間を置かずに何作品にも当たってしまうと、精神力がかなり削られる。
 いや、「恋愛要素」だけなら全然いいんです、愛だの恋だのは物語を強力に駆動し得るし、そこまで至らない「淡い思慕」みたいなのでもキャラの掘り下げには非常に有効ですし。しかし、それがメインになってしまうと、私にはきつい。特に近年はパラノーマルものが増えているので、遭遇してしまう確率が高くなっている。つらい。

 しかしオリエンタリズムについて考える上で、避けて通れない作品というか、ジャンルがある。「シークもの」だ。
 とにかく読みたくなくて先延ばしにしてきたのだが、邦訳されているオリエンタリズム小説をほぼ読み尽くしてしまった。もはやこれ以上の先延ばしはできない……まずは外堀から埋めようと、シークものの研究文献を探すことにする。悪あがきである。

 シークものは、いわゆるハーレクイン・ロマンスと総称される(日本での話。後述)ジャンルのサブジャンルで、日本でも高い人気を保っている。だから日本語の研究文献もそれなりにあるだろうと思ったのだが、探し方が悪いのか、論文も含め一つも見つけられない(英語のものは幾つか見つけたが、読んでいる時間がない)。
 仕方ないので、ハーレクイン・ロマンスについての研究を探す。本家本元のあのレーベルは、書店でバイトしていた90年代後半、毎月数冊ずつ買っていく女性客が数人いたし、現在でもたいがいの書店で一角を占めているので、固定層に人気があることは知っていた。

 だから日本語の研究テキストもそれなりに出ているのだと思っていたのだが、日本でハーレクイン・ロマンスを主題とした研究を行っているのは、どうやら尾崎俊介氏だけのようである。氏の著作『ホールデンの肖像: ペーパーバックからみるアメリカの読書文化』(新宿書房 2014)は、タイトルどおりアメリカのペーパーバックが主題だが、かなりの紙幅を割いてハーレクイン・ロマンスについて論じている。
 もう1冊見つけたのは、『ロマンスの王様 ハーレクインの世界』(洋泉社 2010)で、これは入門書というか案内書。尾崎氏の上記著書の一部は、このムック本に掲載されたものである。
 2冊とも分量はそれほど多くないが、シークものを取り上げている。シークものについては後日改めて記事にする(予定)。今回はハーレクイン・ロマンスとその元祖について。

 先に読んだ『ホールデンの肖像』で初めて知ったんだが、英語圏におけるromanceというのは、少なくとも近年では日本語の「恋愛小説/恋愛もの」と同義ではなく、「必ずハッピーエンドになる通俗的で類型的な」作品を指すのだそうである。
 類型的であることを強調する場合は、「フォーミュラ(型に嵌まった)・ロマンス」と呼ぶそうだが、日本ではその代表にして元祖であるレーベルの名をとって「ハーレクイン・ロマンス」が通称である(と言ってよいだろう)。この記事でも、「紋切り型量産ロマンス」を「ハーレクイン・ロマンス」と総称することにする。

 ハーレクインが元祖というのは、「類型化と量産化を確立した」という意味での元祖である。この量産される類型/紋切り型の原型となったのが、英国のサミュエル・リチャードソンによる『パミラ』(1740)である。以下、ネタバレ注意。
 尾崎氏は「ハーレクイン・ロマンスの原型」としての『パミラ』の特徴を、次のように要約する。

 ① ストーリーがすべてヒロインの一人称で語られる。
 ② ヒロインの固い貞操観がヒーロー(ヒロインのお相手)を改心させる。
 ③ ヒロインはヒーローと結婚し、それによって身分が上昇する(玉の輿)。

 なお上記のパラノーマルものも、少女向けのレーベル(コバルトみたいなものか)でブームになったのが、ハーレクインをはじめとする成人女性向けレーベルに波及したものである。

 二つある邦訳のうち、原田範行氏による『パミラ、あるいは淑徳の報い』(研究社 2011年)を読む。
 ヒロインのパミラは、貴族の未亡人に仕えるメイド。家は貧しいが、元々は中産階級だったようである。パミラが両親に宛てて書いた多数の手紙を中心に、他の人々に宛てた手紙、それらの人々から彼女に宛てて書かれた手紙などを、サミュエル・リチャードソンが「編纂」したという体裁である。
 第一の手紙は、奥様が亡くなってその息子が新しい主人となったことを報告する。パミラは15歳で、この新しいご主人様のB氏は10歳ほど年長、ハンサムだが傲慢な性格である。

 このB氏が美しいパミラを愛人にしようと目論むのを、パミラは固い貞操でもってはねつけ続け、ついにはB氏は彼女に屈して正式に結婚する。と一言で説明できる話が、800頁近くにわたって続く。
 いや、すごいね、これ。尾崎氏の解説を読んでも、あんまりピンと来なかったんだが、これは「少女漫画のテンプレだけで構成された小説」だ。
 その「少女漫画のテンプレ」も、むしろパロディでしか知らないものばかりなんだけど。少女漫画も、恋愛メインの作品はほとんど読んだことがないからなあ。

 田舎のメイドによる手紙という体裁だから、原文はくだけた表現や方言が多く、それに対する批判も多かったので、後の版では改訂されているそうである。旧訳では改訂版を底本にしているが、原田氏の訳は初版を底本として口語的な文体を忠実に表現しようとしたそうで、そのお蔭でいっそう(昔の)少女漫画(のパロディ)っぽい。「ああ、心臓がドキドキしてしまったわ!」「私、いったいどうなっちゃうのかしら!」
 足りなかったのは「美人で意地悪なライバル」くらいだが、これはおそらく「外見が美しければ心も美しい」という中世的な価値観が依然、根強かったためではなかろうか。

 そんなわけで「テンプレ少女漫画のパロディ」に読めてしまう『パミラ』なんだが、言うまでもなくパロディどころかこれが「元祖」なのである。次から次へと繰り出されるテンプレに、「こ、これが元祖か……」とひたすら圧倒される。
 しかもすごいのは、少女漫画にせよハーレクインにせよ「すべての女性向けロマンスの元祖」に留まらないことである。『パミラ』は、「近代小説の元祖」でもあるのだ。
『パミラ』を「近代小説の元祖」たらしめているのは、「市民」(貴種ではない人々)の心理と人間関係の丁寧な描写である。『パミラ』より20年ほど早いデフォーの『ロビンソン・クルーソー』(1719)が、「市民を主人公にした最初の小説」という点で「近代小説の起源」とされながら「元祖」とされないのは、心理描写の欠如による。

「心理と人間関係の丁寧な描写」を可能にしたのは、「女性によって書かれた手紙」を中心とした構成である。
 以前にこのブログで紹介したオングの『声の文化と文字の文化』によれば、前近代のヨーロッパでは、文学作品の書き手は「修辞学の訓練を受けた男性」だった。修辞学というのは、演説や議論のための技術である。したがって前近代のヨーロッパにおける文学は、多かれ少なかれ演説または議論調だった(「対話篇」は要するに議論である)。
 しかし17世紀頃から女性の識字率が上がり始め、女性による文学作品も多く書かれるようになる。彼女たち女性作家は男性作家と違い、修辞学の訓練を受けていなかった。そのため彼女たちの文章は、演説調でも議論調でもなかった。
 またこの時代には商人が台頭してくるが、彼らもまた識字能力はあっても修辞学とは無縁だった。
 女性と商人による、「演説的でない生活に根差した」文章が近代小説の成立に寄与しており、特に女性の貢献が大きかった、というのがオングの見解である。

 さて、なぜかオングは取り上げていないのだが、サミュエル・リチャードソンこそは「近代小説成立への女性と商人の貢献」を一人で体現している人物である。
 1689年、貧しい指物師の息子として生まれたリチャードソンは、一代で成り上がった大印刷業者であり、修辞学を含む「正規の教育」は受けていない。
 そして彼の最初の小説である『パミラ』は女性一人称で書かれているが、上述したように、体裁としては「作者リチャードソンが女性一人称で書いた」のではなく、「実在の女性が書いた手紙を編者リチャードソンが編纂した」ものなのである。

(追記:ヘンリー・フィールディングが『パミラ』の翌年に出したパロディ、『シャミラ』(邦訳は朝日出版社)の訳者解説によると、リチャードソンは「編者」としてすら匿名だったそうだ)

『パミラ』は書簡体小説の嚆矢でもあるが、ミュラーの『メディアとしての紙の文化史』(東洋書林)によると、書簡体小説というものは、その前世紀(17世紀)に登場した「……の遺稿から」形式の文書の発展型である。
 まず背景として印刷文化の普及があり、印刷された文書が巷に溢れるようになることで、印刷されていない、つまり未発表の文書の価値が上がる。特に「遺稿」は、著者がすでに死亡していることから、秘教的・奥義的、さらには暴露的な様相を帯びることになる。

 そういうわけで当然の流れとして、著者が死亡しているのをいいことに、名前を勝手に借りた捏造文書も作られることになるのだが、それもこれも、「……の遺稿から」形式の文書の内容がフィクションではなく「事実」だという大前提があるからだ。
 このようにして非常にありがたがられた「未発表文書」には、手紙も含まれる。これもまた17世紀後半以降、識字率の向上、紙の普及、さらに郵便業務の拡大によって、私的な手紙の遣り取りが活発になったことが背景となっている。

『パミラ』訳者解説によると、この作品が書かれた経緯は次のようなものである。
 1730年代、リチャードソンは事業の成功によって、著名な文人や学者との交流を広げるが、この頃から教育レベルがあまり高くない層向け読み物の執筆や編集も自ら手掛けるようになった。その一環として、知人の出版業者から依頼されたのが、「日常生活のさまざまな場面において、手紙を書くのに多少不自由を感じるような人々のための模範書簡文例集」の執筆だった。1739年11月のことである。
 当初の予定では「模範書簡文例」を幾つか書くだけだったのが、かつてある友人から聞いた「実話」を基にした「設定」で書くことを思いつき、その結果生まれたのが「文例集」の枠をはるかに超えた一大ロマンスだった、というわけである。

『メディアとしての紙の文化史』の見解に従えば、『パミラ』は前世紀以来の「……の遺稿から」形式の伝統に則って、ノンフィクションとして書かれたことになる。
 つまりリチャードソンが女性一人称で書いたのは、単に文学的技法の一つとしてではなく、完全にヒロインのパミラになりきってのことだったのだ。
 50過ぎのおっさんの、15歳の少女へのなりきりぶりは、『パミラ』を元祖とするジャンルである「ロマンス」が、現在に至るまで女性によって読まれ、女性によって書かれ続けてきたことが証左となるだろう。
 そこまで「なりきった」からこそ、「演説的でない生活に根差した」文章を書くことができ、結果として人間関係と心理を丁寧に描写する「近代小説」を生み出したのである。なりきりにより、「演説的でない生活に根差した」文章を「発見」できたとも言える。ほぼ800年前に、紀貫之が『土佐日記』でやったことと同じだな。
 大長編『パミラ』は、わずか2ヵ月で書き上げられたのだそうだ。「演説的でない生活に根差した」文章を書くのは、それほどまでに楽しかったんだろう。

『パミラ』訳者解説によると、若い頃のリチャードソンは、反政府系の印刷物を数多く引き受けていたそうである。それらがどんなものだったのか具体的な説明はないが、「……の遺稿から」形式の暴露系捏造文書も含まれていたのではなかろうか。
 つまり、文章を「本物」っぽく見せる技術を実地で学んでいたかもしれない、ということだ。『パミラ』には「編者リチャードソン」による序とあとがきに加え、「編者の友を名乗る匿名の人物二名が編者に宛てた手紙」まで付されているが、これも「技術」の一つかもしれない。

 もっとも、「パミラとその手紙」の実在を信じた読者が果たしていたのかどうかは明らかではない。『メディアとしての紙の文化史』にも、「実在の書簡を編集したという設定を読者が本気にするか、虚構と見抜くかにかかわらず」と述べられているだけである。

 なお、上記のとおり見覚えのあるテンプレートのオンパレードに感動したものの、物語自体には120頁を過ぎたくらい(序を除くと100頁余り)で飽きました。恋愛ものがとにかく合わないというのもありますが、一つの事件や事柄が何度も語られていて冗長なせいでもある。
 これはパミラが一つの事件/事柄について、ある人物宛ての手紙に書いた後、別の人物あての手紙でも同じ事件/事柄について書き、さらにそれらの人々からの返信に、その事件/事柄についての意見が書かれていて……ということが繰り返されるのが大きい。『パミラ』の本来の目的であった「手紙の書き方マニュアル」としては、まあ妥当ではあるが、小説としてはあまりに冗長だ。あと、それほど量は多くないとはいえ詩やら歌詞やらも挿入されてるし。

 冗長性を徹底的に切り詰めて、半分(それでも350頁強)足らずの「抄訳」にしてしまったら、テンプレの詰め合わせにジェットコースター展開という現代的要素も加わって、「紋切り型量産ロマンス」のすごくよくできたパロディになるんじゃないかと思う。いや、これが元祖なんだけど。

『声の文化と文字の文化』紹介の記事

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