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「ガーヤト・アルハキーム」解説 その二十

『ナイトランド・クォータリー』vol.18「想像界の生物相」掲載の短篇「ガーヤト・アルハキーム」の解説です。連日更新中。

目次

頁数は『ナイトランド・クォータリー』本体のものです。
p.62
下段6行
ところがその頃から……
 シンド(インド)から零と位取りの概念、計算術(筆算)を含む数学がアレクサンドリアに伝わった(かもしれない)AD5世紀は、メシアス(キリスト)教化したルーム(ローマ)による異教迫害が激化した時代でもあった。その頂点は415年、女性哲学者ヒュパティアの惨殺である。

父祖たちは東方へ逃れ……
 前項のAD415年のヒュパティアの惨殺、そして529年のアカデメイア(学園)閉鎖は、古来のユーナーン(ギリシア)文化の終焉を象徴する事件である。が、後者に関しては、解説その五の「彼らがルームの皇帝に逐われてから……」の項で解説したように、ファールス(ペルシア)に亡命した異教徒の哲学者たちはわずか7名で、大した事績も残さずに532年には帰国している。ファールスとルーム(ローマ)との協定により身の安全を保障され、改宗を強いられることもなく平穏に余生を過ごしたようだ。
 前者のヒュパティア殺害は確かに劇的な大事件だが、それでアレクサンドリアの異教やヘレニズム文化が根絶やしにされたというわけでもなく、フェードアウトしていって、いつ途絶えたとも定かでない、というのが正しい。
 解説その五の同項で述べたように、古代・ヘレニズムのユーナーン文化の東方移植の功績は、7名の亡命哲学者たちではなく、ルームで異端とされたメシアス(キリスト)教徒たちのものである。もちろん東方に亡命したユーナーン古来の多神教徒たちは、この7名以外にもいただろうが、ユーナーン文化の東方移植に果たした彼らの役割は見えてこない。
 そしてR・J・フォーブスの『古代の技術史』(浅倉書店)によれば、本作の舞台であるハッラーンを含むシャーム(現シリアを中心とする地域)はヘレニズム時代、キーム(エジプト)と並ぶもう一つのユーナーン錬成術(錬金術)の中心地だった。現存する最古の錬成術文書は、BC1世紀以前のハッラーンで書かれた『アガトダイモーン文書』だとする説もある。
 ハッラーンでは、バビル(バビロニア)とユーナーンの古来の信仰が融合した。この習合がいつ起こったのかは不明だが、ヘレニズム期初期(BC4世紀以降)にまで遡るかもしれない。ルーム(東ローマ)の支配下にあった時代、ここは「ヘレノポリス」すなわち「ユーナーン人の都市」と呼ばれていた。イスカンダル(アレクサンドロス)大王以来、ユーナーンの宗教と文化、そして血統が途絶えることなく保たれてきたのだろう。
 本作のハッラーンにおけるユーナーンの錬成術も、ヒュパティアの死後、あるいはアカデメイア学園閉鎖後に初めて持ち込まれたのではなく、それよりも数百年遡ると思われる。そして錬成術師/神官たちも、200年あるいは300年前の亡命者たちだけではなく、イスカンダル大王以来の入植者たちの血も引いているのだろう。
 しかし彼らは自らを「ルームおよびメシアス教の犠牲者」と位置づけ、受難の歴史をことさらに強調しているのである。

続きます。

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「ガーヤト・アルハキーム」解説 その十九

『ナイトランド・クォータリー』vol.18「想像界の生物相」掲載の短篇「ガーヤト・アルハキーム」の解説です。連日更新中。

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頁数は『ナイトランド・クォータリー』本体のものです。
p.62
預言者二本角(ズールカルナイン)
 イスラムの聖典では、「二本角(ズールカルナイン)」なる人物の事績が語られている(第18章)。唯一なる神によって力を与えられた彼は、陽の没する処から陽の昇る処まで世界を巡って信仰を広め、最後に世界の果てに辿り着く。
 そこには二つの峰が聳え立っており、その向こうには野蛮な「ヤージュージュとマージュージュ」の民が住んでいる。この蛮族に苦しめられている人々の嘆願により、二本角は双峰の間に巨大な壁を築き、蛮族を封じ込める。
「ヤージュージュとマージュージュ」とは、旧約聖書の「ゴグとマゴグ」のタージク(アラビア)語形である。イスラムの聖典や伝説には、旧訳・新訳聖書のエピソードやユダヤ・キリスト教の伝説が数多く採り入れられている。「二本角」は聖書はもちろん、ユダヤ・キリスト教の伝説には登場しないが、AD3世紀頃にアレクサンドリアで編纂されたとされる「アレクサンドロス物語」(アレクサンドロス大王の遠征に従軍したカリステネスに帰されている。『アレクサンドロス大王物語』のタイトルで国文社から邦訳あり)の中の、ユダヤ色の強い系統の写本では、大王がゴグとマゴグの侵略を防ぐ壁を山峡に建設している。
 したがって「二本角」の呼称の由来は不明ながら、それがイスカンダル(「アレクサンドロス」のタージク語形)のことであるという認識は、早くからイスラム世界に広がっていた。この認識が「定説」となる経緯は省略するが、聖典において「神から力を授けられた信仰の戦士」という位置づけであるため、二本角=イスカンダル=預言者、という図式も早い時期から成立していた。
 イスカンダルは異教徒だったはず、と反論する識者もいるにはいたが、大半の人はそういう細かいことは気にしなかったのである。
 以上は、本作が掲載されている『ナイトランド・クォータリー』vol.18の特集、国立民族学博物館の特別展示「驚異と怪異――想像界のいきものたち」を企画された山中由里子氏の『アレクサンドロス変相』(名古屋大学出版会)に拠る。同誌のブックガイドで紹介されているので、ぜひ御参照されたい。

位取りと零の概念
 零の記号と位取り方式による数字が記されたシンド(インド)最古の文献は、AD9世紀のものである。しかしこれは現在のシンド国内に限った話であり、シンド文化圏全体で見れば、パキスタンで発見された4‐5世紀のものと思われるサンスクリット語文献まで遡ることができる(ジョージ・G・ジョーゼフ『非ヨーロッパ起源の数学』講談社)。つまり成立は、さらに早い。

およそ三百年前
 シンド(インド)数学(位取りと零、そして計算術)についての、シンドより西における最も早い記録はAD7世紀のシリア系キリスト教徒によるものだが、もちろん伝播はもっと早かったはずだ。
 AD5世紀のアレクサンドリアはシンドとの交易が活発で、多くのシンド商人が訪れていた。このことから、K・メニンガーは『図説 数の文化史』(八坂書房)の中で、この時代のアレクサンドリアにシンド数学が伝わった可能性を指摘している。

計算術
 要するに筆算。小学校で習うあれの基礎となったものである。位取りと零の概念があって初めて可能になるものであり、本作の時代(AD8世紀半ば)の中東においては、紛れもなく特殊技能であった。
 参考:三村太郎『天文学の誕生』(岩波書店)

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「ガーヤト・アルハキーム」解説 その十八

『ナイトランド・クォータリー』vol.18「想像界の生物相」掲載の短篇「ガーヤト・アルハキーム」の解説です。連日更新中。

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頁数は『ナイトランド・クォータリー』本体のものです。
p.62
上段18行
あらゆる事物事象はエネルゴンから……
 現実において、あらゆる物質がエネルギーに変換できるように、本作の世界でもあらゆる物質はエネルゴンに変換できる。ただし現実の物理と比較して、変換は非常に容易である。
 とはいえ、p.59の「防護霊」のように、ごく短時間「発現」(個別のまとまった形で出現すること)させるのはかなり容易であるものの、作中で言明されているように、出力の調整は困難だし、長時間安定した出力を保つのはさらに至難の業である。
「エネルゴン」と現実の物理学における「エネルギー」とのもう一つの違いは、生命現象も、ニューロン・ネットワークから生み出される思考や感情、さらには精神そのものも、エネルゴンから構成されている、つまりエネルゴンに変換できるということである。

数学という普遍の言語
 この世界における数学は、数秘術的な側面も多分に有している。つまり各数字が意味を持っている、それぞれ何かを表している、ということである。
 数字に意味がある(何かを象徴している)という考えは非科学的だが、それでも数秘術は数学の知識と正確な計算を必要とする。本作p.59で登場した「魔方陣」が、その好例である。また、この魔方陣が描かれた護符の裏側に描かれた六芒星も、コンパスや定規を使って正確に作図されたものである。
 これが「魔術」であれば、魔方陣ではなく呪文、六芒星その他の記号の作図はフリーハンド、ということになる。
 各数字が表わす(象徴する)ものは、おそらく文化によって異なる。詳しくは後述。

錬成
 物質を構成するのがエネルゴンである以上、その構成を変えれば物質の変成が可能である。再現性の概念を持たない「魔術」による物質変成は、ほとんど偶然に近い。
「錬成」という語については次々項を参照されたい。

黒土の国(キーム)
 古代エジプト人は自らの国土を「ケメト」すなわち「黒土/黒い大地」と呼んだ。エジプトのユーナーン(ギリシア)錬成術(錬金術)の最盛期であったAD4世紀のエジプト語であったコプト語では「ケーメ」という。
 タージク(アラビア)語にはe音がないので、「キーム」となる。本作では、同じ単語が言語によって発音が多少変わる場合、煩雑さを避ける便宜上、表記をなるべく統一している。

黒土の国の術(キミア)
 ヘレニズム期のユーナーン(ギリシア)人が錬成術(錬金術)のことをなんと呼んだのかは、資料によって「ケメイア」「ケミア」「キミア」「キュメイア」等、表記がばらばらである。ギリシア文字のラテン文字への置換、そのカタカナ表記に伴う問題であろうが、原典史料のスペリングも統一されていないのだろう。本作ではタージク(アラビア)語の「アルキーミヤー」に近い「キミア」を選択。
「キミア(錬成術)」という語がエジプトの古名である「キーム」に由来する、というのは、多くの研究者によって否定されているが、現在でも通説と言っていいほど流布している。この説は、古くはAD1世紀のプルタルコスにまで遡るそうだ。
 1965年に書かれたアシモフの『化学の歴史』は、この「黒土の国の術」説を紹介した後、「現在、いくぶん支持者の多い第二の説」として、「植物の汁」を意味するユーナーン(ギリシア)語「クモス」語源説を紹介している。こっちのほうが「黒土の国の術」説より、さらにこじつけめいてると思うんだが、それはさておき、この『化学の歴史』の邦訳は河出書房(「新社」ではない)から出ていて、私が読んだのは1977年の「新装版」で(新装でない旧版の出版年は記載がなかった)、河出書房側によるアシモフの紹介が、小説家であることに一言も触れていなくて、1977年にもなってこの有様とは、当時はSFもミステリも地位が低かったんだなあと、むしろ感心したものである。
 話を戻すと、私自身は「キミア」の語源としては、AD4世紀初頭のゾシモスの錬成術理論と、3世紀の金属加工(金や銀の模造など)術とに明白な関連を見出せることから、金属の鋳造を意味するユーナーン語(これも資料によってラテン文字およびカタカナの表記がさまざま)から派生したという説が最も妥当であると思う。このことから、本作では「錬成」という語を使うのである。
 参考:R・J・フォーブス『古代の技術史』浅倉書店、ローレンス・M・プリンチーペ『錬金術の秘密』勁草書房
 しかしエジプトにルーツを持つ中世のユーナーン人錬成術師たちが信じていたのは、「黒土の国の術」説であろう。

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「ガーヤト・アルハキーム」解説 その十七

ナイトランド・クォータリー』vol.18「想像界の生物相」掲載の短篇「ガーヤト・アルハキーム」の解説です。連日更新中。

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頁数は『ナイトランド・クォータリー』本体のものです。
p.62
上段17行
数量化された魔術
 古来、ユーナーン(ギリシア)では実学が軽んじられ、学者は机上の空論を弄ぶばかりで、実験、実証、実用を怠ってきた。ヘレニズム時代、ユーナーン本国を遠く離れたアレクサンドリアでは、ユーナーン人たちによって実験・実証を伴う数学、機械工学、そして錬成術(錬金術)が花開いた。
 しかしそれらの学術も、ルーム(ローマ)帝国の衰退に伴い、空論に堕した。化学(ケミカル)の原型と呼ぶに相応しかった錬金術(ケメイア)も例外ではなかった。魔術的・哲学的錬金術が再び科学的錬成術に回帰するのは、イスラムに継承されてからである。
 とはいえイスラムの錬金術(アルキーミヤー)も、多かれ少なかれ魔術的・哲学的であることは免れ得なかった。その程度は錬金術師個人の資質に負うところが大きく、本作の登場人物であるジャービル(AD720頃‐805頃)は、(本人の作である可能性の高い文献を見る限りでは)科学的であると同時に哲学的・魔術的でもあった。ジャービルに次ぐ著名な錬金術師であり、西洋ではラーゼスの名で知られるラーズィー(AD865-925)は、錬金術から魔術的・哲学的要素を排したが、その後のイスラム科学全体の衰退により、アルキーミヤーはついにケミカルになることはできなかった。なお、現代タージク(アラビア」語で「化学」は「アルキーミヤー」である。
 十字軍とモンゴル襲来を経たAD14世紀、イスラムの知の精髄あるいは最後にして最大の輝きとも言えるイブン・ハルドゥーンは錬金術について、次のように述べている。
「錬金術が魔術に付随したものであるのは、ある特定の物体をある形相から他の形相へ帰るに際し、実際的な技術によるものではなく、心霊力を用いるからである。したがって、錬金術は一種の魔術であると言えるのである」(『歴史序説』第6章 岩波書店)
 科学と魔術を分けるものは、数量化である。本作の原点となるのは「イスラム世界でスチームパンク」というアイデアであり、さらに遡れば『屍者たちの帝国』(河出書房新社)所収の拙作「神の御名は黙して唱えよ」である。あれは『屍者の帝国』の「屍者」とその技術をイスラムに結び付けることには成功していると自負しているが、スチームパンク的要素が薄かったのが惜しまれる。いや、50枚の短篇だからあまり詰め込み過ぎてもあれだし、あれはあれでいいんですが、もう少し枚数があればスチームパンク的要素ももっと前面に出せたのに、とちょっと引っ掛かっていたのですよ。
 その「ほんのちょっとの引っ掛かり」が、去年の秋頃、「イスラムでスチームパンク」のアイデアとなったものの、それ以上の具体化にはなかなか至らなかった。
「スチームパンク」といっても、いわゆる「ネオ・スチームパンク」で、ヴィクトリア朝でないのはもちろん、蒸気機関にも限定されない。まあ蒸気機関自体はアレクサンドリアのヘロン(AD3世紀?)が発明していて、イスラムはヘレニズム科学を継承しているから問題ないんだが。
 ヘレニズム科学を発展させたイスラム科学は、「(ネオ)スチームパンク」の第一条件である「現実とは異なる方向に発展した科学」を充分満たすことができる。特に錬金術と、『千夜一夜』の多くの物語で重要なガジェットとなっている自動機械の数々は、強い独自性がある。
 史実よりも科学を発展させる駆動力として、「より科学的な錬金術」は最初から念頭にあった。「錬金」だけが目的ではない、化学の原型としての「錬成術」。しかし、それだけでは史実よりも科学を発展させる駆動力たり得ない。「イスラム/中東的スチームパンク」の最重要ガジェットである自動機械を動かす動力が必要だ。
 すでに解説したように、中世の中東では錬金術師によって石油が精製され、限定されたかたちとはいえ実用化されていた。それに何しろ中東だし、ということで「石油(ナフサ)パンク」というのも考えたが、「燃料が石油」というだけでは、あまりにもおもしろみがない。普通すぎる。
 ……というところで行き詰まってしまったので、そのまま放置していた。行き詰まったアイデアは放置しておくと、ある日突然、あっさりと打開案が降って湧くものである。
 本作の場合は、『ナイトランド・クォータリー』のお話をいただいた時だった。『NLQ』は「ホラー&ダーク・ファンタジー専門誌」である。つまり、厳密な定義におけるSFでなくてもい
いのだ。
 何をもってSFの「厳密な定義」とするかは人それぞれであろうが、少なくともこの時の私は、「魔法」を出してもいいんだ、と解釈した。
 かくなる次第で、「史実よりも進んだ科学」の動力源として、「魔法」を採用することにした。「より科学的な錬金術」である「錬成術」は、この「魔法」をも数量化して扱うのである。数量化せずに「感性」だけで扱うのが「魔術」である。「魔法」が存在するスチームパンクだから、サブジャンルとしては「マジック・パンク」ということになるようだ。
 では本作における魔法は、単に「史実よりも科学を発展させる動力」として都合がよかったからというだけで採用されたのか、というと、もちろんそんなことはない。それについては、また後ほど。
 1項目だけですが、長くなったので今回はここまで。また明日お目に掛かりましょう。
 
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「ガーヤト・アルハキーム」解説 その十六

『ナイトランド・クォータリー』vol.18「想像界の生物相」掲載の短篇「ガーヤト・アルハキーム」の解説です。連日更新中。

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頁数は『ナイトランド・クォータリー』本体のものです。
p.61
下段20行
エネルゴン
「活力/動力」、いわゆる「エネルギー」を表わす語。しかし語源であるユーナーン(ギリシア)語の「エネルゲイア」は、アリストテレス(BC384-BC322)以来の哲学用語で、その意味するところは「活力」「動力」といったものとはかなり異なる(専門外もいいとこなので、解説は省かせていただきます)。
 しかし「エネルゲイア」のさらなる原型は、接頭辞εν-(en-)+εργον(ergon)「仕事」でενεργον(energon)「仕事をするもの」であり、「エネルギー」の概念に近い。なお現代ユーナーン語ではενεργεια(energeia)は「エネルギー」の意味で使われている。
 また後述するように、錬成術(錬金術)は哲学者によって見下されていた。錬成術が新興の学問・技術だった時代(AD2世紀?)には、なおさらだっただろう。その錬成術の用語として、哲学用語として確立されて久しい「エネルゲイア」を採用したりしたら、哲学者たちの反感を買うのは避けられない。
 以上2つの理由から、「エネルゴン」が採用された、という設定。エネルゴンそのものについての解説は後ほど。

メシアス教
 キリスト教のこと。タージク(アラビア)語では「マシーヒア」といい、「マシーフ教」の意。
「マシーフ」は「(聖油を)注がれた者」、すなわち「聖別された者」で、ヘブライ語の「マシアハ」と同じ。ユダヤ教終末論において「マシアハ」は「救世主」と目され、キリスト教ではイエスのことである。
 イスラムにおいては「救世主」の意味合いは薄く、イーサー(イエス)の別名のような扱いである。したがって「マシーフ教」は、「救世主教」というより、「イエス教」くらいの意味だと言えよう。
 いずれにせよマシーフでもマシアハでもなんのことか解らないので、そのユーナーン(ギリシア)語形「メシアス」を採用。日本語の「メシア」はこの「メシアス」から。作中には文脈上、「救世主」に「メシアス」とルビを振った形の表記もある。イスラムにおける救世主論については後述。
 ファールス(ペルシア)やメソポタミア、タージク(アラビア)半島に広まっていたメシアス(キリスト)教はネストリウス派など、ルーム(ローマ)によって異端とされた諸派である。以前に解説したように、古代およびヘレニズムのユーナーン文化が中東に継承されたのは、彼らに負うところが大きい。
 異教として迫害されたユーナーンの多神教徒たちが、同じく迫害された者同士であっても、メシアス教徒というだけで信用できないのは致し方ないと言えるが、何かにつけて見下すのは傲慢というものである。

p.62
承知した
 神殿のユーナーン(ギリシア)人たちが、ルーム(ローマ)人と言われるのを嫌うことや(p.59)、女性の地位が高いこと(p.60)などと同様、彼らの傲慢さについても予めジャービルから説明されていたのだろう。

 次回が長くなる予定なので、今回はここまで。

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「ガーヤト・アルハキーム」解説 その十五

『ナイトランド・クォータリー』vol.18「想像界の生物相」掲載の短篇「ガーヤト・アルハキーム」の解説です。連日更新中。

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頁数は『ナイトランド・クォータリー』本体のものです。
p.61
下段18行
精霊(ダイモーン)
 前回の解説で、この世界に実在する「霊的存在」がどのように見えるのかは各人の性格や心理状態に拠ると述べた。それに加えて、各人の文化的背景も関わってくる。
 論理的な人物には、(当人が平静でいる限りは)一様に「炎」に見える。サイズや勢い、輝度などは、その「霊」ごとの威力によって違って見える。
 一方、非論理的な人物には、当人がどの文化に属するかによって、見え方が異なる。強力な「霊」であれば、その文化圏で強力な神、あるいは強力な悪魔や怪物と信じられている「もの」の姿を取り、弱い「霊」であれば、妖精や小鬼のような、威圧感のない姿を取るだろう。
 それらの「属性」(善か悪か、あるいは何を司っているか、など)については後ほど改めて説明するが、具体的にどのような姿をしているのかは、その文化圏で何が信じられているかに拠る。要するに暗示である。たとえば、ある人物が異文化圏に入り、そこの人々から「この地には、しかじかの霊がいる」と聞かされれば、その地で「霊」を見た時、聞かされたとおりの姿に見える可能性が高い。
 精霊(ダイモーン)はユーナーン(ギリシア)文化圏における下位の神格で、「半神」と訳されることもある。タージク(アラブ)における妖霊(ジン)と同じ位置付けと言っていいだろう。
 キリスト教においては、ダイモーンは明確に悪の属性を持ち、サタンやデヴィルとほぼ同義である(英語形はdemon)が、本来のダイモーンは善性も悪性も帯び得る。その点もジンと同じである(後述)。

善霊(フラワフル)と悪霊(デーヴ)
 ファールス(ペルシア)のマギ(ゾロアスター)教は二元論であり、この世は善の軍勢と悪の軍勢との戦場である。善の最高司令官であるオフルミスド(中世ファールス語。古代ファールス語ではアフラ・マズダー)と、悪の最高司令官であるアーリマン(中世ファールス語。古代ファールス語ではアンラ・マンユ)の下には、それぞれ中級・下級の神格が従っている。
 とりあえず本作では簡潔に、善の下級神格の総称を善霊(フラワフル 中世ファールス語。古代ファールス語ではフラワシ)、悪の下級神格の総称を悪霊(デーヴ 中世ファールス語。古代ファールス語ではダエーワ)としている。
「イスラムの堕天使たち」(『トーキングヘッズ叢書』№76)で論じたが、ユダヤ教の悪魔(サタン)観は元来、唯一神に従って人間に試練を与える僕だった。それが「神の敵対者」にまで昇格したのは、マギ教からの影響である。この悪魔像はキリスト教にも受け継がれた。
 参考:青木健『ゾロアスター教史』(刀水書房)、ユーリー・ストヤノフ『ヨーロッパ異端の源流』(平凡社)
 イスラムの聖典では悪魔(シャイターン。ヘブライ語のサタンと同じ)や天使(マラク。ヘブライ語のマルアフと同じ)について、特に説明もなく語られており、当時のタージク(アラブ)たちがこれらの概念を知っていたことは明らかである。ただし、どちらもジンの一種だと見做されていた節がある。聖典ではジンと悪魔の区別がしばしば曖昧だし、ジンと天使は共に火から創造されている。
 ジャーヒリーヤ(前イスラム)時代のジンは善性か悪性かが曖昧だったが、イスラムにおいては、唯一神に帰依したジンは善、していないジンは悪、ということになっている。この「悪のジン」と悪魔の区別は曖昧である。
 なお、イスラムの悪魔観は本来のユダヤ教に近く、あくまでも神の僕である。
 ファールスではマギ教の用語がイスラムにも持ち込まれ、たとえば中級神格のヤザダ(「神」の意)の別名フェレシュテ(「使者」の意、らしい)はイスラムの天使(マラク)の訳語とされ、悪霊デーヴはイスラムの悪魔(シャイターン)の訳語とされ、しばしばジンの別名ともされた。

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「ガーヤト・アルハキーム」解説 その十四

『ナイトランド・クォータリー』vol.18「想像界の生物相」掲載の短篇「ガーヤト・アルハキーム」の解説です。連日更新中。

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頁数は『ナイトランド・クォータリー』本体のものです。
p.61
下段6行
発現
 この世界における錬成術(錬金術)用語。「霊的存在」がこの「炎」やp.59の「防護霊」のように、「個別のまとまった状態」で現れ出ることを言う。詳しくは次々項から。

銀のように白い
 日本語では、「銀」を「白いもの」の比喩に使うことはあまりない。「しろがね」とは言うし、「銀世界」とか「銀シャリ」といった表現もあるが、それくらいだろう。
 p.58でイスマイールの容姿を表現する際に使った比喩は、実際に中世の中東文学で使われていた表現から、現代日本人に違和感がないであろうものを採っている。白い肌を真珠に喩えるのは、欧米文学にも見られる表現であり、特に奇異な印象は受けないだろう。しかし実は中東文学ではあまり一般的ではなく、多くの場合、銀に喩えられる。
「肌は銀」と言われたら、大半の日本人は違和感が先立つと思われるので使わなかったが、このような文化/感覚の違いを出すために、「霊的」な炎の色に対しては「銀のように白い」という表現を選択した。

理性の徒は……
「霊的存在」が各人の性格や心理状態によって各様に見える、という設定は、『伊藤計劃トリビュート』所収の拙作「にんげんのくに」と同じ。あちらでは、アルカロイドを多量に含む食物を常食しているために脳が変性して幻覚を見やすくなっている、つまり「霊的存在」は実在しない。一方、こちらでは「霊的存在」は実在する。
「にんげんのくに」では、各人の恐怖や願望、そして閾値下の情報が幻覚を生み、それが各人の性格(一言で言えば論理的かそうでないか)によって、ぼんやりした影のようなものから生々しい実在感を伴ったもの(たいていは異形)までさまざまな姿を取る。論理的な人物でも、たとえばひどく動揺している時などは、生々しい幻覚を見るだろう。
 一方、本作「ガーヤト・アルハキーム」では、「霊的存在」は実在するので、見えるか見えないかは各人の心理状態とは関係ない。しかし、「どのように見えるか」は各人の性格による(おそらくは心理状態にも)。

妖霊(ジン)
「ジン」には「魔神」「幽精」などの訳語も当てられるが、「妖霊」を選んだのは、続いて挙げている「精霊」「善霊」などと「霊」の字を揃えるためだが、まあ単にほかの訳語より好きだからでもある。1957年の井筒俊彦訳の『コーラン』(岩波書店)は「妖霊」だから、井筒氏の造語だろうか。私が最初に出会ったのはF・マリオン・クロフォードの『妖霊ハーリド』(早川書房)。
 1891年だから、『ヴァテック』や『シャグパットの毛剃』といった欧米の「千夜一夜ゴシック」の系譜に属する。邦訳は1985年、出てすぐに読んでるんだな。ジンの訳語は「魔神」しか知らなかったから、「妖霊」という見慣れない字面が新鮮だった。『魔神ハーリド』とかだったら、たぶん読んでない。カバーイラストの天野喜孝氏はこの頃、レオン・バクスト風だから、西洋の「千夜一夜もの」に実に相応しいですね。
 ところで「イスラムの堕天使たち」(『トーキングヘッズ叢書』№76)でも書いたことだが、ジャーヒリーヤ(前イスラム)時代のタージク(アラブ)は、「霊的存在」を「ジン」と総称した。その中でも特に強力なもの、あるいは人間に友好的なものを「神(イッラーフ)」として崇拝したが、区別は曖昧だった(小笠原良治『ジャーヒリーヤ詩の世界』至文堂、フィリップ・K・ヒッティ『アラブの歴史』講談社など)。
 聖典でも、多神教徒のタージクは「唯一神とジンを並べて拝む」と非難されている。したがって、ジャーヒリーヤ時代、あるいは多神教という設定の「中東風異世界」が舞台なら、ジンの訳語として「魔神」は適切である。しかし言うまでもなく、一神教においては不適切だ。
 話を「ガーヤト・アルハキーム」に戻すと、イスラムではジン(ジン以外の名で呼ばれる魔物全般も含む)は「生き物」に分類される。だからジンの登場する本作は、『ナイトランド・クォータリー』vol.18のテーマ「想像界の生物相」に合致してるんですよ。

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「ガーヤト・アルハキーム」解説 その十三

『ナイトランド・クォータリー』vol.18「想像界の生物相」掲載の短篇「ガーヤト・アルハキーム」の解説です。連日更新中。

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頁数は『ナイトランド・クォータリー』本体のものです。
p.60
下段18行
施錠装置
 本作の世界では「操霊術」(「霊的存在」)の操作は錬成術(錬金術)の領分だが、この施錠装置は霊的存在とは一切関わりのない、ただの数学と機械工学に基づいて作られている。計算で求めた日替わりの暗証番号(数字)を入力すると、内部の機巧(カラクリ)によって扉が開く。
 機巧については次の次の項で、暗証番号を求める計算については後日解説。

防護機構
 前頁のイスマイールの護符と同じく「操霊術」の一種。作中で述べられているように番号入力を3回間違えると作動し、「防護霊」が発現して攻撃する(「発現」については後述)。
 扉を破壊しようとしても発現すると思われる。

p.61
機巧(カラクリ)
 自動装置のこと。古代ユーナーン(ギリシア)では機械工学が発達し、ヘレニズム時代のアレクサンドリアでさらなる発展を遂げた。ヘロンの各種自動装置はその粋である。錬成術(錬金術)もこの時代のアレクサンドリアで盛行した。
 本作ではシン神殿の神官兼錬成術師たちは、ヘロンの後継者でもある。
 扉の施錠と開閉を行う自動装置は、錘を動力源としていると考えられる。数字が刻まれた「円盤」つまりダイヤルを回して暗証番号を入力すると、錘が落ちて装置が動き、扉が開く。錘が巻き取られて扉が閉まるまでが自動で行われる。

地下の大書庫
 ハッラーンから数十キロ北東に、ソーマタルと呼ばれる遺跡がある。ハッラーンと並ぶ、この地に残存していた古代以来の信仰の中心地で、歴史家/地理学者のマスウーディー(AD896-956)の『黄金の牧場と宝石の鉱山』によれば、ドーム型の大神殿と、それを囲む7つの神殿から成っていたという。これら8つの神殿は、ひどく損壊しているものの現存している。
 マスウーディーによると、ドーム状の大神殿の地下には巨大な縦穴があり、その入り口には「古代文字」で次のように記されていたという。
「この竪穴は記録庫に通じている。その中には、太古から保存されてきた世界の叡智がすべてある。ここは世界の秘密、天国の学問、そして過去、現在、未来のすべての事柄の隠された秘密が保持されている。この竪穴の中には、世界の宝が横たわっている。
 しかしその価値があることを望む者は誰であろうと、力、叡智、そして学問において我らと等しくなければならない。そのようであれる者は誰でも、己が我らの仲間だと知るであろう。
 しかし汝に価値がないことを注意せよ。なぜなら汝は学ぶだろう、どれほど我らの叡智が深く、我らの学問が幅広く、我らの警戒が厳重かを」
(邦訳がないので英訳から訳す。たぶんそれほど間違ってはいないと思う)
 ハッラーンの神殿がどのような構造だったのか記録は残っていないが、古代メソポタミアにおいて神官階級は知的エリートであり、神殿は学問の中心でもあったから、大量の蔵書があったことは間違いない。本作ではマスウーディーの記述をモデルに、地下に大書庫があったことにした。
 少なくとも、地元民の間で現在に至るまで言い伝えられているところによると、ハッラーンの神殿には、なんらかの地下施設があった。ソーマタルの地下書庫からは地下道が伸び、周囲の7つの神殿、そして数十キロ離れたハッラーンの神殿(の跡地)と繋がっているというのである。ハッラーンの神殿は跡形もなく、ソーマタル遺跡は調査がほとんど行われていないので、地下書庫も地下道も、あったともなかったとも言えない。

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「ガーヤト・アルハキーム」解説 その十二

『ナイトランド・クォータリー』vol.18「想像界の生物相」掲載の短篇「ガーヤト・アルハキーム」の解説です。連日更新中。

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頁数は『ナイトランド・クォータリー』本体のものです。
p.60
下段7行
割礼
 古代のユーナーン(ギリシア)では包茎が是とされたことは、割と知られた話であろう。ハンス・ペーター・デュル『性と暴力の文化史』(法政大学出版局)によると、ペニスの勃起はたいてい意思とは無関係に起こるものであるため、知られている限りすべての文化で、勃起したペニスは豊穣や男らしさの象徴であると同時に、自制心の欠如の表れでもあると見做されてきた。そして露出した亀頭は、勃起していない状態でも勃起を思わせる。
 したがって理性を何より重んじたユーナーン人にとって、亀頭が露出していない(かつ小さい)ペニスは理性的である証しであり、「美」だったのである。
 一方、ユダヤ人とタージク(アラブ)は多くの文化的な共通点を持つが、神との契約として包皮を切除する割礼の慣習も共有している。おそらくこの慣習の本来の目的は、意図せぬ勃起すなわち意図せぬ亀頭の露出は自制心の欠如→意図的に常に亀頭を露出させておく=亀頭の露出(勃起)をコントロールできている=意志の強い男、という図式で導き出されるだろう。
 とはいえ彼らにとっても亀頭が恥部であることには変わりないので、かつてのユーナーン人と違って裸体を非常に嫌う(米軍はアブグレイブ刑務所でこの羞恥心を利用し、しばしば被疑者を裸にして拷問した)。
 そしてユーナーン人にとっては、割礼は野蛮極まりない風習であったことは想像に難くない。
 余談だが(いや、この「解説」自体、余談ですが)、欧米におけるユダヤ人差別の起源は、ヘレニズム期のユーナーン人にまで遡る。その原因は一言で言えば、当時のユダ王国が国家規模で展開していた強制改宗に尽きる。周辺の異民族を征服しては「神との契約」を結ばせる、すなわち男性に対しては強制割礼を施していたのである。ユダヤ教が「民族宗教」(原則として異民族の改宗はない。当然、布教もしない)となったのは、中世末期以降のことである。
 帝政ルーム時代になると、異民族の改宗者には割礼を免除する「半改宗」が主流となり、自主的な改宗者も増えるのだが、BC1、2世紀のユダ王国周辺にはユーナーン人都市が数多くあり、当然ながらその住民も割礼を免除されることはなかった(シュロモー・サンド『ユダヤ人の起源』筑摩書房)。
 ……さぞや憎んでも余りあったであろうなあ、と他人事ながら同情する次第である。
 話を戻すと、神官たちは亡命者の子孫であり、もはやユーナーン語は母語ではなく、混血も進んでいるが、だからこそ父祖の文化に執着している。そこには包茎を美とする価値観も含まれているだろう。
 この発言はユーナーン語だったため、イスマイールには通じなかったが、彼がユーナーン語を知らないという確証があったわけではないし、ジャービルがユーナーン語に堪能なことは神殿の全員が知るところである。
 発言者、そして大神官も含めた彼らの態度は、支配者であるタージク人に阿りつつ、内心では無知なバルバロイと見下していることを示す。

書字板
 古代・中世のメモ用紙。板に厚く塗られた色つきの蝋に、金属などの硬くて先の尖った棒をペンにして書く。表面を均せば、また新たに書き込める。「蝋板」とも言う。2枚の蝋板を蝶番で繋ぎ、蝋を塗った面を内側にして閉じれば、携帯にも便利である。
 古代メソポタミアで発明され、ユーナーン(ギリシア)、ルーム(ローマ)、中世ヨーロッパへと継承された。本作の時代(AD8世紀半ば)のハッラーン(メソポタミア北部)でも使用されていただろう。
 信徒(ムスリム)には、なぜか継承されることはなかった。本作から20年ほどで、紙の大量生産が始まったのが大きかったのは確かだろう。それ以前はと言うと、メモ用紙が必要なほど書きものをする習慣が、タージク(アラブ)にはなかった。
 一度に多くの計算をする場合、書くスペースを要するが、計算過程は保存の必要がない。中世の中東では計算専用の筆記具として、筆算と一緒にシンド(インド)から伝わった「算板」が使われた。板に砂を敷いたもので、書いたり消したりが容易である(三村太郎『天文学の誕生』岩波書店)。
 そのため筆算は、本場のインドと同じく「塵計算」と呼ばれた。蝋引きの書字板よりも安上がりだが、使い勝手は悪そうである。
 筆算については後ほど改めて解説します。

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「ガーヤト・アルハキーム」解説 その十一

『ナイトランド・クォータリー』vol.18「想像界の生物相」掲載の短篇「ガーヤト・アルハキーム」の解説です。連日更新中。

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p.60
上段20行
本尊
 ヒルミス(ヘルメス)は青年の姿、トフト(トート)は朱鷺または狒々(あるいは両方)と人間が混合した姿、シンは老人の姿で表される。中世のハッラーンで崇拝されていたのは、この三柱が習合した神だったと推測されるが、習合したからといって、それまでの本尊であるシン像を廃棄したりはしなかっただろう。習合の時期は早くてもAD3世紀と考えられるので(後述)、本作の時代(8世紀半ば)でも残っていた可能性は充分ある。
 なお古代(紀元前)メソポタミアでは、各神殿の本尊である神像は木製で、布や金属などの衣装・装飾品が着けられていた。石や金属に比べて耐久性が劣るのと、各都市の守護神という役割上、戦争で負けると破壊されたり持ち去られたりしたため、本尊と断定できる神像は一つも現存していないそうである(松島英子『メソポタミアの神像』角川書店)。

最上層の至聖所
 ハッラーンの神殿は現在跡形もなく、どんな外観だったのかという記録もないようである。古代以来のメソポタミアの神殿なので、本作では解りやすくジッグラト(聖塔)を採用。
 ジッグラト型の神殿では、本尊の神像が安置される至聖所は最上層にあった。

祭日以外は……
 古代メソポタミアでは、神殿の至聖所(本尊の神像が祀られる場所)に入れるのは神官と身分の高い信者に限られていた。祭礼の日には本尊を担いで市中を練り歩いたので、庶民も本尊を拝むことができた。
 しかし本作の時代であるAD8世紀半ばに、偶像を担いで街を行進することなど不可能である。また王族や貴族の信者も、もはやいない。
 したがって本作では、
 一般信者にも至聖所を解放するが、聖性の保持も必要なので祭日に限定。
 神殿の第一層にユーナーン(ギリシア)風のヒルミス(ヘルメス)像を安置し、平日参詣する一般信者にはこれを拝んでもらう。
 ということにした。なお古代のジッグラト型神殿でも、第一層は一般信者に解放されていたとの説が有力だそうである。

シャーム語
「シャーム」は現在のシリア・アラブ共和国を中心とした東地中海沿岸地域を指すタージク(アラビア)語。日本では「大シリア」「レヴァント」などの呼称が一般的である(歴史書などでは)。したがって「シャーム語」は「シリア語」のこと。
 シャーム(シリア)語は、現在ではシャーム(大シリア)地域を中心とした中東のキリスト教徒が典礼に用いるだけであるが、中世にはこの地域の共通語だった。タージク語と同じセム語系であり、遡れば古代メソポタミアの言語を直接の祖とする。
 高橋英海「ユーラシアの知の伝達におけるシリア語の役割」(『知の継承と展開』明治書院)によれば、聖書をはじめとするキリスト教文献(ギリシア語)のシリア語への翻訳はAD2世紀に始まり、5世紀以降は非キリスト教系のギリシア語文献(古典作品も含む文芸書や学術書)も翻訳された。
 したがって後世のヨーロッパにおけるラテン語と同じように、この時代のシャーム語は中東全域における知識人の共通語でもあった。作中、イスマイールとジャービルがシャーム語に通じているのは、そのためである。

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「ガーヤト・アルハキーム」解説 その十

『ナイトランド・クォータリー』vol.18「想像界の生物相」掲載の短篇「ガーヤト・アルハキーム」の解説です。連日更新中。

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p.60
上段19行
バビル
「バビロン」のタージク(アラビア)語形。より原音に忠実な表記は「バービル」。長音を省略したのは冗長だから、というより、こちらのほうが「バビロン」や「バベル」との関連が判りやすいだろうと思ったから(『バビル2世』は観た/読んだことないです)。
「バビロン」は古代メソポタミア南部の中心都市「バブゥ・イリ」(アッカド語で「神(々)の門」)のユーナーン(ギリシア)語形。メソポタミア南部地方、あるいはその地の古代国家の名としての「バビロニア」もユーナーン語で、当地ではこれに該当する呼称はなかった。現代タージク語でも「バビロニア」に該当する表現は「バビルの国」という。
 本作でこの語を口にした大神官はユーナーン系なので、「バビロニア」の意味で「バビル」と言っている(使用言語はユーナーン語ではない。後ほど解説)。

暦の神シンとして
 ある宗教の神を別の宗教の神と同一視する、すなわち「習合」という概念はまだ存在しない、少なくとも明確に意識されていないので、「A教の神aは、B教では神bとして信仰されている」と捉えているのである。
 ユーナーン(ギリシア)の神ヒルミス(ヘルメス)がエジプトの神トフト(トート)と習合したことは多くの証拠があるが、ヒルミス/トフトがバビル(バビロニア)の神シンと習合したことを明確に示す文献または考古学資料は見つかっていないようである。
 しかし先日述べたように、中世の信徒(ムスリム)の大半は異教に無関心で、客観的な事実よりも偏見を優先するので、ハッラーンの多神教の教義に関する彼らの記録は当てにならない。人身供犠やら殺人を伴う妖術やらはすでに紹介したが、ほかにも「ハッラーンの宗教はファールス(ペルシア)の伝説的な王タフムーラスの時代にボザスプ(サンスクリット語ボディサットヴァ=菩薩)の僧侶たちがもたらしたもので、タフムーラス王はこれを受け入れ、太陽を崇めた」という無茶苦茶な説が流布していた(守川知子/稲葉穣・訳注/校訂『ノウルーズの書』東方学資料叢刊第19冊)。
 前述のように、ハッラーンで信仰されていたのは古代以来の月神シンである(月の神は暦も支配する)。このシン神殿が中世にはヒルミス信仰の中心地でもあったのは確実であり、水星神ヒルミスと月神トフトが問題なく習合されたのだから、ヒルミス/トフトと月神シンの習合にも特に支障はなかったであろう。
 作中でも言及しているように、ヒルミスが司るのは学問と技芸である。トフトは知恵の神であり、書記の守護神であり、技芸の神でもある。水星と月の違いはあれど、領分は重なるのである。そして月神トフトは時/暦も司り、同じく月と暦を司るシンは、運命をも操る強力な神だった。
 古代のタージク(アラブ)は「サイーン」と呼ばれる神を信仰しており、タージクは古来、太陽よりも月を重視してきた(現代に至るまで)のもあって、古い学説ではサイーンはシンのことだとされていたが、現在はサイーンが月神なのかは不明な上、音韻学的にも無関係だとされている(徳永里砂『イスラーム成立前の諸宗教』国書刊行会)。
 
なお、「シン」は原音は「スィーン」だったようだ。現代タージク(アラビア)語でも「スィーン」。「シン」とあまり変わらないし、ヒルミスやトフトと比べてメジャーな神というわけでもないのでそのまま。
 ヒルミス/トフトとシンとの習合の起源については、後ほど改めて解説します。

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「ガーヤト・アルハキーム」解説 その九

『ナイトランド・クォータリー』vol.18「想像界の生物相」掲載の短篇「ガーヤト・アルハキーム」の解説です。連日更新中。

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p.60
上段14行
錬成術の祖
 ヘルメス・トリスメギストスのこと。作中でも解説されているように、ユーナーン(ギリシア)の学問と技芸の神ヒルミス(ヘルメス)が、アレクサンドロス大王(在位BC336−BC323)の遠征以後、エジプトに持ち込まれ、当地の知恵の神トートと同一視された(この「習合」については後述)。
 やがてヘレニズム文化の下、エジプトで錬成術(錬金術)が盛んになると、ヒルミス/トートは錬成術の祖と目された。ほかにもイシス、アガトダイモーン(「善霊」の意で、知識を司るユーナーンの神。エジプトの農耕神クヌムと同一視された)といった神々も錬成術の祖とされ、彼らの作とされる錬成術文書も作られた。
 これら神々のうちヒルミスが、神と同名の人間だと考えられるようになり、錬成術の祖にして魔術師ヘルメス・トリスメギストスとなった。「トリスメギストス」は「3倍偉大な」「3重に偉大な」等と訳されるが、「3」の由来は諸説あって不明。

 マーニー
「マニ」の表記が一般的。「マーニー」のほうがより原音に近く、その宗祖の名は「マーニー・ハイイェー」と長音を省略せず表記するのが定着しつつあるようだが、宗教としての呼称は「マニ」教のままである。
 以前述べたように、私は「原音に忠実な(カタカナ)表記」にはこだわらないのだが、ゾロアスター教を「マギ教」としたため、「マニ教」だと紛らわしくなってしまうのである。
 本作の時代(AD8世紀半ば)は、中東におけるマーニー教の最盛期だった。これは一つには、支配者であるタージク(アラブ)たちが異教に寛容、というか無関心だったからである。
 もう一つの理由は、マギ(ゾロアスター)教を国教とし、異端を厳しく取り締まっていたサーサーン朝ファールス(ペルシア)が滅んだため、その締め付けからファールス系知識人が解放され(マギ教は民族宗教なので、異民族への布教はなかったが、ファールス系が異教や異端思想を信奉することは許されなかった)、彼らにとって単純すぎるイスラムよりも、衒学的なマーニー教に惹かれたためである。
 本作からわずか数年後、「異端」への大弾圧が始まり、マーニー教も大打撃を受けることになるのだが、とりあえず本作とは関係ない話である。
 参考:青木健『マニ教』(講談社)

 預言者
 マーニー(マニ)教の最大の特徴は、あらゆる宗教の要素を取り込み、それらの宗教に「擬態」することだった。だからこそ恐れられたのだが、とにかくその伝で、中東のマーニー教徒たちはヒルミス(ヘルメス。ここでは神ではなく賢者ヘルメス・トリスメギストス)を宗祖マーニー・ハイイェー(AD216−277)に先行する大預言者の1人に数えた。ちなみにマーニー教における預言者は、布教先での競合宗教によって変わる。マギ教ならザラスシュトラ(ゾロアスター)、キリスト教ならイエス、仏教なら釈迦である。
「預言者ヒルミス」はマーニー教を迫害したイスラムの神学および民間信仰に入り込み、ハヌーフ(旧約聖書のエノク)など著名な預言者と同一視されるようになった。本作の時点(AD8世紀半ば)では、まだその段階には至っていない。
 参考:アンリ・コルバン『イスラーム哲学史』第4章(岩波書店)、イブン・バットゥータ『大旅行記』第1章(平凡社) 

 アイギュプトス
 ユーナーン(ギリシア)人はエジプトをこう呼んだ(というか、「エジプト」の語源である)。当地の創造神にして鍛冶を司るプタハに由来するが、ユーナーン神話では同名の王に因むとされる。

 ミスル
「エジプト」のタージク(アラビア)語名。現在のエジプトの正式名称「エジプト・アラブ共和国」も、原語では「エジプト」の部分が「ミスル」である。
 エジプトはAD639年にイスラム軍によって征服された。この「大征服時代」、イスラム軍は征服した土地に支配拠点となる都市を定め、タージク人を氏族単位で移住させた。これを「ミスル(軍営都市)」と呼び、エジプトにも置かれたので、資料によっては国名「ミスル」の語源としているが、まあ旧約聖書でエジプトを指す「ミツライム」のタージク語形である「ミスル」(同音異義語)のほうだろう。
「ミツライム」はノアの息子ハムの息子でエジプト人の祖となった同名の人物に因むとされるが、もちろん順序は逆。ヘブライ語やタージク語と同じセム語のアッカド語で「境界地域」を意味する語に遡るそうだ。
 いずれにせよ、この名称が広まったのは、タージクによる征服後である。「アイギュプトス」に由来するタージク語の呼称もあって、「キブト」という。日本でいうところの「コプト」。

トフト
 トート神のタージク(アラビア)語形。「トート」はユーナーン(ギリシア)人による呼称だが、本来の古代エジプト語の名の転訛だとされる。

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「ガーヤト・アルハキーム」解説 その八

『ナイトランド・クォータリー』vol.18「想像界の生物相」掲載の短篇「ガーヤト・アルハキーム」の解説です。

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 ああっ、家からココログに繋がるようになった!

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p.60
人の業とは思えないほど……
「幕屋の偶像」(『トーキングヘッズ叢書』№78)で述べたが、ジャーヒリーヤ(前イスラム)時代のタージク(アラブ)は、彫像を崇拝対象としても美術品としても好んだが、なぜか自分たちで作ろうとはしなかった。単純な浅浮彫がせいぜいである。
 ユーナーン(ギリシア)人の写実的な彫像は、もちろん大人気だった。自分たちには作ることのできない見事な像に、タージクたちはひょっとしたら「人間わざではない」とすら思っていたかもしれない。聖典には、預言者にして偉大な魔術師であるスライマン(ソロモン)王がジン(妖霊)たちに彫像(おそらく広間に飾るためのもの)を作らせた、とある。
 
このように、イスラムの聖典では偶像崇拝は厳禁しているものの、人を含む動物の具象芸術には肯定的である。もっとも人(動物)の具象表現が偶像崇拝に通じることへの恐れは早くからあったようで、現存する初期の宗教施設(AD7−8世紀)に見られるのは植物や無生物のモチーフだけである。
 一方、世俗芸術にはそのような制約はなく、現存する8−9世紀の宮殿や写本にはサーサーン朝風、あるいはルーム(ローマ)風の人物画や動物画が多数描かれている。
 
後代のイスラムの、偶像崇拝と具象芸術を同一視する傾向は、預言者ムハンマドが絵画に難色を示したとか、画家は地獄に落ちると述べた、という伝承を根拠とする。しかし聖典がムハンマドの死から20年ほど後に編纂されたのに対し、彼の言行についての伝承が編纂されたのは200年以上後の9世紀以降である。
 
参考:『世界美術大全集 東洋編17 イスラーム』(小学館)、徳永里砂『イスラーム成立前の諸宗教』(国書刊行会)、阿部克彦「民衆のなかの聖なるイメージ」(『民衆のイスラーム』山川出版社)

イスマイールたちの倍ほどの年齢の……
 メソポタミアの月神シン(またはナンナ)は最古の都市の一つであるウル(現在のイラク南部)の主神だが、ハッラーン(現在のトルコ南西部)も古来、ウルと並ぶシン信仰の中心地だった。ウルのシン神殿の名をエキシュヌガル、ハッラーンのそれはエフルフルといった。
 シンは男神であり、歴代の王朝は王家の女性をシンの妻として両神殿へ送った。男性神官もいたのかどうかは寡聞にして知らないのだが、「神の妻」のほうが地位が高かったのは間違いない。
 新バビロニアの最後の王ナボニドス(在位BC555−539)は、ハッラーンのエフルフル神殿の神官だった母の影響でシンを篤く信仰した。ファールス(ペルシア)のキュロス大王は、バビロニアを滅ぼしたのはナボニドスに蔑ろにされたマルドゥク(バビロニアの主神)に懇願されたからだ、と碑文に記した。
 参考:岡田明子/小林登志子『古代メソポタミアの神々』(集英社)
 ハッラーンのシン神殿は、AD11世紀初めまで存続するが、女性神官の伝統が続いていたかどうかは寡聞にして知らない。それでも本作において神官長が女性であり、上級・下級を問わず女性神官の比率が高いということにしたのは、この神殿が中世の中東におけるヒルミス(ヘルメス)主義の中心地であり、アレクサンドリアの錬成術(錬金術)との関わりが深かったこと、そしてアレクサンドリアの錬成術(錬金術)師には女性が少なくなかったことに因む。
 アレクサンドリアのユーナーン(ギリシア)学術は女性に対しても開かれており、哲学者のヒュパティアが有名である。AD415年、キリスト教徒たちによるヒュパティアの惨殺は、古代以来の知の伝統の終焉を象徴する事件だった。

 前回が長かったし、次回も長くなる予定なので、今回はここまで。

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「ガーヤト・アルハキーム」解説 その七

『ナイトランド・クォータリー』vol.18「想像界の生物相」掲載の短篇「ガーヤト・アルハキーム」の解説です。

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頁数は『ナイトランド・クォータリー』本体のものです。
p.59
下段14行
気づいていないんですか?
 顔が似てるか似ていないかの判断は主観に拠るところ大きい、というのもあるが、それ以上に、鏡の映りが悪いので自分の顔をよく知らないのである。
 本作の世界は、現実の歴史よりも幾らか科学が発達しているし、大導師(イマーム)の嫡子であるイスマイールは最高品質の鏡を使えたはずである。とはいえ、金属鏡はおそらくルーム(ローマ)以来の、銅(または青銅)板に錫を鍍金したもので、像の鮮明さには限界がある。アルミニウムの精錬法もステンレス鋼もまだ発明されていない(史実では共に19世紀)。
 史実では、ガラスに鉛を鍍金したルームの鏡も中東で継承されていたが、無色透明で気泡も歪みもない板ガラスを作る技術がなかった。
 本作の世界で現実よりも科学が発達している理由は、一流の錬成術(錬金術)師とは科学的思考のできる人々であることと、「霊的存在」が「実在」し、それを操作することが可能であるという二点である。
 しかし後述するように「霊」は非常に扱いづらいため、生産力や平均寿命の引き上げにさほど貢献することはない。現実において、気象条件などで一時的に向上した生産力を、持続させさらに向上させるには教育の普及が必須だが、そのためには平和の持続と賢明な為政者が必須である。少数(あるいはたった1人の)科学の天才がいるだけでは、どうにかなるものではない。
 というわけで、本作の世界ではAD8世紀半ばの中東で、円筒形の吹きガラスを切り開いて延ばす方法(史実では15世紀初頃のヨーロッパ)や不純物を減らす方法(同じく15世紀半ばのイタリア)を考案できる人物がいた可能性はある。また気泡や原料の融け残りを減らせるだけの高温を実現する熱源には、「霊」が利用できるだろう。しかしそれだけでは、「歪みのない鮮明な像を映すガラス鏡」は作れないのである。
 参考:マーク・ペンダーグラスト『鏡の歴史』河出書房新社

フサイン家
 中世のタージク(アラブ)は姓を持たなかったが、著名な人物の子孫はその名を取ってバヌー某と呼ばれた。直訳すれば「某の息子たち」だが、「某家」「某一族」と訳すのが普通。
 フサインは「最後にして最大の預言者」ムハンマドの孫であり、イスマイールの曽々祖父である。詳しくはまた後ほど。
 ところで「アラブ」はそれだけで「〜人(たち)」という意味も含む。「アラブ人」だと「日本人人」というのと同じになる。「アラビア」は「アラブの」の意。「1人のアラブ」だと「アラビー」になるので、「アラブ人」という表現もおかしくはないけど、「アラビア人」は明らかに変だ(「日本人の人」)。
「タージク」も「〜人(たち)」の意味を含むんだが(タジク/ペルシア語でもアラビア語でもロシア語でも)、ややこしくなるし、あくまでフィクション中の語なので「タージク人」という表現もする。

混血を厭いません
 前項のフサインが異民族の女性を娶った(その息子がイスマイールの曽祖父)という記録は、本作より半世紀以上後のAD8世紀末〜9世紀初めまでしか遡れない。それ以前の史料が存在しない理由の一つは、当時のタージク(アラブ)に著述の習慣がなかったことにある(後述)。
 
初期の史料では、その女性はファールス(ペルシア)もしくはシンド(インド)出身だったとされるのみだが、9世紀後半には、実はファールス最後の皇帝の娘だったということになる。
 この9世紀後半の同じ史料が伝えるところによると、フサインの兄ハサンの子孫でイスマイールと同年代の人物(フサイン家とハサン家はしばしば縁組をしているので、かなり血は近い)が本作から数年後、ある人物を母親が異民族だという理由で侮辱し、自らの純血を誇った。それに対し相手は、フサインの息子は混血だが、おまえより遥かに優れている、と反撃している。
 参考:清水和祐「ヤズデギルドの娘たち」(『東洋史研究』67-2)
 もっと後の時代でも、このフサインの息子は、タージク(アラブ)の混血差別に対する反論でしばしば引き合いに出されている。
 なおフサインを例外とし、以後のフサイン家の当主の母はいずれもタージクの名家の出である。その女性たちが異民族の血を引いていなかったとは言い切れないが、いずれにせよイスマイールが「ユーナーン(ギリシア)人の血を引いているかもしれない」というのは、ユーナーン人たちへのリップサービスである。

四年前
 錬成術(錬金術)師ジャービルの出自について同時代の史料はなく、後世の史料には「ファールス(ペルシア)生まれのクーファ(イラクの都市)育ち、父親はタージク(アラブ)」、「ハッラーンの異教徒で後に改宗」の二説が見られる。現在では前者がほぼ通説である。
 
またハッラーンは中東におけるユーナーン(ギリシア)の学術の中心地だったから、後者の説ではジャービルは故郷で錬成術を学んだことになるが、イスマイールの父親が師だったとする史料もある。いずれにせよジャービルの錬成術理論にはヒルミス(ヘルメス)主義の影響が色濃く、そしてハッラーンは中東におけるヒルミス主義の中心地でもあった。
 
これらの整合性を取って、本作では「ジャービルはファールス生まれのクーファ育ちで父親はタージク、イスマイールの父親の下で錬成術をはじめとする諸学問を学んだ後、ハッラーンに移住」ということにした。
「4年」というのは、そのくらいあれば錬成術研究で成果を出し、ユーナーン人の同業者たちにも受け入れられるだろう、という期間。

 続きます。

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「ガーヤト・アルハキーム」解説 その六