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ミセス・ダウト

 1993年公開。監督のクリス・コロンバスは『グレムリン』『グーニーズ』の脚本、『ホーム・アローン』(90年、1作目のみ)、『ハリー・ポッター』シリーズ、『ナイト・ミュージアム』『パーシー・ジャクソンとオリンポスの神々』等の監督。『パーシー・ジャクソン』にピアース・ブロスナンが出てたのは、本作の縁か?

 とにかくわざとらしさが鼻につきがちなロビン・ウィリアムズだが、本作ではその欠点がだいぶ抑えられてたし、安易によりを戻させない結末もいいが、いろいろと引っかかる点はある。副流煙をまったく気にしてないとか、アレルギーに関する認識が甘いとか、そういうのではない。女装した父親を娘2人はあっさり受け入れるのに息子は非常に強い嫌悪を示すとか、ロビン・ウィリアムズが家事を一切しないどころか、息子のパーティーを勝手に計画して家をめちゃくちゃにして、後始末は全部妻に押し付け、妻が怒ると拗ねる、というクソ野郎のくせに凄腕家政婦を詐称し、最初こそ苦労するが、たちまち家事をマスターするとか、そういうのである。
 後者については、じゃあなんで今までやらなかったんだ、という話になるが、これはつまり、家事なんて男がちょっとやる気を出せば完璧にこなせるが、わざわざやる気を出す価値もないから女がやってろ、ってことか?と邪推してしまうわな。
 ほかにも、バスの運転手とメイクアップアーティストの兄がフェードアウトしてんのもな。兄はある意味最大の功労者なんだが、「おかま」を目立たせるな、とでも圧力がかかったんかね。いいキャラしてたバスの運転手も、ミセス・ダウトに惚れてるのが「同性愛」(女だと思い込んでいるにもかかわらず)だとしてタブー視されたかもしらんね。

 まあ元妻と恋仲になりかけるピアース・ブロンソンもフェードアウトしてるんで、単に尺が足りなかったとか、そんな理由かもしれないけどね。でも12歳かそこらの少年(息子役のマシュー・ローレンスは80年生まれ)に露骨なホモフォビアを示す場面を少なくとも3回も演じさせていることから、家事の件も併せて、つい邪推してしまいますね。

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