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関心領域

 2023年公開。『落下の解剖学』(2023)のザンドラ・ヒュラー主演。ジョナサン・グレイザー監督は英国人だが、大半の登場人物はドイツ人で、台詞もドイツ語。
「アウシュヴィッツ所長一家が収容所と塀一枚隔てた美しい庭付き一戸建てで平和に暮らす」という紹介から、一家にとって収容所は「関心領域」外にあるんだな、と推測できるタイトルではあるが、「関心領域」(英語ではthe zone of interestだが、ドイツ語ではinteressengebietと一語)という訳し方から、実際に使われていたナチ用語なんじゃないか(「生存圏」とか「最終解決」みたいな)、とググる。
 アウシュヴィッツの周辺地域の名称だそうで……一体何を思ってこんな名前を、と唖然とする。いやほんと、ナチって皮肉も衒いもなく素でこういう造語捻り出すの得意ね。そしてもちろん推測どおり、この語は主人公一家への強烈な皮肉となっている。

 音響賞を受賞しているだけあって、ほぼ全編を通して流れる「環境音」が凄まじい。「荷」を燃やす焼却炉が24時間稼働し続ける音、「荷」を輸送してくる機関車の音、悲鳴、怒声、犬の吠え声、殴打音、銃声。それらが混然となっており、耳を澄ましても聞き分けるのは難しい。収容所周辺以外のシーンもあるから、正味で1時間半くらいだろうか。ずっとビビりながら観ていたが、音量だけに限れば、しばらくここで暮らしていたら慣れてしまうだろうと思える(自宅でヘッドホンを着用して視聴した感想)。
 主人公を訪ねてきた母親は数日で音を上げて、夜中に出て行ってしまったが、音だけでなく夜になれば焼却炉の炎で空は赤々と光っているし、「肉が焼けるにおい」もひどいだろうな。咳込んでいたのは、空気に灰が混じっているからだろうし。
 この母親は、かつて掃除婦として裕福なユダヤ女性に雇われており、彼女が茶会の名目で仲間を集めては陰謀を企んでいた、と主張する。そんな馬鹿げた陰謀論を持ち出してまで、「だから虐殺されるのは自業自得だ」と自分を納得させなければならなかった(できなかったので逃げ帰った)。しかし主人公は、そんな言い訳を必要とする段階をとっくに超えている。塀の中は「関心領域外」だ。夜もぐっすり眠る。

 とはいえ彼女以外の家族はそこまで図太くなく、赤ん坊も含め、全員大なり小なり睡眠障害を抱えている。そのことも彼女の関心領域にはない。いや、「環境音」も赤く輝く夜空も、人体が焼ける臭気も、その発生源を無視することさえ出来れば、慣れてしまえるかもしれないけどさ、灰混じりの空気の中で生活するのは純粋に身体に悪いよ。それで「子供たちは健やかに育ってる」だもん。
 彼女は一人、ガーデニングに精を出し、ユダヤ人から奪った毛皮のコートを纏い、そのポケットにあった使いかけの口紅をつけて悦にいる。一見、彼女だけは満ち足りているようだが、すぐに口紅を神経質そうに擦り落とし、コートの裏地を付け替えさせる。子供たちが遊んでいた川にユダヤ人の遺灰が投棄されていたことが判ると、家政婦たちも総動員して全身を洗わせる。遺灰なんて四六時中吸い込んでいるし、肥料として庭に撒いて、そこで育った野菜を食べているのだが、遺骨の欠片まで見つけてしまっては、さすがに無視できなかったということなのだろう。

 そんなふうに「天国のような生活」の欺瞞が無視できなくなるたびに、「アウシュヴィッツの女王」はポーランド人の家政婦に当たり散らし、「夫におまえを焼き殺させる」と脅す。ザンドラ・ヒュラーは、『落下の解剖学』以上に存在感が圧倒的だ。
 一瞬でも画面から目を離せない、細部まで作り込まれた映画である。ただし、囚人たちのために作業現場に林檎を隠す少女のシーンをサーモグラフィ映像にした意味が解らん。ググれば監督自身の解説は出てくるが、それを読んでも、奇を衒い過ぎて滑ってるとしか。

「関心領域」感想

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