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ランガスタラム

 2018年公開。「ランガスタラム」とは舞台となる農村の名前。テルグ語で「舞台」の意味だそう。
 同じ年、同じテルグ語作品の『アラヴィンダとヴィーラ』と並んで、『RRR』(2022)のヒットを受けての日本公開だったようです。『RRR』の主役二人が、それぞれ主役を務めてる。

 冒頭、自転車で疾走する青年(チッティ)が、遙か前方で車に乗り込もうとする白髪の男性を見つけ、「議員、待ってください!」と呼び掛ける。どうやら彼を探し求めていたらしい。だが声が届く距離ではなく、あろうことか直後、議員は後方から突っ込んできたトラックに車ごと撥ね飛ばされる。トラックはそのまま走り去る。重傷の議員は病院に運び込まれ、蘇生処置が始まる。
「数ヵ月前」とテロップが入り、チッティの牧歌的な生活が紹介される。古いミュージカル映画っぽい演出。大袈裟というかデフォルメされた演技で、登場人物が観客に語り掛けてくるタイプの。インド映画はあまり観てないんだが、『ムトゥ』(1995)もそんな感じだったから(こっちに語り掛けてきたかは記憶にないが)、インド映画の伝統的なスタイルを敢えて踏襲してるのかもしれない。

 インド映画はあまり観てないんだが、『ムトゥ』と『ジーンズ 世界は2人のために』(98)は「ロマンティック・コメディ」に分類されてるから措くとして、そうではないジャンルの『ボス』(2007)、『ロボット』(2010)、そして『アラヴィンダとヴィーラ』と本作のいずれもが、前半は能天気なラブコメがメインで、主役とヒロインが結ばれるか、少なくともいい感じになったところでようやく本筋のシリアスな物語が始まる。もしかしてインド映画(あるいは南インド映画)には、そういうテンプレートがあるの?
『アラヴィンダとヴィーラ』は、主人公は冒頭で父親を殺され自分も命を狙われ、村から逃亡して都会に潜伏したというのに能天気にラブコメを繰り広げるのが、そんなことやってる場合じゃねえだろすぎたが、本作はチッティが能天気な性格の上に、難聴で周囲の状況がよく解っていないという設定なので、深刻な事態を背景に、能天気なラブコメがギリギリ成立している。

 1980年代の田舎の村が舞台。チッティの難聴は重度ではないし、多少は読唇もできるし、何より周囲が気を遣ってくれるので、さほど不便を感じずに暮らしている。それでも偶に馬鹿にされることもあるので、難聴であることをこれ以上他人に知られたくないと思っており、兄が買ってくれた補聴器も拒絶してしまう。
 前半はチッティの難聴が引き起こす、周囲との小さなすれ違いがギャグとして繰り返し描かれる。1946年生まれの難聴の父を持つ73年生まれの娘としては、全然笑えないし、途中でしつこすぎると感じたが、にもかかわらず不快とまではいかなかった。むしろ意中の彼女に難聴であることを悟られまいと見栄を張る様が痛々しく、生々しくさえあった。

 チッティの難聴は先天性なのか後天性なのか不明だが、私の父は後天性で、何十年もかけて徐々に悪化していった。ちょうど80年代前半で、チッティと同じくらいの程度だったように思う。さすがに子供の私に面と向かって父の難聴を馬鹿にする馬鹿はいなかったし、本人も多くは語らないが、ドリフでも難聴をネタにしたコントとかあったしなあ(父もそれを観ていたが、どう思ってたんだろ。私は年齢が上がるにつれて、なんとなく嫌だなと思うようになり、はっきり自覚する頃にはすでにドリフを観なくなっていたが)。
 補聴器は不便を軽減してくれるものではあるが、「印」を身に帯びるということでもある。当時はまだ小型化もあまり進んでなかったし。父がようやく補聴器を着けるようになったのは、さらに症状が進行した80年代末だ。現実の80年代のインドの状況は推して知るべしだが、作中でもチッティはランガンマおばさんと兄以外からは「少し足りない」扱いを受けている節がある。愛嬌があるのと腕っぷしが強いのとで、面と向かって馬鹿にされることが少ないだけで。
 とにかく不快ではなかったと言い切れるし、後半には難聴であることが重要なファクターとなるのだが、まあ父に鑑賞は勧めない。

 チッティが能天気にラブコメをやっている間に、出稼ぎから帰って来た兄は村長が帳簿を改竄して村民から金を騙し取っていたことを知り(村民の多くは文盲)、腐敗を正すため選挙に立候補する。なおアマプラの字幕では最初に「村長」に「プレジデント」とルビが付いて、その後はずっと「プレジデント」呼びだが(原語でも「プレジデント」と呼ばれている)、ややこしいのでここでは「村長」とする。
 こうして話がシリアスになっていくにつれ、歌とダンス以外の場面もリアリスティックになっていく。
 その歌とダンスだが、歌詞は物語に即した内容で、かつ村人たちが村の日常の風景の中で、一糸乱れぬアクロバティックな動きではなく、伝統的な民族舞踊をベースにしてるっぽい振り付けで、少々不揃いに踊るので、話の流れや空気がぶつ切りにならず、ミュージカルとしてよく出来ている。『アラヴィンダとヴィーラ』は、その辺りがだいぶお粗末だったからね。チッティは一人だけアクロバティックな動きだが、彼の傑出した身体能力の表現と見ることもできるかもしれない。
 兄の立候補を応援するのは、冒頭のあの議員である。ここで時間軸は冒頭の続きに戻る。議員は一命を取り留めるものの、昏睡から覚めない。医師も家族も諦める中、チッティは「俺は諦めない」と宣言し、泊まり込みの看護を始める。ここでちょうど真ん中へん。

 病院でのチッティは、かつてぞんざいに拒絶した補聴器を使っているので、何か彼の意識を変えさせた出来事があったことを窺わせる。病院の庭で眠りに落ちたチッティが過去を夢見るかたちで、時間軸は再び移行する。ここで始まるのが、過去のチッティが見た夢あるいは幻なので時系列が解りにくく、ちょっと混乱するが、兄の立候補から少し後のようだ。その夢だか幻だかの中で、チッティはすでに死んでいるはずの人物から、兄の死を予言される。
 その後さらにランガンマおばさんから、村長と敵対した人々の末路を教えられる。ドバイへ出稼ぎ中だということになっている、彼女の夫もその一人だった。チッティは動揺し、兄の護衛をしようとしたり、選挙出馬を取りやめさせようとしたりと、的外れな行動を重ね、周囲との軋轢を引き起こす。難聴によるトラブルも、次第に深刻なものになっていく。
 兄は命を賭すほどの決意であることを村人たちに知らしめ、これまで以上に支持を集める。チッティも、どんな手を使ってでも兄を守ると村長に宣言する。恋人となったラーマクリシュナも、家族よりチッティを選ぶ。
 選挙を目前に、そうしてきれいにまとまったところで、村に「金ぴかクイーン」というダンサーが村にやって来る。ラーマクリシュナの手料理を家族みんなで食べようとしていたチッティは、その報せを聞くや、彼らを置いてダンス見物に行ってしまう。

 え? このタイミングで?
「金ぴかクイーン」のダンス自体はいいんだよ。今までずっと、村人たちの素朴なダンスばっかりだったから、技巧的なダンスも見せるってのは。でも、このタイミングで? 家族と縁を切る覚悟で出てきた恋人を放って? せっかく家族と恋人と仲直りできて、ほっこりしたシーンの最中に?
 ダンスのシーンはこれが最後になる。なんで仲直りを寿ぐダンスじゃ駄目だったん? 金ぴかクイーンにデレデレしながら一緒に踊るシーンは、ラーマクリシュナとの仲がぎくしゃくした時にこそ入れるべきじゃないの? ほかのダンスがプロットと齟齬が無い分、このダンスシーンは悪目立ちが過ぎる。
 この後、物語は急展開し、一気にシリアスに突き進んでいくんだが、そういう意味でもタイミングがおかしい。『アラヴィンダとヴィーラ』並みにおかしい(ちなみに金ぴかクイーン役のプージャー・ヘーグデーは『アラヴィンダとヴィーラ』のヒロインである)。

 それはともかく、本作では都合3回アクションシーンがある。いずれも多対一(チッティ)の乱闘だが、妙にリアリティラインが高い。最初が村の不良との喧嘩だが、「格闘技を知らない」者同士の動きなんだよね。殴る蹴るにしても、力任せで技術はない。ワイヤーもCGも使ってない動きだ。
 2回目、3回目と暴力はエスカレートしていき、最初はただ「喧嘩の強い兄ちゃん」程度でしかなかったチッティの腕力と体力と耐久力もどんどん上昇していく。巨漢を投げ飛ばす、それも相手の勢いを利用してとかじゃなくて、倒れたところを両脚摑んで投げるとか、そういうところは現実離れしてるんだけど、格闘技術自体は相変わらず「村の若いもん同士の喧嘩」レベルに留まっている。つまりは泥臭い。
 この「泥臭さ」は殺人にまで共通していて、石で何度も頭を殴るとか、刃物で何度も突き刺すとかしないと、相手は死なんのよ。嫌なリアリティラインの高さだ。また引き合いに出してしまうが、『アラヴィンダとヴィーラ』みたいな、剣の一振りで腕だの頭だのがバサバサ刈り取られるようなのとはまた別の意味でグロ注意っすね。

 さて、結末では驚きの真相とともに、本作が根深いカースト問題を取り扱った硬派作品だったことが明らかになります。カースト制の影は早い段階から見え隠れしていて、たとえば年がら年中礼拝の儀式を行っている村長は、敵対者に災厄をもたらす力があると多くの村人から信じられているが、これは彼が村人たちよりカーストが高いことを示している。カーストが高い=神に祈りを聞き届けてもらいやすい、という図式だ。
 また村長は、村人たちのみならず、町からやってきた役人にも飲み物を強引に飲ませた上で、そのコップを洗わせる。掃除をしたり食器を洗ったりするのは下位カーストの仕事だから、そうやって「立場」を解らせているのである(村長がチッティか兄を直接「低カーストが」と罵るシーンもあったような気がする)。
 仕事でラーマクリシュナの家の畑にポンプで水を撒きに行ったチッティは、彼女の胸の谷間をチラ見したのと難聴を誤魔化すため、ポンプのエンジン音のせいで聞こえない振りをする。腹を立てた彼女に「あなたのカーストは?」と訊かれ、「エンジンにカーストはない」と答える。
 チッティの家は裕福ではないが、村の多くの家のように借金に苦しめられているわけではない。兄は大学まで出ているかは不明だが、少なくとも女子大のお嬢様と同程度の教養がある。妹は出番は少ないが、ちょくちょく画面の隅で勉強していて、終盤には進学のため村を離れる。一方でチッティは中学も出ていないらしく、これは間違いなく難聴のせいだろう。当時のインドの障碍者が置かれた状況が垣間見える。

 しかしもっと昔だったら、低カーストは健常者でも高等教育は受けられなかった。そのように少しずつ改善はしていっても、なお差別は根深い。回復した議員の豪邸に行ったチッティは、取り次いでもらおうとするが邪険にあしらわれる。幸い、通りかかった議員の妻は快く招き入れてくれたが、彼を見た議員の母親と思しき老婦人が叫ぶ。「家が汚れるわ。そんな男を入れないで!」
 この字幕は「よごれる」ではなく「けがれる」であることが、続く場面で明らかにされる。チッティは小奇麗な服装だったが、低カーストだと一目で判るんだろうか(議員の部屋にいた男たちも、場違いな者を見る目をチッティに向けていた)。彼女はチッティの顔を知らなかったのかもしれないが(病院の場面では二度ともいなかった)、議員を病院に運び、2年間も看護してくれたのが低カースト男性だと知らないはずはない。その彼が議員を訪ねてくるかもしれない、来たら歓迎すべきだ、とは微塵も考えていないのである。感謝すらしていないのかもしれない。
 以下、ネタバレ注意。

 かなりよく練られたプロットではあるが、最大の欠点(「金ぴかクイーン」より遙かに大きい)は、悪役のキャラが薄いことである。議員が「真犯人」だったわけだが、もっと出番と描写があったほうが、「真相」の衝撃が大きかったはずだ。「腐敗と差別の撤廃」を声高に叫び、その理念のためにチッティの兄を応援するキャラクターであることを、もう何割か増しで描写していれば、偽善が暴かれる衝撃も与えられたはずである。議員が恋人の父親であることを兄が知らなかったはずはないので、議員の出番を増やすと二人の関係に言及せざるを得なくなるかもしれないが、それこそチッティの難聴設定を活かしてどうとでもできただろう。
 議員の出番が少ないので、チッティが彼に献身する理由が不明のまま物語が進むことになるが、そこは意図的にミステリ(謎)として引っ張ったのではなく、単なるプロットの粗に思える。

 村長もなー。上で散々腐してしまった『アラヴィンダとヴィーラ』だが、敵の親玉を怪演したジャガパティ・バーブが本作でも悪の親玉を演るというので、だいぶ楽しみだったんだが、彼がすべての黒幕だったというのはミスリードで、実際にはチッティにびびって逃げ隠れしてたわけだからなあ。悪役としての魅力も、最終的にはほとんど神話的な怪物にまでなる『アラヴィンダとヴィーラ』と比べると、ステレオタイプでしかない。ちょっとがっかり……

 ところで議員を車ごと撥ねたトラックだが、中盤に議員が兄に協力することが明らかになったので村長の仕業かもしれないと思い、でもたかが一村を支配するに過ぎない男が大物政治家の暗殺なんて目論むかなあ、という疑問も抱いていた。で、「真相」が明らかになり、かつ最後の最後までトラックについては言及されなかった。
 つまりあれは村長がまったく与り知らぬ純粋な事故で、通りすがりの轢き(撥ね)逃げかーい。権力者が気に入らん奴を消すのとは別方向で治安が悪いな!?

『アラヴィンダとヴィーラ』感想

『ロボット』感想
『ボス その男シヴァージ』感想

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教皇選挙

 2024年公開。
 自宅PCで鑑賞。前半は何度も中断してWikiを参照しながら、各キャラの顔と名前、地位や立場、およびキャスト等を一致させる。異人種の顔を見分けるのも名前を憶えるのも苦手ではないが(むしろ東アジア系のほうが苦手)、さすがに大勢いるキャストの9割が初老の白人男性で同じ服、というのは、映画館で観たらしんどかったと思う。

 構図やカメラワークがとにかく素晴らしく、その点に関しては、映画館で観るべきであった。
 人によってはネタバレになるので、一応御注意。

 日本語Wikiではミステリ、英語Wikiではpolitical thrillerに分類されている。ミステリ、スリラー……まあ、そうかな。教皇選挙を巡る陰謀はある。ただまあ、教皇になりたい個人が巡らす陰謀なので、割とみみっちい。序盤で前教皇の死が急すぎることや、密室の外でテロが起きていることが示されるが、それが「巨大な陰謀」の伏線かもしれないと期待してしまうと、肩透かしを食らうだろう。
 もちろん、みみっちいからこそ人間臭くておもしろいし、急死もテロも、ちゃんとプロットに関わるものではある。

 教会音楽の類は別にして、一度にこんなにたくさんラテン語を聞いたのは初めてだ。教会ラテン語って古典ラテン語と発音がそこそこ違うんだな(文法の違いが判るほどの知識はない)。まあそもそも「コンクラーウェ」じゃなくて「コンクラーヴェ(ベ)」だし。「エウアンゲリウム」じゃなくて「エヴァンジェリウム」、「ユダ」じゃなくて「ジュダ」、「インノケンティウス」じゃなくて「インノチェンティウス」だった。
 各国から集まった人々の共通語は英語(およびラテン語)。字幕は英語以外には括弧<>が付くだけで何語なのかは提示されないんだけど、教皇はイタリア人である自分がなるべきだと思っているテデスコは誰が相手でも、ほぼイタリア語で通し、メキシコ出身のベニテスは英語とスペイン語が半々だ(英語が苦手という設定なのか、込み入った話の時はスペイン語に切り替えるようだ)。それで周囲にはちゃんと通じており、テデスコの敗北とベニテスの勝利を決定づけたのは両者の、それぞれの言語によるスピーチだった。
 いくら皆がある程度ラテン語が解るといっても、イタリア語とスペイン語まで解るとも思えないんだが。確かにこの三言語は、非ロマンス語はもちろん同じロマンス語のフランス語等よりはよほど共通点は多いが、文法はだいぶ違う(ラテン語は屈折語だが伊語も西語も違う)。
 伊語は羅語と共通する語彙は多いが発音はだいぶ変化してるし、西語は発音はかなり近いが、アラブ支配下の時代が長かったためか語彙はだいぶ違う。伊語話者と西語話者は互いの言ってることが「なんとなくは解る」そうだけど、羅語に通じてる人も同様に、伊語と西語は「なんとなくは解る」のがせいぜいなんじゃないかなあ。

 オチは「女教皇ヨハンナ」だよな。ヤン・フス以来、教皇制やカトリックそのものへの攻撃に散々利用されてきたが、元来は教皇批判の意図があったのかも不明な、単なる艶笑譚だったかもしれない伝説だ。それが現代では異なる意味を持ち得る……ってことか?

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ハート・ロッカー

 2008年公開。キャスリーン・ビグロー監督作品は昔々1995年、先輩(男性)が『ハートブルー』(1991)の大ファンで、これと当時公開の『ストレンジ・デイズ』を強力に推してくるものだから両方観たが、先輩には申し訳ないことに、前者はどこがいいのかさっぱり解らず、後者は「他人の五感を体験できる」SFガジェットの映像表現は悪くなかったが、それ以外は別に……だった。
 主役のレイフ・ファインズがレイフ・ファインズと思えないくらいしょぼくて、逆に印象に残ってる。

 後はソ連の原子力潜水艦事故を基にした『K-19』(2002)だが、ハリソン・フォードがハリソン・フォードにしか見えず、終始「なんでハリソン・フォードがソ連の原潜に乗ってんだ……」感が拭えなかった。ハリソン・フォード以外は、ソ連のあらゆる方面における杜撰さのつけを現場で払わされる乗組員たちの悲惨さ(「放射能防護服」として用意されてるのが雨合羽とゴム長靴! 「レインコートとレインブーツ」じゃなくて、「雨合羽とゴム長靴」としか呼びようのない代物なんだ)が淡々と描写されており、めちゃめちゃ怖かった。
「いくらなんでも誇張されてるかもしれないし」と思おうとしても、すぐにチェルノブイリの記憶が否定してくる。実際、原潜への対応はほぼあのとおりだったようだ。

 というわけで久しぶりのビグロー監督作品だが、『K-19』からハリソン・フォードを取り除いた要素を大きく進歩させた傑作だった。
 イラクにおける米軍爆発物処理班の活動を描く。タイトルのHurt lockerは米軍のスラングで「苦痛(hurt)が詰め込まれた場所(locker)」、すなわちそんな場所に追い込まれた状況を指すそうだが、爆発物処理のエキスパートである主人公の静かな壊れっぷりを見るに、彼が心の奥底に抱える「苦痛(トラウマ)を仕舞い込んで鍵をかけておく場所(ロッカー)」のことでもあるように思える。
 3人から成る爆発物処理班の活動を淡々と追っていく、特に山場もないプロットだが、緊張感は終始途切れることはない。爆発物処理以外は「何かを解決する」話では一切ないのがリアリティを感じさせる。まあリアリティといっても、私がイラク戦争について知ってることの大半は、「はじまりと終わりの世界樹」を書く際に読んだ何冊かの本だけなんだけど。
 軍曹の判断で勝手に持ち場を離れてええんか、とか疑問もあるが、脚本賞を受賞したマーク・ボールは、同じくイラク戦争をテーマとした『告発のとき』(2007)の原案も書いているジャーナリストで、もちろんちゃんと取材はしてるので信憑性は担保されているでしょう。

 視点は徹底して爆発物処理班の3人に固定されていて、彼らは大局が見えていないし、目の前の爆発物を処理する以上のことをすれば、当然のように面倒な結果に終わる。バグダードの一般市民およびテロリストたちの視点が描かれていない、という批判があるそうだが、兵士3人の視点からしか描いていないのだから当然だ。現地の人々の感情は、彼らが兵士たちに向ける視線からだけでも察することができる。
 帰国した主人公が、スーパーマーケットで妻に「シリアルを持ってきて」と頼まれて、何種類ものシリアルが大量に並んだ棚の前で途方に暮れるシーンがとてもよかった。

 キャスティングは「メインキャラクターには比較的知名度の低い俳優を」というビグロー監督の方針に従っているが(やはりハリソン・フォードに思うところがあったのだろうか)、代わりにカメオ出演が豪華だ。レイフ・ファインズは『ストレンジ・デイズ』とは逆に、モブにしては金髪も青い目もキラキラしすぎ。砂埃被ってるのにキラキラしてて、アラビアのロレンスみたい(実際彼は1992年に『ロレンス1918』でT・E・ロレンスを演じてるが)。
 デヴィッド・モースは装備で顔が半ば隠れてる上に、出ている部分も砂埃で真っ白で、背の高さ(192㎝)がなきゃ気づけなかったが、存在感はある。ガイ・ピアースは顔を隠してもないのに目立たなすぎて、そういう演技を求められたのだとしたら大正解だと思う一方、仮にも主役級俳優がそれでいいのか、と心配になってしまった。

『告発のとき』感想

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「地下水路(カレーズ)」余談

 発売中の『ナイトランド・クォータリー』vol.42「アンダーグラウンドの相貌」に掲載していただきました短篇「地下水路(カレーズ)」の余談です。

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「「地下水路(カレーズ)」解説」カテゴリ全体はこちらから 第一回はこちらから

 本作は、サーサーン朝ペルシア(651年滅亡)最後の皇帝の末裔たちの物語です。彼らが中国に亡命していたという史実は、清原なつのの漫画『光の回廊』で知りました。読んだのは高校時代(90年度卒業)のいつかですが、1989年刊だからリアルタイムだったようですね。
 聖武天皇の皇后、光明子の生涯を、この作家らしいアレンジを加えつつ描いた作品ですが、ペルシアの王族の末裔というキャラクターに付されたコマ外の注に、伊藤義教『ペルシア文化渡来考』が挙げられていて、あれ、このキャラは実在したの?と。

 その後、『ペルシア文化渡来考』も読み、まあ……仮説の域は出んな……という感想でしたが(エンサイクロペディア・イラニカのTHE LAST SASANIANS IN CHINA  https://www.iranicaonline.org/articles/china-xv-the-last-sasanians-in-china/ でも、「仮説」として紹介してますね)、日本に来たのかもしれない末裔よりも、確実に中国に来ていた末裔たちのほうに俄然興味を惹かれまして。
 それ以前から、シルクロード文化の研究がしたくて東洋史学志望でしたが、そのついでにサーサーン朝皇帝の末裔たちについても研究できたらいいな、と思うようになりました。それだけを専門に研究できるほど史料は残ってないだろうな、とは予想してたし、実際、入学してみると、漢文史料に残っている情報は少ないし、アラビア語やペルシア語で研究できる環境は整ってないしで、結局、中世のシルクロード文化交流だけを研究することになったんですが。

 残ってる史料が少ないことも含めて、異郷の地で死んだ彼らが、可哀想だと思ったんですよ。
 そう思いつつも学生時代は卒論、次いで修論でいっぱいいっぱいだったんですが(学部一回生から卒論のテーマを決めて研究を進めるカリキュラムでした)、デビューの少し後からアラビア語・ペルシア語史料に残るサーサーン家の末裔たちの痕跡を調べ始め、「シャフルバヌー伝説」を知ったのでした。
 びっくりしましたね。本来はまったく無関係なサーサーン朝最後の皇帝の末裔と第四代正統カリフ、アリーの末裔が、ゾロアスターよりさらに昔、インド・アーリア人とイラン・アーリア人が分かれる前にまで遡る女神信仰によって結び付けられるアクロバティック的展開/転回。
 サーサーン朝最後の皇帝ヤズデギルド三世は敗走の末に水車小屋で殺され、息子ピールーズと孫ナルセフは、祖国再興のための虚しい戦いを長年続けた挙句、異郷で果て、その血統は途絶えました。その彼らの記憶が、彼らが奉じた原初の女神の記憶と共に、イスラム化したペルシア人たちに脈々と受け継がれている……という感動と同時に、なんでこんなかたちで?という困惑が同時に
襲ってくるダイナミズムは、まさにマジックリアリズム。いや、そうはならんやろ。

 この感動と困惑を、多くの人に伝えたい。前提となる基礎的な知識を持たない人にも、長々と説明することなく伝えたい。伝えたいのはこのダイナミズムなので、史実だということすら伝わらなくていい。
 だからその感動と困惑を、ヤズデギルド三世の孫であるナルセフに、わずか1万2000字で体験させたのでした。
 読者がナルセフという人物のことを何も知らなくても問題ない。だって記録がほとんど残ってないから。逸失した記録もあったでしょうけれど、大して多くないことは確実です。だから私が
書いたこの物語の主人公は、実在したナルセフの影のようなものに過ぎません。
 しかしその影は、あなたに読まれることによって命を得、物語を生きるのです。私が生み出した影は、あなたが読み、そしていつかふと思い出すたびに、生きるのです。ナルセフが実在したことをあなたが知らなくても、あなたに読まれることによって、彼は何度でも生きるのです。
 これが、私が歴史研究者ではなく小説家になった理由です。

 中篇「物語の川々は大海に注ぐ」(『SFマガジン』2024年6月号掲載)は、「地下水路」よりもさらに史実に即していますが、やはりフィクションでしか表現できない題材を扱っています。
 あれは、ある種のディストピア小説です。フィクションが「役に立たない、低俗なもの」として排斥される社会という、フィクションを愛する者限定のディストピア。わざわざ架空の社会を創り出さなくても、前近代のアラブ世界がまさにそういう社会だったので(時代や地域によっては例外的にフィクションが隆盛したこともありましたが)、物語の舞台に設定しましたが、そのままでは読者に「アラブだから」「イスラムだから」と誤解されかねない。
 そうではなく、日本でも現代に至るまでフィクションは見下されてきました(「小説」という名称にも、それが表れています)。「どこでもない」と同時に、「どこでもあり得る」社会、ディストピアとするために、史実であることを意図的に隠蔽しています。私たちとは無関係な、どこか遠い地域・時代限定の事象ではなく、我が事として想像し得るためのフィクション化です。

 その「どこでもあり得る」ディストピアで、史上初のフィクションのヒット作を生み出してしまったのが、主人公イブン・ムカッファです。
 史実のイブン・ムカッファについては、『カリーラとディムナ』のアラビア語訳者ということ以外に解っていることはわずかで、そのわずかな記録の一つが、非業の死を遂げた、というものです。「物語の川々は大海に注ぐ」の主人公もまた、史実のイブン・ムカッファの影のようなものに過ぎませんが、それでもその影もまた、あなたに読まれることによって命を得、物語を生き、あなたに思い出されることによって、何度でも生きるのです。それは、フィクションにしかできないことなのです。

「「地下水路(カレーズ)」解説」カテゴリ全体はこちらから 第一回はこちらから

余談の余談:イスマイール一世は本当に「邪悪なほどに」美しかったのか? 其の一  以前から気になっていたことを調べてみました。全三回+余談。

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汚れなき祈り

 新作短篇「地下水路(カレーズ)」(『ナイトランド・クォータリー』vol.42掲載)の解説を終え、最後に1回、余談をつらつら語る予定だったんですが、とりとめない内容なので予想以上にまとめるのに時間が掛かりそうです。
 なので、先に映画感想を再開します。数年分書き溜めていた映画感想から、人に見せられそうなものを手直してして上げるので、カテゴリーは「思い出し鑑賞記」です。

 2012年公開。『4ヵ月、3週と2日』(2007)のクリスティアン・ムンジウ監督。2005年にルーマニアで起きた悪魔祓い事件に基づく。一応ネタバレ注意。

 アリーナとヴォイキツァは同じ孤児院で育った親友同士だった。その友情は、思春期の少女にありがちな疑似恋愛の域にまで達していたようだ。それでもアリーナは成人後、ドイツへ出稼ぎに行き、ヴォイキツァはアリーナを失った寂しさから信仰に救いを求め、地元の修道院に入る。
 数年後、アリーナが帰国し、ヴォイキツァの修道院に数日の予定で滞在する。異国での孤独な生活に耐えるうちに、アリーナの中ではヴォイキツァの存在がかつてより遙かに膨れ上がり、彼女なしでは生きていけないとまで思い詰めている。一方、ヴォイキツァは修道院の貧しいが穏やかな暮らしにすっかり馴染んでおり、アリーナの自分への執着に戸惑う。

 事前の手紙の遣り取りで、二人は一緒にドイツで働くと決めているらしい。しかしその割には話が嚙み合わず、なぜかその擦り合わせをしようとしない。そのまま数日が過ぎてようやく、アリーナはヴォイキツァが修道女を辞めて(ルーマニア正教でも「還俗」でいいのか?)、ドイツで一緒に暮らしてくれると思っていたが、ヴォイキツァは一緒にドイツで働くのは短期間だけで、すぐに修道生活に戻るつもりでいることが明らかになる。
 ヴォイキツァの場合は、アリーナの真意を薄々察して、具体的な計画を尋ねたりしたらそれを突き付けられるのではないかと恐れていたのかもしれない。しかしアリーナのほうは、そもそも具体的な計画など立てていなかったのではないか。「ドナウ川の船で働く」とかなんとか、ものすごくものすごくふわっとしたこと言ってるし。
 この決定的なすれ違いが明らかになったことで、元から少々おかしかったアリーナの言動が加速度的におかしくなる。ついには井戸に飛び込もうとし、制止する修道女たちと司祭を相手に大暴れして病院に担ぎ込まれる。

 実際の事件では、彼女は統合失調症と診断されたそうだが、作中で病名が出ることはない。処方された薬の名前は統合失調症用のようだけど。いずれにせよ、修道女たちはもちろん、彼女たちよりは学のある(正教の専門知識だけでなく、一般的な意味で)司祭ですら、統合失調症がどんな病気なのかは解っていない。そして薬を処方されただけで、病院が満杯だからとアリーナは退院させられる。
『コレクティブ 国家の嘘』(2019)はルーマニアの公的医療の腐敗を暴いたドキュメンタリーで、2015年の事件を発端としているが、その10年前である本作の事件当時のほうが状況がよかったはずもなく、アリーナが最初に治療を受けた病室で、隣のベッドに寝かされている人がめちゃくちゃ重傷なのに誰も傍についてないのが怖すぎる。精神科の大部屋もベッドがぎゅう詰めだ。

 一応この時点ではだいぶ落ち着いていたアリーナだが、どこにも行き場がないことが明らかになる。ドイツでの仕事はクビになっており、里親とは元々折り合いが悪い(ドイツへ行った理由の一つだろう)上に、すでに別の里子を預かっている。孤児院に入れられたのは、父親が自殺して、母親が養育を放棄したからで、一緒に育った兄はいるが、どうやら軽度の知的障害らしく、妹の面倒を見ることはできそうにない。
 修道女を辞めないというヴォイキツァの決心が固いことを知ったアリーナは、自分の修道女になると言い出し、修行を始める。しかし熱心だった(ように見えた)のは最初だけで、すぐにやる気をなくすとともに、攻撃的になっていく。ただ攻撃的なだけでなく、神性を冒瀆するようになったアリーナに、修道院は混沌に陥る。
 司祭はヴォイキツァに、アリーナを追い出すか一緒に出て行くかにしろ、と迫るが、ヴォイキツァは泣き落としで修道院に留まり続ける。そうこうしているうちにアリーナの病状はどんどん悪化する。季節は冬であり、そんな状態の彼女を放り出したら一晩で凍死するし、ヴォイキツァが一緒でも何日か後になるだけなのは全員解っている。

『4ヵ月、3週と2日』に引き続き、女同士の歪んだ関係をねっちょり描くのが本当に巧い。『4ヵ月』ではガビツァはオティリアに依存しきっているようでいて、ぼけーっと座って「困った、どうしよう」と言っていると、オティリアが「何を困ってるの?」と質問するところから始めて、その困り事を骨身を削って片付けてくれるから、ぼけーっと座って「困った、どうしよう」と言っているだけで、仮に彼女に見捨てられても、そのまま次の誰かが現れるか野垂れ死にするまで、ぼけーっと座って「困った、どうしよう」と言っているであろう有様だ。一方、オティリアがガビツァの言うことをなんでも聞くのは、そうして彼女を支配しているつもりだからだ。
 本作のアリーナとヴォイキツァは、孤児院時代は閉塞した環境(であることは察せられる)によって促進されたきらいはあるものの、純粋な友情・愛情だっただろう。しかしアリーナはドイツでの孤独とままならない生活(明らかに、「かっとなりやすい」と評される性格による)から統合失調症が徐々に進行し、愛は執着へと変わっていった。
 そしてヴォイキツァは、アリーナに置いていかれたことを恨んでいただろうし、キリスト教的価値観から、アリーナとの疑似恋愛的友情を恥じてもいた(司祭は何かを察したらしく、アリーナがドイツ=西洋から来訪した初日の夕食時に脈絡もなく、「西洋的価値観」の一つとして同性愛を非難する)。だから当初はアリーナからの執着を露骨に迷惑がっていたが、彼女の病状が悪化するにつれ、修道院に留め置くことに拘るようになる。単に哀れな友人を見捨てられないというだけでなく、自分への執着が嬉しかったからではないだろうか。

 修道院がアリーナを追い出せなかったのは、この国の福祉制度が終わってるからだが(そのことや、修道院自体がセーフティネットの役割を果たしていること、にもかかわらず困窮状態にあることは丁寧に描写される)、「悪魔祓い」という結果に至ってしまったのは、単なる無知と迷信だけが原因ではなく、最も責任ある立場の司祭が、30歳の「若造」でしかなかったことにあったように思える。
 アリーナが言及しているが、前歴は著名なスポーツ選手で、ということは聖職者になったのは元からキリスト教に親しんでいたわけではなく、「目覚めた」からだと思われる。そういう人のほうが、自らの信仰心を恃むことが篤そうである。そして実際、カリスマがあるらしく、若い修道女たちだけでなく年配の修道女たちも頼り切りになっている。一方で上層の聖職者たちとは折り合いが悪く、冷遇されている。
 そんな状況で、アリーナの病を悪魔憑きだと信じた修道女たちに「彼女を救えるのあなただけです」と縋られて、その気になってしまったのではないだろうか。

 だから本作で1967年生まれ(しかも日本や北米の同年代よりだいぶ老けてる)のヴァレリウ・アンドリウツァを司祭にキャスティングしてるのが、あらゆる意味で間違いなんだよねー。いっそのこと設定変えちゃえばよかったのに、作中で「30歳」って言ってるから、無理がありすぎる。

『4ヶ月、3週間と2日』感想

『コレクティブ 国家の嘘』感想

映画感想INDEX

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「地下水路(カレーズ)」解説 其の十一

 発売中の『ナイトランド・クォータリー』vol.42「アンダーグラウンドの相貌」に掲載していただきました短篇「地下水路(カレーズ)」の解説其の十一です。今回も小ネタの拾遺と余談です。次回で終了になります。

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 最後の小ネタは、ナルセフの父ピールーズが「キリスト教への改宗者」である、という設定についてです。
 英語でググると、「改宗者だった可能性がある(または「だった」と断言)」という主張が散見されます。挙げられている根拠は一つだけで(それすら挙げていない人もいる)、彼が677年(死の2年前)に長安に「波斯(ペルシア)寺」すなわちネストリウス派教会を建てた、という半世紀ほど後の中国側の記録です。ネストリウス派は635年に唐に伝えられましたが(中国人からは「景教」と呼ばれるようになった)、 唐に来る信徒の大半がペルシア出身(民族的に「ペルシア人」とは限らないが)だったため、その教会は「波斯寺」とされたのでした。
 さらにアラブ側の記録(伝承)に、ピールーズの父ヤズデギルド三世がペルシア東部のホラーサンで殺害された後、彼を埋葬したのが地元のネストリウス派信徒だったとあることから、ピールーズはこの宗派に好感を持っていた、という推測とも呼べない想像をしている人もいます。

 私としては、教会を建ててやった程度で改宗の根拠になるわけないやん、というのが感想です。
 ゾロアスター教はペルシア人、アルメニア人、ソグド人等の東方アーリア人の民族宗教なので、他民族に布教することはありません。一時はローマでキリスト教と競合したミトラス教は、前ゾロアスター期以来の太陽や雄牛への信仰が他民族の宗教と習合して生まれた新興宗教なので、ゾロアスター教の分派と言えるかどうかも怪しい。
 サーサーン朝(226-651年)は国教である「正統ゾロアスター教」(後述)を国内のアーリア系民族(アルメニア人を含む)には強制しましたが、国外ではソグド人などアーリア系民族にすら布教することはありませんでした。
 だから国内の非アーリア系キリスト教徒に対しては、自分たちだけで信仰している限りは原則として寛容だったんですが、彼らはそれに付け込んでアーリア系民族に布教するばかりかゾロアスター教を攻撃したりするので、しばしば弾圧されたのでした。

 キリスト教が迫害されるもう一つの理由が、敵国ローマ(395年以降は直接には東ローマ)の国教だから、というものでしたが、ネストリウス派に限っては431年に異端とされたので、サーサーン朝の保護を得ることができました。そうして拡大していった結果、サーサーン朝末期には中国にまで伝播したのでした(青木健『ゾロアスター教史 古代アーリア・中世ペルシア・現代インド』刀水書房 )。
 だからピールーズの「波斯寺」(ネストリウス派教会)建設は、ネストリウス派の保護というサーサーン朝皇帝の政策を踏襲する、という意味が多分にあったかもしれません。「景教」信徒はペルシア遺民(アーリア系および非アーリア系)が多かったから、その支持を獲得するという狙いもあったでしょうけど。もちろんゾロアスター教徒のペルシア人のほうが数は多かったはずですが、唐ではゾロアスター教徒は「薩宝」と呼ばれる役人の管轄下にありました。

 中国では北朝期(439-589年)から、ゾロアスター教徒といえばソグド人で、各地のソグド人集団の長が薩宝(または薩保)でした。ソグド語「サルトポウ」の転訛で、原義は「キャラバンのリーダー」です。
 唐代になると薩宝はゾロアスター教徒を統括する公式の役職となり、長安の西京(異民族が多く住むエリア)のゾロアスター教神殿に役所が置かれました。だから新たに中国にやって来たペルシア人ゾロアスター教徒も、実際に統括していたのは阿羅憾(解説其の三参照)のような人物だったにせよ、公的には薩宝の管轄下にあったはずです。
 したがってピールーズが長安に新たなゾロアスター教寺院を建てるのは、支障があったと思われます。(曽布川寛/吉田豊・編『ソグド人の美術と言語』臨川書店 )。まあ「本尊」となる聖火をどうするかのほうが難題だったかもしれませんが。ピールーズの父ヤズデギルド三世は、アラブ・イスラム軍から逃亡する間、聖火を携えていたそうですが、その聖火がどうなったのかは記録が一切残っていないし、新たに熾せばいいってものではないし。
 いずれにせよ同じゾロアスター教でもペルシアの「正統教義」とソグドのとでは相当な違いがあるので、ペルシア人ゾロアスター教徒のために神殿が建てられないのならなおのこと、ピールーズはゾロアスター教徒のままでいる必要があるわけです。

 主人公ナルセフが述べているとおり、「サーサーン」は川の女神アナーヒターの神官だった人物で、その孫アルダフシール(一世。「アルダシール」とも)がサーサーン朝初代皇帝です(在位226-240)。アルダフシール一世は即位後、偶像崇拝を禁じ、各地の偶像神殿を拝火神殿に換え、聖なる湖、岩、井戸、樹木といった民間信仰の場にも拝火神殿を建てました。この改革は6世紀に一応完了しましたが、偶像崇拝は駆逐できたものの、地域によっては最高神アフラ・マズダよりもアナーヒターやミスラへの崇拝が根強く残りました。
 また6世紀には、ユダヤ教やキリスト教、マニ教といった、「聖なる書物」と明確な教義を有する諸宗教に押されるかたちで、口承「アベスターグ」(アヴェスター)の文書化と教義の確定も進められましたが、それらがサーサーン朝末期までに地方や民間にまで浸透することはありませんでした。
 代々の皇帝は、この国教としての「正統ゾロアスター教」を主宰する大神官でもありました(上記『ゾロアスター教史』ほか、同じく青木氏の「イスラーム文献が伝える多様なゾロアスター教像 六‐八世紀のアラビア語資料のゾロアスター教研究への応用」『宗教研究』81巻3号、「ゾロアスター教の聖地の概念:神官階級の「移動する聖火」と平信徒の自然崇拝」『宗教研究』79号1巻など)。
「最後のサーサーン朝皇帝の息子」であり、祖国再興のために戦い続けたピールーズが、そのサーサーン朝の礎であるゾロアスター教を棄てるなんて、まずあり得そうもない。

 ……というのが、「(元)研究者視点」からの見解です。
 そこを「小説家視点」からの判断で敢えてピールーズを改宗させた理由は、「自分の孫娘はピールーズの愛妾だった」という神殿長の発言から信憑性をなくすため、が八割です。八割は、それだけの理由でしかない(なお、この発言をしたのは本物の神殿長ではなく、ナルセフが見た幻です)。
 ピールーズの曽祖父ホスロー二世(在位591-628)は東ローマ帝国の皇女(当然、キリスト教徒)を正妃に、おそらくは平民のキリスト教徒女性を愛妾にしています(後者がピールーズの曽祖母)。ちなみにこの史実に基づいたのがニザーミー(1149-1209)の『ホスローとシーリーン』(岡田恵美子・訳 平凡社東洋文庫)で、愛妾シーリーンはアルメニアの女王で愛ゆえに王位を棄てた、と盛られています

 しかしこういう前例と、ピールーズがゾロアスター教を棄てておいて、ゾロアスター教徒女性(しかも聖職者の家系)を愛妾にするのとでは話が違う。支持を失うどころじゃないでしょう。

 理由の残り二割は、ペルシアもサーサーン家も信徒も守ってくれなかったゾロアスター教への失望から、晩年にひっそりと私的に(つまり政略でなく)改宗していた、ということにしたほうが「ピールーズ(勝利)」という名にまったくそぐわなかった生涯の憐れさが増すなあ、と。どうせ付いてきてくれるペルシア遺民たちでも、「正統ゾロアスター教」に忠実な信徒は少なかったでしょうし。
 まあなんにせよ、「ピールーズは改宗しなかった」ことを証拠づける史料がないからこその設定です。ペルシア人ゾロアスター教徒の支持を失うことを考えたら公的な改宗はあり得んし、仮に私的に改宗したとしても、息子(ナルセフ)はゾロアスター教に留まらせるでしょう。

 以下、余談。
 パリーサは十五、六歳の外見のまま齢を取らなくなります。これはナルセフの好みだからではなく、アナーヒターの呼び名の一つが「ドフタル(乙女)」、すなわち若い女性で、ゾロアスター教の成人は十五歳だからです。
 上記のゾロアスター教聖典『アヴェスター』によれば、ゾロアスター教徒の死者は、あの世で自らの良心の化身(?)である超絶美少女ダエーナーと対面するのですが、彼女は十五歳であることがわざわざ明言された上で「よく成長した」と形容されているそうです(矢島洋一「イスラーム思想におけるイラン的要素」明治書院『知の継承と展開――イスラームの東と西』)。
 ほかにも、ゾロアスター教の救世主は十五歳の処女から産まれてくるとされていたりするので、「乙女≒十五歳」だったんでしょうね。
 そういうわけで、『物語の川々は大海に注ぐ』(『SFマガジン』2024年6月号)で主人公が語る物語に登場する「川辺の乙女」も、最期に視る「彼女」も、外見年齢は十五歳くらいだと思われます。

 今回はここまで。次回は余談のみです。

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『ホスローとシーリーン』感想

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「地下水路(カレーズ)」解説 其の十

 発売中の『ナイトランド・クォータリー』vol.42「アンダーグラウンドの相貌」に掲載していただきました短篇「地下水路(カレーズ)」の解説其の十です。今回は小ネタの拾遺と余談です。一応、ネタバレ注意。

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 主人公ナルセフは、中国(唐)のトルコ(西突厥)討伐のカモフラージュとして西へ送られます。これは『資治通鑑』の調露元年(679)6月の記事「西突厥が吐蕃(チベット)と結んで唐の西境を侵犯したので、ナルセフを云々」に該当します。現行暦の7-8月になりますが、これが果たして国境侵犯があった時なのか、その報せを受けて作戦を決定した時なのか、それを実行してナルセフと軍隊を発たせた時なのか、スイアブ(現キルギス共和国)を攻略してナルセフを用済みにした時なのか。
 とりあえず、ナルセフが長安を発った時とします。
『新考 玄奘三蔵の旅』(長澤和俊 佼成出版社)によると、ナルセフより半世紀ほど前に長安を発った玄奘(『西遊記』三蔵法師のモデル)は、スイアブまでは正味4ヶ月かかっています。一個人の僧侶と大軍が同じ速度で移動できるかどうかはともかく、冬に掛かってしまうのは間違いない。玄奘は雪融けを待って2ヵ月半足止めを食らっています。
 さらに
、スイアブ攻略にはどれくらい掛かったのか。そこから「何者でもなくなってしまった」ナルセフがそれなりの軍勢を率いている、という不安定極まりない状態で、タラス(同じく現キルギス共和国。751年のタラス河畔の戦いはこの近くで起きたとされる)を経てトハラまで、険しい山脈を幾つも越えていかなきゃならない。
 となると、トハラに着くのはいつ……? 680年10月に起きた「カルバラーの悲劇」の何か月前……? 

 出発の時期次第では、10月よりずっと後ってことはないにしても、同時期というのは充分あり得る。にもかかわらず、敢えてそうしませんでした。実際には無関係であるフサイン家とサーサーン朝最後の皇帝の末裔が「シャフルバヌー伝説」によって結び付けられる、というアクロバティックな転回/展開が本作の骨子なのに、「同時期」としてしまうと、両者が最初から関連があったようなイメージが出来てしまうなあ……と。
 「数ヵ月」とするのが妥当なわけですが、あんまり「数日」「数年」「数人」等を多用したくなくて。Extra noteで述べたように、「〇〇年後」「××年前」といった年数は、史実に基づいているのでだいたい正確に判っているのですが、その「史実に基づいている」ことを読者に意識させないように、敢えて概数を使っています。だからここでもキリよく「一年」としたのでした。
 まあ今となっては、「同時期」としないことに、そこまでこだわる必要もなかったよな、と思っています。

 ナルセフは708年に唐に戻り、「左威衛将軍」の肩書を与えられますが、ほどなくして没しました。唐は帰順した異民族でそれなりの地位にある人物には官位を授けました。それはもう気前よく乱発しましたが、その多くは有名無実なものでした。この肩書もその一つですね。そもそも「波斯(ペルシア)王」もですが。
 本作では、死期が近いのが誰の目にも明らかだったため、「無けなしとはいえ官位と俸禄を与え」られはしますが、屋敷というか戸建ての住居すら提供されず、ペルシア商人の「邸店」に間借りした、という設定です。

 解説其の三で紹介した「波斯(ペルシア)国大酋長」の「阿羅憾」なる人物は、本当にナルセフの父の兄弟ワフラームだったかどうかはともかく、サーサーン朝名門の出身で、在唐ペルシア人全員とまではいかなくても長安や洛陽(この二都市は商業的に密接な関係にあった)のペルシア人たちを統括する立場にあったのは確かでしょう。だから史実でも、唐に戻って来たナルセフの処遇に関わっている可能性が高い。
 本作のワフラームは、そういう立場にある上にナルセフの「叔父」であるにもかかわらず(史実でも、サーサーン家ではない大貴族の出身だったとしても、通婚により血の繋がりはあったはず)、死期の近い甥を自分の屋敷等で庇護するというようなことはしない。厄介者扱いで、もうじき死にそうだから面倒は見てあげるよ(費用は唐政府から「俸禄」の名で出る)、という設定です。

 で、「邸店」とは何かというと、日野開三郎『唐代邸店の研究』(三一書房)によれば、「邸宅」が「大きな住まい」であるのと同じように、「邸店」も「大きな店」のことです。ただし当時の「店」は「みせ」すなわち商店ではありませんでした(商店に当たるものは「肆」と呼ばれた)。旅館業、飲食業、倉庫業を兼任し(どれに重点を置くかは店ごとに違っていた)、そこから商取引を行ったり、通行運送業者と提携したり、金融業に進出したりと手を広げていった経営者もいました。

 長安は城郭内に東西二つの市(商業地区)があり、どちらの市にも多くの邸店がありましたが、「胡」すなわちペルシア人やソグド人といった西域人が経営する邸店は西市に集中していました)。都の東半分(街東)が貴族や官吏の街であるのに対し、西半分(街西)は庶民と異民族の街でした。なお、唐で暮らす西域人のほとんどが、商人、軍人、芸人のいずれかでした。
 上記『唐代邸店の研究』や『長安の都市計画』(妹尾達彦 講談社)、「世界都市長安における西域人の暮らし」(妹尾達彦 (『シルクロード学研究叢書』9)、『中国の歴史06 絢爛たる世界帝国 隋唐時代』(氣賀澤保規 講談社)6章等によると、邸店の多くは市を囲む土壁沿いに建てられ、1階はほぼ倉庫に占められ、建物と土壁の間の裏庭には馬屋が設けられていたそうです。
 というわけで、ナルセフが起居していたのはペルシア人が営む邸店の2階か3階で、寝室は裏庭に面していた、という設定にしたのでした。

 ほかに細かいネタとしては、上記の『資治通鑑』調露元年(679)6月の記事は、より詳しくは「波斯王(ピールーズ)は最近死んじゃったけど、その子ナルセフが質(人質)として長安にいるから、こいつを使おう」という主旨になるのですが、これはピールーズが唐に来る前から「質」として長安にいた、と解釈することも可能です。
 ピールーズの来唐は『新唐書』では670-73年のいつか、『旧唐書』では675年、となっています。これを
THE LAST SASANIANS IN CHINA  https://www.iranicaonline.org/articles/china-xv-the-last-sasanians-in-china/では、ピールーズは唐に二度来たと解釈していますが、ナルセフが長安で「質」となったのは、この一度目の時にピールーズが自ら連れて来たとも、661年に唐がピールーズの要請に応えるかたちでトハラに都督府を置いた後のいつかだとも考えられます。
 それでもナルセフをトハラ育ちという設定にしたのは、本作はトハラ(のゾロアスター教)を文化的アイデンティティとし、唐のペルシア人にとってはどこまでも「他所者」であるサーサーン家末裔の物語だからです。
 中国育ちのサーサーン家末裔を主人公にするなら、別の物語になりますね。

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「地下水路(カレーズ)」解説 其の九

 発売中の『ナイトランド・クォータリー』vol.42「アンダーグラウンドの相貌」に掲載していただきました短篇「地下水路(カレーズ)」の解説其の九です。一応、ネタバレ注意。

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 主人公ナルセフが「幻視」した、8世紀半ばのウマイヤ朝宮廷の様子は、『イスラーム美術』(ジョナサン・ブルーム/シーラ・ブレア 岩波書店)の1、3章を参照しています。

 ナルセフが赴くトハラ北部の山岳地帯(パミール高原)のゾロアスター教神殿とバルフ(現アフガニスタン北部)の貴族の屋敷については、中世トハラ美術(建築含む)の資料を見つけられなかったので、前者は現代に残る伝統的家屋「パミール・ハウス」を、後者(および前者の壁画と神像)は同時代のソグド美術を参考にしています。
 パミール・ハウスは民家の建築様式ではありますが、その特徴である五本の柱は
ゾロアスター教信仰にまで遡るそうです。「梁を組んだ角錐状」の天井ことラテルネンデッケ天井に至っては、紀元前まで遡れます。
 ソグド地方はトハラの北に隣接し
文化的にも地続きですが、その美術はトハラのものより、かなりレベルが高かったそうです。

 参考文献は、パミール・ハウスについてはPAMIR HOUSE  https://kalpak-travel.com/blog/pamiri-houses/ 。
 ソグド美術については、
影山悦子「ソグド人の壁画」(曽布川寛/吉田豊・編 臨川書店『ソグド人の美術と言語』所収)を中心に、『図説 シルクロード文化史』(ヴァレリー・ハンセン 原書房)第4章、『世界美術大全集 東洋編15 中央アジア』 (田辺勝美/前田耕作・責任編集 小学館)などでした。

 7-8世紀のアラブ・イスラムの中央アジア侵攻については、稲葉穣「アラブ・ムスリムの東方進出」(文化研究所『世界に広がるイスラーム』)を主に典拠としています。
 ちなみに後半で語られる対アラブ大叛乱は7世紀末に起こったもので、これに対処できないとして更迭された「無能な太守」は、「物語の川々は大海に注ぐ」(『SFマガジン』2024年6月号掲載)で主人公イブン・ムカッファを私怨から陥れるスフヤーンの祖父に当たります。「物語の川々」で言及されているとおり、正確には叛乱を鎮められなかったというより、鎮めようともしないで私腹を肥やしていた、というのが更迭・逮捕の理由ですが。

 代わりに任命された苛烈な新太守はイブン・クタイバという人物で、彼が行った強制改宗については、多くの資料に分散している情報を参照しており、主要参考文献と呼べるものはありません。

 短いですが、今回はここまで。

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「地下水路(カレーズ)」解説 其の八

 発売中の『ナイトランド・クォータリー』vol.42「アンダーグラウンドの相貌」に掲載していただきました短篇「地下水路(カレーズ)」の解説其の八です。一応、ネタバレ注意。

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 今回は、主人公ナルセフが「幻視」した「髑髏杯の美少年王」ことサファヴィー朝開祖イスマイール一世(1487ー1524)についてです。主要参考文献は羽田正「サファヴィー朝の時代」( 中央公論社『成熟のイスラーム社会』所収)、後はリストに挙げてないけど、同じく羽田氏の「東方イスラーム世界の成立」(鈴木董 ・編 講談社現代新書『パクス・イスラミカの世紀』所収)になります。

 この場面は、史実だと1499年、アナトリア高原のエルズィンジャン郊外の草原での決起集会に該当します。黄金髑髏杯は、エキセントリックさで知られるイスマイール一世の言行の中でも特に有名ですが、「素材」は決起より10年以上後の1510年に討ったシャイバーニー朝のハーンです。
 だからナルセフが「視た」情景は、あくまで「幻」なのかというと、そうとも言い切れない。この
「敵の髑髏で杯」は、イスマイールの祖父の代から「信徒」であるトルコ系遊牧民の「慣習」なんだそうです。実際、紀元前からスキタイや匈奴といった遊牧民の慣習として記録されてますね。
 したがって、この慣習を持つ遊牧民と祖父の代から深い繋がりがあったイスマイールが、シャイバーニー・ハーンを斃す前から黄金髑髏杯を1個以上所持していた(父から受け継ぐとかして)可能性はありますよ。

 この「信徒たち」(赤い飾り付きの白いターバンをトレードマークとしていたことから「赤い頭」すなわち「キジルバシ」と呼ばれた)は、ムスリムとは名ばかりのヤバい連中で、イスマイールを「神」と崇め、イスマイール自身も神を自称していたという、イスラム世界においては極めつけの異端(普通だったら死刑確定)集団です。ほかに記録されている彼らのヤバい「慣習」として、捕らえた敵を生きたまま皆で寄ってたかって肉を噛み千切って食う、というのもあります。あくまで儀式なんで、食い殺したわけでもないし、「完食」もしなかったし、イスマイールは不参加だったようですが。

 本作では、集まったキジルバシ七千人の中には「赤い飾り付きの白いターバン」を着用していない者もいたことにしました。祖父、父、兄の死亡後、幼いイスマイールは数年にわたって潜伏し、1499年に初めて信徒たちに召集を掛け、その姿を現したわけです。急なことだから、揃いのターバンを用意できなかった奴もいたんじゃないかな、と。そのほうが、なんかそれっぽいんで、そうしました。

 で、このイスマイールが、十二イマーム派のイマームの末裔、すなわちムハンマドの孫フサインとサーサーン朝最後の皇帝の娘シャフルバヌーの血を引くと自称して、ペルシアの支配者となるわけです。
 それ以前にペルシアの国教がシーア(派)とされたのは、同じ十二イマーム派のブワイフ朝(932―1062年)の時だけです。しかしこの時代以降、シーア(派)のイマーム崇拝がゾロアスター教の残滓と習合するかたちで広まりました。具体的には、かつてのゾロアスター教の聖地がイマームやその親族の墓所等とされ、再び参拝されるようになったのでした。
 また十二イマーム派の救世主信仰は、直接にはユダヤ・キリスト教から影響を受けていますが、そのさらに起源となるのがゾロアスター教です。ブワイフ朝の時点でペルシアにはゾロアスター教の影響がまだ色濃く残っていたため、救世主信仰もすんなり受け入れられました。
 ブワイフ朝滅亡後は再びスンナ派政権が続きましたが、その間にイマーム信仰はますます盛んになり、またシャフルバヌー伝説も定着しました。そういうわけで、イスマイール一世が受け入れられる下地は、すっかり整っていたのでした。

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余談:イスマイール一世は本当に「邪悪なほどに」美しかったのか? 其の一 永らく気になっていたことを調べてみました。全三回の予定。

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「地下水路(カレーズ)」解説 其の七

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 三回で終わらないと判った時点で、開き直って当初の予定より詳細に解説(雑談とも言う)しています。今回はゾロアスター教についてです。主要参考文献は『ゾロアスター教史 古代アーリア・中世ペルシア・現代インド』(青木健  刀水書房)と『ゾロアスター教 三五〇〇年の歴史』(メアリー・ボイス  講談社)です。なお前者は全面改稿したという『新ゾロアスター教史』もありますが、そちらは参照していません。

 中央アジアのゾロアスター教については、『ゾロアスター教史』のほか、『ソグド人の美術と言語』(曽布川寛/吉田豊・編  臨川書店)でも解説されています。また主要参考文献リストには挙げませんでしたが、『世界美術大全集 東洋編15 中央アジア』(田辺勝美/前田耕作・責任編集 小学館)も参照しています。

 アナーヒター信仰について、アナーヒターの原型まで遡る古代から、アフラ・マズダ中心となるサーサーン朝期の宗教改革より前まで、サラスヴァティとの関係などは、主要参考文献リストには挙げませんでしたが「ゾロアスター教の大女神」岡田明憲(ダウンロードはこちらからhttps://www.jstage.jst.go.jp/article/jorient1962/39/1/39_1_85/_article/-char/ja/)、『東西交渉とイラン文化』(井本英一・編 勉誠出版)所収の「アナーヒター女神の東西」(松村一男)を参考にしました。
 サーサーン朝期のアナーヒター信仰については、主要参考文献リストに挙げていないものでは、「ゾロアスター教の聖地の概念:神官階級の「移動する聖火」と平信徒の自然崇拝」(青木健 『宗教研究』79号1巻2005)、「ターキ・ブスターン大洞のアナーヒター女神像の意義――フヴァルナーと王権の関係に関する再考察――」(田 辺 勝 美『シルクロード研究』2018)を参考にしました。

「シャフルバヌー伝説」(解説其の四)とアナーヒター信仰との関係についての参考文献は、BĪBĪ ŠAHRBĀNŪ  https://www.iranicaonline.org/articles/bibi-sahrbanu/、BĀNŪ PĀRShttps://www.iranicaonline.org/articles/banu-pars-lady-of-pars-the-name-of-a-zoroastrian-shrine-in-the-mountains-at-the-northern-end-of-the-yazd-plain/、「女性にまつわる聖地とその儀礼」(羽田美希  春風社『イランとイスラム 文化と伝統を知る』)になります。

 ちなみに上記のテキストを読んでも、シャフルバヌーやバヌー・パールスといった聖なる女性たちの廟や周囲の環境がどんな感じなのかは具体的にイメージしづらいのですが、"bibi shahrbanu shrine"や"banu pars shrine"でググれば画像が出てきます。グーグル・アースで周辺環境も確認できます。
 Bibi Shahrbanu shrineは英語Wikiに記事があります。https://en.wikipedia.org/wiki/Bibi_Shahrbanu_Shrine
下はそこに掲載されているシャフルバヌー廟の外観です。

Shrineofshahrbanuastehran

 なお、今年1月の執筆時には、上記「女性にまつわる聖地とその儀礼」に挙げられていた他の聖女たち「ハトゥン・ギヤーマト」「シャー・ハトゥン」「ビービー・ダン」らも、名前と地名のカタカナ表記から英字表記を割り出してググったら、当該聖地を見つけられたんですが、今ググっても出てきませんね……まあとにかくそれらも、本作でナルセフが「視た」とおり、シャフルバヌー廟やバヌー・パールス廟と同じく、見事に乾燥しきった岩山に囲まれた場所でした。
 あの場面もまた、「史実」ではなく「幻」の情景ですね。

 今回はここまで。

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「地下水路(カレーズ)」解説 其の六

 発売中の『ナイトランド・クォータリー』vol.42「アンダーグラウンドの相貌」に掲載していただきました短篇「地下水路(カレーズ)」の解説其の六です。一応、ネタバレ注意。

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 シーア・アリーすなわちシーア(派)においては現代に至るまで、預言者ムハンマドの孫フサインに続く8人のイマーム(指導者、教導者)、つまりザイヌル・アービディーンからハサン・アスカリーに至るまでの8人の子孫、そしてフサインの兄ハサンは全員、時のカリフに暗殺されたと信じられています。まあ全員多かれ少なかれ当局の監視下に置かれていたわけだし、20代で死んでる人もいるし、本作でも触れているように獄中とかアッバース朝カリフの陣中といった真っ黒な状況で死んでる人もいますが、普通に50代60代とか当時としては長生きの人も何人もいる。
 しかしシーアの人々にとっては、フサインが惨殺されたのが真実であるのと同様に、8人の子孫と兄ハサンが全員暗殺されたのもまた「真実」なのです。なぜなら、同じイスラムでもシーアの教えは正しく、ほかは間違っている。間違っている連中は
多数派なので、「正しい」シーアを迫害する。だからフサインの8人の子孫と兄ハサンも暗殺したに違いない。多数派の歴史では暗殺ではないことになっている。もちろんそれは歪曲された歴史であり、暗殺は「真実」だ、というわけです。

『イスラームとは何か』(小杉泰 講談社現代新書)によれば、彼らにとって、フサインは父アリー(預言者ムハンマドの従弟にして娘婿)の後を継いでカリフ(まあ当時はこの称号は一般的ではなかったようですが)になるのが「あるべき歴史」「正しい歴史」なので、そうならなかった現実の歴史のほうが間違っているのです。

 680年、フサインとその一族郎党がウマイヤ家によってカルバラーの地で虐殺された事件(カルバラーの悲劇)については、同時代の文字記録が存在しません。とはいえ影響の大きさから、事件が起きたこと自体を疑う余地はありません。問題は、その詳細ですね。
 本作の主要参考文献の一つである上岡弘二「イランの民衆のイスラムと社会意識」(アジア経済研究所『中東の民衆と社会意識』)には、イランの人々が「真実」と認識している「カルバラーの悲劇」が紹介されています。
 実に途轍もなく「劇的」(実際、毎年のフサインの命日には「受難劇」として各地で上演されている)ですが、彼らにとってはこれが「真実」なわけです。本作で主人公ナルセフが「幻視」するカルバラーの悲劇は、「史実」ではなく、こちらの「真実」のほうです。だから本作は「歴史小説」ではないのです。

 ちなみにフサインと一緒に犠牲となった人々については、主にhttps://al-islam.org/sorrow-and-sufferings-noorali-s-merchant/names-martyrs-who-sacrificed-their-lives-karbala-sake-loftyを参照しました。リストに挙げられている人名や各人のプロフィール等も、やはり諸説ありますね。

 短いですが、キリがいいのでここまでで。やっぱ次回じゃ終わらんなー……

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