『現代思想』2021年5月号 特集:「陰謀論」の時代 Ⅲ
「文字が構築する壮大なプロット(筋書き/陰謀)」を寄稿いたしました。字数の都合で記載できなかった参考資料の補足その他についての記事その3。今回が最後です。前の2回よりは短いです。
その1:こちら その2:こちら
ブラザートンの『賢い人ほど騙される』もバーカンの『現代アメリカの陰謀論』も、世界を背後から操り、さらに完全支配を目指す悪の組織、という複雑で壮大な陰謀論は現代の陰謀論特有のものであるとしています。ブラザートンによればその起源は近代であり、世界支配を目論む悪の組織は「秘密結社」でした。当時は実際に、イルミナティをはじめ多くの秘密結社が創設されていました。フリーメイソンも、起源は中世かもしれませんが、英国外にも広まったのは18世紀以降です。
しかし壮大で複雑な陰謀論(バーカンが呼ぶところの「超陰謀」論)はすでに中世に蔓延していたものであり、その起源は古代にまで遡れます。それが「悪魔崇拝妄想」です。
唯一なる神と天使たち、そしてキリスト教徒たちから成る善の軍勢vs.魔王(サタン)と悪魔たち、そして悪魔崇拝者たちから成る悪の軍勢、という二元論的世界観はキリスト教独特のものです。キリスト教徒にとっての「他者」(異教徒、異端者、その他社会の周縁者)が「悪魔崇拝者」である、と妄想されました。あくまで妄想です。
というわけで「悪魔崇拝妄想」(という言葉は用いられていませんが)についての中心的資料が、ノーマン・コーンの『魔女狩りの社会史』(岩波書店)。
神と天使(善霊)の軍勢vs.魔王と悪魔(悪霊)の軍勢、という構図はゾロアスター教からの借り物で、救世主や最後の審判といった概念も同様です。このゾロアスター教からの影響や、ユダヤ・キリスト教における「悪魔」の概念の発達については同じくコーンの『千年王国の追求』(紀伊國屋書店)、ユーリ・ストヤノフ『ヨーロッパ異端の源流』(平凡社)。ゾロアスター教自体、およびそのユダヤ・キリスト教への影響については青木健『ゾロアスター教史』(刀水書房)。
ユダヤ・キリスト教における「悪魔」像の形成については、ほかにジェフリー・バートン・ラッセル『悪魔の系譜』(青土社)とジョルジュ・ミノワ『悪魔の文化史』(白水社)も主要な参考資料ではあるんですが、両書とも全体に細かい誤情報だらけだし、何より「悪霊」と「デーモン」という語の使い方が滅茶苦茶なので、聖書原文(ヘブライ語、ギリシア語、ラテン語および近現代の英語版)で「悪魔」「サタン」「悪霊」等の語が使われている箇所を自力で読む羽目になりました。やりたくてやったわけではなく、英語の注釈の助けを借りればどうにか読めたので、読める以上は読まないわけにはいかず……
その結果をまとめたのが、『トーキングヘッズ叢書』№84に寄稿した「乱反射する悪魔崇拝(サタニズム)」です。今回もこの時得た知識を基に執筆しましたが、観点が異なるので流用とかではありません。
今回は新たにエレーヌ・ペイゲルス『悪魔の起源』(青土社)も読みましたが、ユダヤ教における「悪魔」の概念の形成と、キリスト教によるその継承の流れは、これまでの知見とおおむね合致します。それ以上に著者が重視しているのはグノーシスから影響ですが、グノーシスはどの学説が妥当なのかも判断がつかないんで苦手です……。だからペイゲルスの見解についても同じく。
悪魔崇拝妄想は、キリスト教と教会の影響力の低下とともに下火になりました。「悪魔崇拝者」に代わって「秘密結社」が陰謀論の主役(悪の首魁)とされましたが、その背景にあった(現実における)秘密結社の流行は、キリスト教と教会の代替物を人々(主にエリート)が求めたためでしょうね。
そして1980年代にカウンターカルチャーへの反動として、米国を中心に悪魔崇拝妄想が復活しましたが、これはバーカンの言う「超陰謀」論の隆盛と軌を一にしています。両者が完全に融合したのがQアノンなわけで、だから悪魔崇拝妄想の伝統のない日本社会に持ち込まれた彼らの陰謀論は、どうしたって要素の切り取りにしかならない。それだけでも充分すぎるほど有害ですが。
「トーキングヘッズ叢書」№84「悪の方程式~善を疑え!」(2020年10月28日発売)
寄稿「乱反射する悪魔崇拝」の補足記事
その1:イスラム原理主義者がヤズィーディー(ヤズィード派)を「悪魔崇拝者」と見做すのは欧米キリスト教からの影響ではないか、という仮説の検証
その2:「悪魔崇拝」という概念がなぜ妄想に過ぎないか、という解説
その3:上記『悪魔の系譜』と『悪魔の文化史』へのツッコミ
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