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「ガーヤト・アルハキーム」解説 その三十一

『ナイトランド・クォータリー』vol.18「想像界の生物相」掲載の短篇「ガーヤト・アルハキーム」の解説です。連日更新中。

目次

頁数は『ナイトランド・クォータリー』本体のものです。
p.63
下段14行
若きアリー
 彼についての本作の記述は、史実に即している。アリーの生年はAD600年頃なので、従兄で義父のムハンマドが死去した時(632年)は30代初めである。
 イスマイールの曽々々祖父。没年は661年。

ウマイヤ家のムアーウィヤ
 名代(ハリーファ)になるには、イスラム共同体から承認を得なければならない。具体的には、「バイア(忠誠の誓い)」を受けなければならない。しかし共同体が拡大すれば、全信徒からの承認など不可能になる。アリーは支持者たちからハリーファとして「忠誠の誓い」を受けたが、ムアーウィヤもまた支持者たちからハリーファとして「忠誠の誓い」を受けたのだった。
 したがってムアーウィヤも正当な手続きを経てハリーファになったと言ってよいのだが、息子を次期ハリーファにするため、各地の有力者を脅迫するなどして強引に「忠誠の誓い」を取り付けた(AD680年)のは正当化できない。
 本作でも述べたように、以後、ハリーファは世襲制になり、王朝が交代してもそれは続いた。世襲制であっても、臣民からの「忠誠の誓い」は儀式化して踏襲されたので、反乱を起こす者も支持者からの「忠誠の誓い」を受けてハリーファを名乗るという手続きを取るようになった。本作の現ハリーファであるマルワーン2世(在位744-750)も、ウマイヤ家の一員ではあるが、そのようにして即位している。
 本作の時代から200年ほど後、イスラムの知識人たちはアリーを含む最初の4人のハリーファを、「正統ハリーファ」と呼ぶようになった。唯一なる神に正しく導かれたハリーファたち、という意味である。ムアーウィヤは、多数の信徒に支持されて即位したのではあるが、ハリーファを世襲制にしたために正統ハリーファには数えられない。以後のハリーファたちも、どれだけ名君であろうと、「正統」とはされない。

ハサン
 彼についての本作の記述は、史実に即している。イスマイールの曽々祖父の兄。生没年はAD624-690。父アリーの死後(661年)、ハリーファに推戴される。
「正当」な手続きによってハリーファになったものの、政敵のムアーウィヤより支持者が少なかった、在位期間が短く、自発的に退位した、などの理由で、一般に「正統ハリーファ」には数えられない。
 彼の子孫の一族(ハサン家)については後述。

p.64
フサイン
 彼についての本作の記述は、史実に即している。イスマイールの曽々祖父。ハサンの同母弟。ちなみに「ハサン」は「美男」の意で、「フサイン」は「小美男」だそうだ。
 生没年はAD626-680年。彼の子孫の一族については解説その七の「フサイン家」および「混血を厭いません」の項参照。

聖都マッカ
「メッカ」の表記が一般的だが、近年はこっちも増えてきた。タージク(アラビア)半島西部にあるイスラム第一の聖都。カァバ神殿がある。
 フサインの在所は第二の聖都マディーナ(同じく半島西部)だったが、この時はマッカにいたのである。解説その五の「聖都マディーナ」の項で述べたように、彼の子孫は代々マディーナを本拠地とする。

 やあ今回はサクサク進みましたよ。次項が長くなりそうなので、また明日

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