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「物語の川々は大海に注ぐ」解説と余談 其の十

其の一其の九
掲載誌:『SFマガジン』2024年6月号

 全体的にネタバレ注意。今回はシェヘラザードとドニヤザード姉妹の名前について解説したいと思います。紀年は特記がない限りはADです。

 其の二で述べたとおり、ロバート・F・ヤングの中篇「真鍮の都」がきっかけで『千夜一夜』というかシェヘラザードの妹ドニヤザードに興味を持ったことから、巡り巡って本作に至ったのでした。
 その過程で、高校時代のいつか(1988~1990年)に読んだ『千夜一夜』についての軽めの概説書にあった、「シェヘラザードという名前は〝都市の〇〇〟(〇〇の部分は忘れました)、ドニヤザードは〝世界の〇〇〟という意味で、姉妹でこれは不可解」というような記述に、たいへん興味を惹かれたんですね。
 この「謎」をどうやって解き明かしていいかすらわからなくて、とりあえず『千夜一夜』自体について調べ始めたのが2003年後半から。しかし日本語で読める『千夜一夜』の概説書・研究書の類がそもそも少なくて、中世イスラム・中東文化全般へとリサーチの範囲を広げていきました

 そうして知ったことの幾つかを挙げると、「シェヘラザード」は西洋における転訛で、アラビア語原音に近い表記だと「シャフラザード」「シャフラーザード」「シャフルザード」等になること。「シャフル」は現代ペルシア語だと「都市」だけど、かつては「国」を意味していたこと。ゾロアスター教の川の女神アナーヒターの異名の一つが「シャフルバーヌー」で、「シャフル」は「国」すなわちペルシア、「バーヌー」は直訳するなら「女」だけど、この場合は高貴な女性の称号(「lady」的な)。
 だから「シェヘラザード(シャフラザード)」と「シャフルバーヌー」こと女神アナーヒターは、何か関係があるのかな、とか楽しく
推測したりしてました。

 しかし「ドニヤザード」はアラビア語原音に近い表記だと「ドゥンヤーザード」で「ドゥンヤー」は「世界」という意味もあるけど、より厳密には「この世」「地上」(最後の審判後の「あの世」や、神と天使がおわす「天上」に対して)であると知り、ええ……「世界」と「この世」じゃニュアンス違わない?とか、そもそもペルシア語とアラビア語じゃん、とか……
「ドゥンヤー」は「近い(ダナー)」からの派生語なので、「世界(あの世や天上を含む)」だったのが「この世(あの世や天上を含まない)」に意味が縮小したとかではなく、元からこの意味ですね。
 さらにその上、初期(9-10世紀)の史料での表記は「ディーナーザード」とか「ディーナールザード」とかで、しかも彼女は本来、妹ではなく侍女だったらしい。

 つまりシェヘラザードとドニヤザードの名前は、本来は対じゃなかったってこと?
 ……と気づいて挫けかけたのが、いつだったかなあ。ドニヤザードの初期形態について知ったのは西尾哲夫氏の『世界史の中のアラビアンナイト』(NHKブックス)で、これを読んだのは2011年の刊行から何年か後だったなあ。まあどうでもいいけど。

「ディーナーザード/ディーナールザード」が「ドゥンヤーザード」へと変化した経緯を私なりに推測すると、まず『千夜一夜』の原型はペルシア語の物語集『千物語』です(本作でも言及しています)。そのアラビア語版の最も古い写本(断片)が、余白にADで879年に当たる日付が書き込まれているものなので、翻訳は遅くとも9世紀半ばでしょう。そこに後からどんどん話が付け加えられていったものが『アリフ・ライラ・ワ・ライラ(千夜と一夜)』となります。
『千夜一夜』は、しばしば「説話集」だと定義されますが、これは正確ではありません。説話とは口伝された物語のことですが、上記のように『千夜一夜』はペルシア語物語集の翻訳で、つまり最初から書籍でした。

 其の四で述べましたが、イスラム世界でも8世紀半ばの『カリーラとディムナ』のお蔭で、しばらくは教養人たちもフィクションを蔑視せず、異国の物語を翻訳したり、民間説話を収集したり、新たな作品を書いたりしていました。『千夜一夜』に関する史料で上記の9世紀の写本断片に次いで古いのが、マスウーディーの歴史書『黄金牧場』(942年完成)です。異国の物語集の翻訳についての一節で、『千夜一夜』については一言触れているだけですが、フィクション全般に対するネガティブな評価はありません。
 しかしそれより何十年か後のイブン・アンナディーム(995年頃没。イブン・ムカッファについての詳しい情報も残す)は、書籍目録『フィフリスト』で『千夜一夜』について「読んだけどしょうもなかった」という評価を与えています。
 その後、アラビア語フィクションは教養人から見下されるようになりましたが、『千夜一夜』をはじめとする、軽めのフィクションを書き留めた書物は、市場などで芸人によって庶民相手に朗読されるようになりました。時代が下ると、コーヒー店でも読まれたそうです。教養人たちに読まれていた時代でも音読が主流だったはずですし、聴き手がいた場合も多かったでしょうけれど、彼らに見捨てられた結果、ある種の大衆芸能用のテキストになったわけです。講談とその読み物のようなものですね。

 最古の写本では「ディーナーザード」、イブン・アンナディームによって「侍女のディーナールザード」と記された女性が「妹のドゥンヤーザード」へと変化したのは、『千夜一夜』が大衆芸能用テキストとして書き写され、物語を付け加えられていった中でのことです。読み上げたり書き写したりしたのは、身分が低く、アラビア語の読み書きはできるけど、学者や文人として成り上がれるほどの教養を身に着けられなかった人々。
 彼らの一人で、「シャフル」が「都市」という意味だと知っているが、それがペルシア語だと解っているかは怪しい人物が、おそらくその頃には侍女から妹設定に変わっていた「ディーナーザード」を、「シャフラーザード」とセットの名前に変えた、といったところですかね。

 どうもシェヘラザードとドニヤザードの物語は書けそうもないと落胆しつつ、『千夜一夜』そのものや中世イスラム・中東文化への関心も残っていたので、ぼちぼち資料を読み続けていました。
 そして2019年か20年だったと思いますが、そういやこれはまだだったな、と
西尾哲夫氏の『アラビアンナイト 文明のはざまに生まれた物語』(2007年)を手に取りました。新書で(岩波だけど)しかも結構薄かったんで、後回しにしていたのでした。
 確かに内容は同氏の『世界史の中のアラビアンナイト』に比べても薄かったんですが……あったんですよ、「シェヘラザード」という名の原型についての言及が。上記の『フィフリスト』に「この書(『千夜一夜』)はペルシアの王妃フマーイーのために書かれた」という主旨の記述があり、同じく上記の『黄金の牧場』には「フマーイーの別名はシェヘラザード」という記述があり、さらにフェルドウスィーのペルシア語歴史叙事詩『王書(シャー・ナーメ)』(1000年頃)には、フマーイーの別名として「チフルザード」という名が記されているんだそうです。で、チフルザードはペルシア語で「高貴な生まれの」という意味らしい、と。
 これで記述はすべてですが、つまり「チフルザード」という名が「シェヘラザード」の原型らしいと。
 ちなみに『王書』は平凡社と岩波から抄訳が出てますが、「フマーイー/チフルザード」が登場する箇所は未訳です。

 その後、辿り着いたEncyclopedia Iranicaの「千夜一夜」の項によれば(リンク 英語ですが、アラビア語のラテン文字表記はペルシア語風発音に準じているので、少々解りにくいかもしれません)、「シェヘラザード」が伝説の古代ペルシア王バフマーンの娘にして妃(ゾロアスター教は近親婚を推奨しているので)フマーイーの別名「チェフラーザード」に由来するのは、ほぼ確定だそうです。
 アラビア語にはch音もe音もないので、「チェフラーザード」は「シャフラーザード」か「シフラーザード」になります。上記の最古の『千夜一夜』写本でも『黄金の牧場』でもシェヘラザードは「シーラーザード」という表記になっているそうですが、これは「シフラーザード」からの転訛でしょうね(子音hは欠落しやすい)。
「チェフラーザード」は「チェフル」と「アーザード」に分解できますが、それぞれの意味については時代と共に変遷しているので、本作では物語の展開に合致させた解釈をしています。
 いずれにしろ「チェフル」は「シャフル(都市/国)」とは関係なくて、つまりは女神アナーヒター「シャフルバーヌー」とはなんの関係もない、と。

「ドゥンヤーザード(ドニヤザード)」の原型「デーナーザード」は、「デーン」+「アーザード」で、「デーン」は「神性」というような意味で、女神の名前でもあるそうです。やっぱり「チェフラーザード」とは対でもなんでもない。

 そういうわけで、ドニヤザードを「物語の創造者」の象徴、シェヘラザードを「物語の語り手」の象徴とする「物語の物語」を書きたい、という私の願いは完全に潰えたのでした。きっかけとなる概説書を読んだのが高校の時(1988~1990年のいつか)だったから、30年……30年か……
 いや、積極的に『千夜一夜』や中世イスラム世界について調べ始めたのが2003年以降だから、せいぜい16、7年……16、7年か……

『千夜一夜』関連の文献は1990年以前刊行のものも結構読みましたが、あまり専門性がなさそうなのはスルーしてきたので、きっかけになった件の概説書には再会していないままです。たぶん著者は専門知識もなくて、ペルシア語もアラビア語も知らなくて、二次資料を解りやすくまとめただけなんだろうなあ……誰だよ、その「元ネタ(典拠)」の人……
 2021年頃だったか、その「元ネタ」かもしれない文献に
出会えました。前嶋信次氏の『千夜一夜物語と中東文化』(平凡社東洋文庫)所収の「アラビアンナイトの誕生」です。前嶋氏は1983年に亡くなられていて、同書は著作選の第1巻で2000年刊。なぜか既読だと長年思い込んでいたのですが、未読だったかもしれないと気が付いたのでした。
 件のテキストの初出は1961年刊の筑摩書房『世界の歴史』7巻所収で、高校時代の私が読んでいる可能性は低いし、何より内容が記憶にあるものよりずっと詳細なので、やはり私が読んだのは、もっとお手軽な概説書だと思われます。

 シェヘラザードとドニヤザードの名前について、確かにだいぶ詳細なんですけどね。シャフラーザード(シェヘラザード)を「都市の解放者」、ドゥンヤーザード(ドニヤザード)を「世界を解放する者」としている。「解放者/解放する者」というのは何も説明がないけど、現代ペルシア語の「アーザード(自由)」と関係しているんですかね。まあとにかくアラビア語ではないっぽいし、それ以前に前嶋氏はペルシア語とアラビア語を区別してない。
『王書』の「チェフラザード」に言及していないのは、ペルシア語は専門じゃないから仕方ないのかもしれないけれど、『フィフリスト』と『黄金の牧場』の『千夜一夜』に関する記述は取り上げているのに、この両者が示唆するシェヘラザードの名とペルシアの王妃フマーイーとの関係は無視しているし……前嶋氏ほどの人がどうして……

 とはいえ、姉が「都市」で妹が「世界」であることに妙な仄めかしはしてないし、古い史料ではシャフラーザードは「シーラーザード」で「獅子の心をもったひと」の意、ドゥンヤーザードは「ディーナーザード」で「立派な教えにしたがった」「信仰にけがれなき」の意だとしていて、つまり元来は「都市」「世界」とは関係ないことを示唆しています。
 ちなみに「獅子」はおそらくペルシア語の「獅子(シール)」から、「立派な教え/信仰」はアラビア語の「ディーン(信仰)」から。「ディーン」がペルシア語「デーン」と音も意味もなんとなく似ているのは、ただの偶然っぽいです。「~の心をもったひと」「~にしたがった/~にけがれなき」がいったいどこから引っ張って来た解釈なのかは、私には見当もつきません。

 というわけで、たとえこの前嶋氏のテキストが元ネタだったとしても、「姉が都市で妹が世界」だけ抜き出して勝手な憶測を付け加えた、例の概説書の著者が悪い。
 いや、いいんですけどね、今さら。
30年もしくは16、7年振り回されはしたけど、得たものも大きかったですし。ええ、今さら恨み言なんて言いませんよ。言いませんとも。

其の一其の十一

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