« 著作(エッセイなど)、インタビューほか 2020~ | トップページ | 「乱反射するサタニズム」補足 Ⅲ »

「乱反射するサタニズム」補足 Ⅱ

29fef9544ad0daa663fc17113b88a0d1

「トーキングヘッズ叢書」№84「悪の方程式~善を疑え!」(2020年10月28日発売)

 エッセイ「乱反射する悪魔主義(サタニズム)」を寄稿させていただきました。「悪魔崇拝」を宗教・信仰ではなく「妄想」と定義し、そのような妄想がどのように成立し発展したかを考察しました。

アトリエサードさんの公式ページ
Amazonのページ

 今回は少々多めに書かせていただきました。3部構成で、第1・2部では「悪魔崇拝という妄想」について、第3部では欧米キリスト教徒によるこの妄想が、クルディスタンのヤズィーディーにもたらした惨禍について書きました。
 先にこの第3部についての補足記事を上げております。

 というわけで主に第1・2部についての補足です。
 悪魔崇拝(サタニズム)が実体のある宗教・信仰ではなく妄想である、と私が断じる理由は二つあって、まず古代から現代に至るまで、悪魔崇拝者と名指された個人や集団が実行しているとされた「教」や「儀式」が判で押したように同じ、すなわち人身供犠(主に幼児を捧げる)、その犠牲者を食すカニバリズム、近親相姦や男性同性愛を含む乱交、そして秩序壊乱の陰謀の4本立てだからです。
「悪魔崇拝者」はすべてこの4本立てを実行している(とされる)、だから彼らは一つの組織なのだ、という理屈になりますが、もちろん事実は逆で、「敵=悪」の根源は一つであってほしい、という願望と、「他者」の多様性を許さない不寛容とが根底にあります。
 この4本立ての「妄想」については、ノーマン・コーンの『魔女狩りの社会史』(岩波書店)に依拠しています。

 ところで今回の拙稿では「魔女狩り」には一切言及しませんでした。魔女狩りについての文献の多くは、「魔女狩りと異端審問の違い」を強調しています。確かに両者は時代もシステムは異なりますが、「魔女」と「異端者」と目された人々に掛けられた嫌疑は、「秩序壊乱を目論み、殺人と食人と乱交の宴に耽る悪魔崇拝者」ということで共通しています。なので論旨を簡潔にするためにも、両者の違いには触れませんでした。
 まあ私も、「中世の魔女狩り」とか言われたらイラッとしますけどね。

「秩序壊乱を目論み、殺人と食人と乱交の宴に耽る邪悪なカルト」という紋切型は、前2世紀初めのローマで流行したバックス(バッカス)教にかけられた嫌疑にまで遡ります。同じ紋切型がユダヤ教、次いでキリスト教に適応され、その後、キリスト教がマジョリティになると、今度は彼らが「異教徒」や「異端者」に対して同じことをするわけでです。
 したがってキリスト教徒はローマの異教徒たちの妄想を直接継承したと言えますが、似たような妄想は多くの文化に存在してきました。

 たとえばユダヤ教では「モロク」(モレク)が有名です。ユダヤ教聖書(いわゆる旧約聖書)では人身供犠が行われる異教の神とされますが、この名はヘブライ語で「王」を意味する「マリク」を侮蔑の意図で母音を変えた語で、特定の神を指すのではなく異教の神々(の主神)全般を貶める呼称です。
 古代の中東~地中海世界で人身供犠を行う宗教は一応ありましたが(たとえばずっと後代のキリスト教徒が「モロク」と同一視することになるフェニキアの主神)、イスラエル周辺の非ユダヤ人がそのような神を信じていたという証拠はありません。ユダヤ教聖書には「モロク」のほかにも、異教の神に人身供犠が行われているという記述が散見されますが、すべて事実無根の中傷だという可能性もあるわけです。
 また「男性同性愛や近親相姦を含む乱交」すなわち性的逸脱についてはソドムとゴモラにその罪が着せられています。ソドムの住民たちは天使(ヘブライ語では男性形)をレイプしようとし、ロトの娘たちはソドム育ちだったせいか、ロトを酔わせて近親姦を行いました。生まれた2人の息子はそれぞれイスラエル人と敵対する民族の祖になった、とされています。

 東アジアの事例だと、キリスト教の聖餐を曲解して食人儀礼だと中傷したりとか。また特定の宗派が性的逸脱の廉で非難・迫害されることは、中国や日本でもありました。道教の房中術とか密教のタントラといった根拠にし得るものがあるんで、まったくの冤罪との見極めが困難ですが。
 日本で「淫祠邪教」が「秩序壊乱を目論み、乱交の宴に耽る邪悪なカルト」を指すようになったのは、江戸時代の真言立川流からですかね。「淫祠邪教」の「淫」は元来、「邪」と同じような意味です。

 ゾロアスター教では、5世紀末に現れた宗教改革者マズダクとその信徒が、財産ならびに女性の共有を行っている、と記録されています。
 マズダク教を迫害した側からの記録であるにもかかわらず、現在でも多くの研究者がなんの疑問もなく「財産ならびに女性の共有」がマズダク教の教義だったと述べています。しかし歴史を鑑みるに、「財産の共有」はともかく「女性の共有」は例の紋切型であったかもしれません。

 イスラムはこのゾロアスター教によるマズダク教像を受け継ぎ、これがイスラムにとっての異教徒・異端者像の典型となりました。拙稿のイスラムにおける異教徒・異端者像の紋切型の紹介は、主に『統治の書』(岩波書店)に拠っています。
 この書はタイトルどおり理想の統治者の在り方を説くもので、セルジューク朝の宰相ニザーム・アルムルク(1092没)によって書かれました。ただし第44章以降は彼が異教・異端と見做した人々への憎悪に満ちた陰謀論が展開されています。

 まず第44章でマズダク教を取り上げていますが、マズダクとその信徒たちを騙し討ちで殲滅した王子ホスロー(後のホスロー1世。在位539-571。もちろんゾロアスター教徒)を称讃し、また彼に協力したゾロアスター教大神官は占星術によって「アラブ人の預言者」(つまりムハンマド)の出現を予測したと述べています。
 セルジューク朝の支配者はトルコ系ですが、領土は中央アジアからペルシア東部で、当時の住民はほぼペルシア系で公用語もペルシア語。『統治の書』もペルシア語で書かれ、ニザーム自身もペルシア系です。ペルシア人はイスラム化以後も、ホスロー1世を理想の帝王として尊敬していたので、彼の信仰を全面否定するわけにもいかず、上記のように「まだムハンマドが生まれる前だったから、間違った宗教を信じていたのも仕方がないのだ」というように弁明していたのでした。

 続いて第45章では、マズダクの妻ホッラムがペルシア東部に逃亡し、そこでマズダク教を広めたことが述べられます。以後、マズダク教はホッラム教と呼ばれるようになったそうです。
 ホッラムという女性が実在したかもわかりません。敵勢力(宗教とか国家とか)の創立などへの女性の貢献の大きさを強調するのは、古典的な誹謗の一例です。

 そして初期イスラム時代から著者ニザームの時代までに出現した異端宗派(主にシーア派系だが無関係な宗派もある)および異端とは無関係な反乱は、すべてホッラム教から派生したことにされています。マズダク教を誅した「正しい」ゾロアスター教ですら、いつの間にかホッラム(=マズダク)教と同一視されています。イスラム成立以前のゾロアスター教徒なら擁護のしようがあるが、イスラム以後のゾロアスター教にはない、ということなのでしょう。

 ニザームによれば、「バーティン派(シーア派の分派イスマイール派のさらに過激な一派のことだが、著者は異教・異端全般の呼称として使う)の者たちは、叛乱を起こすごとにいろいろな呼び名や通称で呼ばれた。それゆえ町や地域によって彼らを違う名で呼ぶのだが、その実態はすべて同一である。(……)彼らすべての目的は、どうにかしてイスラームを転覆させ、人々に道を踏み外させ迷わせようとすることなのである」だそうです。そしてもちろん彼らは、飲酒や偶像崇拝、近親相姦を含む乱交といった悪行に耽るのでした。
 多種多様に見える「敵」は裏ですべて繋がっている、根本は一つである、というのは典型的な陰謀論です。しかし『統治の書』の訳者解説は本書をホッラム教に関する「貴重な情報源」と呼び、大量の誤情報もごく一部を註で曖昧に訂正しているだけです。

『統治の書』は当初、まっとうな部分(理想の統治者の在り方)だけが世に出され、終盤の陰謀論の部分はその数年後に書かれたのですが、発表される(写本として出回る)前に、ニザームは「バーティン派」によって暗殺されてしまいます。この「バーティン派」は本来の意味のバーティン派で、過激イスマイール派であるニザール派、いわゆるアサシン教団です。
 異端を憎むニザーム・アルムルクは、正統イスラム(いわゆるスンナ派)を広めるため、宰相の権限で各地にイスラム教育機関を設立しました。こうした文化事業と著作(陰謀論の垂れ流し)以外に、具体的な異教・異端の弾圧を行ったのかは、ちょっとわかりません。暗殺は政敵の差し金だったという説もありますが、いずれにせよ彼は自らの命をもって異端者が危険な存在であることを世に知らしめることになったわけで、なんとも皮肉な話です。

 前近代のムスリムによる異教・異端観は、ごく一部の例外を除いて、まあだいたいこんなものです。ただ普通は単に無関心から来る無知で異教・異端を区別していないだけで、この『統治の書』のように憎悪に満ちた陰謀論はやはり特殊ですが。
 フィクションだと『千夜一夜』では、ゾロアスター教徒はムスリムの美青年を生贄にしようと常に付け狙っていて、キリスト教徒は偶像崇拝者で食糞儀礼を行うとされてたりします。まあ中世・近世のキリスト教徒によるムスリム像もひどいものなので、この点はどっちもどっちですね。

 長くなったので、「悪魔崇拝(サタニズム)が実体のある宗教・信仰ではなく妄想であると断じる理由」その2は次回

前回の記事

 

|

« 著作(エッセイなど)、インタビューほか 2020~ | トップページ | 「乱反射するサタニズム」補足 Ⅲ »

諸々」カテゴリの記事