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「禁断の快楽、あるいは悪魔の技」補足

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『トーキングヘッズ叢書』№83「音楽、なんてストレンジな!」(2020年7月29日発売)

 もう3ヵ月も前になりますが、エッセイ「禁断の快楽、あるいは悪魔の技――イスラムにおける音楽」を寄稿しております。

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『TH』№82の発売直前の4月下旬からストレスで心身の不調に陥り、それでも何もしないとさらにストレスが溜まるので、№83にも参加させていただき、お蔭でだいぶ持ち直すことができました。ただ、気分は内向きのままでブログで告知をするには至らず(単に気分が乗らなかっただけ)。
 そうこうする内に9月に入ってすぐ、今度は夏バテで体調崩してしまいました。自律神経がやられてるんでメンタルへのダメージが直にフィジカルにも来るんですが、この時は完全にフィジカルのみの不調です。以前は夏が来るたびにゾンビになってたのが、細心の注意で健康維持に努めるようになった甲斐あって、一昨年と昨年は無事に夏を乗り切れていたのですが、今年はなんぼなんでも暑すぎました。何しろ3年前からベランダで育てていたミントが死滅してしまったくらいです。毎年夏は元気がなくなっても秋には回復してたのに。除草剤でも枯れないと言われる、あのミントが。エスニック料理(本格的なのじゃなくて、なんちゃってですが)に使えて便利なので、また種を買います。

「イスラムにおける音楽」ということで、割と多くの人が「イスラムは音楽を禁忌とする」という言説を聞いたり読んだりしたことがあると思います。しかし一方で、ベリーダンスの伴奏などの「アラブ風の音楽」をイメージすることのできる人も多いと思います。まあベリーダンスは元来、イスラム世界における異教徒やムスリムでも被差別階級だった芸人が踊るものでしたが、とにかくベリーダンスの伴奏に限らずイスラム世界には音楽の伝統がちゃんとある。
 あるいはタリバンが音楽を禁止したというニュースを憶えている人もいるでしょう。ではイスラムで音楽を禁止するのは原理主義者なのかといえば、もっと最近ではISの処刑動画のBGM、「ナシード」が有名になりました。このように一見矛盾した状況は、どう説明できるのか?

 あまりテーマを広げると散漫になってしまうので、拙稿ではイスラムにおける音楽を「音文化」の観点に絞って論じました。
 アラブの人々は伝統的に、言葉(アラビア語)を非常に重視してきました。アラビア語が押韻しやすい構造なのもあって、詩とその朗詠が非常に好まれました。そのため歌もシンプルな旋律と伴奏のものが好まれ、歌詞の聴き取りを妨げる凝った旋律や伴奏は発達しませんでした。歌詞のない器楽曲は言うまでもありません。
 一方でアラブにとって「意味のある言葉」が中心でない音楽、つまり歌詞よりも旋律を重視した音楽、歌詞のない器楽曲、異国語の歌は危険なものでした。それらは人を熱狂させ、時には死に至らしめさえするものでした。つまりアラブの人々はかつて、「言葉」に対しても「音楽」そのものに対しても、非常に感受性が強かったと言えるでしょう。神の言葉であるクルアーンも韻を踏んだリズミカルな文体であり、詩と同じく朗詠されました。

 しかしイスラム世界の拡大とともに異国の音楽が大量に流入し、それらはアラブの人々を熱狂させると同時に恐れさせました。あまりにも魅力的で、到底理性を保てない。それは「神から心が逸れている」ことではないか、と。またクルアーンを、言葉が聞き取れないほどメロディアスに「歌う」ことも流行し、これもまた信心深い人々を危惧させました。

 というのが、「音文化」の観点から見た「イスラムにおける音楽」です。前イスラム時代と初期イスラム時代におけるアラビア語と音楽に対するアラブの人々の感性が、イスラムにおける音楽の位置付けを決定したのは間違いないでしょう。しかしそれ以降の、9世紀後半頃からの音楽の位置付けには、イデオロギーも大きく関わっています。
 つまりイスラムの多様化に不安を覚えた保守的な人々が、「本来のイスラム」に回帰しようとし、その一環として音楽を「非アラブ」「非イスラム」として排除しようとしたということです。そうした人々の多くは、かつてのアラブのようなアラビア語や音楽への鋭い感受性はもはや持っておらず、ただただ「異質なもの」を憎んだのでしょう。

 具象芸術の排斥が強まるのも同じ時期・同じ理由からです。前イスラム時代から初期イスラム時代のアラブの人々は、音楽の場合と同じく、自分たちの手で具象芸術を作ろうとはしないのに、異国人の手による絵画や彫像は非常に好みました。クルアーンは偶像崇拝は禁じていますが、装飾品としての偶像は禁じておらず、むしろ推奨するような下りすらあります。にもかかわらず後世のムスリムは、具象芸術はすべて非アラブ/非イスラムだとして排除しようとしたわけです。

 ところで初期イスラム時代以前のアラブの嗜好について、音楽の場合はアラビア語と音楽に対する感受性で説明がつきますが、具象芸術の場合は説明がつきません。確かにかつてのアラブの人々は自分で作る場合は絵画や彫刻よりカリグラフィーを好みましたが、「アラビア語の偏重」を理由にするには当時の識字率が低すぎる。
 ただ、無文字ではないが識字率の低い社会では往々にして、文字そのもの、書かれた言葉、書物といったものが魔力を持つという信仰が生じるので、識字率が低くてもカリグラフィーが好まれる説明にはなる。だから当時はおそらくアラビア語の書物は1冊も存在せず、ムハンマド自身もおそらく文盲であったにもかかわらず、神の言葉はクルアーン(アラビア語で「読誦されるもの」)というかたちで下されたわけです。天にはクルアーンの「原型」である1冊の書物があるんだそうで。
 しかしそれでも、アラブが自ら具象芸術を作らなかった理由は不明のままになる……まあここまでくると、補足ではなく余談ですが。

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