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ダンテとテンプル騎士団

 先日、テンプル騎士団とフリーメイソンの関係が創作だという記事を書きました。そしたら岡和田君がエーコの『フーコーの振り子』がテンプル騎士団ネタだったことに言及してくれたので、同書をもう20年近くも前に途中で放り出したままだったことを思い出したのでした。

 映画しか知らなかった『薔薇の名前』原作がおもしろかったんで、続けて『振り子』も読み始めたんですが。上巻63頁(単行本)の「恐れ入り谷の鬼子母神」でずっこけて、瀬田貞二訳『ナルニア国物語』で育った人間でもこれはきついわー、とパラパラめくってたら「鬼に金棒」に遭遇して心が折れました。テンプル騎士団の話題が出てくる前に挫折したわけです。
 その後、エーコの小説はだいたい読んで、特に『バウドリーノ』と『プラハの墓地』はとても好きですが、2016年に亡くなられた後も『フーコーの振り子』に再挑戦しようという気は起きなかったんですね。しかしテンプル騎士団ネタだったことを思い出したお蔭で、テンプル騎士団についての未解明の謎を解く手掛かりが得られるんじゃないか、と思い至ったのでした。

「未解明の謎」というのは、私にとっての、という意味で、テンプル騎士団とフリーメイソンの関係については解明できましたが、テンプル騎士団の「名誉回復」はいつから始まったのか、という謎は未解明なままだったのですよ。
 衒学者の代名詞たるエーコなら、テンプル騎士団に関する怒涛の蘊蓄を詰め込んでいるはず。というわけで「恐れ入り谷の鬼子母神」やそれ以上の訳に出くわしても挫けない覚悟を決めて、上下巻に再挑戦。

 幸いにして、「恐れ入り谷の鬼子母神」を上回る、あるいは匹敵する「超訳」はなく、「鬼に金棒」級も数えるほどでした。別に数えてませんが。
 しかし、ある意味「恐れ入り谷の鬼子母神」以上に動揺させられたのは、前回気づかなかった「珪素峡谷」という訳語。
 コンピュータについての会話場面なので、「シリコンバレー」のことで間違いない……この邦訳が出た1993年て、まだ日本じゃ周知されてなかったっけ?

 4半世紀以上も昔のこととて思い出せず、国会図書館の図書検索で1993年以前刊行のキーワード「シリコンバレー」の書籍を探したところ、15件ありました。一番古いのは1981年の『米国半導体産業:シリコンバレーの光と影』(瀬見洋・著 日本経済新聞社)で、Nikkei neo booksという叢書の体裁からして、まあまあ一般向けのようです。少なくとも産業界の報告書とかほど専門的ではない。翌82年にはさらに一般向けと思われる『シリコン・バレー:リアル・タイム小説』(マイケル・ロジャース著 祥伝社)なる本が、83年には『シリコン・バレー逆おとり作戦』(落合信彦・著 集英社)が出ています。
 仮に訳者の藤村昌昭氏がシリコンバレーを知らなかったとしても、編集や校正の人がチェック入れたでしょ……? いや、そう言えばこの2年ほどで、「三銃士」の「銃士」を「マスケット銃兵」と訳してる本に2度も遭遇してるよな……(それぞれ「三人のマスケット銃兵」「アレクサンドル・デュマのマスケット銃兵」でした)
 イタリア語でもシリコンバレーはsilicon valleyですが、エーコが執筆中だった1980年代後半ではイタリア語訳(la valle del silicioとか)も使われてて原書でもこの語句だったとか、だからわざわざ「珪素峡谷」と訳したとか……?

 とグルグル考えてしまったので、その数行後に再会した「恐れ入り谷の鬼子母神」にも動揺しなかったどころか、著しく集中を欠いたまま読み進んでいると、今度は「猟奇魔」という訳語に遭遇。
 文脈からすると、どうやらただのオカルトマニアのことらしい。原文ではどんな語なのか見当もつきませんが、「オカルト」は普通に使ってるのに、なんで「猟奇魔」? しかも1回だけだった「珪素峡谷」と違って何度も出てくるし。

 こうなると「珪素峡谷」も「猟奇魔」もなんらかの意図があって、わざわざこんな訳語を当てたように思え、しかもその「意図」がどんなものかまったく見当がつかず、不可解さに恐怖すら覚える。
 たとえるなら、衒学的で難解な用語だらけだけど内容は興味深い講演を聞いていたら、突然「珪素峡谷」とか「猟奇魔」とか、普通に「シリコンバレー」「オカルトマニア」と言えばいいものを、なんの説明もなしにそんな奇怪な造語(?)が飛び出し、そのまま講演が進んでいくような。まったく理解不能な話よりも、理解できる話の中に所々そういう理解不能の「穴」が黒々と開いてるほうが、かえって不気味じゃないですか?

 そういうわけで結局、『フーコーの振り子』上下巻合わせて1000頁余りの印象はすべて、この不気味さに塗り潰されてしまった感がありますが、当初の目的であるテンプル騎士団の謎についてはどうだったかと言いますと。
 まず上巻130頁で、テンプル騎士団の「生き残り」についての伝説に言及されています。フランス王フィリップ4世による捕縛(1307年)を逃れてスコットランドに渡った騎士たちがいた、という伝説で、史実では壊滅させられたのはテンプル騎士団フランス支部だけで、他の国々のテンプル騎士たちは後日、別の騎士団に受け入れられたので「生き残り」は大勢いるんですが、伝説ではスコットランドに落ち延びたという騎士たちだけが注目されている。
 で、この場面では、騎士たちの逮捕時に伝説が生まれた、と述べるだけで、この伝説についての最も古い記録は誰某によるもの、等の役に立つ情報は無し。ぐぬぬ。
 この伝説の成立は、テンプル騎士団の「名誉回復」問題と関わりがあります。聖杯等のキリストの遺物と結びつけられているんで、彼らが「殺人と食人と男色(当時の価値観です)に耽る悪魔崇拝者」と信じられていたとしたら、そんな連中を聖杯と結びつけるはずがない。

 続いて同じく上巻167頁。「それから多くの人間がモレー(1314年に火刑に処されたテンプル騎士団総長)のことを殉教者として回顧することになり、ダンテはテンプル騎士団の迫害に義憤を感じていた大衆の声を反響させることになるのである」
 ダンテの生没年は1265-1321だから同時代人です。『神曲』が完成したのは1320年頃。

 結局、得られた情報はこれだけでしたが、とにもかくにも「ダンテ」「テンプル騎士」のキーワードでまず日本語検索。「ダンテは『神曲』でテンプル騎士団に言及している」「ダンテはテンプル騎士団を壊滅させたフィリップ4世を非難している」程度の情報しか出てこない。使える情報、つまり『神曲』のどの箇所(○○篇の第○歌)かといった情報は見つからない。「神曲」「テンプル騎士」の組合せでも同じ結果。
『神曲』の邦訳を全巻(複数の版がありますが、どれも全3巻)再読して探す気はないので、英語に切り替えて検索。すると、煉獄篇第20歌の「(フィリップ4世は)無法にもその強欲の帆を掲げ、かの神殿に乗り込みすらした」(英訳からの意訳)の箇所が、テンプル(神殿)騎士団壊滅の件で彼を非難している、と解釈されているらしい、ということが判りました。

 どうもダンテがテンプル騎士団に言及しているのは、この間接的な表現一ヵ所のみのようです。地獄篇第19歌でも言及している、という記事もありましたが(引用はなし)、確認したところ、フィリップ4世には言及しているもののテンプル騎士団の名前は挙げていないし、間接的な言及をしているようにも読めない。
 なんだか曖昧ですが、この検索で、上記の「それから多くの人間がモレーのことを殉教者として回顧することになり」についても、少なくとも1人はそういう人がいたことが判明しました。ジョヴァンニ・ヴィッラーニという人物で、日本でもかなり有名らしくWikiに記事があります。それによると、ダンテの元同僚で銀行家、政治家にして『新年代記』(邦訳なし)の作者。ただしこのWiki記事も含め、ヴィッラーニとテンプル騎士団との関わりに言及した日本語記事はないようです。
 複数の英語記事によると、この『新年代記』の中で、火刑に処されたテンプル騎士たちに同情して「殉教者」と呼んでいるそうです。

 ここまで判れば、当初の目的は充分果たせました。逮捕・処刑当時からテンプル騎士団に同情的な意見が少なくなかったのであれば、「名誉回復」はすでに始まっていたことになる。動揺しながらも1000頁読破した甲斐があったというものです。

 ところで、この話にはおまけがあります。『神曲』におけるテンプル騎士団への言及が、本当に上記の曖昧な表現だけなのか、英語検索だけでは判らなかったので、イタリア語検索もしてみたわけです。
 イタリア語はねー……英語・フランス語・ドイツ語・スペイン語はラテン語(あるいはラテン語経由のギリシア語)由来の単語が多く、つまり仏語・独語・仏語をちょっと齧っただけの私でも、英語に綴りが似た単語を手掛かりに、文章をざっと流し読みすれば、何について書いてあるかくらいは推測できる場合が多かったりするのです(単語の組合せ次第では全然推測できなかったりもするけど)。イタリア語も英単語と語源を同じくする単語が多いんですが、仏・独・西語に比べて英語のそれと綴りの違いが大きいものが少なくない。
 たとえばsecretはラテン語secretusが語源で、仏語secret、独語sekret、西語secretoなのに、イタリア語はsegreto。英語でカ行発音のcはドイツ語の綴りではほぼ必ずkなので解りやすいですが、イタリア語では必ずgになるわけではないのでややこしい。ロシア語はキリル文字ですが、ラテン文字に置き換えれば綴りが近い単語は、むしろイタリア語より多いかもしれません。secretだったらсекρет(sekret)だし。
 仏・独・西語もちゃんと読むなら辞書と文法書に首っ引きになるとはいえ、初見の流し読みで内容がおぼろげにでも推測できるかできないかは大きい。

 そういうわけで、より難易度の高いイタリア語検索もやってみたんですが、判ったのはやはり『神曲』におけるテンプル騎士団への言及は煉獄篇第20歌の曖昧な表現だけらしい、ということだけでした。それもキーワードが「ダンテ」「テンプル騎士」の組合せでは情報がまったく出てこず、「神曲」「テンプル騎士」の組合せでもようやく5番目に出てくる。
 じゃあ「テンプル騎士」と「ダンテ」あるいは「神曲」の組合せで出てくる情報はどんなものかというと、「ダンテはテンプル騎士だった」「隠れテンプル騎士、ダンテ」みたいなタイトルの記事ばっか。それも大量に。なんだこれ。

 実は日本語で「ダンテ」「テンプル騎士」で検索すると一番上に出てくる記事に、その答えがありました(最初に日本語検索した時点では、探してる情報とは無関係だからとスルーしてた)。
 2012年で更新が止まっている個人のブログなのでリンクは張らないでおきますが、この記事および同ブログ中の関連記事によりますと、ウジェーヌ・アルーEugène Aroux(1793-1859)という人が、ダンテはFrater templarinus(ラテン語「テンプル騎士団の兄弟」)というテンプル騎士団の在俗会(在俗のまま特定の修道会規則に準じた信仰生活を送る人々の会)の長だったとか(テンプル騎士団は修道会でもある)、『神曲』天国篇第31歌で導き手として聖ベルナルドゥスを登場させたのは彼がテンプル騎士団の規則を作った人だからだとか、ダンテの思想はフリーメイソンのそれに通ずる、といった説を提唱したんだそうです。

 アルーについてはWikiではフランス語記事しかなく、そこでは思想家とかではなく政治家とされていて、ダンテ研究についても言及されていませんが、Wiki以外の記事(主にフランス語)では、ダンテとテンプル騎士団の関係を論じた著書の作者として紹介されています(政治家のEugène Arouxと著述家のEugène Arouxは生没年が同じなので同一人物です)。
 で、イタリアの「ダンテ=テンプル騎士」説は、明らかにアルーが挙げた「テンプル騎士団の兄弟」会や天国篇第31歌の聖ベルナルドゥスのネタを根拠としています。しかし大半の記事がアルーの名は挙げていない。上記の日本語ブログによれば、アルーはダンテが「テンプル騎士だった」「フリーメイソンだった」とは言ってませんからね。ダンテがメイソンだったとするイタリア語記事もそれなりにあるようですが、アルーに依拠しているかは不明。まあテンプル騎士団だったということであれば、オカルト・陰謀論好きは自動的にメイソンに結び付けるでしょう。
 それに天国篇第30歌のベアトリーチェが「白いストール(肩掛け)の修道士たちに囲まれ、守られている」とある「白いストールの修道士たち」とは実はテンプル騎士団のことだ、なぜなら「白いストール」とはテンプル騎士団の制服である背中に赤い十字架が描かれた白マントのことだからだ、という強引すぎるこじつけは、さすがにアルーとは無関係なんじゃないかと。

 ダンテの『神曲』といえばルネサンスの嚆矢であり、名前くらいなら日本の中学生でも知っている、文字どおりの世界的偉人の世界的文学遺産です。それが「ダンテ」(あるいは「神曲」)と「テンプル騎士」の組合せでイタリア語検索すると、「ダンテはフィリップ4世がテンプル騎士団を壊滅させたことを『神曲』煉獄篇第20歌で非難している」という学術的な記事ではなく、「ダンテはテンプル騎士だった」「隠れテンプル騎士、ダンテ」ネタがわんさか出てくるって……ええんかイタリア人。

 このネタは『フーコーの振り子』では取り上げられていません。エーコの博覧強記がサブカルチャーにも及んでいることは、『フーコーの振り子』という作品自体が証明しているので、1980年代後半当時のイタリアでは、このネタは全然知られていなかったか、無視されるほどマイナーだったのでしょう。
 何がきっかけで、この現状に至ったのか。ダン・ブラウンの『インフェルノ』(未読)が『神曲』を小道具にしてるそうで、ダンテ=テンプル騎士団/フリーメイソン説は出てこないようだけど、きっかけにはなったかもしれない。というわけで『インフェルノ』の原書とイタリア語訳の出た2013年より前に、「ダンテ」(あるいは「神曲」)と「テンプル騎士」に関するイタリア語記事がどれくらいあったか、ググってみました。
 2012年以前ですでに結構な数があるんで、『インフェルノ』がきっかけではないですね。明らかに2013年以降、さらに増えてますが。

 これ以上調べるのは私の語学力では無理ですが、ひょっとしたら『フーコーの振り子』がダンテのテンプル騎士団擁護に言及したことがきっかけで、イタリアのオカルトマニアによるウジェーヌ・アルーの「発見」に至ったのかもしれない。実際にそうだったとしても巡り巡っての結果でしょうけど、「嘘(フィクション)から出た真(現実)」という『フーコーの振り子』そのままの展開だったことになりますね。

先日の記事「テンプル騎士団とフリーメイソンの謎」

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