人生スイッチ
2014年公開。一応ネタバレ注意。
アルゼンチン映画は『モーターサイクル・ダイアリー』(2004)以来2度目だが、あっちは時代設定が1950年代、舞台はほぼアルゼンチン国外という点だけでもアルゼンチン国内を舞台とした現代劇である本作とはだいぶ違う。その上、製作総指揮がロバート・レッドフォードなのもあってか、だいぶアメリカ映画的だった(「きれいにまとまってる」感が特に)。
中南米映画はそんなに観てるわけじゃないが、本作の風刺と暴力のどぎつさはまったくUSA的ではなく、ヨーロッパ映画に近い。
原題Relatos SalvajesはRelatos(「物語」複数形) Salvajes(「野蛮な、野生の」複数形)で、英題Wild Talesは直訳だな。そのとおり、原始的な衝動で行動してしまった人々を描く、暴力で彩られたオムニバス映画だが、なんでこんな邦題? 原題を訳しても「ワイルド・テイルズ」とかカタカナ英語にしても日本人にピンと来ないのは確かだが、もっとどうにかできただろう。
6つのショートストーリーから成る2時間の映画だが、時間配分が見事に10分、10分、20分、20分、25分、30分(+エンドクレジット5分)となっている。ダミアン・ジフロン監督はTVディレクターでもあるそうだが、TVよりずっと尺の融通の効く映画で、なんでここまで律儀に?
短い話から長い話へ、という構成なのは解るが、ここまできっちり時間配分されいてもいなくても、作品の出来には特に影響がなさそうなんで、かえって「なんで?」という疑問が強まる。それはともかく、風刺の対象は個人個人の愚かさおよび社会の腐敗である。社会の腐敗を対象とすると、自ずと個人個人の愚かさも風刺することになるが、話によっては後者だけが対象のものもある。
1話目「おかえし」(10分)、2話目「おもてなし」(10分)、3話目「パンク」(20分)がいずれも暴力による死で終わり、笑えるけどちょっと食傷してきたところに(何しろスカトロまである)、4話目「ヒーローになるために」(20分)が暴力はあるが、誰も死なず大怪我もせず、主人公は「ヒーロー」になって家族とも和解するという、(やや皮肉ではあるが)ハッピーエンドでちょうど半分の1時間。
5話目「愚息」(25分)が上流社会と司法の腐敗と個人の愚かしさは笑えるが、これがアルゼンチンの現実なんだろうな(「ヒーローになるために」と同じく)、と思うとかなり引く。そしてこれも暴力による死で終わる。6話目「HAPPY WEDDING」(30分)は、結婚披露宴の最中に新郎の浮気に気づいた新婦の大暴れ。彼女の怒りとともに物理的な暴力もエスカレートしていき、また暴力で終わったらさすがに辟易するぞ、と懸念するも「あーはいはい、お幸せにね」というオチに。終わりよければすべてよし。結末の印象が物語全体の印象を左右するので、作品自体の後味も悪くない。
| 固定リンク
「思い出し鑑賞記」カテゴリの記事
- ベイビーガール(2026.10.08)
- ウルフ・オブ・ウォールストリート(2026.09.30)
- TITANE/チタン(2026.09.23)
- マージン・コール(2026.09.15)
- グエムル‐漢江の怪物(2026.08.26)

