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「ガーヤト・アルハキーム」解説 その二十五

『ナイトランド・クォータリー』vol.18「想像界の生物相」掲載の短篇「ガーヤト・アルハキーム」の解説です。しばらく連日更新。

目次

頁数は『ナイトランド・クォータリー』本体のものです。
p.62
下段21行
熱、冷、湿、乾
 アリストテレスが提唱した「四性質」。すべての物質の最も基本となる性質とされる。
 中東ではAD 5世紀以降、古代ユーナーン(ギリシア)の学術書が盛んにシャーム(シリア)語に翻訳された(解説その十一の「シャーム語」の項参照)。これらは9世紀以降、国家事業としてタージク(アラビア)語に翻訳され、中でもアリストテレスの学説は医学や錬成術(錬金術)を含む科学全般に多大な影響を及ぼすことになる。720年代初め生まれのジャービルの錬成術理論には、すでに四性質説が採り入れられている。
 ちなみに現代タージク語でアリストテレスは「アルシトゥー」だが、中世には「アリストゥタリス」または「アリスタタリス」だった。

クセリオン
 イスラムの錬成術(錬金術)は、アレクサンドリアで発達したユーナーン(ギリシア)錬成術の影響が顕著だが、そのユーナーン錬成術における、物質を変成させる薬剤の名(の一つ)。これがタージク(アラビア)語化され、「アルイクシール」となった(「アル」はタージク語の定冠詞)。
「クセリオン(ξηριον xerion)」の語源は、古代ギリシア語の「乾」(ξηρος xeros クセロス)である。では、何が「乾」なのか。物質操作には「乾」の性質が重要だと考えられからだという説と、もともとあった医薬品の名前を流用したという説があり、後者によると「クセリオン」は「乾いた粉末」という意味だそうだ(つまり本来のクセリオンは粉薬だったわけだ)。
 万能の霊薬が「乾いた粉末」では、文字どおり無味乾燥に過ぎる。また前項で述べたように、史実のジャービルの錬成術理論は四性質説に基づいているので、本作では「アルイクシールの想定される性質は乾である」ということにした。

生命も霊魂もエネルゴンです
 解説その十八の「あらゆる事物事象はエネルゴンから……」参照。
 
p.63
エネルゴンとしての霊魂の錬成
 ユーナーン(ギリシア)錬成術(錬金術)は、時代が下るにつれて実験や操作といった実際の経験を伴わない理論、要するに机上の空論と化していった。アレクサンドリアのステファノス(AD7世紀)は実践からさらに乖離し、メシアス教(キリスト教)による霊魂の救済の比喩・象徴として錬成術理論を利用した。「霊魂の錬成」というわけである。この傾向は以後のルーム(東ローマ帝国)の錬成術において主流となった。
 一方、中東に移植されたユーナーン錬成術は、西方に比べればまだしも実践を重視していた。しかし物質の実際の操作という「実践的錬成術」の復活は、ジャービルの登場を待たねばならなかった。
 以上は史実における錬成術である(R・J・フォーブス『古代の技術史 上』浅倉書店)。本作においては、ルームの状況は史実どおり。中東では史実よりも物質操作の実践を重視しつつ、「霊魂の錬成」を最終目標としてきた。そして本作の世界では、物質のみならず人間の魂をも含む「霊的存在」も「エネルゴン」によって構成されており、適切な手段により操作可能なのである。
 史実においても本作においても、ジャービルは「実践的錬成術」を復活させつつ、「霊魂の錬成」を目的とする「精神的錬成術」をも継承した。イスラムにおける「精神的錬成術」については後述する。

 続きます。

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