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「物語の川々は大海に注ぐ」解説と余談 其の十三

其の一其の十二
掲載誌:『SFマガジン』2024年6月号

 全体的にネタバレ注意。今回もシンクレティズムについて解説します。紀年は特記がない限りはADです。

 其の十ではインドの川の女神サラスヴァティに言及しましたが、インドの上位ヴァルナ(身分)の祖先であるとされるインド・アーリア人はイラン人の祖先であるイラン・アーリア人と起源を同じくします。というか「イラン」は本来、「アーリア」と同じ意味です。原アーリア人の起源は中央アジアだとされています。
 だからペルシア語とインド・アーリア諸語も、元は同じ言葉でした。本作主人公イブン・ムカッファが翻訳・改作した『カリーラとディムナ』の原典は『パンチャタントラ』で、「パンチャ」はサンスクリット語の「5」ですが、現代ペルシア語の「5」は「パンジュ」です。数詞のほか、「父」「母」、「手」「足」といった基本的な語彙は、だいぶ似ています。まあこの辺の語彙は、印欧語でだいたい共通してるんですが。

 そういうわけで、ペルシアの川の女神アナーヒターの別名「ハラフワティ」(というか、アナーヒターのほうが別名)がインドの川の女神「サラスヴァティ」と似ているのは、偶然じゃなくて元は同じ女神だからですね。
 サラスヴァティ/ハラフワティは「水を持つ者」という意味です。川/水を司るということは、豊穣の女神でもあるということになります。

 中央アジアの牧畜民だった「原アーリア人」が騎馬を採用し、インド亜大陸へ進出した集団、イラン高原へ進出した集団、中央アジアに残った集団に分かれたのは紀元前1500年頃だそうです。ハラフワティ/アナーヒターの権能に学問・芸術が含まれないのは、原アーリア人は学問・芸術の守護神を必要としなかったということですね。まあ、イラン高原進出後のアーリア人(ペルシア人)も、学問・芸術に関してはあんまり……

 イラン・アーリア人のうち西部イラン(ペルシア)の住民は、隣接するメソポタミアの女神イシュタルを崇拝するようになりました。イシュタルは金星の女神であり、戦争・愛欲・豊穣の女神でもあります。
 西部イラン人は、イシュタルを「アナヒティシュ」と呼びました。これは彼らが金星を呼ぶ名前ですが、「無垢なる者」という意味で、ハラフワティの別名の一つ「アナーヒター」の変化形でもあります。そのため、イシュタルとアナーヒターが同一視(習合)され、アナーヒター/ハラフワティは金星と戦争をも司るようになりました。名前が「アナーヒター(無垢なる者)」なので、「愛欲」要素は排除されましたが、元から豊穣神だったので結婚・出産も権能に加わりました。

 ギリシャ人はしばしば異民族の神々を、似た権能を持つ自分たちの神々の名で呼びました。ヘロドトスは前5世紀半ば、「ペルシア人はアプロディテ・アナイティス(アナヒティシュ)の信仰を早くから学んだ」と記しています。愛と金星の女神アプロディテは、ここではイシュタルのことです。ヘロドトスは知る由もありませんが、アプロディテは本来、イシュタルと起源を同じくする、東方(中東)の女神でした。
 アナーヒター信仰はハカーマニシュ(アケメネス)朝ペルシア帝国で勢力を増し、前4世紀以降は帝室からも崇拝されるようになります。

 ヘレニズム時代(セレウコス朝シリア)およびアルシャク朝(アルサケス朝/パルティア)の宗教は、本作とは関係ないんで飛ばします。サーサーン朝期(224-651年)のアナーヒター信仰については、本作で言及しているとおりです。
「アナーヒター」という名は、「アナーヒード」→「ナーヒード」と変化して現在に至ります。元々、ペルシアの文字記録が多いとは言えない上に、7世紀半ばにアラブ・イスラムに征服されてからの約200年は、さらに減りますが、この期間に「アナーヒード」から「ナーヒード」へ変化したと思われます。
 同じ時代でも地域差があるし、イブン・ムカッファが「アナーヒード」と「ナーヒード」、どちらで認識していたかは判りません。本作で後者を選んだのは、前者は「アナーヒター」に近すぎるからですね。「アナーヒター」くらいは知っている読者は少なくないでしょう。あと個人的には、「ナーヒード」のほうが可愛いと思います。

 クルアーンからは、7世紀前半当時のアラビア半島の宗教について窺い知ることができます。木石でできた偶像が崇拝される一方、妖霊(ジン)がアッラーと呼ばれる神と同列に拝まれていたり、天使が「アッラー(神)の娘たち」と呼ばれていた、とあります。同じくクルアーンには、アラブの三女神ウッザー、アラート、マナートが「アッラー(神)の娘たち」と呼ばれていた、という記述もあります。
 こうした記述から判るのは、妖霊と神々の区別は曖昧で、「天使」(および「悪魔」)というユダヤ・キリスト教由来の語は偶像崇拝者・多神教徒にも知られてはいたものの、妖霊・神々との区別は曖昧だったということです。

 本作の作中作「双天使とファールスの乙女の物語」は、イスラムの伝説に基づいています。この伝説については時代順に解説すると、まずクルアーン第2章では、「悪魔はその技をハールートとマールートの二天使から授けられた」という主旨のことが述べられています。
「ハールートとマールート」についての説明は一切ないので、当時のアラブにとっての一般常識だったと思われます。ハールートとマールートの伝承を最初に記録したのは歴史家タバリー(838-923年)ですが、その起源は現在でも不明とされています。
「堕天使」という概念は、『創世記』の「神の息子たち(おそらく多神教時代の名残だが、後に天使と同一視された)の一部が、人間の娘たちの美しさに目が眩んで地上に降りて子をもうけた」と「地上に悪がはびこったので、神は大洪水を起こした」という、本来は別々の事件が結び付けられたことから生まれたものです。
 上記のタバリーが記したハールートとマールートの伝説の、「ハールートとマールートが地上に降りて、人間の娘の美しさに目が眩んで堕落した」という筋書きは、文字で記録されることのなかったユダヤ教の民間信仰だったのでしょう。

 堕落のきっかけとなった美女について、タバリーは幾つかのヴァージョン違いの伝承を記録していますが、それらは明らかにペルシア系ムスリムによる創作です。タバリーがそれらを知っていたのは、彼自身もペルシア系だからです。
 彼女は
バイズフト(ペルシア語「神の娘」バイドフトの転訛)あるいはアナーヒーズ(アナーヒターの転訛)という名を持ち、ペルシア系の王女だったとも伝えられています。彼女の所業が、双天使に肉欲と葡萄酒を教えて堕落させた、で終わっているヴァージョンなら、「異教の神を悪魔や邪神に貶めるお馴染みのあれ」なんですが、その後を伝えるヴァージョンもあって、それによると彼女は双天使から「神の隠された名」を聞き出してその力で天に昇り、金星となった。

 彼女に置いて行かれた双天使は、がっつり神罰を受けているのに、金星となった彼女はそのままで、しかもイスラム世界では金星に負のイメージは付いていない。ヴァージョンによっては、双天使は勝手に彼女に夢中になって神の名を教えただけで、彼女から彼らへの働きかけは特になかったりもします。
 イスラム世界では西方キリスト教世界と違って、「悪魔学」に相当するものが発達しなかったので、悪魔や堕天使の位置づけは曖昧です。だから双天使の堕落のきっかけとなった美女の位置づけも曖昧なままだと思われますが、同時に自分たちが捨てた女神をなかなか悪と断じ切れないペルシア系ムスリムの屈折した心性も窺えますね。

  タバリーは838年にペルシアで生まれ、青年時代にバグダードへ移住しました。だから彼の幼少期にはすでにハールートとマールートを堕落させた美女をアナーヒターと結び付ける伝承が定着していたと考えられます。
 捏造もしくは誤解によって新たに生まれた「伝承」が広まり、「連綿と言い伝えられてきた史実」として人々の記憶を塗り替えて定着するには数十年あれば充分なので、9世紀初頭そこらに生み出されたばかりの「伝承」だったかもしれません。とはいえ
イブン・ムカッファの時代(8世紀半ば)でもペルシアが征服されてから100年余り経っているので、すでにこの伝承が生まれていて、かつペルシア人であるイブヌル・ムカッファが知っていた可能性はあります。

 ちなみに本作で言及しているとおり、アナーヒターはサーサーン朝の国家および帝室の守護女神として「シャフルバーヌー(国=ペルシアの貴婦人)」とも呼ばれましたが、「バーヌー(貴婦人)」だけでもアナーヒターを指すようになりました。似たような例に、聖母マリアの呼称「マドンナ(我が貴婦人)」「ノートルダム(我らが貴婦人)」がありますね。
 本作で「乙女」の訳語を当てた「ドフタル」も、アナーヒターの呼称の一つです。ペルシア語「ドフタル」は英語daughterと語源を同じくし、「(続柄としての)娘」と「未婚の若い女性/処女」の両方の意味を持つのも同じです。the virginといったら聖母を指すのと一緒です。
 ペルシア語で「(続柄としての)娘」だけだと「ドフト」になります。ハールートとマールートの神話にアナーヒターの別名として挙げられる「バイドフト(神の娘)」ですが、この場合の「神」といったら最高神アフラマズダしか考えられない。しかし現存するゾロアスター教文献はアフラマズダ以外の神の格を落とす一神教化を被っているので、神同士の縁戚関係が明らかでない。考古資料も含めて、アナーヒターはアフラマズダの娘だと解釈できんこともない、という程度です。
 しかしインド神話でアナーヒターに当たるサラスヴァティが創造神ブラフマーの娘だったりするので、ゾロアスター教の地方ヴァージョンの中には、アナーヒターをアフラマズダ(あるいは別系統の最高神ズルワーン)の娘とする神話があったかもしれません。

 なお神話学者のジョルジュ・デュメジルによれば、双天使としてのハールートとマールートの起源はゾロアスター教の二柱一組の女神ハルワタートとアムルタートに求められるそうですが、本作では物語の展開に関わってこないので、この説は取り上げていません。

 最後に、前イスラム期(7世紀初頭以前)のアラブの宗教について解説します。アラビア半島の文化は南北に大別でき、かなり相違があったようですが、宗教に関しては外来のユダヤ・キリスト教を除けば多神教で、しかも神話体系があまり発達しなかったのは共通しています。
 ヘレニズム・ローマ文化の影響が及ぶと、神々の一部はギリシア・ローマの神々と習合されました。たとえば上記の三女神「神の娘たち」はアッラート(「女神」の意。権能は不明)はアテネ、マナート(マナン「死/運命」を司る)はネメシス、ウッザー(金星を司り、名は「力強き者」)はアプロディテでした。異民族出身の彫刻家たちが造るギリシア・ローマ風の神像が持て囃されましたが、神話体系の発展には寄与しなかったようです。

 聖母マリアが各地の地母神と習合したのはよく知られていますが、アラビア半島でもキリスト教は広まったにもかかわらず、地母神あるいは豊穣の女神がそもそもいませんでした(いたとしても、記録に残るほど信仰を集めていなかった)。
 地母神以外の神々も、キリスト教と習合されました。御当地聖者のほとんどは古い神々由来だし、各地のキリスト教聖地のほとんどは古い神々のかつての聖地です。征服者が土着の信仰を根絶やしにする目的で、破壊した神殿等の跡地に教会を建てるケースも少なくありませんでしたが、結果的にその地(聖地)への信仰は保たれました。
 イスラム化した地域でも、まったく同じことが起きました。土着の神々がイスラムの預言者(一部はユダヤ教の預言者と共通)や預言者ムハンマドの子孫や、キリスト教の聖人に当たる存在(日本語では「聖者」と訳します)と習合されたのです。
 ただしアラビア半島とその周辺で、前イスラム期のアラブの多神教との繋がりを具体的に示す事物は、ほぼ残っていません。偶像を多数安置する文字どおりの万神殿だったカアバ神殿と、
偶像崇拝の一種である聖石崇拝の対象だった黒石くらいですかね。神殿はイブラヒーム(アブラハム)と結び付けられ、黒石は崇拝対象ではないということになっていますが。後は妖霊と聖者信仰がありますが、後者は前イスラム期の原型がどんなものだったかの研究はあまりされてない。

 そういうわけで、本作でアナーヒターを古代アラブの女神ウッザーと結び付けるのは、本作の中だけの話です。ゾロアスター教とキリスト教の直接の相互作用も少ないんで、聖母がアナーヒターと習合することもありませんでした。其の十で述べたように、シャフラーザード(シェヘラザード)の本来の名前は「チェフラーザード」なので、アナーヒターの別名シャフルバーヌーとはなんの関係もない。
 しかし習合というものは、自然発生的に起こる場合もあれば、個人や小集団が意図をもって行う場合もあり、後者の顕著な例がマーニー教です。元マーニー教徒で博識なイブン・ムカッファが、こういうことを思い付いてもなんの不思議もない。シンクレティズムなんて、やっちゃった者勝ちですよ。

其の一其の十四

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