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モン・ロワ 愛を巡るそれぞれの理由

 2015年公開。弁護士のトニー(本名はマリー・アントワネット。「トニー」は「アントワネット」の本来のドイツ語形「アントーニア」からか)はスキーで大怪我をし、リハビリ施設に入院する。医者に「膝は後ろ向きに曲がる関節だから、膝の怪我は心もそういう状態にあることを示す」とかスピリチュアルなことを言われるが、思い当たることがあって回想を始める。

 よしながふみ『西洋骨董洋菓子店』3巻に、「フランス映画のカップルは最初の15分でセックスして、残りの1時間45分はずっとケンカしてる」といった主旨の台詞があった。リアルタイムで読んだから2000年代初めのことだが、その時点でそんなフランス映画を観たことはなかった。フランス映画自体はそこそこ観ていたが、『グラン・ブルー』(1988)とか『ニキータ』(1990)とか『憎しみ』(1995)とか『ドーベルマン』(1997)とか『ジェヴォーダンの獣』(2001)みたいなの(ヴァンサン・カッセル率が高い)には、そういう展開が入る余地はない。
 まあ恋愛映画なんだろうなと推測はできたが、観たことのあるフランス恋愛映画というと『男と女』(1966)と『ベティ・ブルー』(1986)くらいで、どっちも上記の定義には当て嵌まらない。たぶんこの二作は例外なんだろうな、と思ったのであった。
 そもそも製作国にかかわらず恋愛映画そのものに興味がないので、それから実に四半世紀近く、フランスの恋愛映画を一作も観ることはなかった。しかし本作はヴァンサン・カッセルが出てる。悪役やチンピラ役以外、あんまり観たことがないのに気が付いたのである。カンヌで女優賞受賞、パルムドールノミネートだから、一定の質は担保されている。
 以下、ネタバレ注意。

 というわけで観てみたら、上映時間がエンドクレジットを除いたらほぼ2時間なんだが、最初のセックスが始まるのが開始からほぼ15分だから笑ってもうた。計測してるの?
 ヴァンサン・カッセル演じるジョルジオは現役チンピラでこそなかったが、チンピラ上がりの高級レストラン経営者。一方のトニーは冴えないインテリという自認がある。ジョルジオは自力で成功してきた自負がある上に、自分や友人たちがトニーとその弁護士仲間たちよりイケてる自信がある反面、トニーが象徴する堅実な人生への憧れもある。

 なので最初のセックス直後から喧嘩が始まるわけではなく、結婚、妊娠まではまあまあ順調に進む。しかしその期間でも、ジョルジオが何年も前に別れた彼女を未だに従業員として雇ってたりとか、トニーの父親とジョルジオの間の、明らかに「階層の違い」に起因する緊張感とか、不穏な要素はある。なお、現代フランスでは「マリー・アントワネット」は珍名扱いのようだ。
 この「階層の違い」による価値観、というよりむしろ倫理観の違いが露呈してくるのがトニーの妊娠中で、その後はずっと喧嘩と仲直りを繰り返す。このカップルがある程度巧くいってたのはトニーがジョルジオにコンプレックスを持ってるからで、トニーが注目度の高い仕事を任されるようになると、ジョルジオは嫉妬を剥き出しにする。

 離婚後も息子の担任との面談で、息子がもう時計を読める、というのをトニーが知らなかったのに対し、「俺は知ってた」としょうもないマウントを取るんだが、その直後にトニーの腕時計が在りし日に自分が贈ったものだと気づいて(確認して?)、こっそり嬉しそうにする。そういう度し難いクズだが魅力的な男、というキャラを説得力をもって演じられるのは、やはりヴァンサン・カッセルならではなんだろう。
 それにしても、トニーは弁護士なのに随分とエキセントリックだ。しかしジョルジオが絡まなければ充分に理性的で、周りの反応からも推し量るに、フランスの恋愛ってこれくらいが普通なのか?

 タイトルMon Roi「我が王」(英題もMy King)は、劇中で一度も言及されない。もちろん臣下からの呼び掛けのわけはないので、モンシェリみたいな恋人(男性)への呼び掛けかと思ったが、少なくとも慣用表現ではない。王のように私のすべてを支配する男、といったとこか?

 何しろフランス恋愛映画をほとんど観たことがなかったので、一度にこれだけたくさん「ジュテーム」と「モナムー」を聞いたのは初めてだ。発言者は9割ジョルジオで、その9割8分がトニーを言いくるめるためなので(2分はさすがに本気だろう)、ほんとにクズで笑える。
 おもしろかったが、フランス恋愛映画としては相当な上澄みだろうから、ほかのは観なくていいや。

 監督のマイウェンは元女優でリュック・ベッソンの元妻。『フィフス・エレメント』(1997)に異星人のオペラ歌手役で『ランメルモールのルチア』歌った異星人役(口パク)。その時は愛称の「ウィンウィン」名義だったのか。変わった名前だったことは憶えてる。ルーツが複雑なのもパンフで触れられてた憶えがあるが、ベッソンの妻だってことは書いてあったっけ。で、その時の主演のミラ・ジョヴォヴィッチにベッソン獲られちゃったのか。

ヴァンサン・カッセル出演作感想
『イースタン・プロミス』
『ブラック・スワン』

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仕立て屋の恋

 90年代後半鑑賞。再鑑賞ではなく思い出し。知識も理解力も今より少ない頃に観た割に、ググって出てくるあらすじと照らし合わせると、よく憶えてるし、ちゃんと理解できていたようだ。
 ただし当時は、主人公(ミシェル・ブラン)が50歳、ヒロイン(サンドリーヌ・ボネール)が35歳くらいだと思ってた。ヒロインは周囲からの扱い、恋人の言いなりになって犯罪の片棒を担ぐ愚かさ、パステルブルーのでっかいふわふわリボン(死ぬほど似合ってない)などからすると、女優の実年齢より若い、20代後半くらいの設定かもしらんな、だいぶ無理があるけと、などと思いつつ鑑賞したわけだ。

 しかし先日、これもサンドリーヌ・ボネールがヒロインの『冬の旅』(1985)を観て、ボネールは撮影時17歳くらいで年齢相応の可愛さなのに、『仕立て屋の恋』はわずか4年後だと知り、仰天する。ついでにミシェル・ブランが撮影時36かそこらだと知って、さらに仰天。
 作中の経過時間が20年以上に及ぶとかでもない限り、役者が実年齢より上のキャラクターを演じることは少ない。したがって『仕立て屋の恋』の仕立て屋は、ブランの実年齢と同年代の設定だろう(もっと若い設定なら、わざわざ若ハゲの俳優を使わんだろう)。今、改めて写真を見ると、私自身が50を超えたのもあって、50歳よりは若いのが判るが、それでも40代前半より下には見えん。頭髪の状態を差し引いてもな。
 ボネールのほうは、今見ても35歳だ。

 まあとにかく、主人公とヒロインの年齢設定が、当時想定してたよりだいぶ下となると、だいぶ感想が変わってくる(四半世紀余越しに)。特に主人公、50歳じゃなくて30代半ばとなると、愚かさの質が変わる。老いゆえの愚かさではなく、まだ若さが残っているからこその愚かさだ。
 ヒロインが35歳、あるいは20代後半なら、(まったく美人に見えないのを措いても)こんな愚かな女のどこに惹かれたのかまったく理解できず、単に自分(50歳)に比べれば若く、性欲から覗きをしているうちに恋愛感情も抱くようになっただけに思える。これが20歳そこそこということになれば、愚かさも「若さゆえの愚かさ」として愛しく思える、ということなのだろう。知らんけど。性欲から恋愛感情に、という点は変わらないが。
 女の嘘を信じて薔薇色の未来を夢見るという、悪い意味での「青さ」も、50歳だと醜悪なだけだが、30代半ばならまだなんとか……いや、それでも(覗きは措いといても、なお)相手が15歳も若いなのはキモいんだが、そういう話だから。

「冬の旅」感想

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ANORA アノーラ

 2024年公開。一応ネタバレ注意。

 2時間20分もあって、最初の45分を15分削れば傑作だったと思う(さらにもう何分か短くてもいい)。鑑賞対象としては男体より女体のほうが好きだから、アノーラが何も着てないか、ほとんど何も着てない画は目の保養だし、それを抜きにしても序盤のアノーラの「勤務風景」に尺を取るのは、彼女の生きる世界の描写として意味はある。
 しかし彼女がオリガルヒ(ロシアのグレーな財閥)の御曹司イヴァンと出会うと、このドラ息子の貧相な半裸もしくは全裸がしばしば画面に映り込むことになり、ちゃんと服を着ている場面でも頭の悪いイチャイチャが延々続く。

 この試練をどうにか乗り切ると、イヴァンの結婚を知った両親が激怒してアルメニア人のお目付け役を送り込み、途端にスラップスティックな展開になる。
 イヴァンは脱兎の如く逃げ出し、残されたアノーラはお目付け役の手下のアルメニア人と、さらにその手下のロシア人チンピラを相手に大立ち回りを繰り広げる(ポールダンサーなので身体能力が高い)。ところでアノーラが投擲した燭台は七本枝に見えたんだが、だとするとイヴァンはユダヤ系設定か(演じるマルク・エイデルシュテイン自身はユダヤ系ロシア人)。

 ひとまずこの4人で、イヴァンを探すということで話がつき、極寒のニューヨークを一晩中彷徨うことになる。ようやく見つけたイヴァンは泥酔していて、まともに話もできない。お目付け役はイヴァンの両親がアメリカに到着する前にアノーラを離婚させておくつもりだったが、ラスベガス(ネバダ州)で結婚したのでネバダ州まで行かないと離婚できないことが判明したので間に合わず、結局、両親も含めた全員でネバダ州まで行く羽目になる。
 イヴァンの両親は絵に描いたようなオリガルヒであり、その圧力の前に、イヴァンはヘタレな上にクズ、クズの上にヘタレという絵に描いたような本性を露わにする。しかし、せっかく育てた財閥を、こんなのに継がせる気か? 一瞬で更地にするのが目に見えてるじゃねえか。

 アノーラもイヴァンが親より自分を選ぶとは本気で思っていなかっただろうが、少しは庇ってくれる(それが愛ではなく、親への反抗からだとしても)と期待していたのは明らかで、初めて絶望に打ちのめされる。こんなヘタレに期待してしまった自分への絶望もあるだろう。それでも気丈に振る舞い続けるアノーラに、手下たちはだいぶ同情的になっていて、特に一番下っ端のイゴールは、チンピラなのに不器用で純情というあざとい造形で、最初の大立ち回りの段階ですでに好意を抱き始めているようだ。
 終盤、イゴールと二人きりになったアノーラは、彼のぎこちない好意に「わたしをレイプしようとしたくせに」と言う。暴れ回る彼女を取り押さえた時のことだ。「そんな気はなかった」と困惑するイゴールを、アノーラはなおも難詰するが、どうやら彼が本気で困惑していると気づくと、今度は彼女が困惑し、その困惑はすぐに不安に変わったように見える。

 もしかして彼女は、「レイプする男は被害者に性的魅力を感じている」と信じてるのか? それで、イゴールが彼女をレイプする気がなかった=彼女に性的魅力がなかったから、と考えて不安になったのか? レイプの被害と性的魅力を結びつけるのは歪んだ価値観だが(そしてその歪みを形成してきた背景を窺わせるが)、彼女がイヴァンに「見初められた」のは性的魅力に因るところが大きかったのは事実だし、彼女もそれは理解している。
 その彼を繋ぎ留められなかったのは性的魅力が足りなかったからだ、と彼女は考えたかもしれないし、かといってほかに何も持っていないことも承知しているだろう。イゴールに性的魅力を否定された、と捉えたなら不安に駆られるだろうし、また明らかに好意を寄せられているのに性的魅力は否定されるという状況に混乱もしたのかもしれない。

 イヴァンに棄てられたといっても、慰謝料として大金は手に入れたわけだが、それを元手に今後は堅実な人生を……なんて無理そうだよな。イゴールと関係を続けることになったとしても、速攻で破綻しそうだし。
 以下、『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』(2019)のネタバレ一応注意。

 アノーラ役のマイキー・マディソンは、同作でシャロン・テート殺害(未遂)犯の中で一番悲惨な殺され方をした子。あの殺されっぷりで本作の主役を射止めたんだとか。
 実行犯3人のうち女は2人だったけど、彼女は日本人というか東アジア的な顔立ち(かつ小柄)で目立ってたんだよな。東アジアといっても、南方寄りのやや濃いめの顔立ち。本作では特に序盤は厚化粧してることが多くて、それほどアジアっぽさは感じなかったが、すっぴんで疲れた顔してると、相変わらず社会派系の低予算映画で主役張りそうな面構えだ。なんか先祖にアジア系はいないけど、東欧系(ロシアとリトアニアとポーランド)がいるそうで、あの辺はだいぶ混血してるからな。

『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』感想(マイキー・マディソンには言及してません)

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冬の旅

 25年12月鑑賞。冒頭、畑の溝で若い女性が死んでいるのが発見される。警察が呼ばれるが、凍死した浮浪者だと片付ける。ここでナレーションが入り、「私」はこの女性モナが最後の数週間に出会った人々にインタビューして、その足跡を辿った、と語る。ネタバレしたからどうという作品でもないが、一応御注意。

 ナレーションは冒頭だけで、この「私」が何者なのかは最後まで明かされないが、アニエス・ヴァルダ監督自身が務めているので、モキュメンタリー的と言える。またモナの生前の場面と、「目撃者」たちがインタビューに答える場面の区別が不分明であり、毎回ではないが、モナが去った後、それを見送った目撃者が、そのままカメラに向き直り、姿の見えないインタビュアーに語り掛け始めたりするので、メタフィクションの要素も含んでいる。

 キャンプ道具を背負って一人で旅するモナは、「珍しい存在」として人々に強い印象を与える。しかしなんらかの影響を与えるほどではない。その点で、彼女は鏡のようだ。
 それは観客にとっても同様で、彼女を社会への反抗者だとして、その末路を犠牲者として同情するのも、あるいは登場人物の幾人かのように、怠惰な落伍者と見做して自己責任論を振り翳すのも、あるいは彼女と出会った人々の反応を単純に男女で二分してジェンダー論を持ち出すのも(もちろん同じ放浪者でも男であれば、ここまで過酷な目には遭わないが)、いずれも彼女の一面しか見ていない。
 単純な解釈ができない、というかしたくない作品である。

 彼女のバックグラウンドは一切触れられない。冬とはいえ、たった数週間で坂を転がり落ちるようにボロボロになっていくので、放浪を始めてから実はそれほど長くないのだろうと推測できる程度である。
 回想(モナの生前)は、「私には彼女が海から来たように思える」というナレーションと共に冬の海から全裸で上がって来る彼女から始まる。だからこの物語は寓話で、彼女は実際に鏡としての役割を負わされているのかもしれない。寓話は寓話として明示してほしい派なので、その点、本作は冒頭からかなりはっきり示してくれるのでありがたい。

 ただしフランスの田舎の町や村、農場に暮らす人々やその家屋がやたらリアリティのある不潔さで、その中で不潔だ不潔だと評されるモナが、そこまで不潔に見えないのが、かなりノイズになった。確かに衣服は汚くて傷んでるし、髪はボサボサを通り越してベタベタしてそうだし、歯は黄色いし、手や爪も汚れがこびり付いている。しかしその割に、顔だけは汚れてない。洗ってる様子もないのに。肌が荒れてないのは 放浪期間の短さで説明がつくにしても、唇は短期間でも荒れるぞ。冬だし。
 ほかにも、爪がずっと短いままだとか(爪切りなんか持ってるはずもない。手のほうは嚙み千切ってるとして、足はどうなだ)、体臭がひどいと言及してるのは1人だけで、その1人も含めて、誰も悪臭に怯んでいる描写がないとか。いや、詳しい描写なんか要らんが、何しろ周囲の不潔さのリアリティ・ラインが高すぎてな。周りが小奇麗だったら、彼女は充分すぎるほど不潔なんだが。

 あと気になったのは、序盤のBGMが妙にぶちっと切れるとこくらい。中盤からはマシになったので、意図的な演出ではない。いい感じのストリングスなので、余計に気が散らされた。
 BGMではなく、劇中でラジオ等から流れているポップミュージックはどれもよかった。80年代のフレンチポップスは全然知らないんだけど(まあ、ほかの年代もあんまり……)、アメリカのポップスとは全然違うんだな。80年代のアメリカ映画だと、ほかの要素(脚本、演技、演出、カメラワーク等)は全部いいのに、流れてるポップスがクソダサくてクソダサくて、観続けるのが苦痛なことがままある。いや、80年代の曲でも、好きなのはあるけどさ。

 撮影だけでも相当過酷だったと思われるが、モナ役のサンドリーヌ・ボネールは67年生まれなので、撮影時17歳。パトリス・ルコント監督の『仕立て屋の恋』の時は、「若く美しい女」扱いなのが納得いかなかったんだが、本作では年齢相応に可愛い。作中ではすごく可愛い扱いだが、美的感覚の違いで納得できる範囲。
 ……って、『仕立て屋の恋』は89年だから、21、2歳? 35歳くらいかと思ってた……今、写真見てもそう見える。たった4年で17、8年分老けたんか。角張ったいかつい顔になってるのもあって、頭に巻いたふわふわのでっかいリボンがきっつ……
 で、主人公の仕立て屋(ミシェル・ブラン)は50歳くらいだと思ってたら、52年生まれだから、えっ、36、7歳!?

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イスマイール一世は本当に「邪悪なほどに」美しかったのか? 余談

 鈴木董氏の『オスマン帝国 イスラム世界の「柔らかい専制」』(講談社現代新書)によると、サファヴィー朝ペルシアの創始者イスマイール一世(1487-1524年。1501年建国)は「彼を実見した西欧人が、「余りにも美しく、邪悪なものを感じさせるほどだ」と感嘆したこの美少年は、同時に苛烈な君主でもあった。」そうです。しかしイスマイール一世に関する日本語文献は幾つか読んできましたが、彼を「邪悪なほどに」美しかったとする記述は同書しかなかったので、本当にそうだったのか、そう評した「西欧人」とは誰だったのか調べてみました。
 結論といたしましては、「日本語と英語で調べたけど一次資料も二次資料も見つからなかった」という残念なことになってしまいました(日本語でググると、イスマイールが「邪悪なほど美しいと評された」という主旨の発言がちらほら見つかります。が、典拠が挙げられているものは一つも見つけられませんでした。まあほぼ確実に上記『オスマン帝国』一点のみだと思われます)。しかし、イスマイール一世と西洋諸国との関係についていろいろ知ることができたので、「そう評した人物がいたとしたら、いつ、どんな立場でイスマイール一世に会ったのか」は一応推測することができたのでした。

其の一
其の二
其の三

 今回は、調査の過程で拾った小ネタを二つ紹介します。まずはイスマイール一世の肖像画について。
 イスマイールがオスマン帝国に敗北し(1524年)、西洋諸国と対オスマン同盟を結ぶ試みも頓挫した後も、西洋の民間人の間ではイスマイール人気は継続していました。
論文IDENTIFICATION OF PORTRAIT FEATURES OF SHAH ISMAIL I ACCORDING TO THE 16TH CENTURY EUROPEAN SOURCES(ダウンロードはこちらからhttps://dergipark.anas.az/index.php/pac/article/view/3120)によれば、イタリアの医師・歴史家・聖職者のパオロ・ジョヴィオPaolo Giovio(1483-52)は、1551年に刊行したラテン語の伝記集Elogia virorum bellica virtute illustrium(「戦の誉れにより輝ける男たちの頌辞集」くらいの意味)で、イスマイールについて「私が知る限り、評判と名声が世界の隅々まで届いている唯一の人物である」と記しています。
 ちなみにこの論文の著者Elshad Aliyevはアゼルバイジャンの人です。イスマイール一世を研究しているのは、やはりサファヴィー家のルーツがアゼルバイジャンにあるからでしょうね。

 さてパオロ・ジョヴィオは肖像画コレクターとしても有名で、「ジョヴィオ・シリーズ」と呼ばれる全484点に上るコレクションは、彼の別荘に展示されていました。1552年に彼が死去すると、トスカーナ大公コジモ一世はフィレンツェの画家クリストファーノ・デル・アルティッシモに、それらの肖像画を模写するよう命じました。デル・アルティッシモは1589年までに少なくとも280点を模写し、それらは1591年、ウフィツィ美術館の前身である庁舎(uffizi=office)の回廊に展示されました。其の一で紹介したイスマイール一世の肖像画は、その一枚ですね。
 コジモ一世がなぜオリジナルのジョヴィオ・シリーズを買い取らず、模写させたのか、それについて言及しているテキストは見つけられませんでした。質や画風にだいぶバラつきがあったでしょうから、統一したかったのかもしれません。模写といってもデル・アルティッシモは正確なコピーを作ったのではなく、自分の画風を取り入れているので、確かに統一感があります。
Giovio Series - wikipedia: Gallery of copies by Cristofano dell'Altissimo https://en.wikipedia.org/wiki/Giovio_Series#Gallery_of_copies_by_Cristofano_dell'Altissimo

 オリジナルのコレクションはその後、大半が散逸してしまい、現存しているのはわずかで、その中にイスマイール一世はありません。オリジナルのイスマイール一世像を描いた画家について言及しているテキストは見つけられませんでしたが、その人物がイスマイール一世本人を実見した可能性は、皆無ではない、という程度でしょう。

 上述のジョヴィオの伝記集は、1575年にスイスのバーゼルで出された版で初めて各人物の肖像画が挿絵として付きました。画家はスイス人のトビアス・スティンマーTobias Stimmerで、ジョヴィオ・シリーズのオリジナルを基にして描いたそうです。
 つまりスティンマー(左)とデル・アルティッシモ(右)のイスマイール一世像は、同じ絵(現存せず)を基にしているというわけです(以下、画像はWikipediaから。スティンマー作品は部分)。
Hysmael_sophus_shah_ismail_imag_20260520144401
Portrait_of_shah_ismail_i_inscr_20260520144401

 これら二点の模写からすると、オリジナルのイスマイール一世像は整った顔立ち、かつ紅毛白皙だったのでしょう。明らかに、其の一で紹介したイタリア人たちの目撃証言を参照していますね。ただし彼らによれば、口髭以外は剃っていたそうですが(だからオリジナルを描いた逸名画家自身がイスマイールを実見している可能性は、だいぶ低い)。

 ところで『三日月(クレセント)の世紀 「大航海時代」のトルコ、イラン、インド』(那谷敏郎 新潮社)の第二章に、次のような記述があります。「今、イタリアのフィレンツェ、ウフィツィ美術館に残る、同時代のイタリア人画家によるイスマーイールの像を見ると、彼は背が高く肩幅広く端正な面貌で、赤い口髭以外はきれいに剃り頭髪は薄い。」
 ……すみません、どんなにググってもウフィツィ美術館所蔵のイスマイール一世肖像画は、前出デル・アルティッシモ作品しか出て来ないんですけど……これも著者御本人が情報開示してくださらない限り、解決不能な「謎」ですかね。

 イスマイール一世本人を実見して描いた肖像画というのもあって、宮廷画家として彼に仕えたベフザード(ビフザード)の作品です。
Shah_ismail_i_safavid_behzad

 ベフザードは伝統的な画風を一新し、写実的な様式を作り上げたそうで、下のダルヴィーシュ(修行者)像なんかはまさにそうですが、上のイスマイール一世像は……ちょっと……
Behzad_portrait_of_a_dervish
 目鼻の描き方等、まったく写実的ではありませんし、ベフザードの作品には贋作が多く、真作と断定できるのはごくわずかだそうで、その上、「繋がった眉」と「太鼓腹」は『千夜一夜』でも言及される、前近代イスラム世界の伝統的な「美の記号」です(なお男女共通)。まあだから、イスマイール一世が実際にこういう容姿だったとは思わなくていいんじゃないかと……口髭だけってのは、イタリア人の証言どおりではありますが。

 小ネタその二。
 Palmira Brummettの論文The Myth of Shah Ismail Safavi(グーグルスカラーhttps://scholar.google.com/?hl=jaで検索すれば、PDFがダウンロードできます) 「シャー・イスマイール・サファヴィーの神話」チャルディラーンの戦い(1524)以前のイスマイール一世と西洋諸国の関係について知ることができたという点で、たいへん貴重な資料でした。
 しかしこの著者の原典資料の扱いで、気になる点が少々……

 論文中何度も「カテリーノ・ゼノCaterino Zenoの報告account」が引用されるのですが、それらの出典はすべてA narrative of Italian travels in Persia, in the fifteenth and sixteen centurieshttps://archive.org/details/narrativeofitali00greyrich/page/n3/mode/2up
『15-16世紀イタリア人のペルシア旅行記集』収録のTRAVELS IN PERSIAです。
 この『イタリア人のペルシア旅行記集』は、ジョヴァンニ・バッティスタ・ラムジオ
Giovanni Battista Ramusio(1485-1557)というヴェネツィア人が編纂した旅行記集から、1873年に英国でチャールズ・グレイCharles Greyが四篇を編訳したものです。上記のイスマイール一世を実見した二人のイタリア人の旅行記も収録されています。

 で、「ペルシアの旅」TRAVELS IN PERSIAの著者とされるカテリーノ・ゼノ(By Caterino Zenoと明記されている)は、1418年生まれのヴェネツィアの外交官です。1471年、当時ペルシアを支配していた白羊朝のウズン・ハサン(在位1453-78年)の許へ派遣され、73年か74年に帰国しています。
 問題は、ゼノは1478年に没していることです。それが1501年のイスマイール一世によるタブリーズ(白羊朝首都)攻略を報告してるってどういうこと????

『イタリア人のペルシア旅行記集』の英語編訳者チャールズ・グレイによる序文と、イタリア語原書の編纂者ラムジオによる「ペルシアの旅」の序文に付されたグレイの注で、やや不明瞭ながら説明されています。「ペルシアの旅」はBy Caterino Zenoと明記されているにもかかわらず、実際にはゼノではなくラムジオの著作なのです。
 ウズン・ハサンからイスマイール一世までのペルシア情勢の概説で二部構成、第一部(BOOK FIRST)はゼノの書簡を主な資料としていますが、第二部(BOOK SECOND)はウズン・ハサン死後を扱っているので、もうゼノはまったく関係ない。
 なおゼノの書簡以外の資料については、ラムジオもグレイもまったく触れていません(私が見落としているのかもしれませんが)。
 第二部はチャルディラーンの戦い(1514年)後のイスマイールとオスマン帝国のセリム二世(在位1512-20)との交渉で終わっているので、ラムジオの執筆は1520年以前ということなり、イスマイール一世の同時代資料には違いありません。が、「ゼノの報告」では絶対にない。もう死んでるんだから。
 ちなみにラムジオは一貫してイスマイール贔屓です。彼が参照した資料もそうだったのでしょうね。

 編訳者グレイによる序文と原書の編纂者ラムジオによる序文の注(グレイによる)を読み落としても、第一部では私(I)すなわちラムジオが、「ゼノ殿」M. Zeno(「M.」はMessereの略)の事績を語ってるので、ゼノが著者じゃないのは明白なんですけどね。おそらくPalmira Brummettは先行研究で「ペルシアの旅」中のイスマイールについての記述を知り、グレイの序文もラムジオの序文の注も第一部も無視して第二部だけ読み、しかもゼノの没年の確認すら怠ったのでしょう……
 ……と思いきや、「ゼノの報告」の出典として挙げているテキストの名前が、「ペルシアの旅」TRAVELS IN PERSIAでも、それが収録されている『15-16世紀イタリア人のペルシア旅行記集』A narrative of Italian travels in Persia, in the fifteenth and sixteen centuriesですらない! 
 Zeno, Travels to Tana and Persia, book II(ゼノ、『タナとペルシアへの旅』、第二部)とあるんですが、この『タナとペルシアへの旅』はゼノの後任のヨサファト・バルバロJosafat Barbaro(1494年没)とアンブロジオ・コンタリーニAmbrogio Contarini(1499没)の報告書で、これも1873年に英訳されたものです。
 一応、A narrative of Italian travels in Persia, in the fifteenth and sixteen centuries『15-16世紀イタリア人のペルシア旅行記集』との合本版も出てますが、こちらにも「ペルシアの旅」がツェノではなくラムジオの著作だと説明している序文と注はちゃんと付いています(Googleブックスのサンプルで確認https://books.google.co.jp/books/about/Travels_to_Tana_and_Persia_and_A_Narrati.html?id=bFuUJ3u9ZWYC&redir_esc=y)。
 WikipediaによればPalmira Brummettは実績ある中東史研究者だそうですが、そんな人がこんなしょうもないミスを? 
 それだけじゃなく、タブリーズに入城したイスマイール一世についてのペルシアの歴史家ハサン・ラムルーHasan Ramuluの記述を引用し、これをラムルーの目撃談としているんですが、彼の生年は1530または31年ですよ……

 イスマイール一世についての「ペルシアの旅」の記事を、ラムジオではなくゼノの著作として引用・紹介しているのはBrummettだけではありません。ざっとググっただけでも論文やエンサイクロペディア・イラニカ、Wikipediaを含む多数の英語記事が見つかります(そしてゼノではなくラムジオの著作だとする記述は見つからない)。いや、誰もゼノの没年調べないんかい。

 史学科の先生方には一回生の時点からずっと「典拠を提示しない二次資料は使うな」「提示されている典拠には必ず当たれ」と、耳に胼胝ができるほど言い聞かされてきたものです。前者はともかく後者については「原文が引用されてたら原典まで確認しなくてもいいじゃん」と最初の頃は思ってたんですが、原典に当たってみると「……あれ? 前後の文脈からすると、あの論文の解釈は違くない?」ということが、たまーにあったんで、原典確認は大事だとは解ってたんですけどね。
 いやそれにしたって、これはひどいな……主要資料であるSanudoのDiariiは確認できないんだけど(イタリア語原典はネットで閲覧できますが、確認はちょっと無理……)、これも変な引用の仕方してたりしないよね……?

 一抹の(どころではない)不安を抱えつつ、イスマイール一世についての記事はこれで終わります。

其の一
其の二
其の三

「テンプル騎士団とフリーメイソンの謎」 原典確認は大事だよね、って記事です。

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触手

 2016年公開。原題はla region salvaje「野性の領域」ってとこか。まあ邦題どおり触手が出てくる。しかも生物学用語のほうじゃなくて、エロ用語のほうの触手。宇宙から飛来してきた生物で、「究極の快楽」を与えてくれる、という設定。
 しかし本作がヴェネツィア国際映画祭で最優秀監督賞受賞してることから察せられるとおり、触手生物はアマト・エスカランテ監督の母国メキシコを蝕む麻薬のメタファーである。満たされない生活を送る者たちは「究極の快楽」を与えてくれる触手に夢中になるが、触手は次第に暴力的になっていく。それでも依存し続ければ、最終的に殺されてしまう。麻薬以外の何ものでもない。

 映画感想を書く際には毎回、監督のインタビューやマスメディアによるレビューを参照するために、とりあえずググるんだが、今回は比較的最近で、しかもヴェネツィア国際映画祭受賞作だってのに、そういうのがまったく出てこない。個人による感想すら、やたら少ない。ざっと見たところ、ほとんどの人が戸惑ってるか貶してる。
 ヴェネツィア国際映画祭の権威から高尚なものを期待したらエログロだったので戸惑ってる人か、海外では知らんが日本ではこんな邦題かつ「SFエロティックホラー」または「SFエロティックスリラー」で売ってるので、それを期待したら外れたので戸惑ってる、または貶してる人の三派に大別できるようです。
「ヴェネツィア国際映画祭で受賞するような映画のフォーマット」「ホラー映画のフォーマット」「エロ映画のフォーマット」のいずれかを予想して、それに当て嵌まらなかったので戸惑う/貶す、といった感じですかね。なんらかの社会問題のメタファーとしてホラー映画のクリーチャー等を持ってくるのは、特に珍しくもない。それらのうちの、例えば『第9地区』(2009)のようにまともに評価されている作品と比べて、本作は何が悪かったのか。やっぱ触手か? でもなんで日本でだけ?

 麻薬の快楽を性的快楽に置き換えたのは如何にも安易ではある。でも映画というメディアで「究極の快楽」を表現するとなると、やっぱりエロが最適なんかなあ。ほかの方法で表現するとなると、抽象的でふわっとしてしまうか、滑稽になるかのどっちかだろう。
 しかしそれで、なんで国際的には高く評価されたのに日本でだけ?という問題は解決されないから、やはり日本人の脳に「触手=エロ」のイメージが深く刻み込まれすぎているのではあるまいか。
 しかし現代日本のエロ触手のルーツって、北斎の蛸じゃなくてアメリカのパルプ誌時代のSF(のイラスト)だよな。しかし現代欧米におけるエロ触手(本作も含む)のルーツって、パルプ誌SFじゃなくて日本の二次元アダルトコンテンツだよな。文化は伝播し合い、混交する。

 以下、余談。
 2006年初めにメキシコに行き、1週間滞在したんだが、治安はいいし街はきれいだし、人も親切だった。物売りの人たちですら、no gracias(結構です)と言えばあっさり引き下がり、さらにperdon(ごめんなさい)と付け加えれば、にこにこ笑って手を振ってくれた。それがたった2年かそこらで、あんなことになってしまうとは。
 ただ着いて早々、空港で容疑不明の取り調べを受けた。クレジットカードではなく現金とTCを持ってる理由をしつこく追及されたことからすると、麻薬関連の容疑だった可能性が高いんだが、現地の日本人ガイドは、そんな事例は聞いたこともなく容疑も見当がつかないと言っていた。だからもしかしたら、急激な悪化がまさに始まろうとしていたのかもしれない。

『第9地区』感想

「メヒコ旅行記」(全6回)

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