レイジング・ブル
1980年公開。この作品について初めて知ったのは、英語の教科書だったんだよなあ。傷だらけでリングに立ってるデ・ニーロの写真も憶えてる。中3だったか高1だったか(試しにググってみたが不明)。それ以降は教科書では真面目に勉強しなかったからなあ。まあとにかく、映画公開から10年経ってない80年代末だ。
「レイジング・ブル」の名のとおり、実力があるのに怒りを抑えられない性格のせいで転落するボクサーの実話だというのと、演じたロバート・デ・ニーロの肉体改造がすごい、という内容だった。あと、モノクロだってことにも言及してたな。
習慣的にビデオで映画を観るようになったのが90年代半ば以降で、当時は画質が悪くて、特に古いモノクロ映画は明度が低くて観るのがしんどかったから(画面が暗い映画を観ると、気が滅入って、悪くすると胃の調子までおかしくなる)、本作は避けていた。15年前の映画というのは、50代になった今の感覚じゃ「古く」ありませんが、20代の小娘にとっちゃ古かったんですよ。
その後、DVDの時代に入り、デジタルリマスターで古い作品の画面も明るく見やすくなったが、その時までに映画をたくさん観ていた私の中で、デ・ニーロは嫌いとまではいかないが好きじゃない役者に分類されてしまっていた。「カメレオン俳優」とか言われてるけど、何やってもデ・ニーロにしか見えなくてな。なんか演技が平板な上にすごく「重く」て、周りから浮いてるし、観てて胃にもたれるんだよ。
でもまあ、せっかくアマプラに入ったので有名なのは観ていこう。というわけで、30数年越しの『レイジング・ブル』。デ・ニーロがデ・ニーロに見えなくて、たいへんよかったです。有名な増量バージョンじゃなくて、ボクサーバージョンの時でもラモッタ本人に似せたメイクをしており、見た目からしてデ・ニーロらしくなくて、たいへんよろしい。
肝心の演技も、ああ、これ! 『タクシー・ドライバー』(1976)以来の新鮮な狂気演技! これと本作の間だと『ディア・ハンター』(78)しか観てないが、すでにやや重くて平板な印象があり、本作より後の『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ』(84)だとマジで胃がもたれて気分が悪くなったから、本作は演技が型に嵌まるギリギリ直前だったってことかな。85年の『未来世紀ブラジル』(1985)は脇役だったからなのか、しっかりイカレつつ力が抜けててよかったけど。それ以降はもうほんとに何をやってもデ・ニーロ。
怒り狂う演技よりも、妻や弟に向ける猜疑心に満ちたじっとりとした眼差しが凄まじかった。圧力に屈して八百長試合をやり、その後、泣きじゃくるシーンも。
ただ、上記の英語の教科書をはじめ、多くの媒体で紹介されている「怒りを抑えられない性格」が転落の原因、てのが解りにくい脚本ではあったな。実力の割に伸び悩んでいたのは、マフィアの後ろ盾を嫌悪する、という直情的ではあるが「怒りを抑えられない性格」とは直接には関係ない理由からだし。いつも弟が緩衝材となってくれていたお蔭で、周囲との直接の軋轢もあまり起こしていない。その弟を、「怒りを抑えられない性格」および異常な嫉妬心のせいで失ってしまう。
その後は周囲と直接衝突するようになり、またますます自制が利かなくなったために転落した、というのは推測できるが、その過程がほぼ描かれないんだよなあ。
それと弟を演じたジョー・ペシが、確かに名演ではあるんだが、先に観た『カジノ』(1995)での怪演が強烈すぎて、それに比べると印象が薄い……。「弟に去られたのが転落の原因」というのが解りにくい理由の一つかもしれない。
『カジノ』はジョー・ペシ以外にシャロン・ストーンもよかった(ヤク中になって以降)ですが、全体の7割を占めるデ・ニーロがデ・ニーロでしかないので、感想は上げない予定です(残り3割のうち、ジョー・ペシが1.8割、シャロン・ストーンが0.7割、それ以外は0.5割)。
2番目の妻役のキャシー・モリアーティは、作中でも言ってるとおり、出会った時点で15歳。いや、無理ありすぎだろ……って1960年生まれだから撮影時は20歳かそこら!? 役と実年齢がそう離れていないというのに、これほど見た目も貫禄も無理があるケースはそうないだろう。
代わりに作中での年齢が上がってくると、今度はいい意味で「ほんとに20歳!?」となる貫禄と演技力。しかもこれがデビュー作か。ただ、その後はこれを超える役には恵まれてないのね。
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