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「ガーヤト・アルハキーム」解説 その二十六

『ナイトランド・クォータリー』vol.18「想像界の生物相」掲載の短篇「ガーヤト・アルハキーム」の解説です。しばらく連日更新。

目次

頁数は『ナイトランド・クォータリー』本体のものです。
p.63
上段9行
わたくしたち多神教徒が……
 この段落で述べられている見解こそが、本作を「マジック・パンク」、すなわち「魔法が存在するスチームパンク」とした最大の目的である。
 解説その十七で、「魔法」や「霊的存在」といった非SF要素を採り入れたのは、単に「史実よりも科学を発展させる動力」としてではない、と述べた。その二十六にして、ようやくその続きを解説できますよ。同じ記事で、「イスラムでスチームパンク」というアイデアに至ったのが去年の秋頃だとも述べたが、そこからさらに遡り、4半世紀以上前のこと。
 学生時代のいつ頃からか、シンクレティズム(諸教混淆)に興味を持つようになった。子供の頃から文化混淆に興味あった(NHK特集「シルクロード」が大好きだった)のに加えて、龍谷大学という環境も大きな要因となっているだろう。何しろ仏教系の大学なので、民俗学など直接関係のない講義でも仏教を取り上げがちであり、何しろ仏教なので宗教混淆に話が及びがちだったのである。
 しかし、じゃあその研究をしよう、とはならずに、「神から精霊、妖怪の類に至るありとあらゆる神話・信仰を包括したシンクレティズム神学体系を構築したい」となったのだから、それはまあ研究者ではなく小説家になるのが必然だったと言えよう。神話学(学問)の「研究」ではなく、あらゆる「霊的存在」が「実在」すると仮定した上での「創作」である。
 それからおよそ10年後、シンクレティズム炸裂の『グアルディア』でデビューすることになるのだが、件の「シンクレティズム神学体系」はというと、とっかかりすら摑めずに行き詰まったまま放置という有様だった。「原理」なくして「体系」は構築できないが、その原理が見つからなかったのである。そうして4半世紀余り、意識の片隅の半端なアイデアを押し込んである倉庫から時々引っ張り出して眺めてはまた仕舞い込む、ということを繰り返していたのであった。
 それが「ホラー&ダーク・ファンタジー専門誌」である『ナイトランド・クォータリー』という場をいただけたのをきっかけに、「イスラムでスチームパンク」の「史実よりも科学を発展させる動力」と「あらゆる信仰を包括したシンクレティズム神学体系」の「原理」の二つを一度に解決するアイデアが降って湧いたのであった。
「神学体系の原理」問題までもが解決したのは、「イスラムでスチームパンク」の「イスラム」という要素に負うところが大きい。
 異教・異文化に不寛容なイスラム、というイメージは、ISのような原理主義(および「西側」の不寛容)のせいで強まる一方だが、その原理主義と対極にあるのが、イスラム神秘主義(スーフィズム)の中の一つの潮流である。これについては後ほど解説する。
 ひとまず今回はイスラム神秘主義抜きで、p.63上段9‐12行の文章を解説しよう。
 AD8世紀半ば、イスラムの優位がもはや揺るぎない中東におけるマイノリティ(ハッラーンとその周辺にしか残っていない特殊な宗教の信者)の代表者として、大神官は慎重に言葉を選んでいる。彼らが継承し発展させてきた錬成術(錬金術)は、タージク(アラビア)の妖霊(ジン)、ユーナーン(ギリシア)の精霊(ダイモーン)、ファールス(ペルシア)の善霊(フラワシ)と悪霊(デーヴ)を等しく「エネルゴン体」(一まとまりのエネルゴン)と定義する。単なる空論ではなく、物質を構成するエネルゴンと同じく、適切な手段によって操作可能である。
 これら「霊的存在」は、いわゆる下級神格であり、古い時代には神々として崇められていた(あるいは悪神として恐れられていた)。イスラムの聖典にも、預言者ムハンマドの時代には未だ「神」とジンの区別が曖昧だったことが明記されている。
 多神教におけるこれら下級神格が「エネルゴン体」であるならば当然、上級神もエネルゴン体であり、より強力ではあるものの操作可能だということになる。イスラムの「唯一なる神」(アッラー)は元来、タージク人が信仰する多数の神々の一柱だった。だから聖典では、多神教徒たちがアッラーを「神々のうちの一柱」と見做すのを激しく否定し、神の唯一性を繰り返し強調しているのである。
 イスラムの神を「神々のうちの一柱」と見做すのはもちろん、それが「人間に操作可能なエネルゴン体」と見做している、とムスリムに誤解されたりしたら、迫害は必至である。それを避けるため、「わたくしたち多神教徒が神と呼ぶもの」という回りくどい言い方をしているのである。
「相」とはこの場合、それぞれの神(および霊的存在)が司る事物や性格を指す。ヒルミス(ヘルメス)なら技芸、学問、策略、商業、旅、冥界、豊穣、水星、魔術、占星術、錬成術……と実に多彩である。
 霊的存在というエネルゴン体に、これらの相を与える(創造する)のは人間である。感情や思考など、人間の精神の働きもエネルゴンなのだから、人間の信仰が霊的存在に「相」を付与し得るのである。ある霊的存在への信仰が変化すれば当然、その「相」も変化する。
 それどころか、世界を構成するエネルゴンから、一まとまりの「エネルゴン体」を切り出す、つまり「発現」(解説その十四参照)させるのもまた、人間の信仰である。p.61下段10・11行で大神官が「ここは聖域ですから、発現させるだけなら容易です」と述べているが、これはエネルゴンが多い場所(したがってエネルゴン体を切り出しやすい)と少ない場所があることを示している。
 たとえば火山なら「火」の相を帯びたエネルゴン体、水場なら「水」の相、といった具合に、最初は単純な相関だっただろう。その場所が「聖域」として信仰されるようになれば、「相」はいっそう明確になり、さらに新たな相も付け加えられる。もちろん「名」も与えられる。
 またたとえば、聖域ではない場所にできた都市も、人間のエネルゴンの集合体であり、そこから自然崇拝よりも抽象的な都市の神、商業の神、学問の神といったものが生み出される。
 本作の背景解説としては、これくらいで充分だろう。
 というわけで、「宗教Aの神aが宗教Bの神bと同一視される」というシンクレティズムの典型的現象を、本作の「エネルゴン理論」で説明すると、「ヒルミス、トフト、シンの三柱は、一つのエネルゴン体を別々の面から見たもの」となるのである。

 続きます。

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