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「乱反射するサタニズム」補足 Ⅰ

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「トーキングヘッズ叢書」№84「悪の方程式~善を疑え!」(2020年10月28日発売)

 エッセイ「乱反射する悪魔主義(サタニズム)」を寄稿させていただきました。「悪魔崇拝」を宗教・信仰ではなく「妄想」と定義し、そのような妄想がどのように成立し発展したかを考察しました。

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 今回は少々多めに書かせていただきました。3部構成で、第1・2部では「悪魔崇拝という妄想」について、第3部では欧米キリスト教徒によるこの妄想が、クルディスタンのヤズィーディーにもたらした惨禍について書きました。

 ISによる迫害で知られることになってしまったヤズィーディーについては、一昨年刊行の『トーキングヘッズ叢書』№76「天使/堕天使~閉塞したこの世界の救済者」に寄稿させていただいたエッセイ「イスラムの堕天使たち」で取り上げております。

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 この企画でヤズィーディーを取り上げたのは、彼らが崇拝対象が、イスラムの堕天使イブリースが悔悛して神に赦されて再び天使となった「孔雀天使」だからです。
 その後、ヤズィーディーの信仰についてのより詳しい解説を、このブログに上げました。

「ヤズィーディーの信仰について」(全2回)

 またヤズィーディーの信仰とイスラム神秘主義の関係についても記事を書きました。
「ハッラージュとヤズィーディー」(全2回)

 さらに、イスラムは伝統的にキリスト教におけるような「悪魔崇拝」の概念を持たないのに、なぜヤズィーディーは「悪魔崇拝者」として迫害を受けることになったのか? という疑問についても記事を書きました。
「なぜ彼らは悪魔崇拝者と呼ばれるのか」(全2回)

 この考察の結論は、「ISが持つ悪魔崇拝という概念は、欧米キリスト教徒から移植されたものなのかもしれない」という「憶測」でした。「憶測」止まりだったのは、ヤズィーディーを悪魔崇拝者として描く欧米キリスト教圏の初期(20世紀初め)のフィクションのうち、現在でもかろうじて知られているのは、上の記事「なぜ彼らは悪魔崇拝者と呼ばれるのか」で取り上げた3点のみらしいということ。2009年刊行の『ジェネシス・シークレット』は世界的ベストセラーとなったものの、最近すぎる上に、この1作品からの影響だけでISがあれだけの蛮行を引き起こすとは考えにくいからです。

 その後さらに調べた結果、「憶測」ではなく「推測」と言っていいくらいの傍証が得られたので、今回の『TH』で形にさせていただいた次第です。
 というわけで、『TH』拙稿でも控えめに「憶測」としましたが、ほんとは「推測」くらいは根拠があるんだよ、という補足です。

 まず、①イスラムでは悪魔崇拝という概念は発達しなかった、②1840年以来、欧米人はヤズィーディーを悪魔崇拝者と決めつけてきた、③クルディスタンのムスリムとヤズィーディーは長年にわたり共存してきた。
 ヤズィーディーと隣人のムスリムたちは、同じ職場で働き、休日には一緒にピクニックに出掛けていたそうです。「悪魔崇拝者」と見做す相手とそんなことをするムスリムがいるでしょうか。
 ジェラード・ラッセルの『失われた宗教を生きる人々』(原著は2014)によると、著者が取材で出会ったクルディスタンのムスリムは、こう言ったそうです。
「俺はヤズィード教徒の食べ物は食べません。昔はムスリムも彼らの食べ物を食べていたそうですがね。今は違います。だって、彼らの崇拝するマラク・ターウースは悪魔ですから」

 この発言はISが攻めてくる前のものですが、「悪魔崇拝者ヤズィーディー」像は「比較的最近」「外部から」もたらされたものだという印象を受けます。

 イスラム原理主義者によるヤズィーディーへの最初のテロは2007年ですが、これはヤズィーディーからイスラムへ改宗してムスリムと結婚した少女が元のコミュニティから殺されたへの報復です。「悪魔崇拝者」と認識されていたかは不明。そもそも異教徒というだけで、原理主義者のテロの対象になるには充分なのです。
 拙稿でも取り上げている小説『ジェネシス・シークレット』(原著は2009)は、彼らが「ムスリムから悪魔崇拝者として長年迫害されてきた」としています。著者のノックスはジャーナリストだそうで、同書に登場する場所は2か所を除いてすべて現地取材し、また宗教、歴史、考古学に関する記述は「ほとんどが事実だ」と豪語しているそうです。

 つまり「一部はフィクション」ということで、ヤズィーディーが「ムスリムから悪魔崇拝者として長年迫害されてきた」という記述がフィクションなのか事実なのかは不明です。しかしこの「宗教、歴史、考古学に関する記述」全般が事実だとか事実じゃないとかいう以前に、何を言ってるんだか理解できない、というレベルだったりするんですが。
 まあそれについては以前の記事でいろいろ突っ込みましたが、一つだけ、その後明らかになったことを付け加えると。 
 昨年、「ガーヤト・アルハキーム」を書いた際、ノックスが取材に行ったという某遺跡についての別の人物によるレポート(英語)を読む機会がありました。で、ふと思い立って『ジェネシス・シークレット』におけるその遺跡の場面を読み返してみたら、遺跡までの道程や周囲の風景の描写がスカスカで、あ、これは……
 皮肉なことに、このレポートの記者は『ジェネシス・シークレット』の愛読者だそうです。

 しかしいくら『ジェネシス・シークレット』が二十数ヵ国で翻訳されたベストセラーだとはいえ、欧米人および世界中のイスラム原理主義者が「ムスリムから長年迫害されてきた悪魔崇拝者ヤズィーディー」という謬説を信じてしまうほど影響力があったとは思えない。(著者がでっち上げたのではなく)すでに同書の執筆時にはこの謬説が出来上がっていて、著者はそれを利用しただけでしょう。

 というわけで、yazidi(ヤズィーディー) devil worshipper(悪魔崇拝者)で検索。
 英語による検索は、似た意味の別の語句も引っ掛かるので、devil worshipper(デヴィル・ワーシッパー)でdevil worship(デヴィル・ワーシップ「悪魔崇拝」)もdemon(デーモン)/satan(サタン) worship(崇拝)/worshipper(崇拝者)もsatanism(サタニズム「サタン崇拝」)もsatanist(サタニスト「サタン崇拝者」)も全部引っ掛かります。
 またyazidiの表記揺れであるyezidi(イェズィーディー)もヒットします。

 まず1999年12月31日以前の記事を検索します。すでに消されてしまった記事も多いはずですし、わずかとはいえ指定期間外(この場合は2000年以降)の記事も交じってるし、何よりネット使用人口が少ないですが、指標にはなります。ヒット数はたったの数十件で、すべての記事をチェックしたわけではなく主に検索結果に表示される記事タイトルとキーワード前後の文章からの判断ですが、ほとんどは両者の関係を否定する記事のようです。
 次に2000年1月1日から同年12月31日まで。なぜか引っ掛かっているヤズィーディーとは無関係な記事を除くと、わずか数件。

 ところが翌2001年1月の1ヶ月間で、いきなり80件以上増えます。1999年以前の記事全部より多いです。残りの11ヶ月間では30件ほどしか増えませんが、翌年から2006年まで毎年数十件ずつ増えていきます。そして最初のテロがあった2007年以降は毎年100件以上の増加となります。
 2001年1月に画期となる何かがあったことになりますが、それを突き止めるのは私の能力(英語力)を越えているので御容赦ください。

 20世紀末においても英語圏でヤズィーディーが少しは知られていたのは、おそらく「サタン教会」のアントン・ラヴェイの責任でしょう(敢えて「責任」と言います)。
 今回の拙稿で論じていますが、「悪魔崇拝(サタニズム)」という概念はキリスト教の枠組みの中だけで有効な妄想です。そもそも「悪魔」という概念自体、キリスト教内部にしか存在しません。西洋中世の人々は、自分の気に入らない相手を「悪魔崇拝者」と呼びました。実際には「悪魔崇拝」というものを信じているのは彼ら自身であり、その「妄想」を気に入らない相手=「他者」に投射したのです。真の悪魔崇拝者は彼ら自身だと言えるでしょう。
 近代以降、「悪」に憧れるロマン主義的(言い換えれば中二病的)な人々が「悪魔崇拝者」を自称するようになりましたが、どのみち「宗教」としての「悪魔崇拝」の実態がないことには変わりありません。

 アントン・ラヴェイが1966年に設立した「サタン教会」が掲げる「悪魔崇拝(サタニズム)」は、こうした「近代的悪魔崇拝」に分類されます。60年代70年代にはカウンターカルチャーとして持て囃されましたが、80年代になると米国社会が保守化し、上記の「中世的悪魔崇拝」が復活します。
 現代の「中世的悪魔崇拝者」にとってカウンターカルチャーは悪魔崇拝者の所業であり、「サタン教会」の存在はその動かぬ証拠でした。「悪魔崇拝者たちが子供たちを生贄に捧げ、社会を転覆させようと暗躍している」というフェイクニュースが全米に広まってパニックが起き、サタン教会も攻撃に晒されます。

 アントン・ラヴェイが掲げた「哲学」がどれほど高邁なものであろうと、「悪魔」という概念自体がキリスト教内部のものでしかないことを無視していることに変わりはありません。ヤズィーディーを「古来の悪魔崇拝の伝統の担い手」として繰り返し紹介したのは、彼らを評価しているつもりだったのでしょうが、その評価の基盤が誤っているので見当違いで滑稽かつ無責任なものでしかありません。
 そうしてアントン・ラヴェイとその著作が60-70年代には「近代的悪魔崇拝者」たちに、80-90年代には「中世的悪魔崇拝者」たちに知れ渡ったお蔭で、「悪魔崇拝者ヤズィーディー」の名も人々の記憶に残ることになってしまったのでしょう。
 それでも20世紀の最末期の時点では、かろうじて忘れられていないという程度だったのが、2001年1月に何かがきっかけで大いに知れ渡ってしまった。そして2007年のテロを経て、『ジェネシス・シークレット』(2009)の執筆時までには「ムスリムに長年迫害されてきた悪魔崇拝者ヤズィーディー」という謬説が出来上がっており、そして『失われた宗教を生きる人々』(2014)の取材時までには、隣人たちのうち原理主義傾向を持つ者からは悪魔崇拝者と呼ばれるようになっていた……

 というわけで、「憶測」ではなく「推測」と言っていいくらいの確実性はあるのではないかと。

 ちなみにサタン教会は現在も活動していますが、ヤズィーディーについての公式発言(かもしれないもの)は、ツイッターの公式アカウント(本物だとしたら)での「サタン教会は、自分たちは悪魔崇拝者ではないというヤズィーディーの主張を尊重します」というツイートしか見つかりませんでしたよ。

 拙稿第1・2章についての補足は次回

 今回寄稿したエッセイの没ネタはこちら↓

「ヴードゥー教、ワルド派、そしてスタージョン」
 今回の拙稿で述べている「ヤズィーディーが悪魔崇拝者であることを否定する英語記事の多さは、ヤズィーディーが悪魔崇拝者だと信じる人がそれだけ多い証左」という見解の裏付けとして、「ヴードゥー教の起源は中世異端のワルド派」という昔の俗説が現在では誰も信じておらず、英語やフランス語で「ヴードゥー、ワルド派」と検索しても「昔そう信じられていた」と言及する記事くらいしか出てこないことが挙げられます。
「テンプル騎士団とフリーメイソンの謎」

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