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「ガーヤト・アルハキーム」解説 その三十八

『ナイトランド・クォータリー』vol.18「想像界の生物相」掲載の短篇「ガーヤト・アルハキーム」の解説です。連日更新中。

目次

頁数は『ナイトランド・クォータリー』本体のものです。
p.64
下段4行
送金
 イスラム世界では、早くもAD8世紀後半から為替手形や小切手が使用されていたとされる。残念ながら、本作の時代(8世紀半ば)には少々間に合わない。すでにその原型があったのかもしれないし、そうでなければ文字どおり現金を送った(あるいは軽い香料などを送って換金した)ということになる。

奴隷
 AD4世紀から8世紀前半の中央アジアで書かれた3点の奴隷契約書が発見されているが、それらには次のような定型文が見られる。
「(購買者は)この奴隷を好きなように打ったり、酷使したり、縛ったり、売り飛ばしたり、人質としたり、贈り物として与えるなり、なんでもしたいようにしてもよい」(森安孝夫『興亡の世界史5 シルクロードと唐帝国』講談社)
 一方、イスラムが成立したのは7世紀初めだが、その聖典では奴隷に温情を掛け、いずれは解放して自由にしてやることを信徒の義務としている (もっとも後世には、この「善行」を為したい富裕層のために奴隷狩りが横行するという本末転倒が起きるのだが)。
 奴隷は非タージク(アラブ)人であることが多く、タージク人男性と奴隷の異民族女性との間に生まれた子供は混血として差別されたが(解説その二の「忌むべき混血」の項参照)、多くの場合、父親から認知され、その母親は解放されて正式な妻となった。混血の子供は「純血」の子供よりも相続や後継問題で不利だったが、イスマイールの曽祖父の場合のように父親の跡を継ぐ例も珍しくなかった(解説その七の「混血を厭いません」の項参照)。

タージク式に腰を下ろし
 タージク(アラブ)人は遊牧民(ベドウィン)だけでなく定住民も、椅子ではなく床座りが基本である。西ヨーロッパでは寒冷湿潤な気候のため、椅子やテーブル、ベッドなど「床から離れる」家具が発達した。もちろん、木材が豊富だったためでもある。一方、タージク(アラビア)半島では、床に直接座ったほうが涼しく、またそもそも木材が貴重である(ジョナサン・ブルーム『世界の美術 イスラーム美術』岩波書店)。
 これはタージク半島に限らず、中東の大部分の地域でも共通している。つまり本作の舞台であるハッラーン(現トルコ南西部)にも当てはまるのだが、本作では冒頭の酒場の場面で敢えて椅子とテーブルを出した。これはハッラーンが永くユーナーン(ギリシア)およびルーム(ローマ)文化の影響下にあったことから、本作の時代(AD8世紀半ば)に椅子とテーブルの文化が残っていてもおかしくはないだろう、というのと、このイスマイールの屋敷の場面との対比を出すためである。

サマルカンド錦
 ファールス(ペルシア)で発達した錦は、内側に人物や動物などを配した円を規則正しく並べた図柄(連珠文)で、日本では法隆寺の四騎獅子狩文錦が有名である。サマルカンドやブハラなどの中央アジアのソグド諸国でもAD7世紀後半以降、この図柄の錦は流行し、やがて中国やファールスにまで輸出されるようになった。中国で発見された連珠文錦は従来、すべてファールス製とされてきたが、近年の研究によれば実はその多くがソグド製だという。図柄が多少異なる(ソグド製には中国からの影響も認められるという)だけでなく、全般にファールス製より品質が劣るのだそうだ。
 イスラム時代に入ると、ソグド錦はタージク(アラブ)人の間で大いに流行した。本作の時代(8世紀半ば)では、まだファールス製のほうが品質が高かった可能性があるが(解説その三十三の「日出づる処から日没する処まで」の項で述べたように、ソグド諸国では8世紀初頭以来、戦乱が頻発しているし)、図柄に独自性があるのに加え、この時代は一般に、遠来の品というだけでありがたがられ、品質や運搬コスト以上の値が付いたものである。
 もちろん作者としては、サマルカンドという地名で国際色を出すのが最大の目的である。
なお、解説その八の「人の業とは思えないほど……」の項で述べたように、本作の時代には人を含む動物の図像は反イスラムとは見做されていない。

銀の杯
 前イスラム時代(AD7世紀前半以前)の中東では、ルーム(東ローマ)が金本位制、ファールス(ペルシア)が銀本位制だった。ファールス最大の銀鉱山は、ホラーサン(ファールス東部)のヒンドゥークシュ山脈中にあるパンジャヒール銀山で、これはイスラム時代に入っても中東最大の生産量を誇った。
 10世紀に入ると銀資源およびその精錬のための木材が枯渇し、イスラム世界の経済は危機に陥る。これが銀行、そして錬成術(錬金術)の発達を促したそうだが、まだ先の話である(宮崎正勝『イスラーム・ネットワーク アッバース朝が繋げた世界』講談社)。
 というわけでファールスでは銀器も発達しており、この銀杯もファールス製だろう。

 続きます。

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