« 「ガーヤト・アルハキーム」解説 その五十二 | トップページ | 「ガーヤト・アルハキーム」解説 その五十四 »

「ガーヤト・アルハキーム」解説 その五十三

『ナイトランド・クォータリー』vol.18「想像界の生物相」掲載の短篇「ガーヤト・アルハキーム」の解説です。連日更新中。

目次

頁数は『ナイトランド・クォータリー』本体のものです。
p.69
上段18行
近くホラーサンへ……
  本作の翌年、AD746年にアブー・ムスリムは東ファールス(ペルシア)のホラーサンへと送り込まれ、747年に蜂起する。
 アブー・ムスリムは、現地のタージク(アラブ)人にも非タージク人にも非常に慕われた。異教徒にも寛容で、配下の非タージク人には改宗者だけでなく異教徒も多かった(ただし背教者には容赦しなかった)。
 アッバース朝成立後の755年、アブー・ムスリムはその勢力を恐れたハリーファ(名代)によって謀殺される。数か月後にホラーサンのマギ(ゾロアスター)教徒が、アブー・ムスリムの血の復讐を唱えて蜂起した。その後、ホラーサンおよびソグディアナ(中央アジア)の住民の間に、アブー・ムスリムを預言者あるいはマフディ(救世主)と仰ぐ奇怪な宗教が広まり、100年以上にわたってしばしば騒乱を引き起こすことになる。

黒衣
 解説その三十五の「幾度となく政府転覆を試みたが」の項で、イスマイールの大叔父ザイドを首謀者とする「ザイドの乱」(AD740年)について述べた。ザイドの息子はホラーサンでしばらく反政府活動を展開した後、743年に処刑されたが、現地ではザイド父子への同情が広まった。
 本作でも述べているとおり、747年に蜂起したアブー・ムスリム軍は黒衣を纏い、黒旗を掲げた。以後、黒はアッバース家の色となる。黒はウマイヤ家の色である白に相対するものだが、喪の色でもある。後世の史書によると、アブー・ムスリムはホラーサンの人々に対し、黒はザイド父子への哀悼を示すものだと説明したという。
 ウマイヤ家の白についての由来は、説明してる資料を見つけられず。
 ところで同じく解説その三十五の同項で、ザイドの息子が処刑された翌年、ザイドの乱の残党が、アリーの兄の曾孫を担ぎ上げて起こした反乱にも触れた。この人物は本作の時点(745年)では、逃げ延びた先のマダーイン(ファールス=ペルシア西南部)で現地民の支持を得、勢力を拡大していた。
 同時期、現ハリーファ(名代)のマルワーン2世に対して反乱を起こしていたウマイヤ家の人物が敗北し、反政府勢力ハワーリジュ派(解説その三十四の「不満分子」の項参照)と結んだ。746年、マルワーンの軍隊に敗れた彼らは、アリーの兄の曾孫の許へ庇護を求めて逃げ込み、受け入れられた。
 ウマイヤ家はアリーに謀反してハリーファとなった上に、アリーの息子フサインを惨殺したし、ハワーリジュ派はアリーを暗殺している。どちらもアリー一族の宿敵である。アリーの兄の曾孫だから傍系ではあるが、なんというか節操がない。
 さらに翌年の747年、このアリーの兄の曾孫はウマイヤ朝の軍隊に敗れ、ホラーサンへと逃げた。すでにホラーサンを掌握していたアブー・ムスリムは、庇護するどころか、現地民を煽動して殺害させたのだった。というわけで、アブー・ムスリムのアリー一族の敬意はただのポーズに過ぎない。

下段
算(かぞ)え、測り、験(ため)し、証して、
 p.63上段16行目の大神官の台詞、「計算し計測し、実験し検証します」の言い換え。そのままコピペしたのでは芸がないのと、言葉遊びの側面もあるが、それ以上に、当時のタージク(アラビア)語に「計算」「計測」「実験」「検証」に該当する語がなかったと考えられるからである(大神官が話しているのはシャーム=シリア語)。
 こうした学術的な用語は、ユーナーン(ギリシア)語文献の翻訳事業の中で、新たに造語されるか、元からある語に新たな意味を持たせるか、異国語から借用するかして成立するのだが、それはまだ先の話である。

賢者の究極目的(ガーヤト・アルハキーム)
「ハキーム」は「賢者」(「アル」は定冠詞)。「ガーヤト」は「目的」のほかに「究極/極み」といった意味がある。そのため一般に「ガーヤト・アルハキーム」は「賢者の極み」または「賢者の目的」と訳されるが、本作では両方の意味を持たせるため「賢者の究極目的」とした。
 しかしまあ少々ぎこちない訳なので、タイトルはカタカナのみの『ガーヤト・アルハキーム』とした。
 このタイトルの中世の魔術書については次回。

祈りにも似た思いで
 ジャービルがこの「思い」を向けているのは唯一神ではなくイスマイールなので、「祈って」しまっては反イスラムとなる。だからあくまで祈りに「似た思い」なのだが、被造物である人間に対してそのような感情を抱いている時点で、すでに異端に足を踏み入れかけている。

 というわけで本編の解説終わり! 後はnote(後記)だけです。いやー、毎日コツコツやれば終わるものですね。ではまた明日。 

目次

|

« 「ガーヤト・アルハキーム」解説 その五十二 | トップページ | 「ガーヤト・アルハキーム」解説 その五十四 »

「ガーヤト・アルハキーム」解説」カテゴリの記事