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『現代思想』2021年5月号 特集:「陰謀論」の時代 Ⅰ

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 本日発売です。「文字が構築する壮大なプロット(筋書き/陰謀)」を寄稿いたしました。

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 先日の記事にも書きましたが、この特集企画に参加させていただいたのは連作集『ミーチャ・ベリャーエフの子狐たち』の表題作が陰謀論を扱っているということで改めて(多少の)注目をいだたいているのがきっかけです。
 その注目のきっかけは昨年、『2010年代SF傑作選1』に収録していただいたことです。アンソロジーというのは、埋もれがちな作家である私の作品を新たな読者の方々に知っていただく好機となるので、本当にありがたいですね。

 さて、この記事では『現代思想』本誌では字数の都合上、一部しか記載できなかった参考文献について述べたいと思います。拙稿では陰謀論について認知科学、物語論、歴史の3つの観点から論じているので、それぞれの分野の参考文献から最も包括的なものを1点ずつ、計3点を末尾に付記いたしました。
 ロブ・ブラザートン『賢い人ほど騙される』(ダイヤモンド社)は、原書は2015年刊ですが邦訳は昨年。明らかにQアノン騒動に乗っかった帯の煽り(「悪用厳禁。」「陰謀論にハマる仕組みとその手口を暴く。」等々)は気にしないでください、良書です。
Qアノンの直接の起源を「ピザゲート」とすると、それが2016年のことですから、本書(原書)はその前夜のアメリカの状況を分析したものとなります。
 陰謀論を含めた「認知の歪み」には、ずっと以前から関心を持ってきました。
それが『ミーチャ・ベリャーエフの子狐たち』を含む〈HISTORIA〉シリーズのテーマである「ヒトの暴力」の一因であるからです。認知の歪みを扱った資料は日本語のものだけでも大量にありますが、陰謀論と直接結びつけており、かつ最も包括的なのが『賢い人ほど騙される』です。それ以外で今回参考にした資料のうち主なものを挙げますと、
 テレンス・W・ディーコン『ヒトはいかにして人となったか』(新曜社)
 ジョン・ホーガン『科学を捨て、神秘へと向かう理性』(徳間書店)
 マーガレット・ヘファーソン『見て見ぬふりをする社会』(河出書房新社)
 クリストファー・チャプリス/ダニエル・シモンズ『錯覚の科学』(文藝春秋)
 ダンカン・ワッツ『偶然の科学』(早川書房)
 ジェシー・ベリング『ヒトはなぜ神を信じるのか』(化学同人)
 ダニエル・カーネマン『ファスト&スロー』(早川書房)
 パスカル・ボイヤー『神はなぜいるのか』(NTT出版)
 ダニエル・ギルバート『幸せはいつもちょっと先にある』(早川書房)
 ターリ・シャーロット『事実はなぜ人の意見を変えられないのか』(白揚社)

 ……てなとこですかね。認知科学関連以外だと、
 デイヴィッド・J・ハンド『「偶然」の統計学』(早川書房)
 セス・C・カリッチマン『エイズを弄ぶ人々』(化学同人)
 ジェームズ・ロバート・ブラウン『なぜ科学を語ってすれ違うのか』(みすず書房)

 人文社会寄りの資料では、陰謀論を産み育てる土壌を読み解くヒントとなったのが、
 ヤン・ヴェルナー・ミュラー『ポピュリズムとは何か』(岩波書店)
 イアン・ブルマ/アヴィシャイ・マルガリート『反西洋思想』(新潮社)

 上記2点はアメリカだけ、もしくは欧米だけに限らない世界共通の思潮を扱っていますが、「その建国精神からしてファナティックな、特異な人工国家」という観点でアメリカを論じたのが、
 鈴木透『性と暴力のアメリカ』(中央公論新社)
 森孝一『宗教からよむ「アメリカ」』(講談社)

 ただし前者は新書、後者も比較的コンパクトな分量ですし、もう少し最近の資料も欲しいな、と探して見つけたのがカート・アンダーセン『ファンタジーランド』(東京経済新報社)。上下巻合わせて800頁超、評判も上々、ということで読み始めたんですけどね。
 作者は本業が小説家だそうで、そのせいなのか曖昧な文学的(?)表現が多い一方、事件がいつ起きたかなどを含め具体的な数値データが少ない。資料として使えないので、いちいちググって補足せざるを得ない。そうして明らかになったのが、この本に史実として記されている情報そのものが誤りだらけということで、いや全6部のうち第1部だけでそのありさまだったんで途中放棄。

 興味があるのは陰謀論の心性であって陰謀論そのものではないので、陰謀論者の著作はもちろん、陰謀論を客観的に研究した資料も、これまで読んだことはありませんでした。上記の「認知の歪み」に関する資料のほか、疑似科学関連の本(客観的な研究書)などでも陰謀論はかなり取り上げているんで。
『ミーチャ・ベリャーエフの子狐たち』所収の「はじまりと終わりの世界樹」でも陰謀論は扱いましたが、この時もヨーゼフ・メンゲレをはじめとするナチの逃亡犯に関する資料の幾つかがナチ関連の陰謀論についても紙幅を割いていたので、特に陰謀論に絞って調べる必要はなかったのでした。
 しかし今回の寄稿に当たって、さすがにそれだけで済ますわけにはいかんな、と陰謀論研究の資料を探してみたんですが。

 最初からあまり期待はしていなかったんですが、やはり個別の陰謀論(『シオン賢者の議定書』関連とか)はともかく、陰謀論全般についてまともに研究している資料はほとんどない。少なくとも日本語のものは少ない。欧米ではかなり出ているようなんですけどね。
 とりあえず最も包括的な陰謀論研究資料は、マイケル・バーカン『現代アメリカの陰謀論』(三一書房)。テーマはタイトルどおりではありますが、それらの源流である近代欧米の陰謀論も扱っています。ただし翻訳がいろいろと、その……
 1点だけ挙げると、第8章で取り上げている「出生地主義」。同書の中では、19世紀米国の排外主義と定義されていますが、「出生地主義」でググると、jus soliの訳語で、国籍付与を字義どおり出生地に基づいて行う方式のことであり、トランプ元大統領がこれを廃止しようとしたことからも明らかなように、排外主義とは真逆のものですね。
 どういうこっちゃ、と混乱しましたが、この定義と一緒に歴史家ジョン・ハイアムの言が引用されていたので、ジョン・ハイアムについて英語でググって、ようやくnativismの誤訳だと判明。ネイティヴィズムに定訳はないようですが、「出生地主義」と訳されることがまずないのは確かです。こういうのが一つだけじゃないんで、まさか陰謀論を否定するこの本の信頼性を落とすために……? と思わず陰謀を疑ってしまいます。

 いや、私に英書1冊スラスラ読めるだけの英語力があれば、邦訳のお世話にならずに済むんですけどね。努力はしてるんですよ……まあこれについては、ただでさえ語学の才能がないくせに多言語マニアなので、その乏しいリソースを十数ヵ国語に分配しているせいだ、ということにしています。

 ところで昨年、『トーキングヘッズ叢書』№84に寄稿した「乱反射する悪魔崇拝」でテンプル騎士団の壊滅に言及したんですが、壊滅後のテンプル騎士団の毀誉褒貶についてあれこれ調べていったら、フリーメイソンの起源をテンプル騎士団だとした最初の文書をフランス語原文で読む羽目になりまして。そのついでに判明したのが、このネットで無料で公開されていて、特に難解でもない(フランス語の初歩しか知らない私でも辞書と文法書頼りにどうにか訳せるレベル)短い文書をまともに読んでいる人は日本語圏、英語圏、それどころかフランス語圏でもほとんどいないらしい、ということでした。
 いや、私が盛大に誤読している可能性はありますが、少なくともこの文書への、ネット上における日本語、英語、フランス語による言及で、原典を読んだ上でのものだとはっきり判るものは見当たらなかったんで。ちょっとでも「そっち側」に足を踏み入れた人たちは、二次、三次、……n次資料は熱心に読み込んでるようなのに、なんで原典には当たらないんだろうなあ。
 どれがどうとかは言いませんが、陰謀論研究書がまともかどうかを見分けるのに、この文書周りの知識が役に立ったのでした。

 長くなったので続きます。

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「HISTORIAシリーズ設定集コンテンツ」自作解説(の目次ページ)

 

 

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