« イスマイール一世は本当に「邪悪なほどに」美しかったのか? 其の三 | トップページ | イスマイール一世は本当に「邪悪なほどに」美しかったのか? 余談 »

触手

 2016年公開。原題はla region salvaje「野性の領域」ってとこか。まあ邦題どおり触手が出てくる。しかも生物学用語のほうじゃなくて、エロ用語のほうの触手。宇宙から飛来してきた生物で、「究極の快楽」を与えてくれる、という設定。
 しかし本作がヴェネツィア国際映画祭で最優秀監督賞受賞してることから察せられるとおり、触手生物はアマト・エスカランテ監督の母国メキシコを蝕む麻薬のメタファーである。満たされない生活を送る者たちは「究極の快楽」を与えてくれる触手に夢中になるが、触手は次第に暴力的になっていく。それでも依存し続ければ、最終的に殺されてしまう。麻薬以外の何ものでもない。

 映画感想を書く際には毎回、監督のインタビューやマスメディアによるレビューを参照するために、とりあえずググるんだが、今回は比較的最近で、しかもヴェネツィア国際映画祭受賞作だってのに、そういうのがまったく出てこない。個人による感想すら、やたら少ない。ざっと見たところ、ほとんどの人が戸惑ってるか貶してる。
 ヴェネツィア国際映画祭の権威から高尚なものを期待したらエログロだったので戸惑ってる人か、海外では知らんが日本ではこんな邦題かつ「SFエロティックホラー」または「SFエロティックスリラー」で売ってるので、それを期待したら外れたので戸惑ってる、または貶してる人の三派に大別できるようです。
「ヴェネツィア国際映画祭で受賞するような映画のフォーマット」「ホラー映画のフォーマット」「エロ映画のフォーマット」のいずれかを予想して、それに当て嵌まらなかったので戸惑う/貶す、といった感じですかね。なんらかの社会問題のメタファーとしてホラー映画のクリーチャー等を持ってくるのは、特に珍しくもない。それらのうちの、例えば『第9地区』(2009)のようにまともに評価されている作品と比べて、本作は何が悪かったのか。やっぱ触手か? でもなんで日本でだけ?

 麻薬の快楽を性的快楽に置き換えたのは如何にも安易ではある。でも映画というメディアで「究極の快楽」を表現するとなると、やっぱりエロが最適なんかなあ。ほかの方法で表現するとなると、抽象的でふわっとしてしまうか、滑稽になるかのどっちかだろう。
 しかしそれで、なんで国際的には高く評価されたのに日本でだけ?という問題は解決されないから、やはり日本人の脳に「触手=エロ」のイメージが深く刻み込まれすぎているのではあるまいか。
 しかし現代日本のエロ触手のルーツって、北斎の蛸じゃなくてアメリカのパルプ誌時代のSF(のイラスト)だよな。しかし現代欧米におけるエロ触手(本作も含む)のルーツって、パルプ誌SFじゃなくて日本の二次元アダルトコンテンツだよな。文化は伝播し合い、混交する。

 以下、余談。
 2006年初めにメキシコに行き、1週間滞在したんだが、治安はいいし街はきれいだし、人も親切だった。物売りの人たちですら、no gracias(結構です)と言えばあっさり引き下がり、さらにperdon(ごめんなさい)と付け加えれば、にこにこ笑って手を振ってくれた。それがたった2年かそこらで、あんなことになってしまうとは。
 ただ着いて早々、空港で容疑不明の取り調べを受けた。クレジットカードではなく現金とTCを持ってる理由をしつこく追及されたことからすると、麻薬関連の容疑だった可能性が高いんだが、現地の日本人ガイドは、そんな事例は聞いたこともなく容疑も見当がつかないと言っていた。だからもしかしたら、急激な悪化がまさに始まろうとしていたのかもしれない。

『第9地区』感想

「メヒコ旅行記」(全6回)

映画感想INDEX

|

« イスマイール一世は本当に「邪悪なほどに」美しかったのか? 其の三 | トップページ | イスマイール一世は本当に「邪悪なほどに」美しかったのか? 余談 »

思い出し鑑賞記」カテゴリの記事