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仕立て屋の恋

 90年代後半鑑賞。再鑑賞ではなく思い出し。知識も理解力も今より少ない頃に観た割に、ググって出てくるあらすじと照らし合わせると、よく憶えてるし、ちゃんと理解できていたようだ。
 ただし当時は、主人公(ミシェル・ブラン)が50歳、ヒロイン(サンドリーヌ・ボネール)が35歳くらいだと思ってた。ヒロインは周囲からの扱い、恋人の言いなりになって犯罪の片棒を担ぐ愚かさ、パステルブルーのでっかいふわふわリボン(死ぬほど似合ってない)などからすると、女優の実年齢より若い、20代後半くらいの設定かもしらんな、だいぶ無理があるけと、などと思いつつ鑑賞したわけだ。

 しかし先日、これもサンドリーヌ・ボネールがヒロインの『冬の旅』(1985)を観て、ボネールは撮影時17歳くらいで年齢相応の可愛さなのに、『仕立て屋の恋』はわずか4年後だと知り、仰天する。ついでにミシェル・ブランが撮影時36かそこらだと知って、さらに仰天。
 作中の経過時間が20年以上に及ぶとかでもない限り、役者が実年齢より上のキャラクターを演じることは少ない。したがって『仕立て屋の恋』の仕立て屋は、ブランの実年齢と同年代の設定だろう(もっと若い設定なら、わざわざ若ハゲの俳優を使わんだろう)。今、改めて写真を見ると、私自身が50を超えたのもあって、50歳よりは若いのが判るが、それでも40代前半より下には見えん。頭髪の状態を差し引いてもな。
 ボネールのほうは、今見ても35歳だ。

 まあとにかく、主人公とヒロインの年齢設定が、当時想定してたよりだいぶ下となると、だいぶ感想が変わってくる(四半世紀余越しに)。特に主人公、50歳じゃなくて30代半ばとなると、愚かさの質が変わる。老いゆえの愚かさではなく、まだ若さが残っているからこその愚かさだ。
 ヒロインが35歳、あるいは20代後半なら、(まったく美人に見えないのを措いても)こんな愚かな女のどこに惹かれたのかまったく理解できず、単に自分(50歳)に比べれば若く、性欲から覗きをしているうちに恋愛感情も抱くようになっただけに思える。これが20歳そこそこということになれば、愚かさも「若さゆえの愚かさ」として愛しく思える、ということなのだろう。知らんけど。性欲から恋愛感情に、という点は変わらないが。
 女の嘘を信じて薔薇色の未来を夢見るという、悪い意味での「青さ」も、50歳だと醜悪なだけだが、30代半ばならまだなんとか……いや、それでも(覗きは措いといても、なお)相手が15歳も若いなのはキモいんだが、そういう話だから。

「冬の旅」感想

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