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「ガーヤト・アルハキーム」解説 その三十四

『ナイトランド・クォータリー』vol.18「想像界の生物相」掲載の短篇「ガーヤト・アルハキーム」の解説です。連日更新中。

目次

頁数は『ナイトランド・クォータリー』本体のものです。
p.64
上段12行
アリー派
 タージク(アラビア)語「シーア・アリー」の訳。アリーについては解説その三十一の「若きアリー」の項参照。
 イスラムの正統派(いわゆるスンナ派。「スンナ」は「(イスラム的)範例」の意)からの分派(シーア)のうち、最大勢力がこのアリー派である(「○○派」と呼ばれるイスラム分派のほとんどが、このアリー派からの分派)。そのため、「シーア」だけでアリー派を指すようになった。
 だから、「シーア派」という日本語は「派派」になるんですよ。

不満分子
 初期のアリー派は、「預言者の従弟にして娘婿であるアリーの血統を尊ぶ」という以外に、分派としての独自性は持っていなかった。この血統主義は、イスラムの原則である「全信徒の平等」に反しているのだが(前回の「聖典が説く信徒の平等を無視し」の項参照)、まあ中世の人間が血統主義を捨て去るのは、なかなか困難なのである(イスラムがそれだけ革新的であったということである)。
 アリーの次子フサインがウマイヤ朝第2代ハリーファによって壮絶な最期を遂げたため(解説その三十一の「ウマイヤ家のムアーウィヤ」および「フサイン」の項参照)、ウマイヤ朝に不満を抱く人々はアリー一族を「正義」のシンボルに祀り上げたのである。
 アリー派はイスラム最初の分派ではない(アリーの生前の支持者を含めないなら)。本作p.63下段21行以下で述べているように、ウマイヤ家のムアーウィヤは第4代ハリーファ(正統ハリーファ)となったアリーに対し背いたが、戦乱が長引いたため両者は和議を結ぶことにした。アリーの支持者の一部は、和議を妥協と見做して離反した。これが後のハワーリジュ派である(ハワーリジュ=離反者たち)。
 アリーは彼らを奇襲して虐殺したため、生き残りによって暗殺された(AD661年)。ムアーウィヤは単独のハリーファとなり、さらに息子に跡を継がせたが、その間にハワーリジュ派は自らの教義を固め、勢力もそれなりに拡大させ、その後もアリー派ほどではないものの、永きにわたって騒乱の種になる。
 ハワーリジュ派の教義は原初のイスラム原理主義とも呼ぶべきもので、「イスラムの理念」に少しでも背いたムスリムは、来世で罪を償う(=地獄に落ちる)だけでは充分ではなく、現世でも罪を償わなければならない、すなわち処刑されなければならない、とする。聖典の第49章13節の「(ムスリムの中で)最も貴いのは一番敬虔な人間」の文字どおりの実践を目指しており、「行いの(イスラム的な)正しさ」以外の一切に価値を見出さない。正統派以上に血統主義の否定を徹底する上に、そもそもアリーを殺しているのだから、アリー派とは決して相容れない(はずである)。
 まあとりあえず当初のアリー派は、ウマイヤ朝に不満はあるが、ハワーリジュ派の過激さ、厳格さにはついていけない人々の受け皿となったのだった(その後の展開については後日改めて解説)。

 今回は短いですが、また明日

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