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「ガーヤト・アルハキーム」解説 その二十四

『ナイトランド・クォータリー』vol.18「想像界の生物相」掲載の短篇「ガーヤト・アルハキーム」の解説です。更新再開。

目次

頁数は『ナイトランド・クォータリー』本体のものです。
p.62
下段20行
アルイクシール
「エリクサー」という語なら御存知の方は多いと思うが、その語源となったタージク(アラビア)語であり、命名者は本作登場の錬成術(錬金術)師ジャービルとされる。
「アル(定冠詞)+イクシール」で、原語により忠実に表記するなら「アル・イクシール」だが、煩雑さを避けるため「・」は省略。「イクシール」の語源については後ほど解説。
「万能薬」「霊薬」などと訳される西洋の「エリクシル(エリクサー)」は、どんな病も治療すると同時に、鉛などの卑金属を黄金に変えるともされる。しばしば「賢者の石」と同一視されるが、こちらは液体とされることが多い。
 イスラム世界の「アルイクシール」もまた、万能治療薬であると同時に、物質を黄金に変える、すなわち化金薬でもあると考えられていた。ジャービルはこの薬品を使って黄金をつくり出しただけでなく、万病も治療したとされる。
 イブン・ハルドゥーン(AD1332-1406)は『歴史序説』(岩波書店)第6章で、鉛や錫や銅のような鉱物を火で熱してアルイクシールを加えると黄金に変わる、と述べている。しかしその少し後で、魔術書『ガーヤト・アルハキーム』(本作のタイトルはこれに因む)の著者とされるマスラマ・アルマジュリティー(950-1007)の弟子である2人の錬成術師の間で交わされた書簡を引用しているのだが、そこでは「アルイクシール」の語は出てくるものの、「化金薬」とされるのは「卵」または「石」(すなわち「賢者の石」)と呼ばれる物体である。
 なお訳注によると、この書簡は偽書だそうだ。
「アルキーミヤー」(あるいはラテン語の「アルキミア」)とは、錬金術すなわち黄金の生成(のみ)を目的とする(怪しげな)技術ではない。そのようなイメージは、17世紀末の西洋で初めて出現したのである。それまでは西洋でも中東と同様、「アルキミア」は「物質操作」全般を目的としており、黄金生成は(とりわけ重要ではあるものの)あくまで目的の一つに過ぎなかった。「アルキミア=錬金術」というイメージは、「アルキミア」から霊的要素を排除した「キミア」すなわち化学が分離する過程で、排除された要素を貶めるために(「キミクス」すなわち化学者によって)生み出されたものにほかならない。
 したがって「アルイクシール」も、単なる「化金薬」ではない。それは物質を「より高等な物質」に変成する薬剤である。同様に、「病気の人間」も「健康な人間」に変成させるのである。
『錬金術の秘密』(ローレンス・M・プリンチーペ 勁草書房)によれば、イスラム錬成術では物質や目的ごとに、すなわち卑金属を貴金属に変えたり、石やガラスを宝石に変えるたり、病気を治療したりするごとに、「アルイクシール」の処方が変わるのが主流だったという。つまり「アルイクシール」は数百あるいは数千種類の薬品の総称だったというわけだ(したがって、「万能」薬ではなかったわけだ)。
 しかしそれでは煩雑に過ぎ、またその分、インパクトも弱い。かといってそれ一つですべてが解決する「万能薬」というのも、おもしろみがないし、本作の「エネルゴン理論」とも相容れない。さらに後述する「世界および人間(の魂)を錬成するアルイクシール」という「精神的錬成術」論から、本作ではアルイクシールを「万能の触媒」と定義する。

 不調から回復途中なのと、1項だけで長くなってしまったのでまた明日

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