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ハート・ロッカー

 2008年公開。キャスリーン・ビグロー監督作品は昔々1995年、先輩(男性)が『ハートブルー』(1991)の大ファンで、これと当時公開の『ストレンジ・デイズ』を強力に推してくるものだから両方観たが、先輩には申し訳ないことに、前者はどこがいいのかさっぱり解らず、後者は「他人の五感を体験できる」SFガジェットの映像表現は悪くなかったが、それ以外は別に……だった。
 主役のレイフ・ファインズがレイフ・ファインズと思えないくらいしょぼくて、逆に印象に残ってる。

 後はソ連の原子力潜水艦事故を基にした『K-19』(2002)だが、ハリソン・フォードがハリソン・フォードにしか見えず、終始「なんでハリソン・フォードがソ連の原潜に乗ってんだ……」感が拭えなかった。ハリソン・フォード以外は、ソ連のあらゆる方面における杜撰さのつけを現場で払わされる乗組員たちの悲惨さ(「放射能防護服」として用意されてるのが雨合羽とゴム長靴! 「レインコートとレインブーツ」じゃなくて、「雨合羽とゴム長靴」としか呼びようのない代物なんだ)が淡々と描写されており、めちゃめちゃ怖かった。
「いくらなんでも誇張されてるかもしれないし」と思おうとしても、すぐにチェルノブイリの記憶が否定してくる。実際、原潜への対応はほぼあのとおりだったようだ。

 というわけで久しぶりのビグロー監督作品だが、『K-19』からハリソン・フォードを取り除いた要素を大きく進歩させた傑作だった。
 イラクにおける米軍爆発物処理班の活動を描く。タイトルのHurt lockerは米軍のスラングで「苦痛(hurt)が詰め込まれた場所(locker)」、すなわちそんな場所に追い込まれた状況を指すそうだが、爆発物処理のエキスパートである主人公の静かな壊れっぷりを見るに、彼が心の奥底に抱える「苦痛(トラウマ)を仕舞い込んで鍵をかけておく場所(ロッカー)」のことでもあるように思える。
 3人から成る爆発物処理班の活動を淡々と追っていく、特に山場もないプロットだが、緊張感は終始途切れることはない。爆発物処理以外は「何かを解決する」話では一切ないのがリアリティを感じさせる。まあリアリティといっても、私がイラク戦争について知ってることの大半は、「はじまりと終わりの世界樹」を書く際に読んだ何冊かの本だけなんだけど。
 軍曹の判断で勝手に持ち場を離れてええんか、とか疑問もあるが、脚本賞を受賞したマーク・ボールは、同じくイラク戦争をテーマとした『告発のとき』(2007)の原案も書いているジャーナリストで、もちろんちゃんと取材はしてるので信憑性は担保されているでしょう。

 視点は徹底して爆発物処理班の3人に固定されていて、彼らは大局が見えていないし、目の前の爆発物を処理する以上のことをすれば、当然のように面倒な結果に終わる。バグダードの一般市民およびテロリストたちの視点が描かれていない、という批判があるそうだが、兵士3人の視点からしか描いていないのだから当然だ。現地の人々の感情は、彼らが兵士たちに向ける視線からだけでも察することができる。
 帰国した主人公が、スーパーマーケットで妻に「シリアルを持ってきて」と頼まれて、何種類ものシリアルが大量に並んだ棚の前で途方に暮れるシーンがとてもよかった。

 キャスティングは「メインキャラクターには比較的知名度の低い俳優を」というビグロー監督の方針に従っているが(やはりハリソン・フォードに思うところがあったのだろうか)、代わりにカメオ出演が豪華だ。レイフ・ファインズは『ストレンジ・デイズ』とは逆に、モブにしては金髪も青い目もキラキラしすぎ。砂埃被ってるのにキラキラしてて、アラビアのロレンスみたい(実際彼は1992年に『ロレンス1918』でT・E・ロレンスを演じてるが)。
 デヴィッド・モースは装備で顔が半ば隠れてる上に、出ている部分も砂埃で真っ白で、背の高さ(192㎝)がなきゃ気づけなかったが、存在感はある。ガイ・ピアースは顔を隠してもないのに目立たなすぎて、そういう演技を求められたのだとしたら大正解だと思う一方、仮にも主役級俳優がそれでいいのか、と心配になってしまった。

『告発のとき』感想

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