ノクターナル・アニマルズ
2016年公開。ネタバレ注意(一応、『ロブスター』も)
『ロブスター』と同じ年に公開で、同じ「女が最後に男に待ちぼうけを食らう」オチで、どっちもカンヌやらヴェネツィア国際映画祭やらアカデミー賞やらで高評価。そういうの好きな人が多かったの? 『ロブスター』のほうはあの結末でよかったけど、こっちはなあ。要するに、いわゆる「ざまあ系」でしょ。
監督インタビュー等を参照する限りでは、作中作の主人公をジェイク・ギレンホールが演じてたのはミスリードで、ギレンホールが演じる「作者」のエドワードはかつて「主人公が自分のアバター」タイプだったため、今回もそうだと読者であるスーザンが思い込んでいるだけで、実際のモデルはスーザン。で、読了した彼女がそのことに気づかなかったため、エドワードは再会の約束をすっぽかした、という解釈になるらしい。
しかしそうだとしても、自分を捨てた元カノへの当てつけを主目的(さすがに、唯一の目的だとは思いたくない)に、「ほーら、世界は残酷だろ?」というだけの浩瀚な凡作を書き上げ、自分が用意した「正解」に彼女が辿り着かなかったからと断罪するって……何様?
監督のトム・フォードはファッション・デザイナーで、以前はグッチの専属だったらしい。デザイナー、画家、写真家といった人たちが映画監督やると、視覚的には素晴らしいけど、それ以外は……って人が多い。本作はそうではない……と見せかけて、結局そうだった。
前半で高まった期待が後半でスカされたから、余計に結末でがっかりしたのかもしれん。冒頭の極度に太った中年女性たちのヌードダンスが圧倒的すぎてな。監督インタビューによると、ファラ・フォーセットみたいだった「かつての米国」が、老いて疲れ果てて醜くなっていることを風刺するつもりだったそうだが、実際に「極度に太った中年女性たち」に会ってみたら、彼女たちが元気いっぱいなのに魅了されてしまったんだそうな。
だから彼女たちを非常に魅力的に撮ったのはいいが、コンセプトが変わってしまったのに調整してないから、作品そのものと齟齬を来して、意味不明のシーンになってしまっている。作中においては、あれはスーザンの初めての個展で発表されたビデオで、本人は衝撃的な作品のつもりだったのに、まったく評価されない(酷評すらされない)、となるんだろうけど、現実にあれだけ衝撃的な絵面で、そもそも監督自身が衝撃的だと思ってるのに、無反応だったということにされても説得力がない。
それにしても、会ったこともない人たちを勝手に「疲れ果てて醜くなった」と決めつけるなんて、失礼だよね。ファッションデザイナーにしては、随分と手垢のついた発想だし。実際に会ってみて考えを改められたのは結構だけど、コンセプトの辻褄は合わせましょう。
極度に太ったおばさんたちはハイヒールを履いて、脂肪という脂肪が大きく波打つくらい身体を弾ませて踊っているので、こんなに太っている人がこんなに動けるわけがない、よくできたボディスーツなんじゃなかろうかと疑ったんだが、本当にあの巨体で踊っているということなので、あの体形の割にはものすごく健康だということになる。そりゃ、人生楽しそうだな。だいぶフリークショーに足を突っ込んでいるんだが、あそこまで太っていると、美醜を超えて神々しさすら感じる。石器時代の地母神像的な。でもカメラが寄ると映るセルライトは正直、直視し難い。遠くから眺めるものなのだ。
エイミー・アダムスの虚無の表情と作中作の(当初の)緊迫感が相俟って期待を高めたんだが、不眠症で精神のバランスを崩していく彼女が現実とも幻覚ともつかない瞬間にたびたび陥る演出が、安っぽいホラー(ジャンプスケア系)なので、げんなりしてしまった。
作中作も進行するにつれ、上述のとおり凡庸さを露呈するんだが、その中で保安官を演じたマイケル・シャノンだけはよかった。アカデミー賞助演男優賞にノミネートされただけはある。『レボリューショナリー・ロード』でキャシー・ベイツの息子だった人。細部は忘れてしまったが、「キャシー・ベイツの息子」に相応しい存在感があったことは憶えてる。
過去パートのアダムスとギレンホールがすごく若々しくて可愛かった。役者すごい。
『ロブスター』感想(結末には言及してません)
『レボリューショナリー・ロード』感想(マイケル・シャノンには言及してません)
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