「ガーヤト・アルハキーム」解説 その四十七
『ナイトランド・クォータリー』vol.18「想像界の生物相」掲載の短篇「ガーヤト・アルハキーム」の解説です。連日更新中。
頁数は『ナイトランド・クォータリー』本体のものです。
p.66
上段4行
ハイヤーンの息子ジャービル
解説その一の「ジャービル」の項で述べたように、彼は半ば伝説上の人物であり、出自についても様々な伝承がありますが、父親がハイヤーンという名の薬種商(解説その四十一の「薬種商」の項参照)、というのはおおむね定説となっています。
より詳しくは後ほど。
夷狄
タージク(アラビア)語だと「アジャム」。意味は「わけのわからない言葉を話す者」で、ユーナーン(ギリシア)語の「バルバロイ」と同じ。「アラブ」以外の人間はすべて「アジャム」である。なお「アラブ」の語源は不明。
割らずに飲み始めた
葡萄酒は水で割って飲むのが一般的だった。
ウルファ
本作の舞台であるハッラーン(現トルコ南東部)から北西40キロ余りに位置する。ハッラーンと同じく古代から栄えた都市。西洋ではセレウコス朝時代(BC312-BC63)の名「エデッサ」として知られる。AD638年にイスラム軍に征服された時にはルーム(東ローマ)領だった。
中世イスラム世界においてはハッラーンほど重要ではなかったので、本作の時代(8世紀半ば)にはどんな名だったのかは調べても判らなかった。セレウコス朝時代以前は「ウルハイ」という名で、それが後に「ウルファ」となるんだが、その変遷の過程も判らず。まあここで名前が出るだけなんで、「ウルファ」にしておきました。
今は黒土の国(キーム)の暦で……
ここから続くジャービルの一連の台詞を解説すると、まず「キーム(エジプト)の暦」とは、現在でもコプト正教会で使用されているコプト暦のこと。キームでは数千年前から、年に1度、シリウスが夜明けの太陽と共に現れる日を元日とする1年365日の太陽暦が使用されていた。観測結果から1年に4分の1日ずつずれが出ることも判明していたが、神官たちの反対で閏年は設けられなかった。BC30年にルーム(ローマ)皇帝アウグストゥスによってずれが修正され、現在のコプト暦となった。
ユリウス暦と同期しており、元日はユリウス暦の8月29日である。12の月名は古代キームの神々の名で、1月は暦の神トフト(トート。解説その九の「トフト」の項参照)である。
「我々の暦」とは、イスラム太陰暦(ヒジュラ暦)のことである。新月が出た日を各月の第1日目とするが、この場合の新月は「朔(見えない月)」ではなく、朔の後の第1日目の月のことである。この点が、朔の日を各月第1日とする東アジアの太陰暦とは異なる。
水星は日の出直前か日の入り直後の低い空にしか現れず、新月は日没時にしか現れない。AD745年のコプト暦トフト(第1)月中のイスラム太陰暦で月の第1日目に当たるのは、グレゴリオ暦9月7日に当たる。
最上層の至聖所を……
解説その十一の「祭日以外は……」の項参照。
切りがいいところまで来たので今回はここまで。続きはまた明日。
| 固定リンク
「「ガーヤト・アルハキーム」解説」カテゴリの記事
- 「ガーヤト・アルハキーム」解説 その五十六(2020.01.21)
- 「ガーヤト・アルハキーム」解説 その五十五(2020.01.14)
- 「ガーヤト・アルハキーム」解説 その五十四(2019.12.14)
- 「ガーヤト・アルハキーム」解説 その五十三(2019.12.13)
- 「ガーヤト・アルハキーム」解説 その五十二(2019.12.12)