「ガーヤト・アルハキーム」解説 その十五
『ナイトランド・クォータリー』vol.18「想像界の生物相」掲載の短篇「ガーヤト・アルハキーム」の解説です。連日更新中。
頁数は『ナイトランド・クォータリー』本体のものです。
p.61
下段18行
精霊(ダイモーン)
前回の解説で、この世界に実在する「霊的存在」がどのように見えるのかは各人の性格や心理状態に拠ると述べた。それに加えて、各人の文化的背景も関わってくる。
論理的な人物には、(当人が平静でいる限りは)一様に「炎」に見える。サイズや勢い、輝度などは、その「霊」ごとの威力によって違って見える。
一方、非論理的な人物には、当人がどの文化に属するかによって、見え方が異なる。強力な「霊」であれば、その文化圏で強力な神、あるいは強力な悪魔や怪物と信じられている「もの」の姿を取り、弱い「霊」であれば、妖精や小鬼のような、威圧感のない姿を取るだろう。
それらの「属性」(善か悪か、あるいは何を司っているか、など)については後ほど改めて説明するが、具体的にどのような姿をしているのかは、その文化圏で何が信じられているかに拠る。要するに暗示である。たとえば、ある人物が異文化圏に入り、そこの人々から「この地には、しかじかの霊がいる」と聞かされれば、その地で「霊」を見た時、聞かされたとおりの姿に見える可能性が高い。
精霊(ダイモーン)はユーナーン(ギリシア)文化圏における下位の神格で、「半神」と訳されることもある。タージク(アラブ)における妖霊(ジン)と同じ位置付けと言っていいだろう。
キリスト教においては、ダイモーンは明確に悪の属性を持ち、サタンやデヴィルとほぼ同義である(英語形はdemon)が、本来のダイモーンは善性も悪性も帯び得る。その点もジンと同じである(後述)。
善霊(フラワフル)と悪霊(デーヴ)
ファールス(ペルシア)のマギ(ゾロアスター)教は二元論であり、この世は善の軍勢と悪の軍勢との戦場である。善の最高司令官であるオフルミスド(中世ファールス語。古代ファールス語ではアフラ・マズダー)と、悪の最高司令官であるアーリマン(中世ファールス語。古代ファールス語ではアンラ・マンユ)の下には、それぞれ中級・下級の神格が従っている。
とりあえず本作では簡潔に、善の下級神格の総称を善霊(フラワフル 中世ファールス語。古代ファールス語ではフラワシ)、悪の下級神格の総称を悪霊(デーヴ 中世ファールス語。古代ファールス語ではダエーワ)としている。
「イスラムの堕天使たち」(『トーキングヘッズ叢書』№76)で論じたが、ユダヤ教の悪魔(サタン)観は元来、唯一神に従って人間に試練を与える僕だった。それが「神の敵対者」にまで昇格したのは、マギ教からの影響である。この悪魔像はキリスト教にも受け継がれた。
参考:青木健『ゾロアスター教史』(刀水書房)、ユーリー・ストヤノフ『ヨーロッパ異端の源流』(平凡社)
イスラムの聖典では悪魔(シャイターン。ヘブライ語のサタンと同じ)や天使(マラク。ヘブライ語のマルアフと同じ)について、特に説明もなく語られており、当時のタージク(アラブ)たちがこれらの概念を知っていたことは明らかである。ただし、どちらもジンの一種だと見做されていた節がある。聖典ではジンと悪魔の区別がしばしば曖昧だし、ジンと天使は共に火から創造されている。
ジャーヒリーヤ(前イスラム)時代のジンは善性か悪性かが曖昧だったが、イスラムにおいては、唯一神に帰依したジンは善、していないジンは悪、ということになっている。この「悪のジン」と悪魔の区別は曖昧である。
なお、イスラムの悪魔観は本来のユダヤ教に近く、あくまでも神の僕である。
ファールスではマギ教の用語がイスラムにも持ち込まれ、たとえば中級神格のヤザダ(「神」の意)の別名フェレシュテ(「使者」の意、らしい)はイスラムの天使(マラク)の訳語とされ、悪霊デーヴはイスラムの悪魔(シャイターン)の訳語とされ、しばしばジンの別名ともされた。
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