つぐない
2007年公開。ジョー・ライト監督作を観るのは、『プライドと偏見』(2005)、『PAN』(2015)、『ウィンストン・チャーチル』(2017)と来て4作目。
観たのは去年だが感想が巧くまとめられず、そのまま放置していたのを全面書き直し。再鑑賞はしていない。
とりあえず、あらすじ(途中まで)。英国郊外のお屋敷に住む13歳の少女ブライオニーは、姉セシーリアと身分違いの恋人ロビーの情事を見てしまい、姉が暴行されていたと思い込む。その夜、姉妹のいとこで屋敷に滞在していたローラが何者かに強姦される事件が起きる。逃げる男の後姿を目撃したブライオニーは、ロビーだと確信し告発する。ロビーは逮捕され、刑務所へ送られる。
戦争が始まり、ロビーは出征し、文字どおり地獄を体験する。ブライオニーは家を出て、後送されてくる傷病兵を看護する。回想で、ブライオニーがロビーに仄かな恋心を抱いていたことが示唆される。
ブライオニーはローラが結婚すると知る。相手は姉妹の兄の友人ポールで、事件の夜は彼も屋敷にいた。結婚式に出席したブライオニーは、新郎新婦の様子から、あの「事件」は強姦ではなく合意のものだったと気づく(合意というか、当時15歳のローラを強引に言い包めたのであろう)。醜聞を避けたかったポールがブライオニーの誤解を利用し、ローラと示し合わせて(再び言い包めて)、ロビーが冤罪に陥るままにしたのだ。
セシーリアはキーラ・ナイトレイ、ロビーはジェームズ・マカヴォイ。少女時代のブライオニーを演じたシアーシャ・ローナンが素晴らしい。無垢で潔癖な少女ゆえの残酷さと愚かさを余すところなく表現しきったのは、演技力ももちろんなんだが、妖精の如き容姿の説得力も大きい。
それに比べるとなー……成長したブライオニー役のロモーラ・ガライはちょっとガタイがよすぎてなー、顔もいかついし……
ちなみに、少ない出番ながら余すところなくクズっぷりを披露するポールを演じるのは、ベネディクト・カンバーバッチ。
あらすじ続き。以下、がっつりネタバレしてるので御注意。
ロビーは生還し、セシーリアと一緒に暮らしている。ブライオニーは彼らを訪ね、ロビーに謝罪するが赦してもらえない。
時間が飛び、現在。老いた小説家ブライオニーはインタビューを受け、死期が近いことと、最新作『つぐない』は自らの体験に基づくが、ロビーとセシーリアは二度と再会することも真実を知ることもなく、戦時中に死んだことを告白する。二人の幸せな再会を書いたのは、彼らに対する償いだった、と。
いや、償いになるわけねえだろ。
私が中篇「物語の川々は大海に注ぐ」(『SFマガジン』2024年6月号掲載)で『カリーラとディムナ』の翻訳者イブン・ムカッファを、短篇「地下水路(カレーズ)」(『ナイトランド・クォータリー』vol.42掲載)でサーサーン朝最後の皇帝の孫ナルセフを主人公としたのは、千数百年前に悲劇的な死を遂げた彼らを、フィクションの中だけでも蘇らせたかったからである。だから彼らが「視た」ものが、ただの幻ではない可能性を否定しない。
小説としてかたちにしただけでは、彼らは蘇ったことにはならない。多くの人に読んでもらうことによって、初めて彼らは「生きる」ことになる。だから発表した。もちろんそれで彼らが浮かばれる、などとは思っていない。ただの自己満足だ。とはいえ、誰を傷つけるわけでもない。
しかしそれと、自分が不幸にした二人(しかもロビーは死に至っている。さすがにセシーリアの死までブライオニーの罪だとは言わんが)が幸せになる創作をするのとは、全然違う話だ。自己満足どころか、事実を歪曲して自分の罪が償われたことにした挙句に、それを償いと称するとは、面の皮が厚いにもほどがある。なんでこんな話が感動作扱いされてるんだ?
という根本的な歪みを別にしても、ブライオニーが看護師として働く場面が長すぎて、妙にバランスが悪い。映像は素晴らしいんだが、なんかチグハグな映画でした。
原作(イアン・マキューアン『贖罪』)でもブライオニーの行為が「つぐない」として扱われているのか、映画の構成のバランスの悪さはどうなっているのか、気にはならないこともないけど、原作を読んで確認するほどの熱意はないので、そのままになっている。
| 固定リンク
「思い出し鑑賞記」カテゴリの記事
- ベイビーガール(2026.10.08)
- ウルフ・オブ・ウォールストリート(2026.09.30)
- TITANE/チタン(2026.09.23)
- マージン・コール(2026.09.15)
- グエムル‐漢江の怪物(2026.08.26)

