« ファーザー | トップページ | 愛すべき夫妻の秘密 »

永遠の門 ゴッホの見た未来

 2018年公開。ジュリアン・シュナーベル監督。
『バスキア』(1996)はなんであんなにお粗末だったんだろうなあ。なんでもも何も、自分自身を「唯一の理解者」として登場させ、しかもゲイリー・オールドマンに演じさせたからだという一点に尽きるんだが、なんでそれがあかんて解らんかったんだ、とも言う。オールドマン=爆死だった時代に「よき理解者」役を与えた、という点だけは評価できるが(念のため、オールドマンの演技が滑ったという意味で「爆死」だったのではなく、悪役ばかりで、しかもだいたいは物理的な爆死を華々しく遂げることで知られていたのです。実際はそこまで爆死の割合が多かったわけでもないけど、まあ碌でもない死に方をする)。

 映像が本当に美しく、あの時代の絵画のようだが、ゴッホではなくて印象派の主流っぽい。ただし後半、画面の下4分の1くらいがぼやけるシーンがたびたび入る。どうもゴッホが錯乱状態になっていることを表してるらしいのだが、単純に見づらくてイライラした。画家とか写真家とかが本業の人が映画監督やると、そういう凝り過ぎた表現で滑りがちだよね。
ウィレム・デフォー(1955年生まれ)はゴッホ(享年37歳)に結構似ていて、特に耳を切り落としてあの帽子の上から包帯を巻いた画は、ぎょっとするほど自画像にそっくりだった。とはいえ、テオやゴーギャンの役者が当人の年齢に近いので、彼らと並ぶとさすがに老けすぎだ。まあ30代の役者に演じられたとは思えないけど。
 ところで「ウィレム」という芸名は子供の頃のニックネームで、オランダ風なのは偶々、オランダ系の血筋ではまったくないのね。
 ゴーギャン役のオスカー・アイザックは、『エクス・マキナ』の社長役か。あれ、途中で挫折したのは、あいつが嫌なキャラ過ぎたのが一因だ。それだけ巧いってことなんだけど(途中までしか観てないし悪口しか書いてないので、感想は上げません)。
 司祭がマッツ・ミケルセンで、最後に面倒を見てくれた医者がマチュー・アルマリック。テオ役のルパート・フレンドは、『プライドと偏見』でリディアを誑かした軍人。ほかにもちょくちょく見かけてるはずだが、思い出せん。その妻で、出番は少ないが夫と義兄に協力的であることはちゃんと伺わせるヨハンナ役は『君の名前で僕を呼んで』で母親を演じたアミラ・カサール。

ジュリアン・シュナーベル監督『夜になるまえに』感想 

『プライドと偏見』感想(ルパート・フレンドには言及していません)

『君の名前で僕を呼んで』感想

映画感想INDEX

|

« ファーザー | トップページ | 愛すべき夫妻の秘密 »

「思い出し鑑賞記」カテゴリの記事