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ヴードゥー教、ワルド派、そしてスタージョン

『ヴードゥー教の世界』(立野淳也・著)という本を読んでいたら、「ヴードゥー」の語の由来をキリスト教異端のヴォードワ(ワルド)派と類似のものとする説明がなされることもあった、というようなことが書かれていた。

 どういうこと? 「ヴォードワ」ってワルド派の別名ってこと?? どういう由来でそんな別名が???

 全然説明がないため、だいぶ苦労して自力でこの謎を解くことになるのだが、先に結論を述べると、まず「ヴードゥー」Voodooの語源は西アフリカの言語で神々や精霊を意味する「ヴォドゥン」vodunあるいは「ヴォードー」voudouで、フランス語では「ヴォードゥー」Vaudouとなって、英語形より原語に近い(英語も綴りを見るに当初は原語の忠実な音写だったのが、発音と綴りの関係が不規則なせいで今の発音に変わったんだろう)。
 で、「ヴォードワ」とは「ワルド派」(英語でWaldenses)のフランス語形である(だから「ヴォードワ派」だと「ワルド派派」になってしまう)。発音が似てるだけで関係のない事物同士が関係づけられてしまうのは、シンクレティズムや陰謀論ではよくあることだ。

 問題は、なぜフランス語ではワルド派を「ヴォードワ」と呼ぶのか? である。

 まずワルド派とは何かというと、12世紀にリヨンの商人ピエール・ワルドを創始者とするキリスト教の一派で、その教義は一言で言うと、早すぎた宗教改革である。教会の承認を得られず異端の烙印を押され、二元論で悪魔崇拝のカルトという事実無根の中傷と過酷な弾圧を受ける。生き残りは山岳地帯に隠れ住み、16世紀に宗教改革が始まると、プロテスタント諸派に合流した。

 なぜ「ワルド派」Waldensesが「ヴォードワ」Vaudoisになるのか、日本語でググっても英語でググっても全然わからず、最後の手段「フランス語でググる」に頼らざるを得なくなる。フランス語は独学で初歩を齧っただけなんで、ほんとに「最後の手段」なのである(なお機械翻訳はどうせ不正確なので、ハナから頼りません)。
 苦労した経緯は省略して整理すると、まずワルド派の開祖の姓「ワルド」Waldoは英語形であって、フランス語で正しくは「ヴァルド」Valdoである。じゃあ「ワルド」はどっから出してきたのかというと、「ヴァルド」Valdoの語源は古ゲルマン語のWald「森」なのである。フランス語は原則としてwを使わないからValdoになる。英語の綴りのほうが原形に近いわけだ。古ゲルマン語なのでwaldの発音はわからないが、ドイツ語では今でもwald「ヴァルト」は「森」である。
 だからピエール・ワルドはより正しくはピエール・「ヴァルド」Valdoである。そして「ヴァルド」Valdoはよりフランス的な綴り・発音もあって、それが「ヴォード」Vaudes。現在のスイスのヴォー Vaud州も同じ語源でwald→vald→vaudと変化している。というわけでワルド派のフランス語形「ヴォードワ」Vaudoisは、「ピエール・ワルド(=ヴァルド=ヴォード Vaudes)の宗派」という意味なのである(そして「ヴォー州の人」も「ヴォードワ」Vaudoisになるのでややこしい)。

 ここまで調べるのはかなり大変だったので、もし同じ疑問を持った人がいたら同じ苦労をせずに済むよう、こうして記事にしました。まあ今、「ヴードゥー」「ワルド派」をフランス語(Vaudou Vaoudois)でググっても、「昔そういう説があった」くらいの言及しか見つからないんですけどね(英語 Voodoo Waldensesも同様で、当然ながら数はもっと少ない)。

 ワルド派ついでに、以前読んだシオドア・スタージョンの本の巻末解説で、スタージョンの実父の姓はウォルドーで、これはワルド派の末裔だからだ、というようなことが述べられていて、そのことはメモを取ったんですが、どの本だったかはメモし忘れたということがありまして。スタージョンの元の姓が Waldoだというのは日本語Wikiでも確認できますが、ワルド派の末裔だという情報は日本語でも英語でも全然見つかりませんな。末裔説が本当だとしても、ワルド派への弾圧はとにかく洒落にならんかったので、ワルド姓を名乗ったのはプロテスタントに吸収されてからなのは確実でしょうな。でなきゃ自殺志願も同然だ。

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 実はこの記事は『トーキングヘッズ叢書』№84「悪の方程式~善を疑え!」(2020年10月28日発売)に寄稿させていただいたエッセイの没ネタでした。入れられたら入れるつもりで調べたんですが、構成の都合上使わなかったのでした。

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 掲載されたエッセイの補足記事はこちら

 もう一つの没ネタはこちら。
「テンプル騎士団とフリーメイソンの謎」

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