イーゴリ公
レニングラード国立歌劇場。何かえらくカットされてたんで(ちらしによると「プロローグと2幕4場」)、後でマリンスキー劇場版(「プロローグと4幕」)と照らし合わせてみたら、どうもどれだけ他人の手が入っているかがカットの基準らしい。というわけで、第3幕は1曲目の「ポーロヴェツ人の行進」以外は全部カットされている。ほかにもあちこち。その上で再構成されてたわけだが、それだけ刈り込まれても2時間半以上あったし、ある意味ダイジェスト版みたいな感じでよかったんじゃないかと。何しろ、マイナーといえばマイナーな作品だからか、年配の観客ばかりで、これ以上の長丁場はきつかったでしょう。実際、具合悪くなって途中退席した人もいてたし。
フェスティバルホールは二度目。初めて行った時は、二階席の後ろのほうで(それでもA席だった)、シートも通路も狭くて急傾斜で怖いし、残響がノイズになって聞こえるし、そもそもその時の演奏が値段の割りにしょぼかったんで 以来避けてたんだが、『イーゴリ公』を観られる機会なんかそうそうあるもんじゃない、ましてロシアにどっぷり浸かってるこの時期に、というわけでS席で観ましたが……
クラシックをまともに聴くようになったのが『グアルディア』以来だから、演奏会に行った回数は少ない。CDをヘッドホンで聴く習慣が付いてしまったのは、問題かもしれない。近所迷惑を考えなくていいんで、いくらでも音量を上げられる。ソナタとか、音の厚みが少ない曲だとそういうことはしないんだが(奏者の呼吸音とか入っちゃってる録音が多いしな)、オーケストラともなれば、それはもう気持ちよく大音量で聴く(そして書く)。で、演奏会に行くと、交響曲や協奏曲なら問題ないが、オペラだと音量が物足りなく感じてしまう(それでもなお、生の迫力ってのは換え難いんだが)。そう反省しつつ、今も大音量でマリンスキー劇場版聴いてます。
しかしヤロスラーヴナ役のオクサーナ・クラマレワの声は、声量も充分な上に表現力も豊かだった。男声はガリツキー公が一番で、二人の重唱は素晴らしい。最大の見所は、やっぱり「だったん人の踊り」になるんだろうけど、臆面もないオリエンタリズムは凄いというか凄まじくて、たいそう楽しかったです。ロシアの服飾史や美術史には詳しくないんだが、ロシア側の場面の舞台美術や衣装、小道具が、それなりの考証を経ていると思わせる「それらしさ」なのに対して、ポロヴェーツ(トルコ系遊牧民族)側の「それらしさ」がなー。いや、素敵素敵。それにしても肝心のバレエが、「東洋風」振り付けということなのか、低い姿勢を取ることが多くてよく見えませんでした、前列の人たちの頭が邪魔で。
オリエンタリズムを含め、エグゾティシズムは願望の投射であるわけだけど、ガーリツキイ公と取り巻きたちのやりたい放題もまた、中世ロシアへの(19世紀ロシア人による)願望の投射だなあ。
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