WANDA/ワンダ
1970年公開。脚本・監督・主演のバーバラ・ローデンのことは全然知らなかった。本作は彼女の最初で最後の監督作品で、ヴェネツィア国際映画祭で外国語映画賞を受賞するも、アメリカ本国では永らく忘れ去られていた。ローデンはその後、主に舞台劇の監督として活動したが、80年に48歳の若さで病没。本人の業績より「エリア・カザンの妻」として知られていたが、近年ようやく再評価されつつあるという。
映像そのものに視線が釘付けになってしまう映画というものはあって、たとえば『ブルータリスト』(2024)は計算され尽くした構図の美しさゆえなんだけど、本作の映像に美しさはない。うらぶれた風景とうらぶれた人々しか映っていない、かつ如何にも即興的な映像で、実際の撮影も即興的で、出演者も主演二人以外は素人ばかりだったそうである。
プロットも、貧しく無気力な女が状況に流されていくだけで、「劇的」な展開も場面も皆無である。それなのに終始、目が離せなかった。いやもちろん、『ブルータリスト』のように「圧倒される」映像ではまったくなかったんだけどね。どう表現したらいいのかわからん。
本作は米国におけるインディペンデント映画の草分けとされているそうだが、まあインディペンデント映画に限らず、「劇的」でない映画というのは、多かれ少なかれ「忍耐」を要するものが少なくない。退屈だったり、わけがわからなかったりするのを、「我慢」して観ているうちにおもしろくなってきて、最終的には「辛抱した甲斐があった」となる作品もあれば、その甲斐がなかった作品もある。後者でも、何年も後に機会があって再鑑賞すると良さが解るものもあるけど。機会がなければそのままだし、再鑑賞してもやっぱり……のこともある。
そういう経験からしても、本作のような作品は珍しい。
BGMが一切ないことも、没入感を高めている。映像作品(および舞台劇)のBGMというのは、おしなべて没入感を高めるために用いられる。しかし少なくとも私は、BGMのせいで没入感を削がれてしまうことが、まあまあ少なくない。一番多いのは、制作者の意図(感動させたい、興奮させたい、怖がらせたい、悲しませたい、笑わせたい等々)が露骨すぎて白けてしまう音楽や効果音。
さあ感動しろ、興奮しろ、怖がれ、悲しめ、笑え等々、あまりにも「それっぽく」て辟易するだけでなく、制作者の意図はそうやって視聴者の感情を操作したいんだろうけど、なんかチグハグだとか、もっとシンプルに音がうるせえとか、曲がクソダサいとかで気が散ることもある。意外に割合が多いのが、せっかく過不足なく場面に合致した曲で、制作者の目論見どおり気分が乗ってたのに、いきなりブチっと切れて我に返らされるケース。
本作は、劇中の誰かによってレコードが掛けられたり演奏されたりする音楽以外、劇中の「現実」に存在しない音は聞こえない。それが、登場人物たちを実際に目の当たりにしているような効果を生んでいる。
まあとにかく、不思議な映画でしたよ。
(一応リンクを貼っておきます)『ブルータリスト』感想
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