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<title>事実だけとは限りません</title>
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<description>仁木稔のブログ。一部フィクション。</description>
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<title>フィツカラルド</title>
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<description>　1982年公開。本作と『アギーレ／神の怒り』(1972)は、ヴェルナー・ヘルツ...</description>
<content:encoded><![CDATA[<p><span style="font-size: 12pt;">　1982年公開。本作と『アギーレ／神の怒り』(1972)は、ヴェルナー・ヘルツォーク＋クラウス・キンスキー＋アマゾン奥地の組み合わせがとにかくヤバいということで、20代の頃からいつかは観たいと思っていた。さらに「にんげんのくに」(2015)の下調べをしていた時に、どちらも史実を基にしていることと、ロケがとにかくガチだということを知る。<br /></span><span style="font-size: 12pt;">　その後、『アギーレ』を先に観て、『トーキングヘッズ叢書№81　野生のミラクル』掲載の「密林の〝パラダイス〟――管理された野生」を書く(なのでブログに感想は上げません)。</span></p>
<p><span style="font-size: 12pt;">　本作の主人公のモデルとなったカルロス・フィツカラルドについては、Wikiに日本語の記事がある。が、プエルト・マルドナド市を設立したなどと述べていて信用できない(複数の英語記事を参照したところによると、市の発展に貢献した一人だということである)。<br /></span><span style="font-size: 12pt;">　英語版によれば1862年、ペルー生まれ。父親はアイルランド系アメリカ人で母親はペルー人。映画でも名乗っているとおり、元の姓はフィッツジェラルド。<br /></span><span style="font-size: 12pt;">　若くしてゴム成金となる。ゴムの樹が大量に生育しているが大型船が通過できる川がないため手つかずになっていた土地から、独創的な方法で大量のゴムを運搬してさらに財を成す。その方法というのが、難所の手前でいったん船を陸に揚げて解体し、狭い地峡(フィツカラルド地峡と名付けられた）を越えて別の川に出てから再び船を組み立てる、というものであった。お蔭で「天然ゴムの王」と呼ばれるまでになったが、1897年に船の事故により35歳の若さで死去。</span></p>
<p><span style="font-size: 12pt;">　ヘルツォーク監督は船を解体せず、そのまま山越えさせた。そしてそんなことをやってのける男として、フィツカラルドを中年の夢追い人に設定した。彼の夢とは、辺境の町イキトスにオペラハウスを建てることである。<br /></span><span style="font-size: 12pt;">　実在のフィツカラルドのほうは、別段オペラを愛好していたわけではなかったようだ。ヘルツォーク監督が「夢」としてオペラを選んだ理由は不明だが、ブラジルの都市マナウスのオペラハウス「アマゾナス劇場」は、19世紀末から20世紀初頭のゴム・ブームの象徴として(その後のゴム・ブーム終焉による凋落も含めて)、南米近現代史では結構有名だ。それに廃墟となっていたアマゾナス劇場が大改修により復活したのが1970年のことだというから、『アギーレ』の撮影時にでも知ったんじゃないかな。<br /></span><span style="font-size: 12pt;">　で、そのアマゾナス劇場のこけら落としが1897年で、史実のフィツカラルドが死んだ年だから、時代を少しずらして20世紀初頭にした、と。</span></p>
<p><span style="font-size: 12pt;">　当時のマナウスの繁栄の象徴として、オペラハウスと並んで語られるのが、「ゴム成金たちは衣類を大西洋の反対側のパリやポルトガルまで運んで洗濯させていた」というエピソード。本作でも言及されていて、その理由を「アマゾンの水は汚いから」としていた。<br /></span><span style="font-size: 12pt;">　まあそれも理由の一つではあるんだろうけど、私が読んだ本(タイトル忘れてしまいました)によれば、「現地に高級衣類を洗濯する技術がないから」ということだった。メスティソ(白人と先住民の混血)や黒人の貧しい洗濯女たちは、どれだけ高価な衣類だろうと、アマゾンの水に浸して岩の上に広げ、石でガンガン叩く、という洗い方しか知らなかったそうで、絹のシャツなんか繊維状にまで分解される。</span></p>
<p><span style="font-size: 12pt;">　本作の冒頭、件のアマゾナス劇場でヴェルディの『エルナーニ』が上演される。ステージ近くの壁に主役二人の名前が掲示されている。実在の高名な歌手エンリコ・カルーソーと……サラ・ベルナール!?<br /></span><span style="font-size: 12pt;">　いや、ベルナールはオペラ歌手じゃないよ？　あ、だから口パクなのか(オーケストラピットでふくよかな若い女性が歌っている)。史実でもそんなことあったの……？と混乱していると、カメラがステージ上のベルナールに近づいていく……これ、男だ。<br /></span><span style="font-size: 12pt;">　つまりヨーロッパ製の高価な衣服を取り寄せることはできても洗濯すらできないのと同様、その服を着て、ヨーロッパから取り寄せた資材と呼び寄せた建築家や職人で建設した絢爛豪華なオペラハウスに行っても、サラ・ベルナールが偽者だと気づけない、成金の都ということなのである。<br /></span><span style="font-size: 12pt;">　というか、20世紀初頭だと彼女はすでに60歳前後である(まだまだ現役ではあったが)。マナウスの成金たちは彼女について、「なんか名前聞いたことある」程度で、オペラ歌手だと言われて鵜呑みにしたのであろう。にしても偽者をわざわざ男にしたのは、少々やりすぎの感があるが。</span></p>
<p><span style="font-size: 12pt;">　とにかくサラ・ベルナールが真っ赤な偽者となれば、カルーソーも偽者である可能性は極めて高い。が、自称カルーソーも偽ベルナールの吹き替え歌手もオーケストラも、レベルはなかなかに高く、完全に黒とも言い難い。<br /></span><span style="font-size: 12pt;">　まあ観てるこっちとしても下手くそなオペラなんて聴きたくないので、その辺のリアリティはどうでもいい。少なくともカルーソーのレコードを長年聴き込んでいたフィツカラルドが本物と信じ込む程度には、技巧も声も「そっくりさん」だということであろう。<br /></span><span style="font-size: 12pt;">　なお、カルーソーの顔も写真で知っていたかもしれないが、黒人の案内係の温情で遠目にこっそり観劇させてもらったので、別人だとしても気づけなかったということなのだろう。サラ・ベルナールのことは、成金たち同様、よく知らなかったようである。</span></p>
<p><span style="font-size: 12pt;">　実のところ、『アギーレ』にはかなり失望していた。同作が史実に基づくと知ってから割とすぐの時点で、史実にあまり忠実ではないようだとは気づいていた。16世紀当時、アマゾン下流域は幾つもの部族国家が栄える人口稠密地域だったのだが、幾つか読んだ『アギーレ』のレビューでそのことに言及したものはなかったのだ。そもそもアギーレ率いる遠征隊は、先発の探検隊が持ち帰った、黄金郷はこれらの国家群の一つ、という情報(実はただの思い込み)に基づいて派遣されたというのに。<br /></span><span style="font-size: 12pt;">　実際観てみると案の定、大きな家が建ち並ぶ豊かな村々と色とりどりの鳥の羽で身を飾り美しい陶器を作る人々は存在せず、掘っ立て小屋に住むみすぼらしい裸の未開人が、凶暴な野生動物の群の如く遠征隊を襲い来るのである。<br /></span><span style="font-size: 12pt;">　とはいえアマゾン下流域の部族国家群については、割と最近まで専門家の間でも眉唾扱いされていたので、ヘルツォーク監督一人が悪いわけではない。だがそれを抜きにしても、全篇を覆う陰鬱な狂気には、かなり滅入らされた。</span></p>
<p><span style="font-size: 12pt;">　だから本作にも期待していなかったのだが、スクリーンに満ち満ちていたのは、透き通るように明るい狂気だった。未来に光を見出した(幻想だが)フィツカラルドの笑顔は少年のようで、クラウディア・カルディナーレ演じる娼館女将も惚れるだろうという説得力がある。カメラが回っていないところでは、アギーレの如き振る舞いだったそうだが。<br /></span><span style="font-size: 12pt;">　クラウディア・カルディナーレはドイツ語も喋れるのかと思ったら、吹き替えだった。現地のキャストも吹き替えだな。モブはスペイン語のまま。<br />　以下、一応ネタバレ注意。</span></p>
<p><span style="font-size: 12pt;">　先住民の扱いも、たった十年余りで隔世の感がある。フィツカラルドが蒸気船で向かう土地には、訪れた文明人を惨殺するとされる未開のヒバロ族が住んでいる。だが彼らは、なぜか無償で協力を申し出る。彼らの言葉が解る料理人から、「白い神」の信仰について聞いていたフィツカラルドは、自分がそう思われたのだろうと遠慮なく受け入れる。<br /></span><span style="font-size: 12pt;">　よくある「蛮族もの」ホラーだと、文明人たちは最後に生贄にされる。フィツカラルドたちも、うっすらと疑ってはいるので、時折緊張感が漲る。<br />　ところがヒバロ族は、「白い神」に船が通れない難所の「呪い」を解いてもらうつもりだったのである。斯くして彼らの協力で船の「山越え」を果たしたフィツカラルドは、お返しとして「解呪」をさせられることとなり、どうにか生還はできたものの、計画はおじゃんになる。</span><span style="font-size: 12pt;">斯様に「先住民」を「白人に都合のいい存在」にも「ホラー展開に都合のいい存在」にもせず、独立した意思を持つ人々として描いているのである。</span></p>
<p><span style="font-size: 12pt;">　一文無しになったフィツカラルドだが、船は元の持ち主に買い戻してもらったので、その金でマナウスからオペラの一座を呼び寄せ、船上オペラを上演する。大河の上を響き渡る歌声は美しく、フィツカラルドは晴れやかに破顔する。</span></p>
<p><span style="font-size: 12pt;">　なおフィツカラルド地峡一帯はヒバロ族の版図ではなく、史実のカルロス・フィツカラルドが雇用したのは別の部族だそうだ。まあペルーのアマゾン上流域に住む先住民では一番有名だろうからな、ヒバロ族(この名称は蔑視含みの他称で、自称は「シュアール」族)。<br /></span><span style="font-size: 12pt;">　かつてはブラジル北部のヤノマミ族（『伊藤計劃トリビュート』所収「にんげんのくに」の「人間」族のモデル）と並ぶ「獰猛な部族」として知られていたそうで、日本でも「干し首」で有名だった。アマプラの字幕じゃ「ミイラ首」になってたけど、もう知らない人のほうが多いのかな(ググるのはお勧めしません)。<br /></span><span style="font-size: 12pt;">　本作のロケ地はペルーのアマゾン上流域だが、さすがに本物のフィツカラルド地峡ではなく別の場所。「ヒバロ族」役も現地で伝統的生活を営む先住民だが、アグアルナという別の部族だとのこと。</span></p>
<p><span style="font-size: 12pt;">「中南米蛮族もの」感想<br /><a href="http://niqui.cocolog-nifty.com/blog/2008/03/post_e4ce.html">『アポカリプト』</a>(2006)<br /><a href="http://niqui.cocolog-nifty.com/blog/2014/06/post-8953.html">『ミッション』</a>(1986)</span><span style="font-size: 12pt;"></span></p>
<p><span style="font-size: 12pt;"><a href="http://niqui.cocolog-nifty.com/blog/index/index.html">映画感想INDEX</a></span></p>]]></content:encoded>


<dc:subject>思い出し鑑賞記</dc:subject>

<dc:creator>仁木稔</dc:creator>
<dc:date>2026-08-19T08:10:49+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="http://niqui.cocolog-nifty.com/blog/2026/08/post-aaf329.html">
<title>CLOSE/クロース</title>
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<description>　2022年公開。ネタバレ注意。　ベルギーの片田舎。親友同士のレオとレミは、中学...</description>
<content:encoded><![CDATA[<p><span style="font-size: 12pt;">　2022年公開。ネタバレ注意。<br /></span><span style="font-size: 12pt;">　ベルギーの片田舎。親友同士のレオとレミは、中学入学早々、その親密さを同級生たちに揶揄われる。女子は「付き合ってるの？」と尋ね、男子は「オトコオンナ」と呼ぶ。<br /></span><span style="font-size: 12pt;">　アメリカが舞台だったら陰惨ないじめが始まるところだが、ベルギーの中学生たちはお行儀がよく、行為がエスカレートすることはない。厳重に監視していない限り見逃してしまうくらいの小さな摩擦であり、そのことで学校側を責めるのは間違いだ。子供たちも、社会全体の価値観をなぞっているだけに過ぎない。</span></p>
<p><span style="font-size: 12pt;">　実際、レミは大して気に留めない。というか、面と向かって言われると多少困惑するものの、もっと間接的な、たとえば好奇の目を向けられる程度では気づきもしないようだ。しかしレオはひどく気に病み、レミと距離を置くようになる。そしてアイスホッケーをやっている男子に接近し、自分もクラブに入会する。<br /></span><span style="font-size: 12pt;">　レオは農家の息子で力仕事に慣れているお蔭か、ホッケーの練習にもすぐについていけるようになり、最初に彼を揶揄ってきた「ちょっと荒っぽい男子たち」とも打ち解けて一緒に遊ぶようになる。<br />　レミは親友の変化に戸惑い、問い質そうとするが、レオは誤魔化すばかりでまともに答えない。巧く言語化できないのもあるんだろうけど、問題と向き合うのを避けたがっているようだ。</span></p>
<p><span style="font-size: 12pt;">　亀裂は決定的になり、互いに口も利かなくなる。とはいえレミは孤立したわけではなく、レオとは別のグループの子たちと仲良くやっているように見えた、その矢先に彼は自殺してしまう。<br /></span><span style="font-size: 12pt;">　冬の初め頃だから、9月の入学から3ヵ月も経っていない。学校は生徒たちへの影響を心配してグループカウンセリングを行うが、皆、レミの思い出などほとんど持っていないので、「明るい子だった」「レオと仲が良かった」等、表面的なことしか言えない。レオは彼らに苛立つが、彼自身、レミについて何も語れない。<br /></span><span style="font-size: 12pt;">　レミの母親はレオに、「何かあの子から聞いていない？」と尋ねる。両親ですら、自殺の原因が解らないのだ。中学生、それも男子じゃなあ……親に悩みは相談せんわな……レオも、おねしょをするほど心身に不調を来しているのに、誰にも胸の内を打ち明けようとしない。せいぜい、兄にいくらか甘えるだけだ。</span></p>
<p><span style="font-size: 12pt;">　冬が過ぎ、春が過ぎ、夏になる。レオはホッケーの試合で腕を骨折し、治療を受けながら泣き出す。レミが死んで、初めて流した涙だったかもしれない。夏休みが始まり、レオはバスに乗ってレミの母親の職場を訪ねる。彼女は産婦人科医で、新生児を抱きながらレオの前に現れる。<br /></span><span style="font-size: 12pt;">　車で家まで送ってもらう途中で、レオはついに「僕のせいだ」と告白する。動揺した彼女に車から降りるよう言われ、レオは森の中に逃げ込む。すぐに後悔した彼女はレオを追いかける。彼女が見つけた時、少年は怯え切って木の棒を手にしていた。罰せられると思ったようだ。棒を振り上げるレオを、息子を失った母親は抱き締める。<br /></span><span style="font-size: 12pt;">　腕の怪我が治ったレオは、レミの家を訪ねる。レミの両親は引っ越した後で、窓から見渡せる家の中は空っぽだった。</span></p>
<p><span style="font-size: 12pt;">　レオ役の新人、エデン・ダンブリンの容姿で4割もっている映画。4割が多く見積もりすぎだとしても、3割は切ってない。演技力も込みだと、彼一人で7割もってる。レミ役で同じく新人のグスタフ・ドゥ・ワールやレミの母親役のエミリー・ドゥケンヌ(『ジェヴォーダンの獣』のヒロイン。25年3月に癌で死去)も貢献はしてるんだが、替えは効く。レオ役だけは、ほかの誰がやっても違う作品になってしまっていただろう。<br /></span><span style="font-size: 12pt;">　ルーカス・ドン監督はゲイだと公表しているが、少年二人の関係が同性愛かどうか明確にしないのはよかった。なんでも名前を付けて分類すればいいというものではない。そもそも12、3歳の性的指向なんて、まだ曖昧なものだ。</span></p>
<p><span style="font-size: 12pt;">　親密すぎるために同性愛を疑われる青少年の関係を描いた作品といえば、ピーター・ジャクソン監督の『乙女の祈り』(1994)がある。彼女たちの場合はあまりにも二人だけの世界に閉じ籠りすぎ、親が心配するのも解らんでもないが(基になった現実の事件ではどうだったか知らん。あくまで映画だけの話)、レオとレミは二人だけの世界に閉じ籠っていたわけではない。ここまで親密になったのは、どうやら近所に同年代の子供がほかにいないのが大きかったようで、二人とも社会性は普通にある。<br /></span><span style="font-size: 12pt;">　だから本作で思い出したある個人的な出来事を、『乙女の祈り』では思い出さなかったのだろう。以下、まったくの余談。</span></p>
<p><span style="font-size: 12pt;">　子供の頃、近所に一学年上の友人(女子。とりあえずAとする)がいて、一緒に登下校していた。五年生(Aは六年生)の秋だから1983年のある日、下校途中の私とAは、仕事帰りのAの母親と行き会った。私たちが住んでいた地区は市街地から遠く、Aの母も普段は車で通勤しているのだが、この日は偶々徒歩だったのである(ちなみに小学校までは大人の足でも40分くらいはかかった)。<br /></span><span style="font-size: 12pt;">　長野の秋は寒い。私とAが腕を組んで歩いていたのは、寒かったからという以上の理由はない。ところがAの母と並んで歩き始めて10分も経たないうちに、彼女はなんの前置きもなく言った。「女同士でベタベタして気持ち悪い。やめな」</span></p>
<p><span style="font-size: 12pt;">　大人が子供にそんなこと言う!?というのが、最初に思ったことであった。「気持ち悪い」というのはつまり、レズビアンみたいだから、というのは理解できた。ちなみに当時の私はまだ「レズ」という略称は知らなかったし、Aの母はおそらくレズビアンという言葉自体知らず、「おなべ」みたいだと言いたかったと思われる。<br /></span><span style="font-size: 12pt;">　いずれにせよ当時、日本のどこに行っても小学生が同性同士で腕や肩を組んだりする程度の身体接触で、同性愛を疑って咎めるような風潮は皆無だった。もっと年齢の高い子供同士でも、少なくとも1回だけではそんなことにならなかったはずだ。<br /></span><span style="font-size: 12pt;">　しかもAと私は学年が違うこともあって、お互い他の友人より特別仲がいいわけでもなく、家が近所だから一緒に登下校して、偶に互いの家に遊びに行っていただけである。そうしてAの家で一緒に遊んでいても特別親密な様子などなかったはずだが、偶々(寒いから)腕を組んでいただけでこの言われようである。</span></p>
<p><span style="font-size: 12pt;">　つまりAの母は「変な大人」の一人なのだな、と私は理解し、口答えすることもなく従ったが、そういう人を母親に持つAのことが気の毒だとは思った。<br /></span><span style="font-size: 12pt;">　その後、Aとは二度と「腕を組む」レベルの身体接触をすることはなかったが、それ以外はまったく以前どおりの関係だった。私もAもAの母親も、あの件について蒸し返すことは一度もなく、またAが私に抱いていてくれた好意が、私がAに抱いていた好意と同じ種類の同じ程度のもので「なかった」と示唆されることも一度もなかった。</span></p>
<p><span style="font-size: 12pt;">　だからこのとおり忘れることこそなかったものの、無数のどうでもいい些細な出来事の一つに過ぎず、だから『乙女の祈り』を観た際に思い出すことはなかったんだが、後もう少しでもAと仲が良かったら、結構なトラウマになってた可能性がある、と本作を観て初めて気づいた。「腕を組む」という行為だけでなく、Aに対する感情まで咎められたと思っただろうからな。<br /></span><span style="font-size: 12pt;">　そうはならなかったので、今改めて思い返してみても腹は立たないが、Aのことはやはり気の毒だと思う。</span></p>
<p><span style="font-size: 12pt;"><a href="http://niqui.cocolog-nifty.com/blog/index/index.html">映画感想INDEX</a></span></p>]]></content:encoded>


<dc:subject>思い出し鑑賞記</dc:subject>

<dc:creator>仁木稔</dc:creator>
<dc:date>2026-08-12T07:33:57+09:00</dc:date>
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<item rdf:about="http://niqui.cocolog-nifty.com/blog/2026/08/post-3da307.html">
<title>WANDA／ワンダ</title>
<link>http://niqui.cocolog-nifty.com/blog/2026/08/post-3da307.html</link>
<description>　1970年公開。脚本・監督・主演のバーバラ・ローデンのことは全然知らなかった。...</description>
<content:encoded><![CDATA[<p><span style="font-size: 12pt;">　1970年公開。脚本・監督・主演のバーバラ・ローデンのことは全然知らなかった。本作は彼女の最初で最後の監督作品で、ヴェネツィア国際映画祭で外国語映画賞を受賞するも、アメリカ本国では永らく忘れ去られていた。ローデンはその後、主に舞台劇の監督として活動したが、80年に48歳の若さで病没。本人の業績より「エリア・カザンの妻」として知られていたが、近年ようやく再評価されつつあるという。</span></p>
<p><span style="font-size: 12pt;">　映像そのものに視線が釘付けになってしまう映画というものはあって、たとえば『ブルータリスト』(2024)は計算され尽くした構図の美しさゆえなんだけど、本作の映像に美しさはない。うらぶれた風景とうらぶれた人々しか映っていない、かつ如何にも即興的な映像で、実際の撮影も即興的で、出演者も主演二人以外は素人ばかりだったそうである。<br /></span><span style="font-size: 12pt;">　プロットも、貧しく無気力な女が状況に流されていくだけで、「劇的」な展開も場面も皆無である。それなのに終始、目が離せなかった。いやもちろん、『ブルータリスト』のように「圧倒される」映像ではまったくなかったんだけどね。どう表現したらいいのかわからん。</span></p>
<p><span style="font-size: 12pt;">　本作は米国におけるインディペンデント映画の草分けとされているそうだが、まあインディペンデント映画に限らず、「劇的」でない映画というのは、多かれ少なかれ「忍耐」を要するものが少なくない。退屈だったり、わけがわからなかったりするのを、「我慢」して観ているうちにおもしろくなってきて、最終的には「辛抱した甲斐があった」となる作品もあれば、その甲斐がなかった作品もある。後者でも、何年も後に機会があって再鑑賞すると良さが解るものもあるけど。機会がなければそのままだし、再鑑賞してもやっぱり……のこともある。<br /></span><span style="font-size: 12pt;">　そういう経験からしても、本作のような作品は珍しい。</span></p>
<p><span style="font-size: 12pt;">　BGMが一切ないことも、没入感を高めている。映像作品(および舞台劇)のBGMというのは、おしなべて没入感を高めるために用いられる。しかし少なくとも私は、BGMのせいで没入感を削がれてしまうことが、まあまあ少なくない。一番多いのは、制作者の意図(感動させたい、興奮させたい、怖がらせたい、悲しませたい、笑わせたい等々)が露骨すぎて白けてしまう音楽や効果音。<br /></span><span style="font-size: 12pt;">　さあ感動しろ、興奮しろ、怖がれ、悲しめ、笑え等々、あまりにも「それっぽく」て辟易するだけでなく、制作者の意図はそうやって視聴者の感情を操作したいんだろうけど、なんかチグハグだとか、もっとシンプルに音がうるせえとか、曲がクソダサいとかで気が散ることもある。意外に割合が多いのが、せっかく過不足なく場面に合致した曲で、制作者の目論見どおり気分が乗ってたのに、いきなりブチっと切れて我に返らされるケース。<br /></span><span style="font-size: 12pt;">　本作は、劇中の誰かによってレコードが掛けられたり演奏されたりする音楽以外、劇中の「現実」に存在しない音は聞こえない。それが、登場人物たちを実際に目の当たりにしているような効果を生んでいる。</span></p>
<p><span style="font-size: 12pt;">　まあとにかく、不思議な映画でしたよ。</span></p>
<p><span style="font-size: 12pt;">(一応リンクを貼っておきます)<a href="http://niqui.cocolog-nifty.com/blog/2026/06/post-ffb330.html">『ブルータリスト』感想</a></span></p>
<p><span style="font-size: 12pt;"> <a href="http://niqui.cocolog-nifty.com/blog/index/index.html">映画感想INDEX</a> </span></p>]]></content:encoded>


<dc:subject>思い出し鑑賞記</dc:subject>

<dc:creator>仁木稔</dc:creator>
<dc:date>2026-08-05T17:55:29+09:00</dc:date>
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<item rdf:about="http://niqui.cocolog-nifty.com/blog/2026/07/post-420ba3.html">
<title>モン・ロワ　愛を巡るそれぞれの理由</title>
<link>http://niqui.cocolog-nifty.com/blog/2026/07/post-420ba3.html</link>
<description>　2015年公開。弁護士のトニー(本名はマリー・アントワネット。「トニー」は「ア...</description>
<content:encoded><![CDATA[<p><span style="font-size: 12pt;">　2015年公開。弁護士のトニー(本名はマリー・アントワネット。「トニー」は「アントワネット」の本来のドイツ語形「アントーニア」からか)はスキーで大怪我をし、リハビリ施設に入院する。医者に「膝は後ろ向きに曲がる関節だから、膝の怪我は心もそういう状態にあることを示す」とかスピリチュアルなことを言われるが、思い当たることがあって回想を始める。</span></p>
<p><span style="font-size: 12pt;">　よしながふみ『西洋骨董洋菓子店』3巻に、「フランス映画のカップルは最初の15分でセックスして、残りの1時間45分はずっとケンカしてる」といった主旨の台詞があった。リアルタイムで読んだから2000年代初めのことだが、その時点でそんなフランス映画を観たことはなかった。フランス映画自体はそこそこ観ていたが、『グラン・ブルー』(1988)とか『ニキータ』(1990)とか『憎しみ』(1995)とか『ドーベルマン』(1997)とか『ジェヴォーダンの獣』(2001)みたいなの(ヴァンサン・カッセル率が高い)には、そういう展開が入る余地はない。<br /></span><span style="font-size: 12pt;">　まあ恋愛映画なんだろうなと推測はできたが、観たことのあるフランス恋愛映画というと『男と女』(1966)と『ベティ・ブルー』(1986)くらいで、どっちも上記の定義には当て嵌まらない。たぶんこの二作は例外なんだろうな、と思ったのであった。<br /></span><span style="font-size: 12pt;">　そもそも製作国にかかわらず恋愛映画そのものに興味がないので、それから実に四半世紀近く、フランスの恋愛映画を一作も観ることはなかった。しかし本作はヴァンサン・カッセルが出てる。悪役やチンピラ役以外、あんまり観たことがないのに気が付いたのである。カンヌで女優賞受賞、パルムドールノミネートだから、一定の質は担保されている。<br />　以下、ネタバレ注意。</span></p>
<p><span style="font-size: 12pt;">　というわけで観てみたら、上映時間がエンドクレジットを除いたらほぼ2時間なんだが、最初のセックスが始まるのが開始からほぼ15分だから笑ってもうた。計測してるの？<br /></span><span style="font-size: 12pt;">　ヴァンサン・カッセル演じるジョルジオは現役チンピラでこそなかったが、チンピラ上がりの高級レストラン経営者。一方のトニーは冴えないインテリという自認がある。ジョルジオは自力で成功してきた自負がある上に、自分や友人たちがトニーとその弁護士仲間たちよりイケてる自信がある反面、トニーが象徴する堅実な人生への憧れもある。</span></p>
<p><span style="font-size: 12pt;">　なので最初のセックス直後から喧嘩が始まるわけではなく、結婚、妊娠まではまあまあ順調に進む。しかしその期間でも、ジョルジオが何年も前に別れた彼女を未だに従業員として雇ってたりとか、トニーの父親とジョルジオの間の、明らかに「階層の違い」に起因する緊張感とか、不穏な要素はある。なお、現代フランスでは「マリー・アントワネット」は珍名扱いのようだ。<br /></span><span style="font-size: 12pt;">　この「階層の違い」による価値観、というよりむしろ倫理観の違いが露呈してくるのがトニーの妊娠中で、その後はずっと喧嘩と仲直りを繰り返す。このカップルがある程度巧くいってたのはトニーがジョルジオにコンプレックスを持ってるからで、トニーが注目度の高い仕事を任されるようになると、ジョルジオは嫉妬を剥き出しにする。</span></p>
<p><span style="font-size: 12pt;">　離婚後も息子の担任との面談で、息子がもう時計を読める、というのをトニーが知らなかったのに対し、「俺は知ってた」としょうもないマウントを取るんだが、その直後にトニーの腕時計が在りし日に自分が贈ったものだと気づいて(確認して？)、こっそり嬉しそうにする。そういう度し難いクズだが魅力的な男、というキャラを説得力をもって演じられるのは、やはりヴァンサン・カッセルならではなんだろう。<br /></span><span style="font-size: 12pt;">　それにしても、トニーは弁護士なのに随分とエキセントリックだ。しかしジョルジオが絡まなければ充分に理性的で、周りの反応からも推し量るに、フランスの恋愛ってこれくらいが普通なのか？</span></p>
<p><span style="font-size: 12pt;">　タイトルMon Roi「我が王」(英題もMy King)は、劇中で一度も言及されない。もちろん臣下からの呼び掛けのわけはないので、モンシェリみたいな恋人(男性)への呼び掛けかと思ったが、少なくとも慣用表現ではない。王のように私のすべてを支配する男、といったとこか？</span></p>
<p><span style="font-size: 12pt;">　何しろフランス恋愛映画をほとんど観たことがなかったので、一度にこれだけたくさん「ジュテーム」と「モナムー」を聞いたのは初めてだ。発言者は9割ジョルジオで、その9割8分がトニーを言いくるめるためなので(2分はさすがに本気だろう)、ほんとにクズで笑える。<br /></span><span style="font-size: 12pt;">　おもしろかったが、フランス恋愛映画としては相当な上澄みだろうから、ほかのは観なくていいや。</span></p>
<p><span style="font-size: 12pt;">　監督のマイウェンは元女優でリュック・ベッソンの元妻。『フィフス・エレメント』(1997)に異星人のオペラ歌手役で『ランメルモールのルチア』歌った異星人役(口パク)。その時は愛称の「ウィンウィン」名義だったのか。変わった名前だったことは憶えてる。ルーツが複雑なのもパンフで触れられてた憶えがあるが、ベッソンの妻だってことは書いてあったっけ。で、その時の主演のミラ・ジョヴォヴィッチにベッソン獲られちゃったのか。</span></p>
<p><span style="font-size: 12pt;">ヴァンサン・カッセル出演作感想<br /><a href="http://niqui.cocolog-nifty.com/blog/2008/07/post_524c.html">『イースタン・プロミス』</a><br /><a href="http://niqui.cocolog-nifty.com/blog/2013/01/post-66bb.html">『ブラック・スワン』</a></span></p>
<p><span style="font-size: 12pt;"><a href="http://niqui.cocolog-nifty.com/blog/index/index.html">映画感想INDEX</a> </span></p>]]></content:encoded>


<dc:subject>思い出し鑑賞記</dc:subject>

<dc:creator>仁木稔</dc:creator>
<dc:date>2026-07-29T07:32:57+09:00</dc:date>
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<item rdf:about="http://niqui.cocolog-nifty.com/blog/2026/07/post-262a9f.html">
<title>仕立て屋の恋</title>
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<description>　90年代後半鑑賞。再鑑賞ではなく思い出し。知識も理解力も今より少ない頃に観た割...</description>
<content:encoded><![CDATA[<p><span style="font-size: 12pt;">　90年代後半鑑賞。再鑑賞ではなく思い出し。知識も理解力も今より少ない頃に観た割に、ググって出てくるあらすじと照らし合わせると、よく憶えてるし、ちゃんと理解できていたようだ。<br /></span><span style="font-size: 12pt;">　ただし当時は、主人公(ミシェル・ブラン)が50歳、ヒロイン(サンドリーヌ・ボネール)が35歳くらいだと思ってた。ヒロインは周囲からの扱い、恋人の言いなりになって犯罪の片棒を担ぐ愚かさ、パステルブルーのでっかいふわふわリボン(死ぬほど似合ってない)などからすると、女優の実年齢より若い、20代後半くらいの設定かもしらんな、だいぶ無理があるけと、などと思いつつ鑑賞したわけだ。</span></p>
<p><span style="font-size: 12pt;">　しかし先日、これもサンドリーヌ・ボネールがヒロインの『冬の旅』(1985)を観て、ボネールは撮影時17歳くらいで年齢相応の可愛さなのに、『仕立て屋の恋』はわずか4年後だと知り、仰天する。ついでにミシェル・ブランが撮影時36かそこらだと知って、さらに仰天。<br /></span><span style="font-size: 12pt;">　作中の経過時間が20年以上に及ぶとかでもない限り、役者が実年齢より上のキャラクターを演じることは少ない。したがって『仕立て屋の恋』の仕立て屋は、ブランの実年齢と同年代の設定だろう(もっと若い設定なら、わざわざ若ハゲの俳優を使わんだろう)。今、改めて写真を見ると、私自身が50を超えたのもあって、50歳よりは若いのが判るが、それでも40代前半より下には見えん。頭髪の状態を差し引いてもな。<br /></span><span style="font-size: 12pt;">　ボネールのほうは、今見ても35歳だ。</span></p>
<p><span style="font-size: 12pt;">　まあとにかく、主人公とヒロインの年齢設定が、当時想定してたよりだいぶ下となると、だいぶ感想が変わってくる(四半世紀余越しに)。特に主人公、50歳じゃなくて30代半ばとなると、愚かさの質が変わる。老いゆえの愚かさではなく、まだ若さが残っているからこその愚かさだ。<br /></span><span style="font-size: 12pt;">　ヒロインが35歳、あるいは20代後半なら、(まったく美人に見えないのを措いても)こんな愚かな女のどこに惹かれたのかまったく理解できず、単に自分(50歳)に比べれば若く、性欲から覗きをしているうちに恋愛感情も抱くようになっただけに思える。これが20歳そこそこということになれば、愚かさも「若さゆえの愚かさ」として愛しく思える、ということなのだろう。知らんけど。性欲から恋愛感情に、という点は変わらないが。<br /></span><span style="font-size: 12pt;">　女の嘘を信じて薔薇色の未来を夢見るという、悪い意味での「青さ」も、50歳だと醜悪なだけだが、30代半ばならまだなんとか……いや、それでも(覗きは措いといても、なお)相手が15歳も若いなのはキモいんだが、そういう話だから。</span></p>
<p><a href="http://niqui.cocolog-nifty.com/blog/2026/07/post-57c558.html"><span style="font-size: 12pt;">「冬の旅」感想</span></a></p>
<p><span style="font-size: 12pt;"><a href="http://niqui.cocolog-nifty.com/blog/index/index.html">映画感想INDEX</a> </span></p>]]></content:encoded>


<dc:subject>思い出し鑑賞記</dc:subject>

<dc:creator>仁木稔</dc:creator>
<dc:date>2026-07-22T07:27:07+09:00</dc:date>
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<item rdf:about="http://niqui.cocolog-nifty.com/blog/2026/07/post-254b34.html">
<title>ANORA アノーラ</title>
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<description>　2024年公開。一応ネタバレ注意。
　2時間20分もあって、最初の45分を15...</description>
<content:encoded><![CDATA[<p><span style="font-size: 12pt;">　2024年公開。一応ネタバレ注意。</span></p>
<p><span style="font-size: 12pt;">　2時間20分もあって、最初の45分を15分削れば傑作だったと思う(さらにもう何分か短くてもいい)。鑑賞対象としては男体より女体のほうが好きだから、アノーラが何も着てないか、ほとんど何も着てない画は目の保養だし、それを抜きにしても序盤のアノーラの「勤務風景」に尺を取るのは、彼女の生きる世界の描写として意味はある。<br /></span><span style="font-size: 12pt;">　しかし彼女がオリガルヒ(ロシアのグレーな財閥)の御曹司イヴァンと出会うと、このドラ息子の貧相な半裸もしくは全裸がしばしば画面に映り込むことになり、ちゃんと服を着ている場面でも頭の悪いイチャイチャが延々続く。</span></p>
<p><span style="font-size: 12pt;">　この試練をどうにか乗り切ると、イヴァンの結婚を知った両親が激怒してアルメニア人のお目付け役を送り込み、途端にスラップスティックな展開になる。<br /></span><span style="font-size: 12pt;">　イヴァンは脱兎の如く逃げ出し、残されたアノーラはお目付け役の手下のアルメニア人と、さらにその手下のロシア人チンピラを相手に大立ち回りを繰り広げる(ポールダンサーなので身体能力が高い)。ところでアノーラが投擲した燭台は七本枝に見えたんだが、だとするとイヴァンはユダヤ系設定か(演じるマルク・エイデルシュテイン自身はユダヤ系ロシア人)。</span></p>
<p><span style="font-size: 12pt;">　ひとまずこの4人で、イヴァンを探すということで話がつき、極寒のニューヨークを一晩中彷徨うことになる。ようやく見つけたイヴァンは泥酔していて、まともに話もできない。お目付け役はイヴァンの両親がアメリカに到着する前にアノーラを離婚させておくつもりだったが、ラスベガス(ネバダ州)で結婚したのでネバダ州まで行かないと離婚できないことが判明したので間に合わず、結局、両親も含めた全員でネバダ州まで行く羽目になる。<br /></span><span style="font-size: 12pt;">　イヴァンの両親は絵に描いたようなオリガルヒであり、その圧力の前に、イヴァンはヘタレな上にクズ、クズの上にヘタレという絵に描いたような本性を露わにする。しかし、せっかく育てた財閥を、こんなのに継がせる気か？　一瞬で更地にするのが目に見えてるじゃねえか。</span></p>
<p><span style="font-size: 12pt;">　アノーラもイヴァンが親より自分を選ぶとは本気で思っていなかっただろうが、少しは庇ってくれる(それが愛ではなく、親への反抗からだとしても)と期待していたのは明らかで、初めて絶望に打ちのめされる。こんなヘタレに期待してしまった自分への絶望もあるだろう。それでも気丈に振る舞い続けるアノーラに、手下たちはだいぶ同情的になっていて、特に一番下っ端のイゴールは、チンピラなのに不器用で純情というあざとい造形で、最初の大立ち回りの段階ですでに好意を抱き始めているようだ。<br /></span><span style="font-size: 12pt;">　終盤、イゴールと二人きりになったアノーラは、彼のぎこちない好意に「わたしをレイプしようとしたくせに」と言う。暴れ回る彼女を取り押さえた時のことだ。「そんな気はなかった」と困惑するイゴールを、アノーラはなおも難詰するが、どうやら彼が本気で困惑していると気づくと、今度は彼女が困惑し、その困惑はすぐに不安に変わったように見える。</span></p>
<p><span style="font-size: 12pt;">　もしかして彼女は、「レイプする男は被害者に性的魅力を感じている」と信じてるのか？　それで、イゴールが彼女をレイプする気がなかった=彼女に性的魅力がなかったから、と考えて不安になったのか？　レイプの被害と性的魅力を結びつけるのは歪んだ価値観だが(そしてその歪みを形成してきた背景を窺わせるが)、彼女がイヴァンに「見初められた」のは性的魅力に因るところが大きかったのは事実だし、彼女もそれは理解している。<br /></span><span style="font-size: 12pt;">　その彼を繋ぎ留められなかったのは性的魅力が足りなかったからだ、と彼女は考えたかもしれないし、かといってほかに何も持っていないことも承知しているだろう。イゴールに性的魅力を否定された、と捉えたなら不安に駆られるだろうし、また明らかに好意を寄せられているのに性的魅力は否定されるという状況に混乱もしたのかもしれない。</span></p>
<p><span style="font-size: 12pt;">　イヴァンに棄てられたといっても、慰謝料として大金は手に入れたわけだが、それを元手に今後は堅実な人生を……なんて無理そうだよな。イゴールと関係を続けることになったとしても、速攻で破綻しそうだし。<br />　以下、『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』(2019)のネタバレ一応注意。</span><span style="font-size: 12pt;"></span></p>
<p><span style="font-size: 12pt;">　アノーラ役のマイキー・マディソンは、同作でシャロン・テート殺害(未遂)犯の中で一番悲惨な殺され方をした子。あの殺されっぷりで本作の主役を射止めたんだとか。<br /></span><span style="font-size: 12pt;">　実行犯3人のうち女は2人だったけど、彼女は日本人というか東アジア的な顔立ち(かつ小柄)で目立ってたんだよな。東アジアといっても、南方寄りのやや濃いめの顔立ち。本作では特に序盤は厚化粧してることが多くて、それほどアジアっぽさは感じなかったが、すっぴんで疲れた顔してると、相変わらず社会派系の低予算映画で主役張りそうな面構えだ。なんか先祖にアジア系はいないけど、東欧系(ロシアとリトアニアとポーランド)がいるそうで、あの辺はだいぶ混血してるからな。</span></p>
<p><span style="font-size: 12pt;"><a href="http://niqui.cocolog-nifty.com/blog/2025/10/post-cef9d8.html">『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』感想</a>(マイキー・マディソンには言及してません)</span></p>
<p><span style="font-size: 12pt;"><a href="http://niqui.cocolog-nifty.com/blog/index/index.html">映画感想INDEX</a> </span></p>]]></content:encoded>


<dc:subject>思い出し鑑賞記</dc:subject>

<dc:creator>仁木稔</dc:creator>
<dc:date>2026-07-15T07:38:39+09:00</dc:date>
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<item rdf:about="http://niqui.cocolog-nifty.com/blog/2026/07/post-57c558.html">
<title>冬の旅</title>
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<description>　25年12月鑑賞。冒頭、畑の溝で若い女性が死んでいるのが発見される。警察が呼ば...</description>
<content:encoded><![CDATA[<p><span style="font-size: 12pt;">　25年12月鑑賞。冒頭、畑の溝で若い女性が死んでいるのが発見される。警察が呼ばれるが、凍死した浮浪者だと片付ける。ここでナレーションが入り、「私」はこの女性モナが最後の数週間に出会った人々にインタビューして、その足跡を辿った、と語る。ネタバレしたからどうという作品でもないが、一応御注意。</span></p>
<p><span style="font-size: 12pt;">　ナレーションは冒頭だけで、この「私」が何者なのかは最後まで明かされないが、アニエス・ヴァルダ監督自身が務めているので、モキュメンタリー的と言える。またモナの生前の場面と、「目撃者」たちがインタビューに答える場面の区別が不分明であり、毎回ではないが、モナが去った後、それを見送った目撃者が、そのままカメラに向き直り、姿の見えないインタビュアーに語り掛け始めたりするので、メタフィクションの要素も含んでいる。</span></p>
<p><span style="font-size: 12pt;">　キャンプ道具を背負って一人で旅するモナは、「珍しい存在」として人々に強い印象を与える。しかしなんらかの影響を与えるほどではない。その点で、彼女は鏡のようだ。<br />　それは観客にとっても同様で、彼女を社会への反抗者だとして、その末路を犠牲者として同情するのも、あるいは登場人物の幾人かのように、怠惰な落伍者と見做して自己責任論を振り翳すのも、あるいは彼女と出会った人々の反応を単純に男女で二分してジェンダー論を持ち出すのも(もちろん同じ放浪者でも男であれば、ここまで過酷な目には遭わないが)、いずれも彼女の一面しか見ていない。<br /></span><span style="font-size: 12pt;">　単純な解釈ができない、というかしたくない作品である。</span></p>
<p><span style="font-size: 12pt;">　彼女のバックグラウンドは一切触れられない。冬とはいえ、たった数週間で坂を転がり落ちるようにボロボロになっていくので、放浪を始めてから実はそれほど長くないのだろうと推測できる程度である。<br />　回想(モナの生前)は、「私には彼女が海から来たように思える」というナレーションと共に冬の海から全裸で上がって来る彼女から始まる。だからこの物語は寓話で、彼女は実際に鏡としての役割を負わされているのかもしれない。寓話は寓話として明示してほしい派なので、その点、本作は冒頭からかなりはっきり示してくれるのでありがたい。</span></p>
<p><span style="font-size: 12pt;">　ただしフランスの田舎の町や村、農場に暮らす人々やその家屋がやたらリアリティのある不潔さで、その中で不潔だ不潔だと評されるモナが、そこまで不潔に見えないのが、かなりノイズになった。確かに衣服は汚くて傷んでるし、髪はボサボサを通り越してベタベタしてそうだし、歯は黄色いし、手や爪も汚れがこびり付いている。しかしその割に、顔だけは汚れてない。洗ってる様子もないのに。肌が荒れてないのは　放浪期間の短さで説明がつくにしても、唇は短期間でも荒れるぞ。冬だし。<br /></span><span style="font-size: 12pt;">　ほかにも、爪がずっと短いままだとか(爪切りなんか持ってるはずもない。手のほうは嚙み千切ってるとして、足はどうなだ)、体臭がひどいと言及してるのは1人だけで、その1人も含めて、誰も悪臭に怯んでいる描写がないとか。いや、詳しい描写なんか要らんが、何しろ周囲の不潔さのリアリティ・ラインが高すぎてな。周りが小奇麗だったら、彼女は充分すぎるほど不潔なんだが。</span></p>
<p><span style="font-size: 12pt;">　あと気になったのは、序盤のBGMが妙にぶちっと切れるとこくらい。中盤からはマシになったので、意図的な演出ではない。いい感じのストリングスなので、余計に気が散らされた。<br /></span><span style="font-size: 12pt;">　BGMではなく、劇中でラジオ等から流れているポップミュージックはどれもよかった。80年代のフレンチポップスは全然知らないんだけど(まあ、ほかの年代もあんまり……)、アメリカのポップスとは全然違うんだな。80年代のアメリカ映画だと、ほかの要素(脚本、演技、演出、カメラワーク等)は全部いいのに、流れてるポップスがクソダサくてクソダサくて、観続けるのが苦痛なことがままある。いや、80年代の曲でも、好きなのはあるけどさ。</span></p>
<p><span style="font-size: 12pt;">　撮影だけでも相当過酷だったと思われるが、モナ役のサンドリーヌ・ボネールは67年生まれなので、撮影時17歳。パトリス・ルコント監督の『仕立て屋の恋』の時は、「若く美しい女」扱いなのが納得いかなかったんだが、本作では年齢相応に可愛い。作中ではすごく可愛い扱いだが、美的感覚の違いで納得できる範囲。<br /></span><span style="font-size: 12pt;">　……って、『仕立て屋の恋』は89年だから、21、2歳？　35歳くらいかと思ってた……今、写真見てもそう見える。たった4年で17、8年分老けたんか。角張ったいかつい顔になってるのもあって、頭に巻いたふわふわのでっかいリボンがきっつ……<br /></span><span style="font-size: 12pt;">　で、主人公の仕立て屋(ミシェル・ブラン)は50歳くらいだと思ってたら、52年生まれだから、えっ、36、7歳!?</span></p>
<p><span style="font-size: 12pt;"><a href="http://niqui.cocolog-nifty.com/blog/index/index.html">映画感想INDEX</a> </span></p>]]></content:encoded>


<dc:subject>思い出し鑑賞記</dc:subject>

<dc:creator>仁木稔</dc:creator>
<dc:date>2026-07-08T08:09:51+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="http://niqui.cocolog-nifty.com/blog/2026/07/post-26c6ff.html">
<title>イスマイール一世は本当に「邪悪なほどに」美しかったのか？　余談</title>
<link>http://niqui.cocolog-nifty.com/blog/2026/07/post-26c6ff.html</link>
<description>　鈴木董氏の『オスマン帝国　イスラム世界の「柔らかい専制」』(講談社現代新書)に...</description>
<content:encoded><![CDATA[<p><span style="font-size: 12pt;">　鈴木董氏の『オスマン帝国　イスラム世界の「柔らかい専制」』(講談社現代新書)によると、サファヴィー朝ペルシアの創始者イスマイール一世(1487－1524年。1501年建国)は「彼を実見した西欧人が、「余りにも美しく、邪悪なものを感じさせるほどだ」と感嘆したこの美少年は、同時に苛烈な君主でもあった。」そうです。しかしイスマイール一世に関する日本語文献は幾つか読んできましたが、彼を「邪悪なほどに」美しかったとする記述は同書しかなかったので、本当にそうだったのか、そう評した「西欧人」とは誰だったのか調べてみました。<br /></span><span style="font-size: 12pt;">　結論といたしましては、「日本語と英語で調べたけど一次資料も二次資料も見つからなかった」という残念なことになってしまいました(日本語でググると、イスマイールが「邪悪なほど美しいと評された」という主旨の発言がちらほら見つかります。が、典拠が挙げられているものは一つも見つけられませんでした。まあほぼ確実に上記『オスマン帝国』一点のみだと思われます）。しかし、イスマイール一世と西洋諸国との関係についていろいろ知ることができたので、</span><span style="font-size: 12pt;">「そう評した人物がいたとしたら、いつ、どんな立場でイスマイール一世に会ったのか」は一応推測することができたのでした。</span></p>
<p><span style="font-size: 12pt;"><a href="http://niqui.cocolog-nifty.com/blog/2026/06/post-d6902d.html">其の一</a><br /><a href="http://niqui.cocolog-nifty.com/blog/2026/06/post-211b8c.html">其の二</a><br /><a href="http://niqui.cocolog-nifty.com/blog/2026/06/post-272970.html">其の三</a> <br /></span></p>
<p><span style="font-size: 12pt;">　今回は、調査の過程で拾った小ネタを二つ紹介します。まずはイスマイール一世の肖像画について。<br />　イスマイールがオスマン帝国に敗北し(1524年)、西洋諸国と対オスマン同盟を結ぶ試みも頓挫した後も、西洋の民間人の間ではイスマイール人気は継続していました。</span><span style="font-size: 12pt;">論文IDENTIFICATION OF PORTRAIT FEATURES OF SHAH ISMAIL I ACCORDING TO THE 16TH CENTURY EUROPEAN SOURCES(ダウンロードはこちらから<a href="https://dergipark.anas.az/index.php/pac/article/view/3120">https://dergipark.anas.az/index.php/pac/article/view/3120</a></span><span style="font-size: 12pt;">）によれば、イタリアの医師・歴史家・聖職者のパオロ・ジョヴィオPaolo Giovio(1483－52)は、1551年に刊行したラテン語の伝記集Elogia virorum bellica virtute illustrium(「戦の誉れにより輝ける男たちの頌辞集」くらいの意味）で、イスマイールについて「私が知る限り、評判と名声が世界の隅々まで届いている唯一の人物である」と記しています。<br />　ちなみにこの論文の著者Elshad Aliyevはアゼルバイジャンの人です。イスマイール一世を研究しているのは、やはりサファヴィー家のルーツがアゼルバイジャンにあるからでしょうね。</span></p>
<p><span style="font-size: 12pt;">　さて</span><span style="font-size: 12pt;">パオロ・ジョヴィオは肖像画コレクターとしても有名で、「ジョヴィオ・シリーズ」と呼ばれる全484点に上るコレクションは、彼の別荘に展示されていました。1552年に彼が死去すると、トスカーナ大公コジモ一世はフィレンツェの画家クリストファーノ・デル・アルティッシモに、それらの肖像画を模写するよう命じました。デル・アルティッシモは1589年までに少なくとも280点を模写し、それらは1591年、ウフィツィ美術館の前身である庁舎(uffizi=office)の回廊に展示されました。其の一で紹介したイスマイール一世の肖像画は、その一枚ですね。<br />　コジモ一世がなぜオリジナルのジョヴィオ・シリーズを買い取らず、模写させたのか、それについて言及しているテキストは見つけられませんでした。質や画風にだいぶバラつきがあったでしょうから、統一したかったのかもしれません。模写といってもデル・アルティッシモは正確なコピーを作ったのではなく、自分の画風を取り入れているので、確かに統一感があります。<br />Giovio Series - wikipedia: <span>Gallery of copies by Cristofano dell'Altissimo <a href="https://en.wikipedia.org/wiki/Giovio_Series#Gallery_of_copies_by_Cristofano_dell'Altissimo">https://en.wikipedia.org/wiki/Giovio_Series#Gallery_of_copies_by_Cristofano_dell'Altissimo</a><br /></span></span></p>
<p><span style="font-size: 12pt;"></span><span style="font-size: 12pt;">　オリジナルのコレクションはその後、大半が散逸してしまい、現存しているのはわずかで、その中にイスマイール一世はありません。オリジナルのイスマイール一世像を描いた画家について言及しているテキストは見つけられませんでしたが、その人物がイスマイール一世本人を実見した可能性は、皆無ではない、という程度でしょう。</span><span style="font-size: 12pt;"></span></p>
<p><span style="font-size: 12pt;">　上述のジョヴィオの伝記集は、1575年にスイスのバーゼルで出された版で初めて各人物の肖像画が挿絵として付きました。画家はスイス人のトビアス・スティンマーTobias Stimmerで、ジョヴィオ・シリーズのオリジナルを基にして描いたそうです。<br />　つまりスティンマー(左)とデル・アルティッシモ(右)のイスマイール一世像は、同じ絵(現存せず)を基にしているというわけです(以下、画像はWikipediaから。スティンマー作品は部分）。<br /><a href="https://niqui.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/hysmael_sophus_shah_ismail_imag_20260520144401.jpg" target="_blank" rel="noopener"><img style="margin: 3px;" title="Hysmael_sophus_shah_ismail_imag_20260520144401" src="https://niqui.cocolog-nifty.com/blog/images/hysmael_sophus_shah_ismail_imag_20260520144401.jpg" alt="Hysmael_sophus_shah_ismail_imag_20260520144401" width="251" height="319" border="0" /></a></span><span style="font-size: 12pt;"></span><span style="font-size: 12pt;"></span><span style="font-size: 12pt;"><a href="https://niqui.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/portrait_of_shah_ismail_i_inscr_20260520144401.jpg" target="_blank" rel="noopener"><img style="margin: 3px;" title="Portrait_of_shah_ismail_i_inscr_20260520144401" src="https://niqui.cocolog-nifty.com/blog/images/portrait_of_shah_ismail_i_inscr_20260520144401.jpg" alt="Portrait_of_shah_ismail_i_inscr_20260520144401" width="250" height="320" border="0" /></a></span></p>
<p><span style="font-size: 12pt;">　これら二点の模写からすると、オリジナルのイスマイール一世像は</span><span style="font-size: 12pt;">整った顔立ち、かつ紅毛白皙だったのでしょう。明らかに、其の一で紹介したイタリア人たちの目撃証言を参照していますね。ただし彼らによれば、口髭以外は剃っていたそうですが(だからオリジナルを描いた逸名画家自身がイスマイールを実見している可能性は、だいぶ低い）。</span></p>
<p><span style="font-size: 12pt;">　ところで『三日月(クレセント)の世紀　「大航海時代」のトルコ、イラン、インド』(那谷敏郎　新潮社）の第二章に、次のような記述があります。「今、イタリアのフィレンツェ、ウフィツィ美術館に残る、同時代のイタリア人画家によるイスマーイールの像を見ると、彼は背が高く肩幅広く端正な面貌で、赤い口髭以外はきれいに剃り頭髪は薄い。」<br />　……すみません、どんなにググってもウフィツィ美術館所蔵のイスマイール一世肖像画は、前出デル・アルティッシモ作品しか出て来ないんですけど……これも著者御本人が情報開示してくださらない限り、解決不能な「謎」ですかね。</span><span style="font-size: 12pt;"></span></p>
<p><span style="font-size: 12pt;">　イスマイール一世本人を実見して描いた肖像画というのもあって、宮廷画家として彼に仕えたベフザード(ビフザード)の作品です。<br /><a href="https://niqui.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/shah_ismail_i_safavid_behzad.jpg" target="_blank" rel="noopener"><img style="margin: 3px;" title="Shah_ismail_i_safavid_behzad" src="https://niqui.cocolog-nifty.com/blog/images/shah_ismail_i_safavid_behzad.jpg" alt="Shah_ismail_i_safavid_behzad" width="250" height="420" border="0" /></a><br /><br />　ベフザードは伝統的な画風を一新し、写実的な様式を作り上げたそうで、下のダルヴィーシュ(修行者)像なんかはまさにそうですが、上のイスマイール一世像は……ちょっと……<br /><a href="https://niqui.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/behzad_portrait_of_a_dervish.jpg" target="_blank" rel="noopener"><img style="margin: 3px;" title="Behzad_portrait_of_a_dervish" src="https://niqui.cocolog-nifty.com/blog/images/behzad_portrait_of_a_dervish.jpg" alt="Behzad_portrait_of_a_dervish" width="250" height="382" border="0" /></a><br />　目鼻の描き方等、まったく写実的ではありませんし、ベフザードの作品には贋作が多く、真作と断定できるのはごくわずかだそうで、その上、「繋がった眉」と「太鼓腹」は『千夜一夜』でも言及される、前近代イスラム世界の伝統的な「美の記号」です(なお男女共通)。まあだから、イスマイール一世が実際にこういう容姿だったとは思わなくていいんじゃないかと……口髭だけってのは、イタリア人の証言どおりではありますが。</span></p>
<p><span style="font-size: 12pt;">　小ネタその二。<br /></span><span style="font-size: 12pt;">　Palmira Brummettの論文The Myth of Shah Ismail Safavi(グーグルスカラー<a href="https://scholar.google.com/?hl=ja">https://scholar.google.com/?hl=ja</a>で検索すれば、PDFがダウンロードできます) 「シャー・イスマイール・サファヴィーの神話」チャルディラーンの戦い(1524)以前のイスマイール一世と西洋諸国の関係について知ることができたという点で、たいへん貴重な資料でした。<br />　しかしこの著者の原典資料の扱いで、気になる点が少々……</span></p>
<p><span style="font-size: 12pt;">　論文中何度も「カテリーノ・ゼノCaterino Zenoの報告account」が引用されるのですが、それらの出典はすべてA narrative of Italian travels in Persia, in the fifteenth and sixteen centuries<a href="https://archive.org/details/narrativeofitali00greyrich/page/n3/mode/2up">https://archive.org/details/narrativeofitali00greyrich/page/n3/mode/2up</a><br />『15－16世紀イタリア人のペルシア旅行記集』収録のTRAVELS IN PERSIAです。<br />　この『イタリア人のペルシア旅行記集』は、ジョヴァンニ・バッティスタ・ラムジオ</span><span style="font-size: 16px;">Giovanni Battista Ramusio(1485－1557)というヴェネツィア人が編纂した旅行記集から、1873年に英国でチャールズ・グレイCharles Greyが四篇を編訳したものです。</span><span style="font-size: 12pt;">上記のイスマイール一世を実見した二人のイタリア人の旅行記も収録されています。</span></p>
<p><span style="font-size: 12pt;">　で、「ペルシアの旅」TRAVELS IN PERSIAの著者とされるカテリーノ・ゼノ(</span><span style="font-size: 12pt;">By Caterino Zenoと明記されている）は、1418年生まれのヴェネツィアの外交官</span><span style="font-size: 12pt;">です。1471年、当時ペルシアを支配していた白羊朝のウズン・ハサン(在位1453－78年)の許へ派遣され、73年か74年に帰国しています。<br />　問題は、ゼノは1478年に没していることです。それが1501年のイスマイール一世によるタブリーズ(白羊朝首都)攻略を報告してるってどういうこと？？？？</span><span style="font-size: 12pt;"></span></p>
<p><span style="font-size: 12pt;">『イタリア人のペルシア旅行記集』の英語編訳者チャールズ・グレイによる序文と、イタリア語原書の編纂者ラムジオによる「ペルシアの旅」の序文に付されたグレイの注で、やや不明瞭ながら説明されています。「ペルシアの旅」はBy Caterino Zenoと明記されているにもかかわらず、</span><span style="font-size: 12pt;">実際にはゼノではなくラムジオの著作なのです。<br />　ウズン・ハサンからイスマイール一世までのペルシア情勢の概説で二部構成、第一部(BOOK FIRST）はゼノの書簡を主な資料としていますが、第二部（BOOK SECOND）はウズン・ハサン死後を扱っているので、もうゼノはまったく関係ない。<br />　なおゼノの書簡以外の資料については、ラムジオもグレイもまったく触れていません(私が見落としているのかもしれませんが）。<br /></span><span style="font-size: 12pt;"></span><span style="font-size: 12pt;">　第二部はチャルディラーンの戦い(1514年)後のイスマイールとオスマン帝国のセリム二世(在位1512－20)との交渉で終わっているので、ラムジオの執筆は1520年以前ということなり、イスマイール一世の同時代資料には違いありません。が、</span><span style="font-size: 12pt;">「ゼノの報告」では絶対にない。もう死んでるんだから。<br />　ちなみにラムジオは一貫してイスマイール贔屓です。彼が参照した資料もそうだったのでしょうね。</span></p>
<p><span style="font-size: 12pt;">　編訳者グレイによる序文と原書の編纂者ラムジオによる序文の注(グレイによる)を読み落としても、第一部では私(I)すなわちラムジオが、「ゼノ殿」M. Zeno(「M.」はMessereの略)の事績を語ってるので、ゼノが著者じゃないのは明白なんですけどね。おそらくPalmira Brummettは先行研究で「ペルシアの旅」中のイスマイールについての記述を知り、グレイの序文もラムジオの序文の注も第一部も無視して第二部だけ読み、しかもゼノの没年の確認すら怠ったのでしょう……<br />　……と思いきや、「ゼノの報告」の出典として挙げているテキストの名前が、「ペルシアの旅」TRAVELS IN PERSIAでも、それが収録されている『15－16世紀イタリア人のペルシア旅行記集』A narrative of Italian travels in Persia, in the fifteenth and sixteen centuriesですらない！　<br /></span><span style="font-size: 12pt;">　Zeno, Travels to Tana and Persia, book II(ゼノ、『タナとペルシアへの旅』、第二部）とあるんですが、この『タナとペルシアへの旅』はゼノの後任のヨサファト・バルバロJosafat Barbaro(1494年没)とアンブロジオ・コンタリーニAmbrogio Contarini(1499没)の報告書で、これも1873年に英訳されたものです。<br />　一応、A narrative of Italian travels in Persia, in the fifteenth and sixteen centuries『15－16世紀イタリア人のペルシア旅行記集』との合本版も出てますが、こちらにも「ペルシアの旅」がツェノではなくラムジオの著作だと説明している序文と注はちゃんと付いています(Googleブックスのサンプルで確認<a href="https://books.google.co.jp/books/about/Travels_to_Tana_and_Persia_and_A_Narrati.html?id=bFuUJ3u9ZWYC&amp;redir_esc=y">https://books.google.co.jp/books/about/Travels_to_Tana_and_Persia_and_A_Narrati.html?id=bFuUJ3u9ZWYC&amp;redir_esc=y</a>)。<br /></span><span style="font-size: 12pt;"></span><span style="font-size: 12pt;">　WikipediaによればPalmira Brummettは実績ある中東史研究者だそうですが、そんな人がこんなしょうもないミスを？　<br />　それだけじゃなく、タブリーズに入城したイスマイール一世についてのペルシアの歴史家ハサン・ラムルーHasan Ramuluの記述を引用し、これをラムルーの目撃談としているんですが、彼の生年は1530または31年ですよ……</span></p>
<p><span style="font-size: 12pt;">　イスマイール一世についての「ペルシアの旅」の記事を、ラムジオではなくゼノの著作として引用・紹介しているのはBrummettだけではありません。</span><span style="font-size: 12pt;">ざっとググっただけでも論文やエンサイクロペディア・イラニカ、Wikipedia</span><span style="font-size: 12pt;">を含む多数の英語記事が見つかります(そしてゼノではなくラムジオの著作だとする記述は見つからない）。いや、誰もゼノの没年調べないんかい。</span></p>
<p><span style="font-size: 12pt;">　史学科の先生方には一回生の時点からずっと「典拠を提示しない二次資料は使うな」「提示されている典拠には必ず当たれ」と、耳に胼胝ができるほど言い聞かされてきたものです。前者はともかく後者については「原文が引用されてたら原典まで確認しなくてもいいじゃん」と最初の頃は思ってたんですが、原典に当たってみると「……あれ？　前後の文脈からすると、あの論文の解釈は違くない？」ということが、たまーにあったんで、原典確認は大事だとは解ってたんですけどね。<br />　いやそれにしたって、これはひどいな……主要資料であるSanudoのDiariiは確認できないんだけど(イタリア語原典はネットで閲覧できますが、確認はちょっと無理……）、これも変な引用の仕方してたりしないよね……？</span></p>
<p><span style="font-size: 12pt;">　一抹の(どころではない)不安を抱えつつ、イスマイール一世についての記事はこれで終わります。</span></p>
<p><span style="font-size: 12pt;"><a href="http://niqui.cocolog-nifty.com/blog/2026/06/post-d6902d.html">其の一</a><br /><a href="http://niqui.cocolog-nifty.com/blog/2026/06/post-211b8c.html">其の二</a><br /><a href="http://niqui.cocolog-nifty.com/blog/2026/06/post-272970.html">其の三</a></span></p>
<p><a href="http://niqui.cocolog-nifty.com/blog/2020/09/post-315c3d.html"><span style="font-size: 12pt;">「テンプル騎士団とフリーメイソンの謎」</span></a><span style="font-size: 16px;">　原典確認は大事だよね、って記事です。</span></p>]]></content:encoded>


<dc:subject>諸々</dc:subject>

<dc:creator>仁木稔</dc:creator>
<dc:date>2026-07-05T07:47:05+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="http://niqui.cocolog-nifty.com/blog/2026/07/post-8aeeb9.html">
<title>触手</title>
<link>http://niqui.cocolog-nifty.com/blog/2026/07/post-8aeeb9.html</link>
<description>　2016年公開。原題はla region salvaje「野性の領域」ってとこ...</description>
<content:encoded><![CDATA[<p><span style="font-size: 12pt;">　2016年公開。原題はla region salvaje「野性の領域」ってとこか。まあ邦題どおり触手が出てくる。しかも生物学用語のほうじゃなくて、エロ用語のほうの触手。宇宙から飛来してきた生物で、「究極の快楽」を与えてくれる、という設定。<br /></span><span style="font-size: 12pt;">　しかし本作がヴェネツィア国際映画祭で最優秀監督賞受賞してることから察せられるとおり、触手生物はアマト・エスカランテ監督の母国メキシコを蝕む麻薬のメタファーである。満たされない生活を送る者たちは「究極の快楽」を与えてくれる触手に夢中になるが、触手は次第に暴力的になっていく。それでも依存し続ければ、最終的に殺されてしまう。麻薬以外の何ものでもない。</span></p>
<p><span style="font-size: 12pt;">　映画感想を書く際には毎回、監督のインタビューやマスメディアによるレビューを参照するために、とりあえずググるんだが、今回は比較的最近で、しかもヴェネツィア国際映画祭受賞作だってのに、そういうのがまったく出てこない。個人による感想すら、やたら少ない。ざっと見たところ、ほとんどの人が戸惑ってるか貶してる。<br /></span><span style="font-size: 12pt;">　ヴェネツィア国際映画祭の権威から高尚なものを期待したらエログロだったので戸惑ってる人か、海外では知らんが日本ではこんな邦題かつ「SFエロティックホラー」または「SFエロティックスリラー」で売ってるので、それを期待したら外れたので戸惑ってる、または貶してる人の三派に大別できるようです。<br /></span><span style="font-size: 12pt;">「ヴェネツィア国際映画祭で受賞するような映画のフォーマット」「ホラー映画のフォーマット」「エロ映画のフォーマット」のいずれかを予想して、それに当て嵌まらなかったので戸惑う／貶す、といった感じですかね。なんらかの社会問題のメタファーとしてホラー映画のクリーチャー等を持ってくるのは、特に珍しくもない。それらのうちの、例えば『第9地区』(2009)のようにまともに評価されている作品と比べて、本作は何が悪かったのか。やっぱ触手か？　でもなんで日本でだけ？</span></p>
<p><span style="font-size: 12pt;">　麻薬の快楽を性的快楽に置き換えたのは如何にも安易ではある。でも映画というメディアで「究極の快楽」を表現するとなると、やっぱりエロが最適なんかなあ。ほかの方法で表現するとなると、抽象的でふわっとしてしまうか、滑稽になるかのどっちかだろう。<br /></span><span style="font-size: 12pt;">　しかしそれで、なんで国際的には高く評価されたのに日本でだけ？という問題は解決されないから、やはり日本人の脳に「触手=エロ」のイメージが深く刻み込まれすぎているのではあるまいか。<br />　しかし現代日本のエロ触手のルーツって、北斎の蛸じゃなくてアメリカのパルプ誌時代のSF(のイラスト)だよな。しかし現代欧米におけるエロ触手(本作も含む)のルーツって、パルプ誌SFじゃなくて日本の二次元アダルトコンテンツだよな。文化は伝播し合い、混交する。</span></p>
<p><span style="font-size: 12pt;">　以下、余談。<br /></span><span style="font-size: 12pt;">　2006年初めにメキシコに行き、1週間滞在したんだが、治安はいいし街はきれいだし、人も親切だった。物売りの人たちですら、no gracias(結構です)と言えばあっさり引き下がり、さらにperdon(ごめんなさい)と付け加えれば、にこにこ笑って手を振ってくれた。それがたった2年かそこらで、あんなことになってしまうとは。<br /></span><span style="font-size: 12pt;">　ただ着いて早々、空港で容疑不明の取り調べを受けた。クレジットカードではなく現金とTCを持ってる理由をしつこく追及されたことからすると、麻薬関連の容疑だった可能性が高いんだが、現地の日本人ガイドは、そんな事例は聞いたこともなく容疑も見当がつかないと言っていた。だからもしかしたら、急激な悪化がまさに始まろうとしていたのかもしれない。</span></p>
<p><a href="http://niqui.cocolog-nifty.com/blog/2010/05/post-6ad3.html"><span style="font-size: 12pt;">『第9地区』感想</span></a></p>
<p><span style="font-size: 12pt;"><a href="http://niqui.cocolog-nifty.com/blog/2009/12/05-9a7d.html">「メヒコ旅行記」</a>(全6回)</span><span style="font-size: 12pt;"></span></p>
<p><span style="font-size: 12pt;"><a href="http://niqui.cocolog-nifty.com/blog/index/index.html">映画感想INDEX</a> </span></p>]]></content:encoded>


<dc:subject>思い出し鑑賞記</dc:subject>

<dc:creator>仁木稔</dc:creator>
<dc:date>2026-07-01T14:59:49+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="http://niqui.cocolog-nifty.com/blog/2026/06/post-272970.html">
<title>イスマイール一世は本当に「邪悪なほどに」美しかったのか？　其の三</title>
<link>http://niqui.cocolog-nifty.com/blog/2026/06/post-272970.html</link>
<description>其の一其の二
　前回は、同時代の西洋人のイスマイール一世(1487―1524)観...</description>
<content:encoded><![CDATA[<p><a href="http://niqui.cocolog-nifty.com/blog/2026/06/post-d6902d.html"><span style="font-size: 12pt;">其の一</span></a><br /><a href="http://niqui.cocolog-nifty.com/blog/2026/06/post-211b8c.html"><span style="font-size: 12pt;">其の二</span></a></p>
<p><span style="font-size: 12pt;">　前回は、同時代の西洋人のイスマイール一世(1487―1524)観を検討しました。今回は、「美しい容姿」に対する当時の西洋の価値観を検討していきます。それによって、イスマイールを「邪悪なほどに」美しいと評したのはどんな立場の人物なのか、いくらかは絞れるんじゃないかと。</span></p>
<p><span style="font-size: 12pt;">「我である汝よ　イスラム神秘主義(スーフィズム)が目指すルッキズムの極地」(『トーキングヘッズ叢書』№93』掲載）で論じましたが、ヒトは1枚の顔写真を0.1秒見ただけで、その人物の能力や性格を評価するそうです。もちろんその顔が魅力的だと感じれば高評価を、そうでなければ低評価を与えます。つまり「外見が良い人=内面も良い人」 という感覚は、ヒトの無意識層に刻み込まれているのでしょう(だからといって、それがルッキズムの免罪符になるわけではありませんが)。<br />　さて中世西洋美術では、「美徳と悪徳の寓意」という主題が好まれました。ロマネスク期(10世紀末－12世紀)には男性兵士に斃される異教徒または怪物という構図で表現されていたのですが、ゴシック期(－15世紀)に入ると、明確に美女vs.醜女の構図になります。<br /></span><span style="font-size: 12pt;">　しかし問題なのは、「外見が良い人=内面も良い人」とは限らない、という事実です。「善」であるはずの美男美女が悪しき内面を持ち得る。キリスト教社会において「善」は神の領分なので、この矛盾は深刻でした。<br />　一方でキリスト教の禁欲主義は、快楽を悪とします。性的快楽ももちろん悪だったので、見る者の性欲を掻き立てる、という点からすれば美女(および美男)も「悪」になります。</span></p>
<p><span style="font-size: 12pt;">　斯くして悪徳が醜女として描かれるようになるのと並行して、アダムを唆したエヴァ、サムソンを陥れたデリラ、大淫婦バビロンといった聖書の悪女たちは美女として描かれるようになっていきました。<br />　……いやまあ、それ以前から彼女たちは視覚化されてはいたのですが、絵画にしろ彫刻にしろ、様式と言うか技術と言うかの問題で、明確に異形として表現しているのでなければ、少なくとも私には美醜の区別がつかない……</span><span style="font-size: 12pt;"></span></p>
<p><span style="font-size: 12pt;">　下はイスマイールと同時代に描かれたラファエロの「アダムとエヴァ」(1509－11年。ヴァティカン宮殿「署名の間」天井フレスコ画）です（以下、画像はWikipediaから）。<br /><a href="https://niqui.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/volta_della_stanza_della_segnat_20260625072301.jpg" target="_blank" rel="noopener"><img style="margin: 3px;" title="Volta_della_stanza_della_segnat_20260625072301" src="https://niqui.cocolog-nifty.com/blog/images/volta_della_stanza_della_segnat_20260625072301.jpg" alt="Volta_della_stanza_della_segnat_20260625072301" width="299" height="358" border="0" /></a> </span></p>
<p><span style="font-size: 12pt;">　エヴァを誘惑する蛇が「エヴァに似た乙女の顔」を持つとしたのは神学者ペトルス・コメストル(1173年没)で、以後、この主題を扱った作品の多くが、蛇の顔または上半身を若い女性として描くようになりました(この作品ではエヴァに似ているかどうかはよく判りませんが）。<br />　つまり蛇とエヴァが同一視されるようになった、ということです。なおコメストルは、蛇をエヴァに差し向けたのはサタン(悪魔の長たる魔王)だとしていますが、この説は『創世記』にはなく、前1世紀末－後1世紀前半成立とされる外典『モーセの黙示録』由来だそうです。蛇とサタンを同一視する説もあって、こちらは2世紀成立とされる『ヨハネの黙示録』でサタンが「年経た蛇」と呼ばれていることに由来するそうです。<br /></span><span style="font-size: 12pt;">　もしラファエロ描くこのエヴァを魅力的だと感じたら、それは蛇(サタンの眷属、あるいはサタン自身）を魅力的だと感じるのと同じだということになり、つまり彼女たちの「美」は「邪悪な美」ということになります。</span></p>
<p><span style="font-size: 12pt;"><a href="https://niqui.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/allegory_of_virtue_and_vice_veronese.jpg" target="_blank" rel="noopener"><img style="margin: 3px;" title="Allegory_of_virtue_and_vice_veronese" src="https://niqui.cocolog-nifty.com/blog/images/allegory_of_virtue_and_vice_veronese.jpg" alt="Allegory_of_virtue_and_vice_veronese" width="401" height="266" border="0" /></a> </span></p>
<p><span style="font-size: 12pt;">　上は、イスマイールより後の時代になりますが、ヴェロネーゼの「美徳と悪徳の間の若者」(1580年頃)です。右が美徳、左が悪徳です。ルネサンス期には「美徳と悪徳の寓意」は両者の闘争ではなく、どちらを選択するか揺れる若者、という構図が好まれました。この構図では、悪徳は露出度の高い派手な服装の美女として描かれます。<br />　美徳も美女ですが、見てのとおり地味です。もし悪徳のほうが魅力的だと感じるなら、その美はやはり「邪悪な美」です。</span></p>
<p><span style="font-size: 12pt;">　ちなみにここで描かれてる「悪徳」は一人ですが、要するにいわゆる「七つの大罪」の総称です。七つの悪徳にに七名の悪魔を対応させたのはドイツの神学者ペーター・ビンスフェルトで1589年のことだとされていますが、おそらく彼の独創ではないでしょう。どの悪徳にどの悪魔を対応させるかまちまちだったのを固定した、といったところではないかと思われます。<br />　つまり「美徳と悪徳の間の若者」が描かれた頃には、すでに悪徳の擬人化として悪魔を当て嵌める考えがそれなりに広まっていた可能性があります。そうであれば、この美しい悪女は悪魔だということになります。</span></p>
<p><span style="font-size: 12pt;">　したがって16世紀の西洋人にとって、「邪悪なほどの美しさ」というのは「悪魔に属するもの」なのです。というわけで前回、長々と検討した「同時代の西洋人によるイスマイール観」の出番です。<br />　イスマイールに関する初期の報告は、ペルシアやその周辺にはいたもののイスマイールのことは伝聞でしか知らないヴェネツィア人やポルトガル人によるもので、彼と信奉者たちの宗教はキリスト教そのもの、あるいはそれに似た何かだとする荒唐無稽なものでした。<br />　イスマイールが都とした</span><span style="font-size: 12pt;">タブリーズは現イラン北西部にあって、</span><span style="font-size: 12pt;">地中海から千キロ以上内陸です。実際にその距離を旅してイスマイール本人に会いに行くまでの間に、そんなお伽話は否が応でも放棄せざるを得ないでしょうが、</span><span style="font-size: 12pt;">「キリスト教徒の友」という評価なら、少なくとも彼に好感を抱く西洋人の間では保たれ続けました。<br />　そんな人々が、イスマイールを「邪悪なほどの美しさ」と評するのはあり得ない。だからもし西洋人がイスマイールをそう評したのなら、その人物は彼に好感を抱いていない、ということになります。</span></p>
<p><span style="font-size: 12pt;">　そうなると純粋に好奇心や利潤追求で来てる旅行家や商人(つまり実は政府のエージェントだったりしない）よりは、政治的利害の絡む使節やエージェントのほうが可能性が高そうですね。チャルディラーンの敗戦(1514年)前でも後でも、イスマイールとの交渉は巧くいってませんし。<br />　さらにチャルディラーンの時点で、イスマイールは27歳です。享年は37歳。</span><span style="font-size: 12pt;">昔の人は現代人(「先進国」の)よりも老けるのが早いことを考慮すると、20代前半くらいまでならともかく、アラサー以降だと現代(先進国)の標準よりプラス10－15歳くらいの見た目になってしまいそうです。そんな男性を「美男」と評するのは充分あり得るし、実際そういう評されていますが、「邪悪なほどに美しい」という評しかたをするものですかね？</span></p>
<p><span style="font-size: 12pt;">　イスマイールの許に西洋の使節が送られた期間は、1505年以降と1515年以降の二度です。年齢に関する推測が正しいなら前者ということになりますが、まともな資料が前回紹介したPalmira Brummettの論文しかない。しかもこの人はイスマイールと西洋の関係そのものには興味がなく、この時期に交渉があった国としてヴェネツィア、フランス、ポルトガル、ロドス島、ローマ(ヴァティカンであろう)を挙げているものの、具体的な遣り取りが述べられているのはヴェネツィアだけです。どのみち他の国との交渉も失敗したそうですが。<br />　残っている記録の多さからすると、ヴェネツィアが一番可能性が高そうではありますね。</span></p>
<p><span style="font-size: 12pt;">　以上が、片手間の調査から推測できる限界です。正直なところ、ネット上で「イスマイール一世の美貌」について日本語で発言している人は、ググって出てくる限りでは例外なく「邪悪なほど」かそれに類する形容(「魔性の」等)を付し、かつ例外なく典拠を提示していないのですが、まあ講談社現代新書という手軽さから9割9分9厘、鈴木董氏の『オスマン帝国　イスラム世界の「柔らかい専制」』のみに基づいているのではないかと思われます。<br />　で、英語圏ではどうかと言うと、前回触れたように、そもそもイスマイール一世本人に関心を持っている人が少ないので……彼のルーツがアゼルバイジャンにあるためか、アゼルバイジャン人研究者の英語論文等は出てきますが、それらでイスマイール一世の容姿に言及している場合でも、</span><span style="font-size: 12pt;">引用されている西洋の原典資料は前々回に紹介したアンジョレッロと無名商人のものだけです。<br />　念のために中国語とフランス語でもググってみましたが、これらの言語圏でも「イスマイール一世の容姿」に関心を持っている人はいないようです。</span><span style="font-size: 12pt;"></span></p>
<p><span style="font-size: 12pt;">　だからまあ、鈴木董氏御本人に是非とも典拠を開示していただきたいものですね。</span></p>
<p><span style="font-size: 12pt;">　というわけで「イスマイール一世は本当に「邪悪なほどに」美しかったのか？」というテーマはこれでお終いです。しかし後1回、調査のついでに知った小ネタを開陳する予定です。<br /></span><span style="font-size: 12pt;"></span></p>
<p><a href="http://niqui.cocolog-nifty.com/blog/2026/06/post-d6902d.html"><span style="font-size: 12pt;">其の一</span></a><br /><a href="http://niqui.cocolog-nifty.com/blog/2026/06/post-211b8c.html"><span style="font-size: 12pt;">其の二</span></a></p>]]></content:encoded>


<dc:subject>諸々</dc:subject>

<dc:creator>仁木稔</dc:creator>
<dc:date>2026-06-28T07:47:19+09:00</dc:date>
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