インセプション
2010年公開。『TENET』(2020)と『オッペンハイマー』(2023)を観る前だったら、無条件で大絶賛できたんだけどなあ。
『TENET』は途中で考えるのをやめて、映像と音を脳に流し込むだけになってたんだけど、それらにしたって「すげえ手間かけてんな」以上の感想が出てこなかった。物語が解りにくくても、なんか見入ってしまう映像作品というのはあるんだが、『TENET』の脚本は「すげえ手間のかかった映像」を撮るために敢えて複雑にした、とか疎かになった、とかじゃなくて、ただただ「観客にストレスを与える」ためだけに無駄に複雑な構成にしてるように思えてな。
それが正しいのか邪推なのかは知らんが、いずれにせよ出来上がった映像は「すげえ手間かけてんな」で終わったのであった(なので感想は上げません)。
クリストファー・ノーランのやりたいことは「すげえ手間のかかった映像」を撮ること、および無駄に複雑にした構成で「観客にストレスを与える」ことでしかないんじゃないか、という疑惑は、『オッペンハイマー』で確信に変わる。伝記映画なんで「すげえ手間のかかった映像」のほうは『TENET』のような「鬼面人を嚇す」類のものじゃなかったが、視点や時間軸をやたら交錯させた構成は、ひたすら観客にストレスを与えることだけが目的だとしか思えず、そんなしょうもないことのダシに広島長崎を使うな、と余計に腹が立ったのであった(そんで「すげえ手間のかかった映像」も「薄皮ペリペリ」かよ、という)。
で、この2本の後に観た本作『インセプション』は、「夢」と「現実」が曖昧であるため複雑ではあるが、この曖昧さこそがテーマなので「無駄」ではなく、「すげえ手間のかかった映像」も、「夢を操る技術」の説明の雑さを補って余りある。先に観た2本で呆れ果ててなかったら、本当に楽しい体験だったろうになあ……
本作を先に観ていたら、後で『TENET』と『オッペンハイマー』を観て、ああノーランが本当にやりたかったのは「無駄に複雑な構成で観客にストレスを与える」ことだったんだなあ、と気づかされても、『インセプション』では我慢出来て偉いじゃないか、となっただけだったろうが、この2本が先だったばっかりに『インセプション』を観てる間ずっと、「本当はもっと脚本を滅茶苦茶にして観客にストレスを与えたかったんだろうなあ」と思い続けることになってしまったのだった。そういう目で見ると、そもそもの『メメント』(2000)からしてね……
『TENET』と『オッペンハイマー』より先に観た『ダンケルク』(2017)は3つの視点から語られる構成だが、群像劇として巧く機能していると思ったし、これらより後に観ても「無駄に複雑にしやがって」と腹が立つこともなかっただろうになあ。
クリストファー・ノーラン監督作感想
| 固定リンク
「思い出し鑑賞記」カテゴリの記事
- ベイビーガール(2026.10.08)
- ウルフ・オブ・ウォールストリート(2026.09.30)
- TITANE/チタン(2026.09.23)
- マージン・コール(2026.09.15)
- グエムル‐漢江の怪物(2026.08.26)

